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薬師編
第三十五話 腐れ縁②
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ヴァルタルの話を聞くと約束した翌日、俺たちは薬師ギルドの応接室へ向かっていた。
「あー、帰りたい」
「師匠、さすがにそれはヴァルタルさんがかわいそうです」
ぼやいていたら、弟子から至極真っ当な注意を受けてしまった。テオドールの成人以降、徐々に精神年齢が逆転されている気がする。
師弟関係に若干の危機感を抱きつつ、応接室の扉を開けると、すでにヴァルタルがいた。
「クラウス! 来てくれたか!」
「まあ、約束したし」
ヴァルタルと軽く挨拶を交わしてから、応接室内にいるもう一人の男に目を向ける。
「なんでお前もいるんだ」
「ギルド職員として気になることがあってね」
セルジュが真面目な顔で答える。多忙なはずなのに、わざわざ出張ってきたらしい。
机を挟んでヴァルタルとセルジュの向かいに座る。横にいるテオドールはなぜか少し緊張した顔をしていた。
「すまない。先に僕の疑問に答えてくれないか」
「ん? どうした?」
セルジュの言葉にヴァルタルが反応した。
「なぜ君は、消臭剤を作った薬師を正確に特定できたんだ? 場合によっては、薬師ギルドとして対策を練らなければならない」
「あー、それは」
ヴァルタルが気まずそうに顔を逸らす。まさか聞かれると思っていなかったのだろう。
ギルド職員の手を煩わせるわけにもいかないので、口ごもるヴァルタルの代わりに答えることにした。
「対策は必要ない。こいつが特殊なだけだ」
「特殊とは?」
セルジュが続け様に質問した。ギルドの人間として、製作者が特定される事態を避けたいのはわかる。
「ヴァルタルは魔力の痕跡を辿るのが異常に上手いんだ」
「痕跡を辿るといっても限度があるだろう」
「こいつは魔力の残骸が少しでもあれば製作者を特定できる。武器なら、とある人物が一回打ち込んだだけで特定可能だ」
「たしかに対策のしようがないな」
セルジュが頭を抱えている。気持ちはわかるが、どうしようもない。
ヴァルタルはその特技を使い、好きな名工の武器を買い漁ることを趣味としている。冒険者を続けているのも、各地に移動し武器を収集しやすいからだ。
誰かがヴァルタルのことを「魔力ストーカー」だと言っていたが、本当にその通りだと思う。本人の名誉のためこの場では言わないが。
「終わったか? それなら、わしの話に切り替えるぞ」
「ああ、すまない」
セルジュは謝った後も席を立たなかった。最後まで話を聞くつもりらしい。ヴァルタルはセルジュをちらりと見て、俺と目を合わせた。
「テオドールはお前さんの弟子だからいいとして、セルジュは信用できるのか?」
「できる。俺が保証する」
口の堅さはよくわからないけど、たぶん大丈夫だろう。真面目でいいやつだし。
「わかった。さっそくだが依頼だ。この消臭剤を改良してほしい」
「改良? 性能に問題はないはずだが」
「お前さんは、この消臭剤の主な使用用途を知っているか?」
「もちろん。アンデッド対策だろ?」
ガスォンの街は消臭剤の需要が高い。それはこの街の根幹でもあるダンジョンと関係する。
「そうだ。攻略に支障をきたすくらいひどい臭いだからな」
ヴァルタルが顔を顰めている。話しながらアンデッドの臭いを思い出したのだろう。
ガスォンはダンジョンを中心に栄えている街だ。
そのダンジョンは大きく分けて上層・中層・下層と三階層構造となっている。
上層は初心者向け、下層は未到達の場所も多く極一部の熟練者しか挑めない難易度だ。
危険性と報酬の釣り合いを考えると中層が一番効率がいい。そのため、中層を攻略するための商品が飛ぶように売れる。消臭剤もその一つだ。
中層は主にアンデッドの魔物で構成されている。腐肉を纏う魔物が溢れている空間は当然のように悪臭が漂う。
この消臭剤は、テント内などある程度狭い空間に設置することでアンデッドの悪臭を遮断する効果がある。攻略のため何日もダンジョンに滞在する場合必須のものだ。
「改良って、効果に不満でもあるのか?」
「不満はない。ただ、この消臭剤は空間に作用するものだろう?」
「ああ」
「何日もダンジョンに滞在しているとな、洗濯しても服が臭ってくるんだ」
