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学院編
第十三話 牽制はほどほどに
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残暑も去り、乾燥した秋風が窓の隙間から静かに入り込むようになった。
薬師科の二年生に進級したテオドールは、一年生の時と比べて遥かに忙しい日々を過ごしている。
以前は週一回だった訪問が、今では二週間に一回と減ってしまった。進級したばかりでこの忙しさだ。学年の後半に差し掛かると、訪問は月に一度の間隔になるかもしれない。
去年よりも寒く感じる部屋にこもりながら今日の予定を考えていると、テオドールが接近する気配を感知した。
テオドールは魔力を持たないため、魔法で感知することはできない。だが、俺が誕生祝いで贈った魔力鞄の魔力を目印にすることで、テオドールの位置を辿ることが可能になった。
寝室からリビングに移動し、テオドールの到着を待つ。安物の椅子に座って待っていると、程なくして扉が開く音が聞こえた。
「師匠おはようございます!」
「おはよう。朝から元気だな」
テオドールも椅子に座り、朗らかな笑顔を向けてきた。
「当然です! 二週間ぶりの師匠ですから!」
「課題が大変なんだろう? あんまり無理するなよ」
「むしろこの日のために頑張っているので」
テオドールの目に暗さが漂っている。これはよっぽど忙しいようだ。
「今日はどうする? 調合でも見学するか?」
「魅力的な提案ですが、今日は外に出ましょう。課題が多すぎて引きこもりがちだったので、とにかく身体を動かしたいです」
「了解。すぐ支度する」
立ち上がり、着替えのため寝室に向かう。今日は一日中部屋着で過ごす予定だったから、何を着るか迷ってしまう。
ここ数日、納品依頼を達成するため引きこもっていたが、身体を動かしたいと思ったことは一度もなかった。
なんというか、弟子とは根本的に性格が違うのかもしれない。
「お待たせ。行こうか」
「師匠、また黒い服ですか」
「別にいいだろ。外套は茶色だから無難な組み合わせだし」
「あ、いえ。そういう意味ではなくて、俺の色を纏っているみたいで何だか嬉しいなって。すみません」
「あー、うん。とにかく出発しよう」
弟子の突飛な発想に反論する気も起きなかった。そんなつもりは欠片もなかったのに、今後黒い服を着る度に意識してしまいそうで複雑だ。
次に服を買い替える際は明るい色の服を買おう。陽気な服と地味な外套を身につけた自分を想像しながら、玄関扉に手を掛けた。
足元から乾いた落ち葉を踏む音が聞こえる。密かに秋の響きを楽しんでいると、寄り添うように歩いていたテオドールが「すっかり秋ですね」と空を指差した。
雲一つない、青く澄み切った空が広がっている。何気なく深呼吸してみると、肺に溜まった重たい空気が爽やかなものに変わった。
「こんなに気持ちいい天気なら散歩も悪くない」
「俺は師匠と一緒なら何だって楽しいです」
「なら、そこのベンチで課題を見てやろう。今すぐ出せ」
「持ってますけど絶対いやです。せっかくのデートなのに」
「お互い冗談が下手だな」
「俺は常に本気ですけど」
とりとめもない話をしながら歩いていると、広場に到着した。今日は休日ということもあり、多くの屋台や露天がひしめいている。
賑やかな広場を適当に見て回っていると、香辛料が並んだ露天に興味を惹かれた。
店主に断りを入れて香りを確認する。当たりだ。品質も良いし、保管状態も良い。
「師匠って本当に香辛料が好きですね」
「料理の味がよくなるし、薬にもなるからな。薬草と組み合わせるのは難しいけど、その分達成感がある」
「今度詳しく教えてください!」
「基本が完璧にできたら教えてやる」
いくつか気になる香辛料を購入した。趣味にかける金額としては少々お高めだが、これは仕事も兼ねているから問題ないはずだ。
夢中になって露天を回っていたら、とっくに昼を過ぎていた。
「付き合わせて悪かったな。腹減ったろ?」
「お気遣いありがとうございます。屋台で買ってきましょうか?」
