幼馴染たちは恋をする

久野真一

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幼馴染をあだ名呼びしてみたら挙動不審になった

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 コロコロコロ、コロコロコロ。
 秋の夜長にコオロギの鳴き声が響き渡る。
 少し郊外にある我が家はこの季節には虫の声が聞こえるのが風情がある。

 というのはともかく、窓の外を見つつ、俺は少し思い悩んでいた。

「ずっと名字で呼んでたけど……下の名前で呼んでみたい」

 何の事かと言えば幼馴染の藤本秋奈ふじもとあきなの事。
 彼女と出会ったのは小学校のいつだったかはもう覚えていない。
 ただ、なんとなく名字の藤本で呼んで以来、ずっとそれで通している。
 別に微妙な仲だったとかではなく、単純に名字呼びが定着していただけ。

 しかし、一方の藤本と言えば、「ハヤちゃん」と昔から呼んでくる。
 秋山隼人あきやまはやとだから「ハヤちゃん」。
 親しみが籠もったそのあだ名が俺は好きだ。

 ただ、高校2年生になって俺は思うのだ。秋奈って呼んでみたいと。
 特に女子が「アキちゃん」などと呼んでるのを聞くと羨ましくなる。
 というか、名字呼びだと何か負けた感すらあるのだ。

「でも、藤本がどう思うやら」

 初対面で名字呼びだった相手と仲良くなるにつれて、名前呼びに変化する。
 それはよくあることだ。流れ的にも不自然じゃない。

「付き合いも長くなってきたし、名前で呼んでいい?」

 そう言うだけだ。しかし、藤本との付き合いは10年近く。
 なんでいきなりとも思われそうだ。

「でも……」

 無理だったら、「ウチは今までの方がええんやけど」と言ってくれそうでもある。
 なら、言ってみるだけならタダだ。明日、打ち明けてみよう。
 この時の俺は、たかだか呼び方の変化であんなことになるとは思っていなかった。

◇◇◇◇

 翌日のお昼休み。自分のCクラから藤本のいるAクラまで行って、教室の外からちょいちょいと手招きをする。

【どうしたんや?】

 ラインでの返事。

【ちょいとお昼でもどうかね。藤本さんや】

 というわけで、俺もラインで返す。

【ひょっとして奢りなん?】

 なんかやけに目が輝いている。

【なんで奢りなのか不明だけど、うどん一杯くらいなら】
【ハヤちゃんのケチ】
【なら止めるか?】
【そりゃ行くよ!】

 というわけで、学食に藤本を連れ出すことに成功。
 
「それで、奢ってくれるなんて、なんか話でもあったん?」

 学食に行く途中、何気ない素振りで話しかけてくる。
 藤本ははっきり言って美人だ。
 スタイルもだし、艶のある肌や丸くクリクリした瞳。
 それと、少し童顔気味なところも背丈の低さに妙にあっている。
 性格は温厚そのもの。小学校の時から怒ったことはほとんどみたことがない。
 少々押しに弱くて、頼み事を断れない性格は少々危なっかしく感じるけど。
 ともあれ、一番の親友で、あるいは好きかもしれない相手。

「別に大した用でもないんだけどな」
「うどん一杯分やもんね」
「そういうこと」

 学食できっちりうどん一杯分の食券を追加で買って、空いている席に二人して座る。幸い、今日の学食は利用者が少なめらしく、あっさり座ることが出来た。

「でも、ここのって安くても美味ひいよね」
「食べてから喋れよ」

 幸せです、という顔でうどんをすする様子も妙に可愛らしい。
 ペットが餌を頬張って幸せそうにしているというか。

「ハヤちゃん、なんで生暖かい目線なん?」

 気がついたら、こちらをじいっと見つめられていた。
 しまった、つい藤本を観察してしまっていた。

「いや。食ってる時が一番幸せそうだなって」
「それはもう。食事は生きる目的の半分以上やし」
「間違ってはいないけど……」

 確かに親世代がそう言うことは聞いたことがある。
 しかし、俺と同年代が言う台詞でもないだろう。
 まあ、幸せそうだからいいんだけどさ。

「それで、ハヤちゃんの用件は?」

 少し顔を真剣なものにして問いかけてくる。
 そうだよな。本題はそれだった。
 少しだけ緊張してくる。

「あのさ。藤本の事、下の名前で呼んでいいか?」

 変に予防線を張っても仕方ない。単刀直入に用件を告げた。
 はて、怪訝な顔をされるか、びっくりされるか。
 いずれにしても、「なんで?」みたいな反応が来るだろう。
 そう思っていたのだけど-