中層に潜る冒険者は、最低限の衣類を使い回しダンジョン攻略後に捨てることが多い。服を使い捨てできるくらい実入りがいいからだ。
レイスを倒したら宝石がドロップするダンジョンは世界的に見ても珍しい。
「で? 服を買い替えることができないくらい困窮しているわけでもないだろう?」
俺が問いかけると、ヴァルタルは目を伏せて口ごもりながら話し始めた。
「いや、わしは、服を捨てたくないというより、一時的にでも臭いを消したくてだな」
「だから、なんで?」
「あー、それはな、ダンジョン攻略後に冒険者ギルドに寄るだろう? その時にほら、臭いが気になると言うか」
なるほど。だいたい察した。こいつは昔から本当に変わらない。
「受付のカレンか? 冒険者のバーバラか? ギルド酒場のソフィアか? それとも」
「待て待て! なんの話だ!」
ヴァルタルが大声で被せてきた。女性の好みも含めてわかりやすい男だ。
「師匠、なぜ冒険者ギルドの女性の名前を?」
不思議そうな顔をしたテオドールが首を傾げてきた。
「こいつが人を頼るのは、武器か恋愛絡みの時だけだから」
「決めつけはよくないですよ。ヴァルタルさんにも事情があるかもしれないじゃないですか」
テオドールの言葉を受けて、皆の視線がヴァルタルに集まる。ヴァルタルは俯いていて表情が全く見えない。
「……カレンです」
「あ、はい。すみませんでした」
まあ、そうなるわな。若者の真っ直ぐな視線に耐えられなくなったのだろう。気持ちはすごくわかる。
「うわ。えぐい」
セルジュは独り言のつもりだったと思うが、静まり返った応接室でその声はよく響いた。自分が発端とはいえ、これ以上旧友に追い討ちをかけるのは忍びなくて話題を変えることにした。
「面白そうだから引き受けてやる」
「クラウス! 感謝する!」
ヴァルタルが身を乗り出して感謝を伝えてきた。机を挟んでいなかったら背中を叩かれていたかもしれない。
「そういえば、なぜ師匠が調合した消臭剤に目を付けたんですか?」
テオドールが純粋な疑問を口にした。たしかに旧友との再会に気を取られてすっかり忘れていた。
「効能にそこまでの違いはなかったが、他と比べると不純物が圧倒的に少なくてな。丁寧な仕事をしているから信用できると思ったんだ」
本人を前にして素直に理由を語れるのはすごいと思う。ただ、場所は選んでほしかった。
「へー。じゃあ調合行ってくるわ」
「師匠嬉しそう」
その通りだけど、なぜテオドールも嬉しそうな顔をしているのか。
「うるさい。あ、ヴァルタル。臭いを消すだけでいいのか?」
「できれば、あの、花の香りを」
「わかった。やってみる」
友人の新たな一面を垣間見た。これ以上追求しても疲れるだけなので、ヴァルタルと後日会う約束を交わして調合室に急いだ。
「なんでお前らも付いてくるんだよ」
「俺は弟子として師匠の調合を見学したくて」
「僕はギルド職員として監視をだな」
昔、似たようなやり取りをした覚えがあるな。この二人なら調合の邪魔にならないし、いろいろ協力してもらおう。
「とりあえず従来の消臭剤と同じように作っていくか」
「それだと液体だろ? 布につける時、大量の消臭剤が必要にならないか?」
セルジュの指摘はもっともだ。俺は魔法鞄からあるものを取り出した。
「最近、隣街の錬金術師が開発した容器があってな。それを使おうと思う」
「それって、もしかしてエイデン先輩ですか?」
テオドールの表情は明るい。仲がいい先輩の話題が出て嬉しさを隠しきれない様子だ。
「そう。アルバート先輩と共同開発したらしい」
机に容器を置くと、二人はまじまじと観察を始めた。
「液体を霧状にして吹きかける器具だそうだ」
試しに水を吹きかけると、二人とも納得したような顔になった。これなら効率的に服を消臭できるだろう。
「それにしても師匠。アルバート先輩は師匠より年下なのに、なぜ先輩呼びを?」
「お前の報告書が強烈すぎて刻み込まれたというか」
「はあ、そうですか」
そこでしっくりきてないところがテオドールらしい。あの報告書は本気で怖かった。礼儀としてちゃんと目を通したし、内容も全部覚えたけど、報告書を読み上げるテオドールの表情がしばらく頭から離れなかった。夢にも出てきた。
今だに不思議そうな顔をしているテオドールを無視して、調合に取り掛かる。