「近くに行きつけの食堂があるから、そこにしよう」
「師匠、近隣のお店は出禁になったって」
「そこのおかみさんがひったくりに遭ったところに出くわしたから、捕まえて衛兵に突き出してやったんだ。ついでにおかみさんの怪我も治療したら歓迎されるようになってな。おかげで、他にも何軒か出禁を解除してもらえて大助かりだ」
「危険すぎます。無茶はやめてください」
「わかった。次から気をつける」
おかしい。香辛料の話の時は憧れの眼差しを向けられていたのに、ひったくりを捕まえた話は真面目に注意されてしまった。
弟子の圧が強くて素直に頷いたけど納得いかない。黙り込んでいたら、テオドールが手を握ってきた。
「万が一、師匠が襲われて怪我をしたらすごく悲しいです。心配くらいさせてください」
「すまない。そこまで気が回らなかった」
「俺こそ厳しめに注意してすみません。あ、しょんぼりしてる師匠かわいくて最高です」
「からかうのはやめろ。行くぞ」
テオドールの手を払って食堂に向かう。振り返るのはやめておこう。あのにやけ顔を見たら小突いてしまうかもしれない。
人から純粋に心配されるのは、いつまで経っても慣れない。なんだかくすぐったくて、大声を上げたくなる。
それなのに、口元は緩んだまま戻る気配がなかった。
見慣れた扉を開くと、賑やかな話し声や香ばしい肉の匂いが押し寄せる。
空いている席に座ったら看板娘のイネスが注文を取りに来た。
「いらっしゃいませ。クラウスさん、五日ぶりですね」
「いちいち覚えるなよ。次行きづらいだろ」
「ごめんなさい。クラウスさんは存在感があるから印象に残りやすくて」
「ものは言いようだな」
イネスが堪えきれない様子で小さな笑いを漏らした。楽しそうでなによりだ。
「師匠、そちらの方は?」
「従業員のイネス。おかみさんが看板娘って言ってた」
「恥ずかしいからあんまり言わないでください。私のことよりも、お弟子さんがいたんですね」
「はじめまして。クラウス師匠の弟子で、テオドールと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。イネスです。仲が良さそうで羨ましい。可愛いお弟子さんですね」
「うん、まあ否定はしない」
「クラウスさんがいつもより楽しそうで微笑ましいです。あっ、すみません。つい話し込んでしまって。ご注文をお伺いします」
注文を伝えるとイネスは厨房へ向かった。二人とも日替わりを頼んだからか、程なくして料理が運ばれてきた。
「この肉野菜炒め美味しいですね。野菜の食感がいい感じです。火力の違いかな」
「今度俺の魔法で火力を強くしてやってみるか?」
「ぜひ! 師匠との合作、楽しみです」
テオドールが笑顔を浮かべながら肉野菜炒めを食べ進める。
「師匠、スープは美味しいですか?」
「美味い。ベーコンの塩気が絶妙」
「なら、どうぞ。あーんしてください」
「いや、まだ俺の分あるし。同じの頼んでおいてそれはないだろ」
「お願いします! これをしないと今後の学業に支障をきたすかもしれないんです!」
「嘘つけ。あとで絶対理由を教えろよ」
渋々口を開けて、スプーンで差し出されたスープをすする。
全く同じ味だ。意図が全然読めない。弟子は満足そうに頷き、今度は肉野菜炒めを食べさせようとしている。
もういいや。一回やったら何回やっても同じだ。イネスにすごく見られている気がするけど仕方ない。ほとぼりが冷めるまで、この食堂に寄るのはやめておこう。
俺一人が気まずい思いをした昼食が終わり、腹ごなしに広場を散策する。
テオドールは子どものようにはしゃぎながら、腕を大きく振って歩いている。放っておいたら歌い出しそうな雰囲気だ。
「おい、いい加減食堂で変な事した理由を話せ」
「師匠はイネスさんのこと、どう思ってますか」
まずはこちらの質問に答えろと言いたかったが、テオドールが不安そうな顔をしていたので、きちんと返す事にした。
「行きつけの店の従業員で、よく話しかけてくる女性。一言でいうと知り合い」
「あの人、師匠のこと好きですよ。少なくとも恋愛対象として意識しています」
