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第7章 高校三年生の夏と俺たち

第18話 同クラのバカップル

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「階段が恨めしい……」
「もうちょっとだよ。がんばろー」

 高校三年生のクラスは一番上の4階だ。
 去年よりも一つ階数が増えただけだけど、暑さも相まって少々恨めしい。

 3-Fの教室の扉を開けて入ると、ひんやりとした空気が溢れ出してくる。

「ああ、涼しい」
「廊下にもエアコンがあればいいのに」

 二人で悪態をつきながら着席する。
 三年からは文理コースで区分け、EとFが理系コースという割当だ。
 結果として、理系コースを選んだ俺たちは同じクラスだ。

「しかし、同クラはともかく、席も隣とは……」

 半分は偶然で半分は必然。何故なら。

「これも運命っていう奴だよ、きっと」
「腐れ縁もここまで来ると凄まじいな」
「最愛の恋人を腐れ縁扱いする?」
「冗談だって。隣になれて感謝してる」
「誰に?」
「学校の先生?」
「一緒にいるために、席替えしてもらった私には?」
「まあ、感謝してる」

 横のラインで一つ違いになったのは偶然。
 たまたま隣の席になる子が目が悪かったのも偶然。
 百合が手を挙げて最後尾の席と入れ替えを提案したのは必然。
 
 ふと、右隣を見ると、何やらニコニコしている百合。
 
「どうしたんだ?」
「ううん。幸せだなーって」

 いきなり直球ストレートだ。

「俺も幸せだけど……」
「だけど?不満があるの?」
「いや、周りの目がな……」

 仲良く会話していると、もうクラス中が色々話しているのが聞こえてくるのだ。

「壁になりたい……」
「わかるわかる」
「入り込む隙がかけらもないもんな」
「見てなかったらもっと凄いよね。きっと」
「ああ、きっと。あんなこととかこんなこととか」

 元々、俺達の関係は隠してはいなかった。
 ただ、隣席になって、べったりになってしまったおかげで目立つ目立つ。
 
「さすがに見てないところでやって欲しいなー」

 一部の奴の苦言も。
 しかし、百合の好意を無下にするわけにはいかないし。

「いや、いいや。それより、さっさと勉強しよう」
「そだね」

 高校三年生の夏は受験にとって非常に重要な時期だ。
 「夏は受験の天王山」とも言われるらしい。
 HRまでの間、特に重要な数学を二人で復習中だ。

「百合。ちょっとこの数学的帰納法を使った問題なんだけど」

 nを自然数とする。この時、命題P:
1+2+3+…+n-1+n=½ n(n+1)
 が成り立つ事を証明せよ。

 証明、中でも数学的帰納法を使ったものは苦手だ。
 論法はわかるのだが、なんともしっくり来ない。

「割と典型的な問題だよね。どこが難しい?」
「まず、n = 1の時はわかるんだよ」

1 = ½・2

 になるだけで、簡単な当てはめだ。

「うんうん。それで?」
「n = kで命題Pが成り立つことを仮定した時に、n = k + 1で成り立てば、命題Pが成り立つと証明できたことになるだろ。解けると言えば解けるんだけど、気持ち悪いというか」

 暗記問題として扱ってしまえば、何も難しいところはないのかもしれない。しかし、どうにもしっくり来ないのだ。

「私もその事は少し悩んだことがあるけど……ドミノ倒しという説明がわかりやすかったよ」
「ドミノ倒し?ああ、言われてみればなるほど!」
「まず、最初の一つが倒れるのが n= 1の場合」
「それでもって、n = kで成り立つと仮定した時に、n = k + 1 で成り立つのは、ある牌が倒れた時に、次の牌も倒れるようなイメージと」
「そうそう。これでしっくり来ない?」
「あー。結構前から悩んでたんだけど、しっくり来た。ありがとうな」

 頭にかかっていたモヤモヤが晴れた時はなんとも気持ちいいもんだ。

「どういたしまして。撫でてくれてもいいよ?」
「調子乗ってやがる……ま、いいか」

 目を細めてナデナデを受け入れている百合。
 幸せそうな笑顔も相まって、こっちまで幸せになってくる。
 
「じゃ、こっちもお返しね」
「ちょ……照れ臭いんだが」

 不思議と悪い気分じゃない。
 ただ、幼児の時の記憶が呼び起こされるといえばいいのか。
 嬉しいけど妙に恥ずかしいのだ。

「嫌じゃないでしょ?」
「それはそうだけど」
「じゃあ、もう少しこのままで」

 しばらくお互いの頭を撫であうことに。

「あの二人だけ、空気が違うんだけど」
「羽目外してるんじゃなくて、ナチュラルにやってるのが性質悪いよな」
「でも、彼氏に撫でられるとかいいかも」

 などと外野が囁くけど、気にしない、気にしない。

「お前ら、仲がいいのはわかるが、それくらいにしとけって」
「……さすがにやり過ぎたか」
「仲良く話すくらいならいいけど……皆の前でスキンシップはな」
「悪い、宗吾そうご。少しは控える」
「うん。ちょっとやり過ぎたかも。ごめんね、宗吾君」
「いや。俺も彼女が同クラだったら、暴走してるかもだしな」

 割り込んできたのは学友の川村宗吾かわむらそうご
 三年になった頃から、下の名前で呼び合うようになった。
 それというのも、宗吾の奴にも彼女が出来た事だった。
 恋人がいる者同士、以前より馬が合うようになったのだ。

「そうそう。宗吾は彼女と仲良くやってるか?」
「まあ、割と。ゆうさんはやっぱり優しいし」

 春日優かすがゆう。※3話参照
 俺と百合の共通の友人にして、小学校からの付き合い。
 昔から姉御肌で慕われていた彼女が宗吾の恋人とは。
 俺も百合も最初に聞いた時は驚いたもんだ。

「優ちゃんからもよく聞いてるよー。宗吾君は優しいって」
「ちょ、ちょっと。優さんからどこまで聞いてるんだ?」
「女の子同士の会話というのがあるのですよ」

 百合からそんな言葉が出るようになるとは。

「まあ、諦めろ。宗吾。優なら変なことは言ってないさ」
「そうだといいんだけどなあ……」

 しかし、日頃から姉御として慕われていた優がまさか、宗吾とくっつくとはな。

「しかし、お前らの出会いもドラマチックだよなあ」
「ね。優ちゃんも、自分自身びっくりしてるって言ってたし」
「それ言われると、俺もドラマか何かじゃないかと思えてくるけど」

 優と宗吾が出会ったきっかけは、毎日同じ電車に乗っていたかららしい。
 お互い、気にしてはいたものの、きっかけは優が電車内に忘れ物をした事。
 とっさに宗吾は一緒に捜索を開始し、無事、忘れ物は戻ってきた。
 お礼に食事を奢らせて欲しいと優が申し出て、後はとんとん拍子。
 
「あの時に宗吾君の優しさを実感した、って言ってたよ」
「そんな事まで言わなくてもいいのに。優さんも……」

 恥ずかしそうに俯いている宗吾を見て。

(なんていうか、すっごく甘酸っぱいよねー)
(ああ。俺たちもこんな時期があったよな……)

 などと遠い目をしていたのだった。
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