まずは薬研にシデリの実を入れる。この実は匂いの元を取り込み消臭する性質があり、消臭剤にかかせない素材だ。
次に、ミュジの種も入れる。香り付けのための素材で、厳密に言えば花ではないのだが、似たような香りがするので問題ないはずだ。
シデリの実とミュジの種を同時に薬研でひいて粉末にする。初めての組み合わせだがうまくいくだろうか。
薬研車の軸を持って擦り付けるように潰していく。
「楽しい~」
「なんだ、その間の抜けた声は」
「楽しそうな師匠かわいい」
セルジュに酷いことを言われた気がする。だが、そんなことが気にならないくらい手に伝わる感覚に夢中になった。
「テオドール、お前もやってみろ。なんか、こう、手が楽しい」
「はい!」
薬研の中身を入れ替えてテオドールにも押し付ける。
「わかります! ごりっ、ぐにって独特な感触が楽しいです!」
「だろ! 楽しいよな!」
師弟で盛り上がっていると、セルジュが咳払いをした。
「僕もやりたい」
目をキラキラさせながら言われたら、断ることなんてできるわけがない。
「いいぞ。ほら」
セルジュに薬研車を渡すと、すぐ夢中になって回し始めた。
「これは、たしかに楽しいな」
「な?」
それから三人で大いに盛り上がり、新たな消臭剤の開発に励んだ。
シデリの実とミュジの種を主軸に、肌に触れても問題がない成分を調合し、試作品を作りまくった。気がついたら夜が更けていた。
日付が変わっても俺たちの熱意は続き、衣類用消臭剤は一週間で完成した。セルジュが三人の共同開発ということで薬師ギルドに申請し、晴れて販売が可能となった。
もちろん、肌に触れても問題がないかは、薬師ギルドが検証済みだ。
意外なことに、衣類用消臭剤はガスォンの街に住む主婦達を中心に売れた。
ガスォンの街は、建物が密集していて日当たりが悪いところが多い。洗濯物を干す場所も限られているため、雨が続くと洗濯もままならなくなる。そのため、一時的にでも衣服の匂いが消せる消臭剤は飛ぶように売れた。
ちなみに、消臭剤開発のきっかけとなったヴァルタルの恋はすでに終焉を迎えている。
なんでも、カレンに告白する前に副ギルド長と付き合っていたことが発覚したらしい。まさかハルバードの副ギルド長と受付のカレンが付き合っていたとは。
世間は狭いなと思った。
「あー、帰りたい」
「師匠、さすがにそれはヴァルタルさんがかわいそうです」
ぼやいていたら、弟子から至極真っ当な注意を受けてしまった。テオドールの成人以降、徐々に精神年齢が逆転されている気がする。
師弟関係に若干の危機感を抱きつつ、応接室の扉を開けると、すでにヴァルタルがいた。
「クラウス! 来てくれたか!」
「まあ、約束したし」
ヴァルタルと軽く挨拶を交わしてから、応接室内にいるもう一人の男に目を向ける。
「なんでお前もいるんだ」
「ギルド職員として気になることがあってね」
セルジュが真面目な顔で答える。多忙なはずなのに、わざわざ出張ってきたらしい。
机を挟んでヴァルタルとセルジュの向かいに座る。横にいるテオドールはなぜか少し緊張した顔をしていた。
「すまない。先に僕の疑問に答えてくれないか」
「ん? どうした?」
セルジュの言葉にヴァルタルが反応した。
「なぜ君は、消臭剤を作った薬師を正確に特定できたんだ? 場合によっては、薬師ギルドとして対策を練らなければならない」
「あー、それは」
ヴァルタルが気まずそうに顔を逸らす。まさか聞かれると思っていなかったのだろう。
ギルド職員の手を煩わせるわけにもいかないので、口ごもるヴァルタルの代わりに答えることにした。
「対策は必要ない。こいつが特殊なだけだ」
「特殊とは?」
セルジュが続け様に質問した。ギルドの人間として、製作者が特定される事態を避けたいのはわかる。
「ヴァルタルは魔力の痕跡を辿るのが異常に上手いんだ」
「痕跡を辿るといっても限度があるだろう」
「こいつは魔力の残骸が少しでもあれば製作者を特定できる。武器なら、とある人物が一回打ち込んだだけで特定可能だ」
「たしかに対策のしようがないな」
セルジュが頭を抱えている。気持ちはわかるが、どうしようもない。
ヴァルタルはその特技を使い、好きな名工の武器を買い漁ることを趣味としている。冒険者を続けているのも、各地に移動し武器を収集しやすいからだ。
