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♯1

前奏曲の終わり

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 イズナが、というよりナビゲーションが示した到着時間より三十分ほど送れて、海斗達はようやく森の出口にさしかかった。
  広葉樹の隙間から、明るい日差しが見て取れる。
  
 だが海斗は、ほとんど足を引きずるようにして歩いていた。
  イズナに支えられ、ようやく立っている、という有様だ。
 
「……ようやく、外か」
「そうね。でも、あたしが背負ってきたほうが、もっと早く抜けられたのに……」
「…………」

 ぶすっとした態度を崩すことなく無言で応じる海斗。
 イズナはその様子に目を伏せ、ため息を一つ。

「……まぁ、いいわ。なんとか無事に出られたし。あれだけのことがあったのに、ほとんど軽症で済んでいるわけだしね」
「……そうかもな」

 しかし、お互いかなり疲労が蓄積している上に、身体はあちこち擦り傷だらけだ。
 たしかに重傷ではないにしろ、はたしてこれを軽症と断じていいかは、正直なところかなり微妙だ。

「あとはここを抜けて、ノルン行きの列車を捕まえられれば、問題はないわね」
「? そのまま町に入るのではないのか?」
「え……? ああ、そういえば話してなかったわね。町とか村には、クリーチャーの進入を防止するのに外壁や結界を張っているから、そのまま中に入ることはできないのよ」
「それはまた、面倒な……」
「でも、仕方ないのよ。そうして外敵から身を守る手段を講じないと、クリーチャーに町が滅ぼされかねないのもの。……あなたも見たでしょ、あのオオトカゲ。あんなのが町に入ってきたら、それこそパニックは必至よ」
「なるほど」

 たしかにヒトだけであの化け物と対峙し、対処するのは至難といえるだろう。
 ならば外との境界線を明確にして自衛するのも、当然といえば当然か。

「それで、その列車とやらはどうやって捕まえるつもりだ? まさか、手を上げて停まってくれるわけではないよな?」

 森を抜けてすぐに駅があるとは思えない。
 まさかタクシーじゃあるまし。列車というくらいなのだから、ダイヤに沿った運行をしているはずだ。
 わきで人が手を振るごとに停めていたのでは、流れが滞るというものだろう。
 ――しかし、

「へ? 停まるわよ?」
「は?」
「だから、ちゃんと停まってくれるわよ」
「……そうか、それは便利なものだな」
 
 もはやツッコムのも無駄だと悟ったのか、感情の篭ってない声を出す海斗。
 そんな会話を交えながらも、いよいよ外から差し込む光は強くなってきた。
 海斗は思わず手で日差しを遮り、目を細める。

「ふぅ~、ようやく出られた~~」
「ああ、そう……だ、な――」

 途端、ようやく光に慣れてきた海斗の視界は、あまりにも非現実的な景色に、全て奪われてしまった。


 それは、空に浮かぶ大地に始まり。
 それらを縦横無尽に――それこそ、網の目のように幾つもの帯状のものが結ばれた空があった。
 まるでクモの巣が張られたような異様な光景。
 目を凝らせば、帯の上をなにかが走っているのが見て取れる。

 さらに極めつけは、地平線の向こう側で、天高く伸びる、飛び抜けて巨大な『鎖』である。
 その先は遥か高く雲の向こう側まで続いており、先端を臨むことができない。

 これまで、いくつもの非現実的な目に遭ってきた海斗だったが、それでもさまざまな可能性を考慮にいれ、なおもこの世界が異世界であることを否定しようとした。
 だが、こんな情景を見せ付けられたのでは、納得せざるを得ない。
 ここは紛れも無く、自分がこれまですごしてきた『世界』などではない、と。

「……ああ、これは、まったくもって度し難い」

 海斗は、あまりにも受け入れ難い現実を前に、一人、打ちのめされていた。

「それじゃ、改めて――」

 と、イズナが海斗の身体を支えながら、まるで世界に手を差し出すように前に出す。

「ようこそっ、あたしたちの世界――『ヴァンヘイム』へ!」

 その声は、まるでこの世界へ訪れた海斗への、前奏曲プロローグのようであった。
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