薬師の俺は、呪われた弟子の執着愛を今日もやり過ごす

ひなた

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学院編

第二十三話 卒業式

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 遠征実習から一ヶ月が経過した。その間いろいろあった。テオドールが怪我の影響で闘技大会を欠場したり、ゴーレム討伐の活躍によりスヴェインがカイザネラ王国の王宮魔導師にされかけたり。
 そのせいでスヴェインから追加の説教を受けたのは言うまでもない。

 夜が更けたというのにリビングに灯りがついている。明日は薬師登用試験なのに、睡眠不足で不合格になったら目も当てられない。
 慌てて落ち着かない様子でぼんやりと座っているテオドールに声をかけた。
「眠れないのか?」
「緊張して目が冴えちゃって。もう少ししたら寝ます」

 試験の前だからと特別に外泊許可をもらったのにこれでは台無しだ。ここは薬師としてさりげなく睡眠を促そう。
「今から料理ですか? 手伝いましょうか」
「いい。すぐ終わる」
 鍋にミルクを入れ火をつける。そこに必要な材料を入れてかき混ぜながら煮たら完成だ。手伝ってもらうところが一つもない。

「そういえば、スヴェインが王宮魔導師になる話は無事消えたみたいだ」
「よかった。けっこう責任感じていたので」
「九割俺が悪いけどな」
 残り一割はゴーレムだ。本当に傍迷惑なやつだった。俺はこれから先、一生スヴェインに頭が上がらないだろう。

「でも、どうやって話を終わらせたんですか? 王国側は乗り気だったって聞きましたけど」
「スヴェインが話をこじつけたみたいで。竜の素材を媒介として魔法の威力を上げただけで、自分には実力がないと証明したら諦めてくれたらしい」
「スヴェイン先生らしいですね」
 心から同意する。あいつの処世術は本当にすごい。

「結局ゴーレムが出来た原因って、なんだったんですか?」
「たまたま森の奥の目立たないところで竜が命を落としたみたいだ。死骸になってからも強すぎる魔力に引き寄せられて、心臓を核としたゴーレムになったらしい」
「竜って、いてもいなくても迷惑ですね」
「同感だ」
 二人して笑い合う。そうこうしているうちに、ホットミルクが完成した。

「いい匂いがします」
「ジンジャーとシナモンも入れた。身体を温める効果があるから、よく眠れるはずだ」
「ありがとうございます」
 椅子を並べて二人同時にホットミルクを飲む。ピリッとした心地よい辛味と、シナモンの爽やかで濃厚な甘い香りが、気持ちを落ち着かせてくれた。

「試験の前に全快してよかった」
「おかげさまですっかりよくなりました」
 テオドールが腕を大きく振って、怪我が治ったことを主張する。
「明日の試験は大丈夫そうだな」
「ええ。それに、師匠のおかげでしっかり眠れそうです」
「それはよかった。香辛料だったらお前でも効果があるからな。研究した甲斐がある」
「えっ?」
 テオドールが目を見開いている。このやりとりに既視感を感じる。ちょっとは学習しろよと、軽率な口を内心で叱咤した。

「あ、違う。もともと趣味で、実益を兼ねているというか」
「俺のためってことですか?」
「うん。まあ、そんな感じ」
 言い訳するのも見苦しいので肯定した。一晩寝たら忘れてくれるだろうか。
「師匠!」
 感極まったテオドールが抱きついてきた。身体を包む温もりに、香辛料とホットミルクの効果を実感した。

「苦しいから離れろ」
「俺、明日の試験頑張ります」
 テオドールが真剣な顔で決意を表明している。気負いすぎるなとか大丈夫だとか、励ましの言葉は浮かぶけど、なんとなく違う気がした。
「頑張れよ。俺の弟子なら余裕だ」
「はい!」
 これ以上ない明るい声が、これからの未来を暗示しているように思えてならなかった。


 薬師登用試験も無事終わり、今日は王立学院の卒業式だ。快い初夏の風が門出を祝うかのように講堂を吹き抜ける。
 テオドールはあっさり試験に合格した。秋から新米薬師として、俺の元で働くことになっている。

 式典が終わり、別れを惜しむ学生の集団を通り過ぎる。人目を避けて校舎の一室に入ると、すでにテオドールがいた。
「師匠、呼び出してごめんなさい」
「別にいい。講堂にいたら目立って仕方ないからむしろ助かった」
「いろんな人から声をかけられてましたね」
「もう退職したのにな。ありがたいことだ」
「さすが師匠です。俺は不満でしたけど」
 俺より大勢の人間に囲まれていたくせに何を言っているのか。

「クラウス師匠」
 テオドールが真面目な顔つきで、真っ直ぐこちらを見つめてきた。俺は無言で頷いてテオドールの言葉を待つ。
「俺、この三年間たくさんの人と交流しました」
「そうだな」
「最初は師匠の言いつけを守るという義務感からでしたが、次第にそれだけじゃないと気づいたんです。そこから積極的に交流を深めるようになりました」
「ああ」
「辛いこともあったけど、楽しい学生生活を送ることができました。師匠のおかげです。ありがとうございました」
「お前の努力の結果だ。俺は何もしてない」

