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学院編
第十一話 調合の見物人
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茹だるような暑さのせいで冷房の魔道具を常に起動させる日々が続いている。
夏といえば長期休暇の季節でもある。つい最近入学したばかりだと思っていたのに、もう学年末を迎えていた。
この一年で俺の調合の腕は上がったかというと、微妙なところだ。効率を考えて納品依頼を受けてしまうので、田舎を巡回していた時のほうが様々な種類の薬を作っていた。
一応、初級・中級回復薬の出来は向上しているから、王都での経験も無駄ではない。
「師匠! 薬草の買い出し終わりました! 頼まれていたものは全部ありました」
「お疲れ様。素材の見立ては薬師に必要不可欠な技能だからな。今後もよろしく」
「それらしいこと言ってますけど、暑いから外を歩きたくないだけですよね?」
「気のせいだ」
まだ何か言っている弟子を適当にあしらいながら、薬草を確認する。
完璧な選別だ。これは学院で相当鍛えられたに違いない。一部の素材に関しては、弟子に全部任せても問題なさそうだ。
「さすが学年上位。文句なしだ」
「はい!」
テオドールが嬉しそうにはにかんだ。ぐちぐち言っていたのが嘘みたいに晴れやかな表情だ。
それにしても、テオドールに成績を見せられた時は本当に驚いた。信じられなくて何度も成績表を見返してしまった。
まさか学年三位になるとは。闘技大会も準優勝だし、とんでもないな。テオドールに魔力があったら実技の成績が加点されて間違いなく首席だった。魔力を使いこなせたら調合の効率がよくなるから、そこは仕方ない。
俺の弟子は可能性の塊だな。将来が恐ろしい。早々に弟子に抜かれないよう研鑽を積まなければならない。
「今から初級回復薬を調合するけど」
「見学させてください!」
「わかった。黙って見学しろよ」
本当はテオドールが薬を作るところを見ながら直接指導したいけど、変な癖がついて学院の授業に悪影響が出ると困る。本格的な指導はテオドールが薬師になってからだ。
リビングから調合用の部屋に移動するため立ち上がると、玄関扉を叩く音が聞こえた。
「なんだ、お前か」
「君ね、客人にその態度はどうかと思うぞ」
「師匠、その方は?」
「友人のセルジュ。薬師の同期」
「好敵手だ! 勝手に友人にするな!」
セルジュの言葉にテオドールが俯き、不機嫌そうに呟いた。
「好敵手って特別感があって嫌ですね。その関係なんとか変更できませんか? 外敵とかそんな感じで」
「その失礼な子どもは君の親戚か?」
「弟子だ。王立学院の薬師科に在籍していて、今は長期休暇中。テオドール、礼儀は尽くせ。お前からしたら彼は薬師の先輩だ」
「すみませんでした」
「悪いなセルジュ。弟子は少し思い込みが激しくて」
「失礼なところは師匠そっくりだな。セルジュだ。よろしく」
「クラウス師匠の、唯一の弟子で、テオドールと申します」
セルジュが手を差し出してテオドールと握手をするが、友好的な雰囲気が全くない。すごいギスギスしてる。お互い握った手や手首に血管が浮かんでいる。さすがにテオドールは手加減していると思うが。
それよりもテオドールの顔が怖い。感情が全て削ぎ落とされたような無表情だ。基本的に愛想がいいのに珍しい。スヴェインを俺の恋人だと勘違いした時以来の素っ気なさだ。
「そういえば何の用で家まで来たんだ?」
「感謝しろ。君が最近全然ギルドに来ないから書類を持ってきてやったぞ」
「おお、ありがとう。夏は弟子の長期休暇でなかなか来れなくて」
「師匠! 俺のためにありがとうございます!」
「どうせ、暑いから面倒くさくて顔を出さなかったとかそんな理由だろう」
「セルジュさん。余計なこと言うのはやめてください。師匠は俺のために時間を削っているんです。今から師匠が調合するので、用事が終わったならお帰りください。玄関はあちらです」
「君の弟子は暑さでやられているのか?」
「わからん」
おそらく好敵手という関係が気に食わなかったのだろう。それにしても頑なな態度だ。もしかしたら拗ねているのかもしれない。
結局、セルジュも俺の調合を見学することになった。大したものではないから同業者に見られるのは恥ずかしい。
「お前らな、ただの初級回復薬だからそんなにまじまじと見るなよ」
「すみません。久しぶりなので目に焼き付けます。なるべく手元だけ見るようにしますので」
「好敵手としてきちんと監視する。妥協はしない」
「そんな気合い入れないでも」
廊下の奥にある調合部屋に二人を案内する。机と椅子、あとは必要最低限の用具と薬草類があるだけの殺風景な空間だ。
