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薬師編
第二十六話 麦わら帽子
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夏、それは農作業が一年で最も忙しい時期である。赴任先のベレ村も例外ではなく、俺たちは毎日のように小麦の収穫を手伝わされていた。
村に馴染む一番の近道なので承諾したが、何回やっても慣れない。テオドールが王立学院に入学する前も似たようなことをやったはずなのに、ここ数年ですっかり動きを忘れてしまった。
「師匠、お疲れ様です」
「お疲れ。隣座れ。日陰があるから意外と涼しいぞ」
木にもたれて休んでいたら、疲れた様子のテオドールがやってきた。さすがのテオドールも小麦の収穫から干し草作りなど様々な労働を頼まれて、くたくたになっている。
「今日はもう終わっていいそうです」
「了解。毎日農作業してるから自分の職業忘れそう」
「同感です」
この時期は体力回復薬が売れるから作り置きをしておいたが、正解だった。作業後に薬の調合までしていたら、赴任早々倒れていただろう。
村民に悪気がないのはわかっているから文句も言えない。秋の収穫祭で気が緩んだ時に、そこそこ高い薬を売りつけて鬱憤を晴らすつもりだ。
想像上の売り上げを計算していると、左肩に重みを感じた。
「人がいないからってくっつくなよ」
「今日は本気で疲れました。師匠を補給させてください」
「お前も人に言えないくらい変なこと言うよな。いいから早く離れろ」
あの体力自慢が疲れ切っている様子に同情を覚えたが、それとこれとは話が別だ。
「師匠ひどい」
「帽子が邪魔」
「あ、すみません」
テオドールが勢いよく頭を上げて麦わら帽子を外した。
「もったいない。似合ってたのに」
「それ村の人全員に言われました」
「言いたくなるのわかる」
「師匠は全然似合ってないですね。違和感すごいです」
「お前もなかなかひどいと思う」
個人的に麦わら帽子が似合うのは、太陽が似合うかどうかで決まると思っている。
俺は太陽と対極の人間なので、似合わないのも納得だ。だが、番いに堂々と似合わないと言われたら微妙な気分になる。
「あー、そうか。師匠は綺麗な顔だから似合わないんだと思います」
「褒め言葉として受け取っておく」
本当に疲れているのだろう。いつものテオドールらしくない発言だ。
冷やしておいた初級回復薬を魔法鞄から取り出してテオドールに渡す。
「ありがとうございます」
喉を鳴らして一気に飲む姿を見届ける。この様子だと水分補給だけでは足りなさそうだ。魔法鞄からあるものを取り出して、テオドールに差し出す。
「これは?」
「塩分入りの飴。ゆっくり舐めろよ」
隣に座っている弟子が飴を噛まないように見守るという謎の時間を過ごすことになったが、たまにはいいだろう。
テオドールの横顔を眺めていると目が合った。合図を送るように肩を軽く動かすと、すぐにテオドールがもたれかかってきた。今度は文句を言わずに受け入れる。
「美味しいです。さすが師匠。薬師ギルドに登録するんですか?」
「いや、これは失敗作」
「こんなに美味しいのに?」
風に揺れた黒髪が頬をなぞってくすぐったい。弟子に失敗談を話すのは恥ずかしいが、漏れそうになる笑いをごまかすため語ることにした。
「夏の農作業は汗をかくから塩分補給にちょうどいいと思ってな。体調が悪くなる前に手軽に摂取できる方法を考えてみたらこうなった」
「すごくいいと思いますけど」
「俺も途中まではそう思った。だけど持ち運びを考えたら、どうしても固形の飴が理想的で」
「そうですね」
「そのせいで材料費が削れなくて。これ一粒で初級回復薬より高い」
「つまり?」
「暑さでちょっと体調悪くなったくらいなら回復薬飲んだほうが安いし早い」
「なんと言うか、残念ですね」
「本当にな」
回復薬が万能すぎるのが悪い。一挙両得を狙っていたのに残念な結果だ。それでも徒労に終わることはなかったからよかった。
「あの、もしかして俺のためだったりしますか?」
「さあな」
動揺を悟られないよう短い言葉で返す。たしかに塩飴を作った発端は回復薬が効かないテオドールのためなので、一つも間違っていない。
我ながら重いなと思うが、相手にバレなければいくらでも重くていいと開き直っているから、これ以上話すつもりはない。
テオドールもわかっているのか追求せずに、二本目の回復薬を飲み始めた。
「師匠」
疲れもだいぶ回復したようだ。普段通りの明るい声に口角が上がる。
「どうした?」
「飴はどれくらい作りましたか?」
「この小袋に入ってる分だけ」
魔法鞄から取り出して袋を見せると、テオドールが手を重ねてきた。
「俺に全部ください。他の人に渡したくないです」
「いいけど、一気に食べすぎるなよ。塩分の取りすぎはよくないから」
「はい。ありがとうございます」
嬉しそうに袋を受け取るテオドールを見続けると、照れくさくて顔を背けたくなる。それはなんとなく負けた気がするので、テオドールの膝の上にある麦わら帽子を奪い取った。
「どうしました?」
「やっぱり似合うなと思って」
テオドールの視界を塞ぐように無理やり帽子を被せて立ち上がる。
「師匠ひどい!」