誰かがヴァルタルのことを「魔力ストーカー」だと言っていたが、本当にその通りだと思う。本人の名誉のためこの場では言わないが。
「終わったか? それなら、わしの話に切り替えるぞ」
「ああ、すまない」
セルジュは謝った後も席を立たなかった。最後まで話を聞くつもりらしい。ヴァルタルはセルジュをちらりと見て、俺と目を合わせた。
「テオドールはお前さんの弟子だからいいとして、セルジュは信用できるのか?」
「できる。俺が保証する」
口の堅さはよくわからないけど、たぶん大丈夫だろう。真面目でいいやつだし。
「わかった。さっそくだが依頼だ。この消臭剤を改良してほしい」
「改良? 性能に問題はないはずだが」
「お前さんは、この消臭剤の主な使用用途を知っているか?」
「もちろん。アンデッド対策だろ?」
ガスォンの街は消臭剤の需要が高い。それはこの街の根幹でもあるダンジョンと関係する。
「そうだ。攻略に支障をきたすくらいひどい臭いだからな」
ヴァルタルが顔を顰めている。話しながらアンデッドの臭いを思い出したのだろう。
ガスォンはダンジョンを中心に栄えている街だ。
そのダンジョンは大きく分けて上層・中層・下層と三階層構造となっている。
上層は初心者向け、下層は未到達の場所も多く極一部の熟練者しか挑めない難易度だ。
危険性と報酬の釣り合いを考えると中層が一番効率がいい。そのため、中層を攻略するための商品が飛ぶように売れる。消臭剤もその一つだ。
中層は主にアンデッドの魔物で構成されている。腐肉を纏う魔物が溢れている空間は当然のように悪臭が漂う。
この消臭剤は、テント内などある程度狭い空間に設置することでアンデッドの悪臭を遮断する効果がある。攻略のため何日もダンジョンに滞在する場合必須のものだ。
「改良って、効果に不満でもあるのか?」
「不満はない。ただ、この消臭剤は空間に作用するものだろう?」
「ああ」
「何日もダンジョンに滞在しているとな、洗濯しても服が臭ってくるんだ」
中層に潜る冒険者は、最低限の衣類を使い回しダンジョン攻略後に捨てることが多い。服を使い捨てできるくらい実入りがいいからだ。
レイスを倒したら宝石がドロップするダンジョンは世界的に見ても珍しい。
「で? 服を買い替えることができないくらい困窮しているわけでもないだろう?」
俺が問いかけると、ヴァルタルは目を伏せて口ごもりながら話し始めた。
「いや、わしは、服を捨てたくないというより、一時的にでも臭いを消したくてだな」
「だから、なんで?」
「あー、それはな、ダンジョン攻略後に冒険者ギルドに寄るだろう? その時にほら、臭いが気になると言うか」
なるほど。だいたい察した。こいつは昔から本当に変わらない。
「受付のカレンか? 冒険者のバーバラか? ギルド酒場のソフィアか? それとも」
「待て待て! なんの話だ!」
ヴァルタルが大声で被せてきた。女性の好みも含めてわかりやすい男だ。
「師匠、なぜ冒険者ギルドの女性の名前を?」
不思議そうな顔をしたテオドールが首を傾げてきた。
「こいつが人を頼るのは、武器か恋愛絡みの時だけだから」
「決めつけはよくないですよ。ヴァルタルさんにも事情があるかもしれないじゃないですか」
テオドールの言葉を受けて、皆の視線がヴァルタルに集まる。ヴァルタルは俯いていて表情が全く見えない。
「……カレンです」
「あ、はい。すみませんでした」
まあ、そうなるわな。若者の真っ直ぐな視線に耐えられなくなったのだろう。気持ちはすごくわかる。
「うわ。えぐい」
セルジュは独り言のつもりだったと思うが、静まり返った応接室でその声はよく響いた。自分が発端とはいえ、これ以上旧友に追い討ちをかけるのは忍びなくて話題を変えることにした。
「面白そうだから引き受けてやる」
「クラウス! 感謝する!」
ヴァルタルが身を乗り出して感謝を伝えてきた。机を挟んでいなかったら背中を叩かれていたかもしれない。
「そういえば、なぜ師匠が調合した消臭剤に目を付けたんですか?」
テオドールが純粋な疑問を口にした。たしかに旧友との再会に気を取られてすっかり忘れていた。
「効能にそこまでの違いはなかったが、他と比べると不純物が圧倒的に少なくてな。丁寧な仕事をしているから信用できると思ったんだ」
本人を前にして素直に理由を語れるのはすごいと思う。ただ、場所は選んでほしかった。
「へー。じゃあ調合行ってくるわ」
