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♯1
休息
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「さてと、それじゃあなた、『足』を診せて」
と、イズナが海斗に足を出すよう言ってきた。
さすがに海斗の足の状態には、イズナも気づいていたらしい。
その場に屈み込むと、ポシェットの中をまさぐり始めた。
「必要ない」
「そうはいかないわよ。これ、ほっといたら後でひっどいことになるわよ」
そんな脅しをかけてきてから、イズナは海斗を無理やり座らせる。ポシェットの中から傷薬とガーゼに、包帯を取り出すと、慣れた手つきで傷口を消毒する。そして、ガーゼを傷口に当てて、包帯を巻いてくれた。
「……随分と手慣れているな」
多少不恰好ではあるが、手つきに迷いはない。じつにテキパキと応急処置をしてみせた彼女に、海斗は思わず感心した。
「それはね。こんな仕事をしていれば、イヤでも慣れるわよ……」
途端、包帯を巻くイズナの手が止まる。
「こんな仕事?」
「そ。あたし『ハンター』をやってるの。俗に『便利屋』とか『何でも屋』なんて謂われてるけどね」
どこか皮肉がこもった言い方だった。どうも、あまり名誉ある職業という訳ではなさそうである。どちらかといえば、汚れ仕事、みたいなニュアンスを含んでいる。
「そうか」
「……そうか、って……訊かないの? それってどういう仕事なんだ、みたいな」
「別に、興味ないからな」
その返答に、イズナは虚を衝かれたかのように目を開く。
事実、海斗の言葉は本音であった。
相手がどんな職業で、それがどんな仕事なのかなど、海斗には関係ない。それを教えられたところで、自分の身になることではないだろう。
それに、この話題が出た瞬間、露骨にイズナのテンションが変化したのだ。
耳と尻尾が盛大に垂れ下がるそのさまは、いかにもわかり易い。
ならば、下手に藪をつついて蛇を出すこともないと、海斗は判断した。
「なんだかつまらないわね、あなたって。……普通、便利屋なんて聞くと、どんなことをしてるのか聞いてくるし、あからさまにイヤな顔をする人もいるのに……」
「ふん、つまるかつまらないかなど関係ない。俺は、自分が関心のあることにしか興味はない。そもそも、お前の話じゃ、俺はこの世界の住人じゃないんだろ? だったらなおさら、どうでもいいことだ。仮にお前がどんな仕事をしていようが、俺の知ったことではない」
「……そう、なんだ。へへっ」
海斗の暴論のなにが嬉しかったのか。イズナは頬を緩めてニヤけると、治療を再開した。
「……その顔、気持ち悪いからヤメロ」
「な――っ! き、気持ち悪いってなによ!?」
「ふん。今のニヤケ面は実にお前らしいが、それを見せられる身にもなれ」
悪態をついてはいたが、その顔には、どことなく気恥ずかしさが見え隠れしていた。
「はぁ、……ホントに失礼ね、あなたって」
そう言いつつ、イズナの表情はどこか楽しげで、海斗はバツが悪そうに顔を背けた。
そんなやりとりをしながらも、彼らはしばしの休息を取ることにした。
「――それにしても、さっきはよく咄嗟にあんな大きな木を見つけられたわね?」
イズナは海斗の足に包帯を巻き終えると唐突に、話し掛けてきた。
先ほどヴァイスリザードに追いかけ回されていた時の話だ。
「しかも、それに隠れて身を守るどころか、あのヴァイスリザードを倒しちゃうなんて……あんなやり方、よくあの一瞬で思い付いたわね?」
やったこと自体はひどく単調なものだ。
が、咄嗟にその判断ができたのは海斗にイズナは感心した。
「ああ、あれは判断材料が事前に転がっていたからな」
「?」
海斗の言葉に、イズナは首をかしげた。
――つまりは、こういうことだ。
最初に、ヴァイスリザードが魔術を行使した直後、海斗はわずかな時間とはいえ、魔術発動後の状況を目で確認することができた。
そこで目にしたのは、ある一点を起点として、周りの木が円周上に倒れていた事だ。
大半の幹がへし折れ、爆風により引き千切られていた。
直径が六十センチはある木々が、である。
だが、中には樹皮で千切れるのを免れていたものもあったのだ。
それでも、へし折れていたのには違いはないが。
あの暴風は、圧縮された空気が対象にぶつかることで解放される、でたらめな威力の突風なのだ。
その時の威力は、おそらく衝突すれば直径二メートルはある木であっても吹き飛ばすだろう。
だが、言い換えればそこまでなのだ。
だからこそ、海斗はあの瞬間。
大樹の陰に逃げることで、難を逃れることができると踏んだ。
そしてうまくいけば、削られた幹が、あの追跡者に倒れていくことも視野に入れて。
勝率は低かったが、どうにかなった。
海斗の説明を聞いていたイズナは、感心した様子で、文字通り耳を傾けていた。
「まぁ、あれは運が良かっただけだな」
同じことをしろと言われても、次は絶対にうまくいかない自信がある。
「それでもすごいわよ。あたしなんてもう、走って逃げることしか頭になかったもの」
「まぐれだ、あんなものは」