「帰るぞ」
ここから住居兼店舗となっている一軒家までほぼ一直線だ。今日だけはテオドールよりも速く走れる気がして、勢いよく足を踏み出した。
村に馴染む一番の近道なので承諾したが、何回やっても慣れない。テオドールが王立学院に入学する前も似たようなことをやったはずなのに、ここ数年ですっかり動きを忘れてしまった。
「師匠、お疲れ様です」
「お疲れ。隣座れ。日陰があるから意外と涼しいぞ」
木にもたれて休んでいたら、疲れた様子のテオドールがやってきた。さすがのテオドールも小麦の収穫から干し草作りなど様々な労働を頼まれて、くたくたになっている。
「今日はもう終わっていいそうです」
「了解。毎日農作業してるから自分の職業忘れそう」
「同感です」
この時期は体力回復薬が売れるから作り置きをしておいたが、正解だった。作業後に薬の調合までしていたら、赴任早々倒れていただろう。
村民に悪気がないのはわかっているから文句も言えない。秋の収穫祭で気が緩んだ時に、そこそこ高い薬を売りつけて鬱憤を晴らすつもりだ。
想像上の売り上げを計算していると、左肩に重みを感じた。
「人がいないからってくっつくなよ」
「今日は本気で疲れました。師匠を補給させてください」
「お前も人に言えないくらい変なこと言うよな。いいから早く離れろ」
あの体力自慢が疲れ切っている様子に同情を覚えたが、それとこれとは話が別だ。
「師匠ひどい」
「帽子が邪魔」
「あ、すみません」
テオドールが勢いよく頭を上げて麦わら帽子を外した。
「もったいない。似合ってたのに」
「それ村の人全員に言われました」
「言いたくなるのわかる」
「師匠は全然似合ってないですね。違和感すごいです」
「お前もなかなかひどいと思う」
個人的に麦わら帽子が似合うのは、太陽が似合うかどうかで決まると思っている。
俺は太陽と対極の人間なので、似合わないのも納得だ。だが、番いに堂々と似合わないと言われたら微妙な気分になる。
「あー、そうか。師匠は綺麗な顔だから似合わないんだと思います」
「褒め言葉として受け取っておく」
本当に疲れているのだろう。いつものテオドールらしくない発言だ。
冷やしておいた初級回復薬を魔法鞄から取り出してテオドールに渡す。
「ありがとうございます」
喉を鳴らして一気に飲む姿を見届ける。この様子だと水分補給だけでは足りなさそうだ。魔法鞄からあるものを取り出して、テオドールに差し出す。
「これは?」
「塩分入りの飴。ゆっくり舐めろよ」
隣に座っている弟子が飴を噛まないように見守るという謎の時間を過ごすことになったが、たまにはいいだろう。
テオドールの横顔を眺めていると目が合った。合図を送るように肩を軽く動かすと、すぐにテオドールがもたれかかってきた。今度は文句を言わずに受け入れる。
「美味しいです。さすが師匠。薬師ギルドに登録するんですか?」
「いや、これは失敗作」
「こんなに美味しいのに?」
風に揺れた黒髪が頬をなぞってくすぐったい。弟子に失敗談を話すのは恥ずかしいが、漏れそうになる笑いをごまかすため語ることにした。
「夏の農作業は汗をかくから塩分補給にちょうどいいと思ってな。体調が悪くなる前に手軽に摂取できる方法を考えてみたらこうなった」
「すごくいいと思いますけど」
「俺も途中まではそう思った。だけど持ち運びを考えたら、どうしても固形の飴が理想的で」
「そうですね」
「そのせいで材料費が削れなくて。これ一粒で初級回復薬より高い」
「つまり?」
「暑さでちょっと体調悪くなったくらいなら回復薬飲んだほうが安いし早い」
「なんと言うか、残念ですね」
「本当にな」
回復薬が万能すぎるのが悪い。一挙両得を狙っていたのに残念な結果だ。それでも徒労に終わることはなかったからよかった。
「あの、もしかして俺のためだったりしますか?」
「さあな」
動揺を悟られないよう短い言葉で返す。たしかに塩飴を作った発端は回復薬が効かないテオドールのためなので、一つも間違っていない。
我ながら重いなと思うが、相手にバレなければいくらでも重くていいと開き直っているから、これ以上話すつもりはない。
テオドールもわかっているのか追求せずに、二本目の回復薬を飲み始めた。
「師匠」
疲れもだいぶ回復したようだ。普段通りの明るい声に口角が上がる。
「どうした?」
「飴はどれくらい作りましたか?」
「この小袋に入ってる分だけ」
魔法鞄から取り出して袋を見せると、テオドールが手を重ねてきた。
「俺に全部ください。他の人に渡したくないです」
「いいけど、一気に食べすぎるなよ。塩分の取りすぎはよくないから」
「はい。ありがとうございます」
嬉しそうに袋を受け取るテオドールを見続けると、照れくさくて顔を背けたくなる。それはなんとなく負けた気がするので、テオドールの膝の上にある麦わら帽子を奪い取った。
「どうしました?」
「やっぱり似合うなと思って」
テオドールの視界を塞ぐように無理やり帽子を被せて立ち上がる。
「師匠ひどい!」
「帰るぞ」
ここから住居兼店舗となっている一軒家までほぼ一直線だ。今日だけはテオドールよりも速く走れる気がして、勢いよく足を踏み出した。
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