「別にええよ。ウチのことなんて呼びたいん?」

 は?なんか凄くあっさりと流されたけど。
 しかし、こう言う時の藤本は本当に素なのだ。
 やや天然とも言う。いちいち気にしてても仕方ない。

「なんて、って……。あだ名とかでもいいってことか?」
「それはそれで面白そうやん」
「言われてみれば確かに」

 秋奈と呼ぶことしか考えていなかったけど、あだ名を開発するのもいい。

「確かに色々あるよな。たとえば、秋奈ちゃんとか?」
「ちょい子どもぽい感じやけど、ええかも」

 なんだか妙に嬉しそうだ。

「アッキーとかどうだ?」
「なんか芸能人ぽいのがちょい微妙やも」

 渋い顔をされてしまった。
 しかし、芸能人ぽいか?まあいいや。

「じゃあ、アキ」
「文字数少ないからやろ」

 じろっと睨まれる。バレたか。

「いや、それもあるけど、親しみはあるだろ?」
「それは否定せえへんけど……」

 微妙に不服そうだ。どういう基準なんだか。

「じゃあ、アッキーちゃん」
「さっきのにちゃん付けただけやん」
「でも、一応別だろ」
「そうやねー。悪くないかも」

 悪くないのかよ。基準がわからなくなってきた。
 しかし、まさか「ちゃん」を入れるといいのか?

「あーちゃんとかはどうだ?」
「「あ」しか残っとらんやん」
「おばさんからは、あいちゃんとか呼ばれてるだろ」

 あれも、「あ」以外名残が無い。

「そうやけどな……それもええかも」

 やはり、「ちゃん」を付けるとこいつ的に良いらしい。
 
秋奈大明神あきなだいみょうじん
「なんでウチが神様になっとるん?」
「好きに呼んでいいって言っただろ」
「さすがにそういうネタは却下や!」
「わがままな奴だなあ」
「……本当にそう呼びたいならええけど」
「悪い悪い。さすがに冗談だって」
「良かった。会うたびに「秋奈大明神」とか呼ばれるの鳥肌立つわ」

 なら、もっと強く拒否ればいいのに、OKしそうになるなよ。
 本当に頼みごとに弱いんだから。
 しかし、「ちゃん」付けがお気に入りだとして。

・秋奈ちゃん
・アキちゃん
・あーちゃん

 辺りがまともな候補か?最後の一字だけ取って、「なちゃん」とかは呼ぶ方も色々微妙だしな。好きに呼んでいいとなると、これはこれで悩ましい。

「じゃあ、あーちゃんで頼む」

 実は、一番短くて呼びやすいというどうしようもない理由だ。

「なら、それでええよ。ハヤちゃん」

 なんだろう。やけにニマニマしている。

「しかし、これでお互い「ちゃん」付けだな」
「そやねえ。ハヤちゃんもずっと名字呼びやなくて良かったのに」

 ん?まさか……。

「ひょっとして、微妙に不服だったか?」
「そこまでやないけど。親しみを込めた呼び名は欲しかったんよ」

 俺としては、今更変えづらいってのがあったが、まさかそう思われてたとは。

「ともかく、これからはあーちゃんだし、いいだろ?」
「ふふ。なんかちょいくすぐったいかも」
「やめとくか?」
「結構ええ響きやし、そのままで」

 妙にご機嫌な藤本改めあーちゃんを見て、

(もっと早くに言ってれば良かったな)

 となんだか心が温かくなる気がした。

 というわけで、目的を達した俺はその日一日機嫌良く過ごした。
 放課後、「ちょい用事があるねん」と言ってどこかに行ったのが少し気になったけど。

◇◇◇◇

 のだが、異変は翌日から起こった。

「お、おはよう。ハヤちゃん」

 俺とあーちゃんの登校路が合流する地点にて。
 なんとなくあーちゃんが来るのを待っていたわけだが。
 まず、髪型が微妙に違う。もともと、ショートだったのだけど、以前はもうちょっといい加減に切り揃えていたはず。今朝はそれが妙に整っている。
 というか、前より可愛い。

「お、おう。あーちゃん。ひょっとして髪切ったか?」
「う、うん。ちょい髪伸びて来たところやったし」

 いや、伸びてなかっただろと言いたくなったけど堪えた。

「外れてるかもだけど。微妙に化粧もしてるか?」
「う、うん。ちょいすっぴんなのが恥ずかしくなって来たし」

 なんかいつもと違う。
 快活な彼女だけど、今朝は妙に気恥ずかしそうだ。

「いいんじゃないか?髪型も化粧も似合ってるぞ」
「そ、そっか。なら良かったわ」
「まあ、化粧しなくてもいいと思うけどな」
「ハヤちゃんとしてはどっちがええの?」
「いやまあ……どっちも」
「典型的な逃げ口上やないの?」
「だって、どっち言っても角が立つだろ」