「師匠嬉しそう」
その通りだけど、なぜテオドールも嬉しそうな顔をしているのか。
「うるさい。あ、ヴァルタル。臭いを消すだけでいいのか?」
「できれば、あの、花の香りを」
「わかった。やってみる」
友人の新たな一面を垣間見た。これ以上追求しても疲れるだけなので、ヴァルタルと後日会う約束を交わして調合室に急いだ。
「なんでお前らも付いてくるんだよ」
「俺は弟子として師匠の調合を見学したくて」
「僕はギルド職員として監視をだな」
昔、似たようなやり取りをした覚えがあるな。この二人なら調合の邪魔にならないし、いろいろ協力してもらおう。
「とりあえず従来の消臭剤と同じように作っていくか」
「それだと液体だろ? 布につける時、大量の消臭剤が必要にならないか?」
セルジュの指摘はもっともだ。俺は魔法鞄からあるものを取り出した。
「最近、隣街の錬金術師が開発した容器があってな。それを使おうと思う」
「それって、もしかしてエイデン先輩ですか?」
テオドールの表情は明るい。仲がいい先輩の話題が出て嬉しさを隠しきれない様子だ。
「そう。アルバート先輩と共同開発したらしい」
机に容器を置くと、二人はまじまじと観察を始めた。
「液体を霧状にして吹きかける器具だそうだ」
試しに水を吹きかけると、二人とも納得したような顔になった。これなら効率的に服を消臭できるだろう。
「それにしても師匠。アルバート先輩は師匠より年下なのに、なぜ先輩呼びを?」
「お前の報告書が強烈すぎて刻み込まれたというか」
「はあ、そうですか」
そこでしっくりきてないところがテオドールらしい。あの報告書は本気で怖かった。礼儀としてちゃんと目を通したし、内容も全部覚えたけど、報告書を読み上げるテオドールの表情がしばらく頭から離れなかった。夢にも出てきた。
今だに不思議そうな顔をしているテオドールを無視して、調合に取り掛かる。
まずは薬研にシデリの実を入れる。この実は匂いの元を取り込み消臭する性質があり、消臭剤にかかせない素材だ。
次に、ミュジの種も入れる。香り付けのための素材で、厳密に言えば花ではないのだが、似たような香りがするので問題ないはずだ。
シデリの実とミュジの種を同時に薬研でひいて粉末にする。初めての組み合わせだがうまくいくだろうか。
薬研車の軸を持って擦り付けるように潰していく。
「楽しい~」
「なんだ、その間の抜けた声は」
「楽しそうな師匠かわいい」
セルジュに酷いことを言われた気がする。だが、そんなことが気にならないくらい手に伝わる感覚に夢中になった。
「テオドール、お前もやってみろ。なんか、こう、手が楽しい」
「はい!」
薬研の中身を入れ替えてテオドールにも押し付ける。
「わかります! ごりっ、ぐにって独特な感触が楽しいです!」
「だろ! 楽しいよな!」
師弟で盛り上がっていると、セルジュが咳払いをした。
「僕もやりたい」
目をキラキラさせながら言われたら、断ることなんてできるわけがない。
「いいぞ。ほら」
セルジュに薬研車を渡すと、すぐ夢中になって回し始めた。
「これは、たしかに楽しいな」
「な?」
それから三人で大いに盛り上がり、新たな消臭剤の開発に励んだ。
シデリの実とミュジの種を主軸に、肌に触れても問題がない成分を調合し、試作品を作りまくった。気がついたら夜が更けていた。
日付が変わっても俺たちの熱意は続き、衣類用消臭剤は一週間で完成した。セルジュが三人の共同開発ということで薬師ギルドに申請し、晴れて販売が可能となった。
もちろん、肌に触れても問題がないかは、薬師ギルドが検証済みだ。
意外なことに、衣類用消臭剤はガスォンの街に住む主婦達を中心に売れた。
ガスォンの街は、建物が密集していて日当たりが悪いところが多い。洗濯物を干す場所も限られているため、雨が続くと洗濯もままならなくなる。そのため、一時的にでも衣服の匂いが消せる消臭剤は飛ぶように売れた。
ちなみに、消臭剤開発のきっかけとなったヴァルタルの恋はすでに終焉を迎えている。
なんでも、カレンに告白する前に副ギルド長と付き合っていたことが発覚したらしい。まさかハルバードの副ギルド長と受付のカレンが付き合っていたとは。
世間は狭いなと思った。
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