「イネスが? ありえない。考えすぎだ」
「俺のことを可愛いと褒めながら、横目で師匠の反応を逐一観察している人物は、師匠に恋愛感情を抱いています。経験上、外したことはありません」
「まるで過去に何人もいたような言い方だな」
「いましたよ何人も。だから、その度に俺が一番だって見せつけてやったんです。さっきみたいに」
衝撃的な告白をしたはずなのに、テオドールは穏やかな笑みを浮かべていた。どこまでも純粋な眼差しがドロドロとまとわりついて、重苦しさに息が浅くなる。
聞きたいことは山ほどある。いつからそんなことしてたのかとか、なぜ俺より先に相手の好意に気づけるのかとか。
だけど、俺の反応がないことに気づいたテオドールが泣きそうな顔をしていたから、疑問をぶつける気が失せてしまった。
「そんなことしなくても、俺は誓って恋人を作らないから安心しろ」
「なんで言い切れるんですか?」
テオドールの声が震えている。普段は積極的なくせに、変なところで後ろ向きなやつだ。
「番いのこと考えてやるって約束したからな。お前の卒業までは、誰とも深い関係にならない」
「師匠!」
「離れろ。抱きつくな」
「すみません! 感極まっちゃって」
テオドールがすぐに距離を取り、直立の姿勢で謝った。よく見ると目に涙が滲んでいる。
「これ使え。今すぐ目元に当てろ」
「師匠のハンカチは希少品です。もったいなくて使えません。二週間後に洗って返します」
前に似たような会話をしたな。話していても埒が明かないので、ハンカチを強引に奪い返す。それを風魔法で浮かせて、テオドールの顔に叩きつけた。
「師匠ひどい! 俺の涙が付着したら台無しですよ!」
「洗って返せよ」
「すごい晴々とした笑顔」
こいつが原因で行きつけの店に通いづらくなったのだ。少しくらい仕返ししても許されるだろう。
穏やかな日差しを浴びながら、テオドールの腕を引いてベンチに誘う。
抵抗する弟子を無視して課題を見てやった。次第に真面目な顔つきになる横顔を温かく見守っていると、辺りが暗くなり始めた。
秋の日暮れが早いことに不満を抱きながら、楽しい一日が終わった。
薬師科の二年生に進級したテオドールは、一年生の時と比べて遥かに忙しい日々を過ごしている。
以前は週一回だった訪問が、今では二週間に一回と減ってしまった。進級したばかりでこの忙しさだ。学年の後半に差し掛かると、訪問は月に一度の間隔になるかもしれない。
去年よりも寒く感じる部屋にこもりながら今日の予定を考えていると、テオドールが接近する気配を感知した。
テオドールは魔力を持たないため、魔法で感知することはできない。だが、俺が誕生祝いで贈った魔力鞄の魔力を目印にすることで、テオドールの位置を辿ることが可能になった。
寝室からリビングに移動し、テオドールの到着を待つ。安物の椅子に座って待っていると、程なくして扉が開く音が聞こえた。
「師匠おはようございます!」
「おはよう。朝から元気だな」
テオドールも椅子に座り、朗らかな笑顔を向けてきた。
「当然です! 二週間ぶりの師匠ですから!」
「課題が大変なんだろう? あんまり無理するなよ」
「むしろこの日のために頑張っているので」
テオドールの目に暗さが漂っている。これはよっぽど忙しいようだ。
「今日はどうする? 調合でも見学するか?」
「魅力的な提案ですが、今日は外に出ましょう。課題が多すぎて引きこもりがちだったので、とにかく身体を動かしたいです」
「了解。すぐ支度する」
立ち上がり、着替えのため寝室に向かう。今日は一日中部屋着で過ごす予定だったから、何を着るか迷ってしまう。
ここ数日、納品依頼を達成するため引きこもっていたが、身体を動かしたいと思ったことは一度もなかった。
なんというか、弟子とは根本的に性格が違うのかもしれない。
「お待たせ。行こうか」
「師匠、また黒い服ですか」
「別にいいだろ。外套は茶色だから無難な組み合わせだし」
「あ、いえ。そういう意味ではなくて、俺の色を纏っているみたいで何だか嬉しいなって。すみません」
