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薬師編
第二十八話 軟膏の香り
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テオドールと共にベレ村に赴任して半年が経過した。現在、冬真っ只中である。王都にいた時と比べると家の中がとてつもなく寒い。
暖房の魔道具を起動しているが、家の構造が悪いのか効果は薄い。そのせいで、寒さに我慢できなくなったら調合をやめて寝室に引きこもるという決まりが、いつのまにかできていた。
今日の分の調合を終えて店に顔を出すと、テオドールが本を読んでいた。
「おい、サボるな」
「すみません。雪が止みそうにないので、つい」
「うわ、最悪」
俺もテオドールと同じ顔をしているに違いない。外を確認すると、雪はまだ降り続いていた。重たい色の雲が暗い気持ちを助長する。
「今日はもう店を閉めよう」
「明日は一日中雪かきですかね」
「今のうちに身体を休めておかないとな」
テオドールの言う通り、明日は雪かきで一日が潰れるだろう。田舎では急病人が出ると真っ先に薬師が呼ばれるため、道の整備は必須だ。
この家は村の外れにあるから、中心地まで続く道を雪かきするのはかなりの重労働だ。村人が何人か協力してくれたら楽になるのに、と淡い期待を抱きながらテオドールと店じまいをする。
何気なく店頭に並んだ回復薬を取ろうとしたら、指先に痛みが走った。
「痛っ!」
「大丈夫ですか?」
テオドールが作業の手を止めて、心配そうな顔で寄ってきた。
「あかぎれがちょっと」
「見せてください……これは痛そうですね」
俺の手を取ってまじまじと見つめたテオドールが眉をしかめる。
「放っておけば治る」
「だめです。この前軟膏を作ったので塗らせてください」
「わかった」
テオドールに促されてリビングの椅子に座る。テオドールも向かい合うように座り、繊細な手つきで軟膏を塗り付けた。
「痛かったら言ってください」
「問題ない。この香りはアギモカの花か?」
「はい。薬師ギルドの職員さんから精油を譲ってもらいまして」
アギモカはカイザネラ王国に広く分布している花で、鎮痛や鎮静の効果がある。黄金色の小さく可愛らしい花で、特徴的な甘い芳香があり、その精油は女性を中心に人気が高い。
「自分の手から甘い匂いがする……」
「苦手な香りでしたか?」
「いや、いい歳した男には似合わないというか」
「そうですか? 俺、アギモカの花は師匠みたいだと思ってました」
数秒ほど無言でテオドールを見つめるが、冗談を言っている気配がない。今日は時間が余っているから、テオドールのよくわからない発言を掘り下げることにした。
「アギモカと俺の共通点が一つもわからん」
「色は師匠の瞳に似てますし、かわいくて思わず守りたくなる感じとか」
「なんでだよ。俺はどちらかというと強くて頼れる感じだろ」
「世間一般ではそうかもしれませんが、俺にとって師匠はすごくかわいいです」
「ふーん」
恋は盲目というべきか。俺のこと本気で可愛いと思っているのか疑問だ。
「師匠はそういうのありませんか? あれ俺っぽいなーってやつ」
期待で目をキラキラさせたテオドールが、自分を指差して聞いてきた。
「あー、犬?」
「なんでですか! 俺一つも犬っぽくないでしょ!」
「いいだろ犬。懐くし、可愛いし」
「師匠がハルお婆さんのとこだけ配達に行きたがる理由がわかりました」
ハル婆さんの家はタッカーという名前の黒くてでかい犬を飼っている。まあ、目的はそれだけではないけど、ほぼ正解だ。
テオドールは不満を訴えながら俺の手に軟膏を塗っている。心なしか楽しそうで、そういうところも犬っぽいと言ったら余計に怒らせそうだから黙っておいた。
「塗り終わりました。しばらくベタつきますけど時間が経てばおさまるので」
「ありがとう」
「そういえば、いつも使ってる香油ってどこで購入してますか? ギルドにあるなら買っておきましょうか?」
「俺が買っておくから気にしないでいい」
精油繋がりで聞いてきたのだと思うが、あまり触れてほしくないのでさっさと話を終わらせる。
「今日は夕飯の後片付けも俺がやります」
「さすがにそこまでは」
「俺がやりたいだけですから」
テオドールが俺の頭を撫でて微笑みかける。その顔は、可愛らしいものを見つめているように思えた。
俺の中でテオドールの本心を知りたいという気持ちが芽生えた。かなり恥ずかしいが、テオドールの服をつまみ、上目遣いで話しかける。
「なあなあ。俺、今日の夕飯は肉がいい」
「え、あっ。わかりました」
テオドールが顔を赤くして動揺している。俺もつられて赤くなったような気がして、思わず手で顔を覆った。そのせいで顔も軟膏でベタついたけど、そんなこと気にならないくらい、俺とテオドールは照れまくっていた。