 化粧がいいとなれば、すっぴんが嫌だという意図にとられかねない。
 逆にすっぴんがいいとなれば、今朝の彼女にとっては微妙だろう。

「まあええけどね」
「からかっただろ」
「どうやろね」

 それから、妙にご機嫌な彼女だったが、一つ気にかかったことがあった。
 時々、微妙に手をこちらに近づけてくるのだ。
 まさか、手を繋ぎたいというわけでもあるまいし。
 とスルーしてはみたものの、スカるたびに妙に残念そうな表情までする。

 昨日で何か変わったことがあったかと言われれば、呼び方を変えたくらいだ。
 もし、あーちゃんに好きになってもらえたら嬉しいけど自意識過剰もいいところ。
 しかし、化粧のくだりは、割とマジな気もするし……。
 あーちゃんは何考えてるんだか。

 それから数日、異変は続いた。
 翌日は手作りのお弁当を作って来てくれた。

「ちょっと料理の練習にな。試食して欲しいんやけど」

 なんて言い訳をしてたけど。
 あーちゃんは今更料理の練習をする必要もないだろう。
 さらに翌日もやっぱり手作りのお弁当を作って来てくれた。

「美味しい言ってくれたやろ?なら、サービスもええかなって」

 妙に気恥ずかしそうに言っていたけど、サービスとは。
 さらに、突然、箸で野菜炒めを口に突っ込んで来たこともあった。

「美味しい?」
「うん。まあ、美味しいけど」

 あまりに所作が自然だったのでツッコミそこねたけど。
 これはあ~んという奴だったのでは。

 ここまで来て、さすがに俺でも一つの仮説にたどりつかざるを得なかった。
 つまり、あーちゃんが俺を好きになった、という。
 しかし、変わった前後と言えば呼び名を変えたくらいだ。
 そりゃ多少心持ちも変わるだろうけど、それで好きになるとか聞いたこともない。
 
(まあ、待つか)

 別名、逃げとも言う。ただ、勝率99%くらいになるまでは見極めたい。
 いや、振られてもあーちゃんなら変わらず接してくれそうだけど。
 舞い上がってみたら勘違いでしたとか恥ずかしいし。

◇◇◇◇

 さて、そんな日々が続いて、やっぱりあーちゃんの態度は変わった。
 以前よりも、家への遊びのお誘いの回数が増えたし。
 加えて、

「あーちゃん」

 そう呼んだ時に、表情が露骨に嬉しそうなのだ。
 しかし、好きが本当だとして、理由がわからない。
 恋に理由は要らないというけど、きっかけはあるだろう。

 ともあれ、そんな思いを抱えて居たある日の事。

『お昼休み、屋上で待っとるから by あーちゃん』

 そんな、ラブコメじゃあるまいし、みたいな手紙が机に入っていた。
 休み時間にこっそり入れたのだろうか?
 しかし、こうなると俺もいよいよドキドキしてきた。
 なんせ、あーちゃんは別に悪戯好きな性格ではなく、むしろ直球だ。
 男に妙な勘違いをさせるやり方をする事だってない。

 告白された時も、

「ウチを好きになってくれてありがとさん。でも、ごめんな」
「やっぱり、僕なんかじゃ無理?」
「そういうことやないって。ウチにはまだ恋愛は早いっていうだけ」
「そっか……」
「ま、これからも友達で居てくれへんかな?」

 そんな断り方をする奴だった。
 本心なんだろうけど、友達で居て欲しい、はある意味残酷かもしれない。
 言葉通りに取れる奴の方が少ないだろうし。

 ともあれ、俺の方もさすがに返事は考えておかないと。
 いや、前から好きだったのは間違いない。
 一緒に居ると落ち着くし、素直だし、一生懸命だし。
 それでいていじらしいところもある。
 ただ、せっかくなら粋な返事を返してやりたい。
 少なくとも一ヶ月の間、彼女も色々考えたんだろうし。

「待っとったよ。ハヤちゃん」

 秋風が吹き込む屋上で、気恥ずかしそうな表情で彼女が立っていた。
 あ、これは本気だ。と直感した。

「お待たせ、あーちゃん」
「あー、もう」
「ん?」
「いや。呼び方だけでウチがこうなるなんて……」

 今度は頭を抱えだした。

「それで、手紙で呼び出すなんてした理由は?」

 もう、ここまで来ると気づくなというのが無理だけど。

「さすがにわかっとるやろ」

 クレームをつけられてしまった。

「といってもな。万が一外してたら、俺、馬鹿もいいところだろ」
「その1%を恐れるの、ええところでもあるけど、悪いとこでもあるよ」

 この回りくどい言い回し。
 まあ、断言してしまってもいいか。

「要は告白、だよな?」
「……そういうことや」

 首肯しての返事。

「いやさ。なんで「その言葉」を避けるんだ?」
「やって。なんか恥ずかしいし」
「実質伝えておいて、なんでそこだけ恥ずかしがるんだか」

 あーちゃんはそういえば妙なところで小心者だった。

「逆に、ハヤちゃんが同じ立場やったら堂々としてられる?」
「そりゃ、堂々とするけど?」
「そういえば、ハヤちゃんはそういう子やった」

 なんでため息つかれてるの?