「あー、うん。とにかく出発しよう」
弟子の突飛な発想に反論する気も起きなかった。そんなつもりは欠片もなかったのに、今後黒い服を着る度に意識してしまいそうで複雑だ。
次に服を買い替える際は明るい色の服を買おう。陽気な服と地味な外套を身につけた自分を想像しながら、玄関扉に手を掛けた。
足元から乾いた落ち葉を踏む音が聞こえる。密かに秋の響きを楽しんでいると、寄り添うように歩いていたテオドールが「すっかり秋ですね」と空を指差した。
雲一つない、青く澄み切った空が広がっている。何気なく深呼吸してみると、肺に溜まった重たい空気が爽やかなものに変わった。
「こんなに気持ちいい天気なら散歩も悪くない」
「俺は師匠と一緒なら何だって楽しいです」
「なら、そこのベンチで課題を見てやろう。今すぐ出せ」
「持ってますけど絶対いやです。せっかくのデートなのに」
「お互い冗談が下手だな」
「俺は常に本気ですけど」
とりとめもない話をしながら歩いていると、広場に到着した。今日は休日ということもあり、多くの屋台や露天がひしめいている。
賑やかな広場を適当に見て回っていると、香辛料が並んだ露天に興味を惹かれた。
店主に断りを入れて香りを確認する。当たりだ。品質も良いし、保管状態も良い。
「師匠って本当に香辛料が好きですね」
「料理の味がよくなるし、薬にもなるからな。薬草と組み合わせるのは難しいけど、その分達成感がある」
「今度詳しく教えてください!」
「基本が完璧にできたら教えてやる」
いくつか気になる香辛料を購入した。趣味にかける金額としては少々お高めだが、これは仕事も兼ねているから問題ないはずだ。
夢中になって露天を回っていたら、とっくに昼を過ぎていた。
「付き合わせて悪かったな。腹減ったろ?」
「お気遣いありがとうございます。屋台で買ってきましょうか?」
「近くに行きつけの食堂があるから、そこにしよう」
「師匠、近隣のお店は出禁になったって」
「そこのおかみさんがひったくりに遭ったところに出くわしたから、捕まえて衛兵に突き出してやったんだ。ついでにおかみさんの怪我も治療したら歓迎されるようになってな。おかげで、他にも何軒か出禁を解除してもらえて大助かりだ」
「危険すぎます。無茶はやめてください」
「わかった。次から気をつける」
おかしい。香辛料の話の時は憧れの眼差しを向けられていたのに、ひったくりを捕まえた話は真面目に注意されてしまった。
弟子の圧が強くて素直に頷いたけど納得いかない。黙り込んでいたら、テオドールが手を握ってきた。
「万が一、師匠が襲われて怪我をしたらすごく悲しいです。心配くらいさせてください」
「すまない。そこまで気が回らなかった」
「俺こそ厳しめに注意してすみません。あ、しょんぼりしてる師匠かわいくて最高です」
「からかうのはやめろ。行くぞ」
テオドールの手を払って食堂に向かう。振り返るのはやめておこう。あのにやけ顔を見たら小突いてしまうかもしれない。
人から純粋に心配されるのは、いつまで経っても慣れない。なんだかくすぐったくて、大声を上げたくなる。
それなのに、口元は緩んだまま戻る気配がなかった。
見慣れた扉を開くと、賑やかな話し声や香ばしい肉の匂いが押し寄せる。
空いている席に座ったら看板娘のイネスが注文を取りに来た。
「いらっしゃいませ。クラウスさん、五日ぶりですね」
「いちいち覚えるなよ。次行きづらいだろ」
「ごめんなさい。クラウスさんは存在感があるから印象に残りやすくて」
「ものは言いようだな」
イネスが堪えきれない様子で小さな笑いを漏らした。楽しそうでなによりだ。
「師匠、そちらの方は?」
「従業員のイネス。おかみさんが看板娘って言ってた」
「恥ずかしいからあんまり言わないでください。私のことよりも、お弟子さんがいたんですね」
「はじめまして。クラウス師匠の弟子で、テオドールと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。イネスです。仲が良さそうで羨ましい。可愛いお弟子さんですね」
「うん、まあ否定はしない」
