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第8章 冬のはじめ頃に

第25話 修ちゃんと私の思い出

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 少し落ち着かない朝の時間とHRを終えての授業中。
 しゅうちゃんの横顔を少し眺めてみる。
 何故か見ているといつもより心が暖かくて。
 朝の行為の名残に違いなかった。

「どした?」

 見つめていたのに気が付かれたらしい。
 小声で聞かれる。

「ちょっと修ちゃんを観察してただけ」
「その。お前なあ……」

 何かいいたそうな顔だ。

「うん?」
「いいや。好きなだけ観察してくれ」

 それだけ言って授業に戻ってしまった。
 少し頬が赤いけど、何を考えていたんだろう。
 ひょっとして、今朝のことを……ああ、もう。
 
 大きくなってから初めてのお泊り。
 ホテルはもちろんあったけど、それとは違う。
 あのデートはちょっとした非日常だった。
 今日のそれは日常でこれからもそうなる。

しゅうちゃんとの距離がどんどん近づいてる)

 付き合う前から元々距離は近かった。
 でも、恋人同士じゃないから。
 それが無意識のブレーキになっていた。

 でも、付き合い初めてから色々あった。
 キスをしたり、抱きしめあったり。
 あちこちデートに行ったり。
 時にはエッチなこともしてみたり。
 やっぱりゲームで対戦したり。

 倦怠期なんていうのが無縁に思えるくらい。
 なんでこんなに好きなんだろうって疑問に思う。
 たぶん、一つは修ちゃんが甘やかしてくれること。
 他にあるとしたら、やっぱりゲーム、だろうか。

(小学校の頃、本当に色々ゲームをした気がする)

◆◆◆◆

 小学校低学年からゲームにハマる女の子は少なかった。
 あっても可愛いキャラクターが出てくる奴とか。
 誰でも知ってる超大作RPGくらい。

 翻って私の家にあった年代もののパソコンにあったゲーム。
 老舗歴史ゲームメーカーの
 『信長の野望』シリーズや『三国志』シリーズ。
 『大航海時代』シリーズなんかもあったっけ。
 お父さんは歴史モノがたぶん好きだったんだと思う。
 他にも、『シムシティ』や『A列車で行こう』などなど。
 およそ小さい女の子が遊ぶゲームではなかった。
 だいたいにしてパソコンのゲームというのがお父さんの趣味だ。

「これはもうお父さんには必要ないから。好きに使いなさい」

 小学校の頃、一台のノートPCを私はもらった。
 そこにインストール済みだったゲームに私は夢中になって。
 女の子らしくないと思っていたけど、理解してくれたのが修ちゃん。
 しかも、ゲームのせいか、難しい漢字まであっという間に覚えた。
 そんなこともあってか私達は昔から成績優秀で知られていた。

「百合ちゃん、暗殺ばっかりするのはどうかと思う」

 信長の野望の何作目だっただろうか。
 お父さんは何シリーズも入れていたから覚えていない。
 とにかく、その何作目かを対戦プレイしていた。

 確か、私は弱小大名でプレイするのが大好きで。
 同じく修ちゃんも弱小大名でプレイをするのが好きだった。

「だって、暗殺するのが効率がいいもん」

 とにかく暗殺コマンドは効率が良かった。
 知力さえ勝っていれば戦争することなく、武将を殺せる。
 しかもパラメータの開きが多ければ成功率も高い。
 思えばひどいプレイスタイルだった。

「西日本がほとんど空き地になってるんだけど」

 気がつけば、西国の大名をほとんど私は暗殺していた。
 正当なプレイスタイルをしないのも昔からの特徴だった。
 とにかく戦争を避けて暗殺を繰り返した結果、
 もはや暗殺ゲームといっていい様相を呈していた。

「じゃあ、空いたところは修ちゃんにプレゼントするから」
「プレゼントって……対戦してるの忘れてない?」
「私が勝ってるからちょっとしたハンデだよ」
「嫌な予感がするけど……」

 空いた領土を取っていく修ちゃんを横目で見ながら。
 私はといえばやっぱり淡々と暗殺を実行していった。

「百合ちゃん。その暗殺プレイやめようよー」

 修ちゃんのプレイ大名の配下をどんどん暗殺していったところ。
 泣きそうな彼がそこに居た。
 ちょっと調子に乗りすぎた、と私は反省したものだった。

「わかったよぅ。次からは正々堂々やるから」

 半泣きだった修ちゃんのために譲歩。

「百合ちゃんの正々堂々は信用出来ないんだけど」

 思えば、小学校低学年の会話としていかがなものか。
 ただ、やられっぱなしで居ないのも修ちゃんだった。

「修ちゃん、その嵌め技ずるい!」

 修ちゃんは相手の隙を見つけるのが上手だった。
 暗殺の腹いせに、有力武将を次々と寝返りさせる戦術に切り替えたのだった。
 私は私で暗殺に夢中だったから忠誠心をまるでみていなかった。
 おかげで次々と寝返りが成立してしまったのだった。

「百合ちゃんが暗殺ばっかりしてくるからおあいこだよ」

 してやったと自慢げな顔だったのをよく覚えている。

「じゃあ、やっぱり暗殺する!」

 小学生というのは時に残酷なものだと思う。
 結局、寝返りと暗殺が横行する、本来と別のゲームと化していた。

 パソコンだけじゃなくて、もちろんコンシューマーのゲームもやった。
 小学校の頃はNintendo 3DSが流行りだった気がする。
 加えて自宅には、PS3やWii Uなどお父さんが買って来たゲーム機がたくさん。
 確か、他社のゲームをプレイするのも勉強の内だと言っていた。