「わかった。わかりましたよ。ちゃんと告白するからね!」
「あ、ああ」

 ちょっと面白くなって来た。
 どんなおもしろ……いや、情熱の籠もった言葉をくれるのか。

「ハヤちゃん!ウチは……最近好きになったんで、付き合ってくれへん?」
「非常に微妙な言葉だけど。俺は結構前から好きだったし。付き合おうか」

 こうね。ずっと好きでしたとかだったら男としてはもっと良かったのに。
 いや、それは贅沢にしても、わざわざ最近好きになったとかどうよ。

「その。嬉しいはずなんやけど、もやもやするんやけど」
「俺にどうしろと」
「ハヤちゃんが微妙そうな表情しとるし」
「だって、わざわざお前が「最近」とかつけるから」
「だって本当に一ヶ月くらい前からやもん。仕方ないやろ」

 正直で嘘がつけないのはこいつの美点だけど、しかしなあ。

「ところで、最近ってことはきっかけ、あったんだよな」

 正直、これは聞いておかないと。

「ま、まあ。ちょっとしたことは」
「聞かせて欲しい」
「言わんと駄目?」

 やけにしおらしい声だけど。

「彼氏としては知りたいんだけど?」
「んー……藤本からあーちゃんに変わった時」

 そこか。そこなのか。
 あの頃から確かに挙動不審だったけどさ。

「まあ、親しみを込めたあだ名だったつもりだったけど」

 そこまでだったのか。

「やって。夜に脳内で再生してたら、妙に心がウキウキするんやもん」

 こいつは脳内で俺のボイスを再生してたのか。
 初めて知った事実だ。

「でも、呼び方一つで惚れただ何だだのあるもんか?」
「そりゃ、ハヤちゃんはずっとハヤちゃんやったからね」
「まあ、それもそうだ」

 今更、名字で秋山と呼ばれると困惑はするだろうけど。
 デフォがハヤちゃんだから、実感はしづらい。

「ともかく、なんや気になって今までの思い出を振り返ってたら……」
「好きになってた、と?」
「すっごい単純やなあってウチも思うけどな」
「いいんじゃないか?きっかけなんて人それぞれだろ」

 不貞腐れてる彼女が可愛らしくて、そっと髪を弄ってみる。

「なんか年下扱いされてる気がするんやけど?」
「あーちゃんが不貞腐れてるからだろ」
「やって、ハヤちゃんがすっごい余裕そうやもん」
「だって、あーちゃんがずっと挙動不審だったからな」
「ひょっとして気づいとった?」
「まあ、90%以上はそうだろうなと」
「あー、もうウチは何しとったんやろ」
「どんまい、あーちゃん」

 なんて言いつつも、恋人らしいことがしたくなって、軽く抱きしめてみる。
 これはさすがに照れくさいかもしれない。

「ちょ、ちょ。いきなり抱きつかれるとか照れるんやけど?」
「俺も……まあ照れてるぞ?」
「嘘や!全然楽勝って感じやろ」
「いやいや。そりゃ、あーちゃん程じゃないけど」
「やったら……これでどう?」

 う。あーちゃんの手が背中に回されてぎゅうっとされる。
 やばい。これはさすがに色々まずい。

「あのさ。さすがに……照れるんだけど」
「ウチはもっといっぱいいっぱいなの我慢しとるんやけど」
「じゃあ、しばらくはこうしとくか」

 胸のドキドキが収まらないけど。
 これからの日々を思うと、こんな昼休みもいいかもしれない。
 ちなみに、気がついたら昼休みは終わっており。

 放課後には、俺達が屋上で抱き合っていたという噂が広まっていた。
 まさかあの現場見てた出歯亀が居たのか。
 というわけで、帰り道にて。

「絶対に〆てやる」
「物騒なこと言ったらあかんよ、ハヤちゃん」
「あーちゃんの方が恥ずかしかっただろ」
「もう開き直るしかないやろ」
「小心者なのか堂々としてるのか……」
「それはウチが聞きたいよ!」

 などとたわいないやり取りをしていたのだった。
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