薬師の俺は、呪われた弟子の執着愛を今日もやり過ごす

ひなた

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薬師編

第三十四話 腐れ縁①

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 俺とテオドールは、どことなくのんびりした歩みで狭い路地を進んでいた。
「春ですね」
「春だな」
 春の陽気が中身のない会話すら許されるように感じさせる。今日はテオドールに調合を指導するため、薬師ギルドに向かっている。
「おい、手離せ」
「大通りに出るまではこうしていたいです」
「それならまあ、いいか」
 普段なら確実に拒否しているが、これも暖かな日差しのせいだろう。嬉しそうなテオドールの表情を見ていたら、歩く速度が鈍くなっていた。


 薬師ギルドに到着し、調合部屋に入室するまではよかった。そこから指導に熱が入り、気がつけば外が夕焼けで赤く染まる時間になっていた。
「勉強になりました。ありがとうございます」
「すまない。さすがに長すぎた。夕飯は外で食べよう」
 どこに行くか相談しながらギルドの受付に向かうと、女性職員が慌てた様子で出てきた。
「クラウスさん、大変です!」
「どうした?」
「冒険者の方が苦情を入れてきて、セルジュさんが対応中ですが、かなりお怒りの様子です」
「よし。テオドール、帰るぞ」
「そこをなんとか!」
 必死な形相の職員に肩を掴まれ、帰ろうにも帰れない状況だ。
「あの、とりあえず手を離しませんか」
 テオドールが戸惑いながらも職員に注意してくれた。そのおかげで肩は解放されたが、話を聞く流れになってしまった。

「で? 何があった?」
「冒険者の方がいきなり『この素晴らしい消臭剤を作成した薬師に用がある』と押しかけてきまして」
「そんなのいちいち相手にするなよ。きりがないだろ」
「その方、何十個も消臭剤の空き瓶を持ってきて『この消臭剤を作ったのはどの薬師か』って詰め寄ってきたんです。製作者はギルド職員しか知らないはずなのに、確認したら全て同一人物が作ったものでした。特徴的な薬ならともかく、ただの消臭剤で製作者を特定されるなんてありえないです」

 職員が意味ありげな視線を俺に送る。悲しいことに今後の展開が読めてしまった。
「その消臭剤を調合したのはもしかして……」
 微妙な空気に耐えきれなかったのか、テオドールが先に口を開いた。答えはわかりきっているが確認は大事だ。できれば無視して帰りたかったけど仕方ない。
「クラウスさんです」
 その瞬間、夕飯の時間が遅れることが確定した。


「俺のせいでごめん。今度埋め合わせする」
「いえ。師匠が悪いわけではないので、お気になさらず」
 爽やかに笑うテオドールを見ていたら帰りたくなってきた。
 職員から簡単な説明を受けただけだが、セルジュと冒険者がいる部屋はすぐわかった。扉越しなのに会話が丸聞こえだ。

「だから! さっさと例の薬師を連れてこい!」
 低い男の声だ。例の冒険者だろう。
「先ほどから何度も言っているだろう。彼はうちの大事な人材だ。理由なく連れ出すことはできない」
 セルジュの声は硬く、緊張した様子が伝わってくる。
「お前さんに理由を話す義理はない」
「それなら僕が責任を持って預かるから手紙で伝えてほしい」
「わしは字が汚いから無理だ」
「誰かに代筆を頼めないのか?」
「そしたら筒抜けになるだろうが! 少しは考えて物を言え!」
 直後、何かを叩きつける音が聞こえた。このままでは大事になりそうだ。

 扉を開けようと腕を伸ばしたらテオドールに止められた。
「危ないですから、俺の後ろに隠れてください」
「だめだ。ここは俺が」
「師匠」
「わかった。気をつけろよ」
 テオドールが慎重に扉を開ける。室内にいる二人は俺たちの存在に気がつかなかったようで、テーブルを挟んで会話を続けていた。

「いいから薬師を連れてこい」
「それはできない」
 例の冒険者は扉に背を向けて立っていて、顔は確認できない。背丈は低いが横幅は広く筋肉質な体型をしている。典型的なドワーフ族だ。
「いい加減にしろ! ぶっ飛ばすぞ!」
 ドワーフの冒険者が怒鳴りながら拳を振り上げた。腕や拳に力が入っていないから脅しのつもりだろうが、これはよろしくない。

 冒険者を警戒して入り口で固まっているテオドールの脇をすり抜ける。
 そのまま真っ直ぐ冒険者の近くに移動し、思いっきり尻を蹴とばした。身体強化魔法はかけていないが十分な衝撃だったはずだ。
「人様に迷惑をかけるな。クソドワーフが」
「師匠!」
「クラウス! さすがに暴力沙汰は」
 なぜか焦っている様子のテオドールとセルジュを安心させるため、床にうずくまるドワーフを指差して釈明する。
「大丈夫。こいつ知り合いだから」