 俺の返しにテオドールが苦笑した。昔と違い、落ち着いた表情が様になっている。
「師匠からしたら、結論を出すのが早すぎるかもしれません。だけど俺、師匠が好きです」
 テオドールが一歩近づき、手を取った。冷え切った指先から緊張が伝わってくる。
 何も言わず握られた手を見つめる。テオドールは一呼吸おいてから改めて口を開いた。

「俺の番いになってください」
「ああ、四百年よろしく」
「あの、それって」
「お前の番いになる。これからもずっと一緒だ」
 握られた手を離しテオドールに抱きつく。耳元で調子のはずれた声が聞こえて、思わず笑ってしまった。

 しばらくして笑いが収まると、テオドールが期待のこもった視線を俺に向けた。
「ところで、いつ番いの契約をしましょうか? できれば師匠の気が変わらないうちに済ませておきたいです。いっそのこと、ここで」
「却下」

 番いの契約といっても、そこまで複雑な手順があるわけではない。体液を交換しながら互いに番いであることを受け入れるだけだ。
 要は口付けをすればいいだけの話だが、元職場で絶対したくない。
「それなら急いで帰りましょう。絶対今日中にしたいです」
「このあと卒業生の集まりがあるとか言ってなかったか?」
「あー、頭から抜けてました。時間がくるまで師匠と一緒にいていいですか?」
「好きにしろ」
 テオドールが嬉しそうに手を繋いできた。これくらいならいいか、と軽く握り返す。

「すごい。夢みたいです。幸せすぎて思いっきり叫びたい気分です」
「幸せってところは同意」
 二人で微笑み合っていると、遠くからテオドールを呼ぶ声が聞こえた。
「うわ。アーサーの声だ」
「部活仲間のアーサーか?」
「そうです。闘技大会の決着をつけるとか言ってますね」
「お前が怪我で出場できなかったやつか」
「はい。アーサーが優勝して、ドリスが準優勝だったんです。あ、ドリスも魔法研究部です」
「すごいな魔法研究部」
「実はレイラも魔法大会で優勝しまして」
 実力者が集結しすぎだ。この調子だと来年も入部希望者が殺到するだろう。

「行ってこい。あとで結果を聞かせてくれ」
「わかりました。アーサーを完膚なきまで打ち負かしてきます」
 言葉選びを間違えてしまったようだ。軽くアーサーに同情しながら、テオドールの背中を見送った。


 家に帰ってのんびり引越し準備をしながらテオドールの帰りを待つ。調合してもよかったけど、手元が狂いそうだからやめた。そわそわと落ち着かない気分だが悪い気はしない。

 テオドールが帰ってきたのは、夕飯を終えた二時間後だった。
「思ったより早かったな」
「全力疾走で帰ってきました」
「お疲れ」
 大量の汗を流しながら笑顔を見せるテオドールを労る。少しして、身体を洗ってくるからとテオドールがリビングを出た。
 居ても立っても居られず、家中をうろうろと歩き回る。

「何してるんですか?」
「あ、どっちの部屋がいいかなと思って」
「師匠の部屋がいいです」
「わかった」
 テオドールが小さな声でお邪魔しますと言って部屋に入った。

 なんの飾り気もない殺風景な部屋だ。それなのにテオドールは楽しげに笑っていた。
「師匠」
「契約するか?」
「はい。よろしくお願いします」
 テオドールが俺の手を取り、ベッドに誘導する。ベッドの上で向かい合って座るだけで胸が高鳴る。

 視線が絡み合い、テオドールの手が両肩に置かれる。まるで引き寄せられたかのように自然と唇が重なり合った。
 初めは慈しむような口付けだった。だが次第にテオドールの舌が口内に侵入してきた。勝手がわからず恐る恐る舌先で迎え入れる。するとテオドールが唇と舌を使って俺の舌を包み込んだ。軽く舌を吸われただけで、ぞくりと背筋が痺れた。

「ん……」
 絡ませるように舌の表面を舐められると、舌全体が敏感に快感を拾う。唾液が混ざる音に鼓膜がくすぐられ、身体の奥が疼いた。
「あっ」
 テオドールの唇が離れた瞬間、引きとめるような声が出た。ごまかそうにも、酸素を求める身体は熱のこもった息を漏らすだけだった。

「これで俺たちは正真正銘の番いですね」
「そうだな」
 わかりやすい印が身体に付くわけではない。だがテオドールとどこかで繋がっている感覚が宿った。
「師匠、大好きです」
 テオドールがゆっくりと俺をベッドに押し倒す。そこから顔が近づいていき——

「ごめん。ちょっと確認したいことが」
「今ですか?」
「俺的に重要なことだから。あのさ、俺が下?」
「師匠がいやなら無理強いしませんが」
「それは別にいいんだけど、お前俺で勃つの?」
 一拍置いてから、小さなため息が聞こえてきた。焦りすぎて余計なことを言ったみたいだ。

「師匠」
「あ、すまない」
「それ本気で言ってます?」
「えっと」
 普段怒らないやつの険しい声はけっこう怖い。言葉を詰まらせていると、呼吸を奪うような深い口付けをされた。
 
「当たり前のこと聞かれても返答に困ります」
「ごめん」
 熱い視線に射抜かれて短く謝ることしかできない。俺の気のせいでなければ、その目には欲が含まれていた。
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