などと話をしながら、わずかな休憩を堪能した。
と、イズナが海斗に足を出すよう言ってきた。
さすがに海斗の足の状態には、イズナも気づいていたらしい。
その場に屈み込むと、ポシェットの中をまさぐり始めた。
「必要ない」
「そうはいかないわよ。これ、ほっといたら後でひっどいことになるわよ」
そんな脅しをかけてきてから、イズナは海斗を無理やり座らせる。ポシェットの中から傷薬とガーゼに、包帯を取り出すと、慣れた手つきで傷口を消毒する。そして、ガーゼを傷口に当てて、包帯を巻いてくれた。
「……随分と手慣れているな」
多少不恰好ではあるが、手つきに迷いはない。じつにテキパキと応急処置をしてみせた彼女に、海斗は思わず感心した。
「それはね。こんな仕事をしていれば、イヤでも慣れるわよ……」
途端、包帯を巻くイズナの手が止まる。
「こんな仕事?」
「そ。あたし『ハンター』をやってるの。俗に『便利屋』とか『何でも屋』なんて謂われてるけどね」
どこか皮肉がこもった言い方だった。どうも、あまり名誉ある職業という訳ではなさそうである。どちらかといえば、汚れ仕事、みたいなニュアンスを含んでいる。
「そうか」
「……そうか、って……訊かないの? それってどういう仕事なんだ、みたいな」
「別に、興味ないからな」
その返答に、イズナは虚を衝かれたかのように目を開く。
事実、海斗の言葉は本音であった。
相手がどんな職業で、それがどんな仕事なのかなど、海斗には関係ない。それを教えられたところで、自分の身になることではないだろう。
それに、この話題が出た瞬間、露骨にイズナのテンションが変化したのだ。
耳と尻尾が盛大に垂れ下がるそのさまは、いかにもわかり易い。
ならば、下手に藪をつついて蛇を出すこともないと、海斗は判断した。
「なんだかつまらないわね、あなたって。……普通、便利屋なんて聞くと、どんなことをしてるのか聞いてくるし、あからさまにイヤな顔をする人もいるのに……」
「ふん、つまるかつまらないかなど関係ない。俺は、自分が関心のあることにしか興味はない。そもそも、お前の話じゃ、俺はこの世界の住人じゃないんだろ? だったらなおさら、どうでもいいことだ。仮にお前がどんな仕事をしていようが、俺の知ったことではない」
「……そう、なんだ。へへっ」
海斗の暴論のなにが嬉しかったのか。イズナは頬を緩めてニヤけると、治療を再開した。
「……その顔、気持ち悪いからヤメロ」
「な――っ! き、気持ち悪いってなによ!?」
「ふん。今のニヤケ面は実にお前らしいが、それを見せられる身にもなれ」
悪態をついてはいたが、その顔には、どことなく気恥ずかしさが見え隠れしていた。
「はぁ、……ホントに失礼ね、あなたって」
そう言いつつ、イズナの表情はどこか楽しげで、海斗はバツが悪そうに顔を背けた。
そんなやりとりをしながらも、彼らはしばしの休息を取ることにした。
「――それにしても、さっきはよく咄嗟にあんな大きな木を見つけられたわね?」
イズナは海斗の足に包帯を巻き終えると唐突に、話し掛けてきた。
先ほどヴァイスリザードに追いかけ回されていた時の話だ。
「しかも、それに隠れて身を守るどころか、あのヴァイスリザードを倒しちゃうなんて……あんなやり方、よくあの一瞬で思い付いたわね?」
やったこと自体はひどく単調なものだ。
が、咄嗟にその判断ができたのは海斗にイズナは感心した。
「ああ、あれは判断材料が事前に転がっていたからな」
「?」
海斗の言葉に、イズナは首をかしげた。
――つまりは、こういうことだ。
最初に、ヴァイスリザードが魔術を行使した直後、海斗はわずかな時間とはいえ、魔術発動後の状況を目で確認することができた。
そこで目にしたのは、ある一点を起点として、周りの木が円周上に倒れていた事だ。
大半の幹がへし折れ、爆風により引き千切られていた。
直径が六十センチはある木々が、である。
だが、中には樹皮で千切れるのを免れていたものもあったのだ。
それでも、へし折れていたのには違いはないが。
あの暴風は、圧縮された空気が対象にぶつかることで解放される、でたらめな威力の突風なのだ。
その時の威力は、おそらく衝突すれば直径二メートルはある木であっても吹き飛ばすだろう。
だが、言い換えればそこまでなのだ。
だからこそ、海斗はあの瞬間。
大樹の陰に逃げることで、難を逃れることができると踏んだ。
そしてうまくいけば、削られた幹が、あの追跡者に倒れていくことも視野に入れて。
勝率は低かったが、どうにかなった。
海斗の説明を聞いていたイズナは、感心した様子で、文字通り耳を傾けていた。
「まぁ、あれは運が良かっただけだな」
同じことをしろと言われても、次は絶対にうまくいかない自信がある。
「それでもすごいわよ。あたしなんてもう、走って逃げることしか頭になかったもの」
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などと話をしながら、わずかな休憩を堪能した。
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