 その内の一つに主人公が結婚相手を選べる牧場経営ゲームがあった。

「修ちゃんは結婚相手決めてる?」

 もちろんゲーム内の結婚相手だ。

「僕はこの……ちょっと変な娘にしようかな」

 変な娘と言っていたのは、確か村のあちこちをフラフラとしている娘。
 正統派の「お嫁さん」を選ばないのを不思議に思って。

「もっと可愛い娘がいない?」

 聞いてみたら。

「この娘の方が素直そうだよ」

 そんな答えが返ってきたのだった。

「それより百合ちゃんのお婿さんは?」

 主人公は男女両方選べて、私は女性主人公で始めていた。

「この、郵便配達の男の子!」

 晴れの日にも嵐の日にも手紙を届けてくれる婿候補の男の子が私は好きだった。
 ひょっとしたら、ひょっとしたらだけど。
 いつも迎えに来てくれる修ちゃんと重ね合わせていたのかもしれない。

「ふーん。百合ちゃんはこういう子が好きなんだ」
「だって、いつも手紙届けに来てくれるし……」
「もっとカッコいい男の子がいると思うけど」

 婿さん候補にはカッコいい王子様。
 あるいは礼儀正しい執事の青年がいた。

「でも、郵便配達の子の方がカッコいいの!」

 そんな風にして、二人でゲームをする日々は大切な思い出だった。

 私は運動をするのも好きだったから、時には皆と一緒に外遊びもした。
 生来、運動神経が良いらしく、男の子に混じっても負けない自信があった。
 修ちゃんは運動が得意じゃなかったけど、ここぞという時の集中力が凄かった。

 体育の時間に、確かミニサッカーをやったことがあった。
 もちろん、子ども向けに色々ルールを簡略化した代物。
 その中でも修ちゃんはゴールキックで相手のゴールを突き刺すのが得意だった。
 
「修二君、凄い!」
「どうやったの?」

 修ちゃんがそうやってちやほやされるのはまるで自分のことのように嬉しかった。
 
 そんな私にも悩みがあった。
 「男の子みたいな趣味」
 クラスの女の子と話すとよく言われる事だった。

 確かに、同年代の女の子でゲームにはまっている子は少数だった。
 しかも、ジャンルだって男の子向きのが好きだったり。
 漫画だって少女漫画より少年漫画だった。

「私って女の子らしくないのかな」

 小学校五年くらいの頃だろうか。
 少しずつ男の子と女のコの境目を意識し始める時期。
 修ちゃんと帰る途中、抱えていた悩みを相談してみた。

「そんなことないよ!百合ちゃんはちゃんと女の子だよ!」

 幾分強い調子で言ってくれたのは、薄々察していたのだろう。
 女の子らしくない趣味が多いことを。

「でも、クラスの女の子が好きなこと、私は楽しくないもん」

 ただ、優ちゃんは女の子でも珍しく私と趣味があって。
 しかも、間を取り持ってくれたから、当時から仲が良かったけど。

「僕は百合ちゃんと一緒に遊べるのが好きだから。それに……」
「それに?」
「百合ちゃんは百合ちゃんだよ。男の子とか女の子とか以前に」

 修ちゃんにしてみれば何気ない言葉だったに違いない。
 でも、私は涙がポロポロ出てきて、彼にすがりついたのだった。
 その時に黙って抱きしめてくれたのを今でも思い出せる。

◇◇◇◇

(そっか。私、こんなに修ちゃんに助けられてたんだ)

 すっかり忘れていた事だった。私は私。
 その言葉を最初にかけてくれたのは彼だったのだ。
 私が「女の子らしさ」を必要以上に気にしなくなったのも。

 中学になると、男の子と女の子グループがきっちり分かれてくる。
 女の子は胸が出てくるし、第二次性徴も。
 男の子はエッチな話をするようになった。
 女の子側も、男子の目線の変化や自分たちの変化に戸惑っていた。

 だから、小学校の頃に仲良かった男女でも疎遠になることはよくあった。
 喧嘩があったとかじゃなくて、なんとなく距離を置いて行く。
 
 私も女性としての自覚が出てきた頃、男の子の視線が気になるようになった。
 それがどうにも落ち着かない時期もあった。
 ただ、修ちゃんはやっぱりそれまでと同じで。
 だから、成長していく中でも安心していられたのだった。

(やっぱり、私は修ちゃんが大好きなんだ)

 色々思い出してみても、結論はそれだった。
 なんて思っていると。

 キーンコーン、カーンコーン。
 思い出を辿っている内に一限が終わっていた。

「なんかずっと考え事してたけど、大丈夫か?」
「大丈夫。楽しいこと考えてただけ」
「そういえばニヤニヤしてたけど」
「え?そんなに?」
「美味しいもの食べてる時みたいだったな」

 やっぱり修ちゃんはしっかり観察していたらしい。
 でも、私はそんなにニヤニヤしてたんだ。
 自覚して少し恥ずかしくなる。

 バカップルなんて呼ばれるわけだよね。
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