「クラウスさんがいつもより楽しそうで微笑ましいです。あっ、すみません。つい話し込んでしまって。ご注文をお伺いします」
注文を伝えるとイネスは厨房へ向かった。二人とも日替わりを頼んだからか、程なくして料理が運ばれてきた。
「この肉野菜炒め美味しいですね。野菜の食感がいい感じです。火力の違いかな」
「今度俺の魔法で火力を強くしてやってみるか?」
「ぜひ! 師匠との合作、楽しみです」
テオドールが笑顔を浮かべながら肉野菜炒めを食べ進める。
「師匠、スープは美味しいですか?」
「美味い。ベーコンの塩気が絶妙」
「なら、どうぞ。あーんしてください」
「いや、まだ俺の分あるし。同じの頼んでおいてそれはないだろ」
「お願いします! これをしないと今後の学業に支障をきたすかもしれないんです!」
「嘘つけ。あとで絶対理由を教えろよ」
渋々口を開けて、スプーンで差し出されたスープをすする。
全く同じ味だ。意図が全然読めない。弟子は満足そうに頷き、今度は肉野菜炒めを食べさせようとしている。
もういいや。一回やったら何回やっても同じだ。イネスにすごく見られている気がするけど仕方ない。ほとぼりが冷めるまで、この食堂に寄るのはやめておこう。
俺一人が気まずい思いをした昼食が終わり、腹ごなしに広場を散策する。
テオドールは子どものようにはしゃぎながら、腕を大きく振って歩いている。放っておいたら歌い出しそうな雰囲気だ。
「おい、いい加減食堂で変な事した理由を話せ」
「師匠はイネスさんのこと、どう思ってますか」
まずはこちらの質問に答えろと言いたかったが、テオドールが不安そうな顔をしていたので、きちんと返す事にした。
「行きつけの店の従業員で、よく話しかけてくる女性。一言でいうと知り合い」
「あの人、師匠のこと好きですよ。少なくとも恋愛対象として意識しています」
「イネスが? ありえない。考えすぎだ」
「俺のことを可愛いと褒めながら、横目で師匠の反応を逐一観察している人物は、師匠に恋愛感情を抱いています。経験上、外したことはありません」
「まるで過去に何人もいたような言い方だな」
「いましたよ何人も。だから、その度に俺が一番だって見せつけてやったんです。さっきみたいに」
衝撃的な告白をしたはずなのに、テオドールは穏やかな笑みを浮かべていた。どこまでも純粋な眼差しがドロドロとまとわりついて、重苦しさに息が浅くなる。
聞きたいことは山ほどある。いつからそんなことしてたのかとか、なぜ俺より先に相手の好意に気づけるのかとか。
だけど、俺の反応がないことに気づいたテオドールが泣きそうな顔をしていたから、疑問をぶつける気が失せてしまった。
「そんなことしなくても、俺は誓って恋人を作らないから安心しろ」
「なんで言い切れるんですか?」
テオドールの声が震えている。普段は積極的なくせに、変なところで後ろ向きなやつだ。
「番いのこと考えてやるって約束したからな。お前の卒業までは、誰とも深い関係にならない」
「師匠!」
「離れろ。抱きつくな」
「すみません! 感極まっちゃって」
テオドールがすぐに距離を取り、直立の姿勢で謝った。よく見ると目に涙が滲んでいる。
「これ使え。今すぐ目元に当てろ」
「師匠のハンカチは希少品です。もったいなくて使えません。二週間後に洗って返します」
前に似たような会話をしたな。話していても埒が明かないので、ハンカチを強引に奪い返す。それを風魔法で浮かせて、テオドールの顔に叩きつけた。
「師匠ひどい! 俺の涙が付着したら台無しですよ!」
「洗って返せよ」
「すごい晴々とした笑顔」
こいつが原因で行きつけの店に通いづらくなったのだ。少しくらい仕返ししても許されるだろう。
穏やかな日差しを浴びながら、テオドールの腕を引いてベンチに誘う。
抵抗する弟子を無視して課題を見てやった。次第に真面目な顔つきになる横顔を温かく見守っていると、辺りが暗くなり始めた。
秋の日暮れが早いことに不満を抱きながら、楽しい一日が終わった。
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