薬師の俺は、呪われた弟子の執着愛を今日もやり過ごす

ひなた

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学院編

第十七話 好敵手と交流

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 かれこれ一時間は経過しただろうか。冷房がきいたリビングにはテオドールの声だけが響いていた。
「——交流した結果、彼女は俺の番いではないと判断しました。以上、生徒会関係の報告でした。次に実地研修で知り合った冒険者の方々についての報告です」
「もういい。あとは報告書で確認する」
「はい。師匠、いよいよ最終学年ですね」
 テオドールが満ち足りた様子で俺に微笑みかける。正直、俺は四百人分の目録を見るので手一杯だ。

 まさか、去年の宣言通り四百人と交流するとは思わなかった。このために生徒会に入ったと聞いて、テオドールの本気が窺えた。
 まあ、年度末に交流した人物を報告するのも今回が最後だろう。
 俺と番いになるまで報告し続けるとかないよな。今の時点でけっこう辛いのだが。

「師匠、機嫌悪くないですか?」
「いや別に。来年は薬師の登用試験もあるから交流はほどほどにな」
「ええ。一発で合格したいので頑張ります!」


 テオドールとそのような会話を交わしたのが三日前だ。現在、俺はセルジュに呼び出されて薬師ギルドの個室にいる。
 ちなみに、テオドールは留守番だ。今ごろ家の調合部屋で課題に取り組んでいるだろう。
「——というわけで。弟子もなんだかんだ充実した学生生活を送っていると思わないか? 成績も学年五位だったし」
「僕はどんな気持ちで君の話を聞けばいいんだ?」
「いや、単なる世間話だから」
「弟子に置いていかれるのが寂しいんだろうなとしか思えないのだけど」
「そんなはずない。変なこと言うな」

 すかさず反論すると、セルジュが呆れたようにため息をついた。適当なことを言っておいてひどい態度だ。
「まあいい。本題に入るぞ」
 青い液体が入った瓶が、机の上に置かれた。
「それは?」
「ゾラ師匠と共同研究した中級魔力回復薬で、体力回復薬も兼ねている。日常的に魔力を消費する職業の者に需要があると踏んでな」
「たしかに売れそうだ。見た目が、ちょっとあれだけど」
「自信作ではあるのだが、師匠からこのままでは売り物にならないと言われた」

 嫌な予感がする。話の続きを促したくないけど、無視するともっと面倒くさいことになりそうだ。
「大変だな。分野が違いすぎて協力できそうにないのが残念だ」
「効能は問題ない。ただ、味がどうしても……」
 次に何を言われるか、わかってしまった。

「そろそろ帰らないと用事が」
「君以上に味を追求している薬師を僕は知らない。頼む。せめて何が悪いのかだけでも教えてほしい」
 自尊心が高いセルジュが、頭を下げて頼み事をするとは、よほどのことだ。
 仕方ない。セルジュにはいろいろ世話になっているからな。

 蓋を外し、一気に真っ青な回復薬を飲み干す。喉越しが最悪だ。ずっと喉に引っかかっている気がする。
「お前な! クソ甘いなら先に言っておけよ!」
「そんなにまずかったか?」
「砂糖の塊みたいな甘さの中に、苦みと、かすかな清涼感があるのが最悪。特に甘すぎるのがだめ」
「甘いものは苦手なのか? 君の回復薬を参考にしたのだが」
「素朴な甘さなら大歓迎だけどな」
 砂糖を固めたような、甘すぎる味は嫌いだ。切なげな表情をした母が脳裏に浮かぶ。

「甘いほうがいいと思って砂糖を入れたけどだめだったか」
「いや、方向性は悪くない。採算は取れるのか?」
「問題ない」
 一回の量が少ないからだろうな。

 改善案を考えるついでに、以前から気になっていたことを聞いてみる。
「セルジュ。お前は、なぜそこまで薬効にこだわる?」
 セルジュが苦々しい顔になった。そして、諦めたように目を伏せて言いよどみながら語り始めた。

「僕は、父と兄に、証明したい。『極級以外の回復薬を調合する意味はない』と、切り捨てる人たちに、回復薬の可能性を示したい。全ての回復薬に存在する価値があることを、認めさせたい」
 話していくうちに、セルジュが顔を上げるようになった。切実な思いがこもった眼差しが、俺を射抜く。

「極級回復薬の効果は確かに素晴らしいが、反面副作用が強い劇薬だ。飲めば一定の魔力が奪われる。魔力が少ない者や、体力が低い者が飲めば負担が大きくなる。回復薬を処方するなら、症状や患者の状況に応じて等級を変えるべきだと僕は思う」
「そうだな。俺もお前に同感だ」
 セルジュが少しだけ口角を上げた。嬉しいなら思いっきり笑えばいいのに。

 父親と兄貴が極級を調合する立場か。
 極級回復薬は、一部の薬師が製法を独占している。代々薬師を生業としている貴族家だ。
 予想通り、セルジュは貴族の坊ちゃんだった。貴族は大嫌いだけど、心根が真っ直ぐなやつは嫌いじゃない。

「体力回復薬で使う水があるだろ。ソジデオの実を溶かして作る気泡の入った水。あれで割ってみろ」
「なるほど、そんなやり方が。量が増えてもいいのか?」
「喉越しが変わるだけで味も変わってくるからな。ソジデオの実が入るから成分の調整が必要になると思うが、そこは根性で頑張れ」
「感謝する。一度ゾラ師匠と試してみよう」

 セルジュの目が輝いている。俺も経験があるからよくわかる。早く帰っていろいろ試してみたいよな。
 お開きかと思って帰り支度をしていたら、セルジュが咳払いした。

「王立学院が臨時で講師を募集していてな。期間は半年ほど。僕に声がかかったが、条件を満たせば誰でもいいと聞いた」
「講師? 条件?」
「薬師ギルドに所属していて薬用植物学の知識を有していること、魔法や武器を用いてある程度魔物に対処できること」
「なんで講師をするのにそんな条件が」
「主な業務は二年生の講義だけど、春の初めにある遠征実習の引率も頼みたいらしい」
 遠征実習って三年生が行くやつか。テオドールが話していたような気がする。

「保護者が学院の講師に採用されるとは思えないけど」
「学年が違うから問題ないだろう。君がその気なら推薦状を書いてやる」
「俺もやることあるし、講師は向いてないから」

 セルジュが、にやけた顔でこちらを見た。
「案外、君は面倒見がいいと思うけどね。学院でテオドールくんがどのように過ごしているか、気になっているのだろう。遠慮することない。助言のお礼だ」
 絶対嘘だ。自分の研究を進めたいだけだろ。
「俺は別に。ちょっと心配なだけで」
「身近でテオドールくんを見守れる、いい機会だと思うけど」

 セルジュがやけに楽しそうだ。いつもは突っかかってくるくせに、こんな時だけ協力的な態度がむかつく。
 その話に乗り気になっている自分にも腹が立ってくる。しかし、いい機会なのは確かだ。

「しょうがない。好敵手として協力してやろう。セルジュくんは薬の研究で忙しいみたいだし」
「君は本当にひねくれているな」
「お前にだけは言われたくない」
「なんだと!」
 ギルドの個室にくだらない言い争いが響き渡る。騒ぎを聞きつけたゾラさんが止めに入るまで、俺たちはお互いの悪口で盛り上がった。
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