薬師の俺は、呪われた弟子の執着愛を今日もやり過ごす

ひなた

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学院編

第二十五話 青空

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 あの後、四回ほど交わうと疲れ果てて気絶するように眠ってしまった。番いの体液で感覚が鋭敏になるのは数時間だけのようで、身体に違和感はなかった。
 俺が服を着ていて、テオドールが裸ということは、あいつが後処理をしてくれたのだろう。
 久しぶりにテオドールの寝顔を見た気がする。学院に入学する前から寝室を分けていたから五年ぶりかもしれない。

 悔しいけど本当に顔が整っていると思う。睫毛も学院入学前より伸びた気がする。
 昔のように頬に指を当てると、子ども特有の柔らかさは完全に消え去っていた。成人したから番いの契約を交わしたのだけど、少しだけ寂しくなってテオドールの左頬を軽くつまんだ。

「朝から何やってるんですか」
 俺が頬をつまむ前からテオドールは起きていたようで、呆れたように笑っている。
「別に。昔と比べて可愛くなくなったなと思って」
「それって、かっこよくなったってことですか?」
「知らん」
 朝から得意げな顔をしている弟子にそっけない返しをすると、へこんでいる様子だった。
 さすがに申し訳なく思って、テオドールの前髪をかき上げ額に唇を落とすと「嬉しいですけど、そういうことは俺が先にやりたいです」と文句を言われてしまった。


 テオドールが用意した朝食を食べ終えて今後の予定を話し合う。
「今日やることある?」
「はい。実はスヴェイン先生の研究室に預かってもらった荷物を取りに行かないといけなくて」
「退寮日に持って帰ったので全部じゃないのか?」
「恥ずかしながら、あれでも半分くらいです」
 嘘だと思いたいが、テオドールの表情に冗談を言っている雰囲気はない。
 退寮日は本当に大変だった。最初は荷物を屋根裏部屋に保管するつもりだったが、床から嫌な音がしたので急遽調合部屋も開放した。
 一月後には王都から離れた田舎に赴任することが決まっているので、即刻いらないものを処分しろと叱ったのは記憶に新しい。
 テオドールの収集癖に命を救われた身としては複雑だが、さすがにあの量は引越しの妨げになる。

「研究室の床は無事か?」
「そこまでひどくないです」
「俺は手伝えないから一人で運搬頑張れよ」
「あっ、すみません。昨日無理させてしまって」
 弟子の察しがよすぎて逆に気まずくなってしまった。
 なんとなく家にいるのも落ち着かないので、研究室を学生の荷物に占領されている可哀想な友人を慰めに行くことにした。


 夏季休暇に入った学院は思いの外賑やかだった。寮の引っ越しなどで忙しそうだ。ほとんどの卒業生は退寮の手続きを済ませているようで、あまり見かけなかった。
 特に話しかけられることなく研究室棟まで移動できた。さっそくスヴェインの研究室を訪れると、大量の紙の束が出迎えてくれた。
「スヴェイン、いるか?」
「いるよー。テオドールくん連れてきてくれたの?」
「まあ、そんな感じ」
 あまりの量に、研究室が荷物まみれになっているのをからかいに来ましたとは言えなかった。

「スヴェイン先生、すみませんでした。何回か往復して運びますね。あ、師匠。空き部屋と俺の寝室に荷物置きます」
「わかった。これ使え」
 テオドールに新品の魔法鞄を手渡すと、驚いた顔をしながら素直に受け取った。
「これは?」
「叩き売りされてた。容量二十倍」
「ありがとうございます!」
 テオドールがいそいそと魔法鞄に大量の紙を詰め込む。その様子を見ていたスヴェインが、肘で俺の腕をつついた。

「ちょっと。テオドールくんに甘すぎない?」
「しばらくしたらわかる」
 あらかた詰め終わったテオドールが鞄を持ち上げたと思ったら、すぐ床に置いた。
「重! 師匠、魔法鞄なのに重すぎです!」
「重さは等倍だからな。さすがに迷惑かけすぎだ。反省しろ」
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした! 師匠、借りていきますね」
 テオドールは二、三歩ふらついた後、しっかりとした足取りで研究室を出て行った。この分だと一往復したら一緒に帰れるだろう。

「弟子がすまなかった」
「そこまで謝らなくてもいいよ。テオドールくんには荷物を預ける代わりとして実験に協力してもらったし」
「実験?」
「自分の魔法の最大威力を試す実験」
「なんでそんなことを」
「誰かさんがゴーレム討伐の功績を押し付けてきたおかげで、実力をごまかす必要があってね。強すぎても弱すぎても怪しまれるから調整が大変だったなぁ」
 おかしい。先ほどまで弟子を叱っていたはずが、今度はスヴェインに叱られる羽目になっていた。
 前にも怒られたのにと思いつつ、これ以上友人の機嫌を損ねないよう、大人しくお叱りを受けることにした。
 つい先日、セルジュから「もっと自分を大切にしろ!」と物凄い勢いで怒られたことを思い出して、二重に気持ちが落ち込んだ。

 しばらく説教は続いたが、スヴェインの気が済んだのか唐突に終わった。
「それにしても寂しくなるね。一月後には王都を出発するんでしょ」
「ああ。赴任先が変わったら手紙で伝えるから遊びに来てくれ」
「わかった。とりあえず十年以内に予定を立てるね」
 なんともエルフらしい返しをされた。当の本人は笑顔だから、遊びに行く気はあるのだろう。何年後になるかわからないが、こちらも長命になったので気長に待てそうだ。

 雑談を交わしているとテオドールが研究室に帰ってきたので、スヴェインに挨拶をして学院を出た。
 見慣れた下り坂を歩きながら、疑問に思ったことを質問する。
「そこまでして必要な資料なのか?」
「もちろんです。俺の学生生活の集大成ですから」
「赴任先に持っていけないけど」
「そこは大丈夫です。師匠に報告したら全部捨てます」
「は? お前、いつも学年末にやってたのを今年もするつもりか?」
「はい。師匠には俺の全てを伝えておきたいので」
 去年の報告は聞いているだけで頭が混乱するほどの情報量だった。三年分の集大成となったら耐え切れる自信がない。

「全部って、どこからどこまで?」
「とりあえず一年生の小テストの点数から人間関係まで全てです」
「それは……かなりの量だな」
「師匠に褒めてほしくて全教科保管しました。点数の推移を表にまとめているので資料を見てもらえたら大丈夫です」
 予想以上に本格的だ。報告が終わった頃には、成績表より細かく学生生活を把握できていることだろう。下手すればテオドールの同級生より詳しくなるかもしれない。

「お前の報告で頭が一杯になりそう」
「そこまで深刻な顔しなくても。俺は聞いてもらえるだけで嬉しいので」
「いや、でも好きなやつのことはなるべく覚えておきたいし」
 会話の流れが止まった。言い訳をする前にテオドールに抱き寄せられる。
「師匠! 大好きです!」
「待て。今のは忘れろ。おい、往来で抱きつくな!」

 だめだ。今のテオドールに制止の言葉は届きそうにない。テオドールの腕から抜け出そうと身を捩っても、腕の力が強くなる一方だ。
 仕方ない。今日だけはとことん愛しい番いに付き合ってやろう。
 テオドールの肩越しに空を見上げると、初めて出会った日のように、大きな白い雲が広がっていた。
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