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♯3

銀の少女

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「――おはよう、お二人さん。昨日は随分と騒がしかったねぇ。何かあったのかい?」
「っ!? な、なんでもありません! 気にしないでください!!」

 イズナはアルフからの質問に、顔を真っ赤にしていた。
 そんな反応をすれば、なにかありました、と言っているようなものである。

「……まぁ、深くは訊かないよ。でもね、小言を言わせてもらうなら、他の客に迷惑だから、気をつけるように、ね?」
「……はい」
「……了解した」

 宿の主であるアルフは、すでにカウンターで仕事を始めていたようである。

 そんな彼女の正面には、先日、廊下で顔を合わせた、あの銀髪の美少女が立っていた。
 毅然とした立ち姿は美しく、凛とした彼女の雰囲気も昨日と変わらない。
 アルフと並んでいると、美女二人で大変絵になる構図だ。
 が、如何いかんせん、少女の放つ空気のせいか、それが台無しになってしまっている。

「アルフさん、昨日はホントにすみまんせ――っ!?」

 海斗の後ろから顔を出したイズナ。
 彼女はアルフへの謝罪の途中、銀髪の少女に気づくと、顔を強張らせた。
 耳がぴんと起立し、僅かに後退する。

 さながら、警戒心むき出しの猫のようである。

「イズナ?」

 イズナのただならぬ気配。

 海斗は、イズナと銀髪の少女の間に挟まれ、両者にに視線を巡らせた。

「? どうしたんだい二人して? もしかしてあんたら、この子の知り合いかい?」
「は? いや、少なくとも俺はこいつのことなど知らんぞ。イズナ、お前は?」
「……あたしも、カイトと同じよ。彼女に会うのは、これが初めて」

 そう言う割には、先ほどからずっと緊張した面持ちだ。

 対する銀髪の少女は、感情の感じられない瞳をこちらに向けてくる。
 まるで海斗たちの様子を伺うかのように、じっと動かない。

 イズナと同じ真紅の瞳。片方が眼帯で覆われているせいで、やはり彼女の美貌は半減してしまっている。
 病気か怪我か、はたまたファッションなのか。いずれにしろ、これさえなければ彼女の印象は大きく変わることだろう。

 さらに、少女は先日着ていた軍服の上から、着物によく似た衣服を纏っている。まるで上着を羽織るような着こなしで、帯などは絞められていない。
 厳つい印象の軍服に清楚な着物というマッチングは、いささかアンバランスな組み合わせのように思える。

 しかし、まるでコスプレ――というより、海斗からすればまんまコスプレなのだが――のような格好だが、彼女の身に纏う雰囲気には、よく合っているように感じられた。

 しばらくすると、海斗たちへの興味を失ったかのように瞳を伏せ、アルフに向き直った。

「アルフ様、勘定を済ませてくれ」

 初めて聴いた少女の声。見た目の威圧感に反して、とても透き通るような声。
 そして、昨夜は遠目でよくわからなかったが、少女の頭には、黒い突起物が二本突き出していた。こめかみよりやや上、側頭部から後頭部へと真っ直ぐに伸びたそれは、まさしく『角』であった。

「はいよ。いつもご利用ありがとね。また来ておくれよ、待ってるからね」

 本物かどうかを確かめる間もなく、少女は会計を済ませると出口へと足を向けた。
 瞬間、イズナは少女に向かって駆け出し、

「あ――ちょっと待って!」

 彼女を呼び止めた。

「?」

 自分を呼び止めたイズナに、少女は振り返った。
 その表情はやはり能面のようで、感情というものを宿しているのかさえ疑わしく思えてしまう。

「……なにか?」
「あの、あたしたち、今日初めて……お会いしたん、ですよね?」
「……イズナ?」

 イズナが、少女に対して投げかけた質問の意図がわからず、海斗は思わず首をかしげてしまう。
 それは相手の少女も同様で、

「……そうだと思いますが、それがどうかしましたか?」

 海斗と同じように首をかしげながら、しかし淡々とした口調で、彼女はイズナの質問に答えた。

「あの、……失礼ですけど、あたしとあなた、……どこかで、会ったことない、かな?」
「…………」
「あっ、あの――」

 突然の少女の沈黙に、気を悪くさせてしまっただろうかと思ったイズナは、焦りの表情を浮かべた。

 ――たが、

「いいえ。あなたと直接こうしてお会いしたのは、今日が初めてですよ」
「へ?」

 間を空けて返ってきた返答も淡々としたもので、やはり感情というものが見えてこない。

「話は、それだけですか?」
「え、ええ……ごめんなさい。急に呼び止めたりして」
「そうですか。では、私はこれで……」

 銀髪の少女は、特に何事なかったかのようにイズナに背を向けると、扉を開いて外へと出ようとする。
 しかし、ふいにその足が止まった。
 少女はこちら、――海斗に対して視線を向けてきたのだ。

「ん? なんだ?」
「…………いいえ、なんでも」

 それも僅かな間。今度こそ彼女は扉をくぐり、カラカラという音と共に去っていった。

「……初めて」

 まるで、一人取り残されてしまったようなイズナの背中に、海斗は歩み寄った。

「……どうかしたのか? あいつに見覚えでも?」
「ううん、なんでもないわ……」

 少女が去ったあとの扉を見つめ、動かないイズナ。
 今朝の騒がしかった喧騒は完全になりを潜め、どこか重たい空気が辺りを漂う。

 そんななか、ロビーの時計だけが、静かに音を立てて時を刻み続けていた。
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