数時間後、食卓に並んだステーキのせいでテオドールの顔をまともに見られなかった。今後、好奇心だけで行動するのはやめようと心に誓った。
暖房の魔道具を起動しているが、家の構造が悪いのか効果は薄い。そのせいで、寒さに我慢できなくなったら調合をやめて寝室に引きこもるという決まりが、いつのまにかできていた。
今日の分の調合を終えて店に顔を出すと、テオドールが本を読んでいた。
「おい、サボるな」
「すみません。雪が止みそうにないので、つい」
「うわ、最悪」
俺もテオドールと同じ顔をしているに違いない。外を確認すると、雪はまだ降り続いていた。重たい色の雲が暗い気持ちを助長する。
「今日はもう店を閉めよう」
「明日は一日中雪かきですかね」
「今のうちに身体を休めておかないとな」
テオドールの言う通り、明日は雪かきで一日が潰れるだろう。田舎では急病人が出ると真っ先に薬師が呼ばれるため、道の整備は必須だ。
この家は村の外れにあるから、中心地まで続く道を雪かきするのはかなりの重労働だ。村人が何人か協力してくれたら楽になるのに、と淡い期待を抱きながらテオドールと店じまいをする。
何気なく店頭に並んだ回復薬を取ろうとしたら、指先に痛みが走った。
「痛っ!」
「大丈夫ですか?」
テオドールが作業の手を止めて、心配そうな顔で寄ってきた。
「あかぎれがちょっと」
「見せてください……これは痛そうですね」
俺の手を取ってまじまじと見つめたテオドールが眉をしかめる。
「放っておけば治る」
「だめです。この前軟膏を作ったので塗らせてください」
「わかった」
テオドールに促されてリビングの椅子に座る。テオドールも向かい合うように座り、繊細な手つきで軟膏を塗り付けた。
「痛かったら言ってください」
「問題ない。この香りはアギモカの花か?」
「はい。薬師ギルドの職員さんから精油を譲ってもらいまして」
アギモカはカイザネラ王国に広く分布している花で、鎮痛や鎮静の効果がある。黄金色の小さく可愛らしい花で、特徴的な甘い芳香があり、その精油は女性を中心に人気が高い。
「自分の手から甘い匂いがする……」
「苦手な香りでしたか?」
「いや、いい歳した男には似合わないというか」
「そうですか? 俺、アギモカの花は師匠みたいだと思ってました」
数秒ほど無言でテオドールを見つめるが、冗談を言っている気配がない。今日は時間が余っているから、テオドールのよくわからない発言を掘り下げることにした。
「アギモカと俺の共通点が一つもわからん」
「色は師匠の瞳に似てますし、かわいくて思わず守りたくなる感じとか」
「なんでだよ。俺はどちらかというと強くて頼れる感じだろ」
「世間一般ではそうかもしれませんが、俺にとって師匠はすごくかわいいです」
「ふーん」
恋は盲目というべきか。俺のこと本気で可愛いと思っているのか疑問だ。
「師匠はそういうのありませんか? あれ俺っぽいなーってやつ」
期待で目をキラキラさせたテオドールが、自分を指差して聞いてきた。
「あー、犬?」
「なんでですか! 俺一つも犬っぽくないでしょ!」
「いいだろ犬。懐くし、可愛いし」
「師匠がハルお婆さんのとこだけ配達に行きたがる理由がわかりました」
ハル婆さんの家はタッカーという名前の黒くてでかい犬を飼っている。まあ、目的はそれだけではないけど、ほぼ正解だ。
テオドールは不満を訴えながら俺の手に軟膏を塗っている。心なしか楽しそうで、そういうところも犬っぽいと言ったら余計に怒らせそうだから黙っておいた。
「塗り終わりました。しばらくベタつきますけど時間が経てばおさまるので」
「ありがとう」
「そういえば、いつも使ってる香油ってどこで購入してますか? ギルドにあるなら買っておきましょうか?」
「俺が買っておくから気にしないでいい」
精油繋がりで聞いてきたのだと思うが、あまり触れてほしくないのでさっさと話を終わらせる。
「今日は夕飯の後片付けも俺がやります」
「さすがにそこまでは」
「俺がやりたいだけですから」
テオドールが俺の頭を撫でて微笑みかける。その顔は、可愛らしいものを見つめているように思えた。
俺の中でテオドールの本心を知りたいという気持ちが芽生えた。かなり恥ずかしいが、テオドールの服をつまみ、上目遣いで話しかける。
「なあなあ。俺、今日の夕飯は肉がいい」
「え、あっ。わかりました」
テオドールが顔を赤くして動揺している。俺もつられて赤くなったような気がして、思わず手で顔を覆った。そのせいで顔も軟膏でベタついたけど、そんなこと気にならないくらい、俺とテオドールは照れまくっていた。
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