 俺が蹴っ飛ばしたドワーフは尻を押さえながらよろよろと立ち上がった。そして満面の笑みをこちらに向けたかと思うと、背中をものすごい力で叩いてきた。
「クラウス! 久しぶりだな! 元気にしてたか?」
 一瞬息が止まった。さすがの馬鹿力だ。ガサツなところは昔と少しも変わっていない。
「今の一撃で元気がなくなった」
「相変わらず嫌味な男だな!」
 口を大きく開けて豪快に笑うドワーフと、口を開けたまま固まっているセルジュとテオドール。第三者が見たら奇妙な光景に映ることだろう。

 俺が目で合図を送ると、クソドワーフが自己紹介を始めた。
「ヴァルタルだ! 今は冒険者をしている! よろしく!」
 短すぎる挨拶を終えたヴァルタルは、満足そうにご自慢の長い髭を撫でている。正直、こいつを古い友人だと紹介するのが恥ずかしくなってきた。
「まずセルジュに詫びろ。話はそれからだ」
 俺の一言でやっと髭を撫でる手を止めた。ヴァルタルは悪いやつではないけど、頑固で直情的だから揉め事を起こしがちだ。本当に勘弁してほしい。
「申し訳ない。迷惑をかけてしまった」
 ヴァルタルが深々と頭を下げた。衝撃で固まっていたセルジュが慌てて姿勢を正す。
「あ、いや。謝罪を受け入れよう」
 俺だったら一発殴ってからもう一度頭を下げさせてようやく謝罪を受け入れるくらいのことをされたのに、あっさり許すなんてセルジュはいいやつだ。

「あの、師匠。もしかしてヴァルタルさんは以前スヴェイン先生と話していた」
「そうそう。言動に難があるドワーフ。スヴェインの元冒険者仲間。何年も前の話をよく覚えてたな」
 ヴァルタルが俺の言葉に反応する前に、テオドールが挨拶し始めた。
「はじめまして。クラウス師匠の弟子でテオドールと申します。カイザネラ王立学院に在学していた際にスヴェイン先生とも面識が」
「お前さん、クラウスの弟子とは思えないくらい礼儀正しいやつだな! 気に入った!」
 ヴァルタルは賞賛と同時に何度もテオドールの肩を叩いている。えぐい音が響いているけど、テオドールは涼しい顔だ。こんな時すぐにやり返さないのがテオドールのいいところだと思う。

「それで? 薬師ギルドに怒鳴り込んだ理由は?」
「怒鳴り込みとは言葉が悪い。わしはただ、この消臭剤を作った薬師に依頼をするためにきたんだ」
 ヴァルタルのムスッとした顔が腹立たしい。イラついたので今までの言動を全てスヴェインに報告することに決めた。あいつはヴァルタルをからかうのが趣味みたいなものだから喜んでくれるだろう。

「それ作ったの俺」
「なんだお前さんだったのか。セルジュも早く言ってくれたらよかったのに!」
 ヴァルタルが親しげな笑みを浮かべ、セルジュの肩を叩こうと腕を上げた。寸前でそれを避けたセルジュはうんざりした様子だ。
「言えるわけがないだろう。先ほどの君の言動は完全に暴漢だったからな」
「それもそうだ!」
 何が面白いのかヴァルタルは大きく身体を揺らして笑っている。この短時間でヴァルタルの扱い方を完全に理解するとは、さすがセルジュである。

「クラウスが例の薬師なら話は早い。実は」
 ヴァルタルが目を輝かせながら話を進めようとする。これは危険な流れだ。
「待て。この話、長くなりそうか?」
「そこそこ長い」
「なら明日にしてくれ」
「お前さん、久しぶりに会った友人に対して冷たくないか?」
「こっちは誰かさんのせいで腹が減ってるんだよ。テオドール、帰るぞ」
 ヴァルタルを睨みつけた後、テオドールの腕を掴む。そのままヴァルタルと明日の予定を繰り合わせて薬師ギルドを後にした。

 飲食店が集まる区域を目指して歩いていると、テオドールが声をかけてきた。
「あの、師匠。腕を」
「ああ。悪い」
 掴んでいた腕をパッと離すと、テオドールは残念そうな表情を見せた。
「もっと腕を絡ませてもいいですよって言いたかったのに」
「離してほしいのかと思った」
 テオドールは首を横に振ったあと、気まずげに口を開いた。
「あの、よかったんですか? ヴァルタルさんと積もる話もあったのでは?」
「別に」
「師匠、どうかなさいましたか? 機嫌がよくないように見えますが……」
「そうか?」
「はい。普段、師匠はそんな風に不機嫌になる方じゃないから珍しくて」

 どうやら心配をかけてしまったようだ。大人げない態度を取った自覚はあるので、変にごまかさず正直に話すことにした。
「久しぶりに二人でゆっくり食事ができると思ってたのに、くだらないことで台無しになったから」
 テオドールはパァッと表情を明るくして、俺を力強く抱き寄せた。
「往来のど真ん中でやめろよ」
「すみません! つい」
「腕を組むくらいなら許してやる」
 テオドールの数歩前を歩き腕を差し出すと、すぐに腕が絡んできた。
「今度二人で出掛けませんか? 俺も師匠とゆっくり過ごしたいです」
「そうだな」
 今後の予定を話し合いながら馴染みの食堂へ向け歩を進める。すっかり陽も落ちて肌寒くなっているのに、腕からテオドールの体温が伝わって温かかった。
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