二人ともそわそわとした様子で視線をさまよわせている。本当に大したことないんだけど。まあ、いいか。
手の洗浄や用具の確認を済ませてから作業を始める。まずは乾燥させたポポ草を細かく刻み、それを乳鉢に入れてすりつぶす。粉状になったら鍋に移して水を加えて沸騰させる。
その間に生のポポ草を半固形状になるまですりつぶす。このあと、果汁等を加えるため乾燥粉末だけでは薬効が足りなくなる。そのため、生のポポ草は必ず追加しなければならない。続いてロカンの実の絞り汁を用意する。ロカンの実は爽やかな酸味とほのかな甘みが特徴の果実で、ポポ草の青臭さを打ち消してくれる。
しかし、この二つを混ぜ合わせただけだと、どうしても苦味が残ってしまう。そこで数種類のハーブを独自に配合し粉末にしたものを加えて苦味を取っていく。
沸騰した鍋に半固形状のポポ草、ロカンの実の絞り汁、ハーブの粉末を加えたら、よくかき混ぜながら再度沸騰するまで煮る。
火からおろし粗熱を取ったら、液体を布で濾して別の鍋に移し替える。そこにはちみつと少量の塩を加えて再度沸騰させる。また液体を布で濾して冷ましたら、瓶に詰めて完成だ。この瓶は錬金術師が作った特殊なもので、回復薬の劣化を抑えてくれる。
作業が終わった解放感から、思わず深い息を吐く。すかさずテオドールが拍手を送ってくれた。
「お疲れ様です! 学院だと初級回復薬はポポ草と水だけで出来ると教わるので、勉強になります!」
「なぜそこまで手間をかけて味を追求する? きっかけでもあるのか?」
セルジュが険しい顔で問いかけてくる。答えてやりたいけど、テオドールがいるからなあ。
「この前も言っただろ。回復薬の味が苦手で飲めないやつのためだ」
「まあいい。そういうことにしておいてやる」
偉そうな態度は腹立つけど助かった。セルジュは察しがいいし、深くは聞いてこないから話してて気が楽だ。
味を追求した理由か。あれは薬師になって、田舎を巡回していた時だった。
十二歳の少年が風邪で死にかけていたのがきっかけだ。彼は咳が長期間続き、夜も眠れず、衰弱して悪化の一途を辿っていた。
回復薬を飲めば治る病だったので、少年の家族はなんとかして彼に中級回復薬を飲ませようとした。しかし、少年はどうしても飲むことができず何度も回復薬を吐き出してしまった。
中級回復薬は庶民にとって気軽に手が出せない価格帯だ。何本も用意して、効果が出るまで少量ずつ飲ませるというわけにもいかなかった。
俺は薬師としての知識を総動員し、少年でも飲める回復薬を開発した。苦味を抑え、えぐみをなくし、果実味を加えた。薬草の量を増やすと苦味が出るため初級回復薬しか作れなかったが、少年はなんとか飲み干してくれた。
適正量を摂取できたことで、少年の症状は一気に回復に向かった。中級回復薬を少量口に含んだだけでは止まらなかった咳が、すぐに治まった。
その後、少年が回復したとテオドールに伝えたら、涙ぐんで喜んでいた。
当時のテオドールはリルサニア王国からカイザネラ王国に移ったばかりで、言葉が拙かった。その中でテオドールを気にかけ、輪に入るきっかけを作ってくれた相手がこの少年だった。
俺が必死になって少年を救った理由に、薬師としての使命感もあった。でも、何よりテオドールに友達を失わせたくなかった。
今では小さな子どもがいる家庭を中心に、そこそこ売れるようになった。味も改良を重ねて昔よりも飲みやすくなっている。
「それにしても師匠、すごい集中力ですね。セルジュさんが途中で何回か質問してたのに全部無視してましたよ」
「あー、なんかいろいろすまない」
「君が失礼なのは今に始まったことじゃないから気にしてない。それよりもだ」
セルジュが腕を組んで俺を睨みつけている。なんとなく予想はつくけど、ちゃんと聞いてあげよう。
「それよりも、なんだ?」
「君は味よりも薬効を追求すべきだ。それだけの実力がある。先ほどの調合は、まあまあ良かった。僕のほうが上だけど」
セルジュの発言を聞いたテオドールが眉を寄せている。よく見たら弟子の目から光が消えているような。
「その話は今度薬師ギルドで。弟子が怖い顔してるから」
「君はもっと弟子を叱るべきだと思う」
「師匠! 俺は師匠の回復薬が最高だと思ってます」
「うん。ありがとう」
「テオドールくん。君も薬師を目指すなら薬効を追求する姿勢を否定しないほうがいい。というわけで、これをやる」
セルジュが小瓶をテオドールに差し出した。どす黒い液体が入っているけど、あの瓶の形状は魔力回復薬か。すごく苦そうだ。
「あの、これは?」
「薬師科の学生ならわかるだろう。魔力回復薬だ」
「瓶の形状はそうですけど、俺の知ってる魔力回復薬は色がもうちょっと明るいといいますか」
「これは、僕が薬効を追求して作った上級魔力回復薬だ。通常の魔力回復薬と比べると即効性が段違いに高い」
「あの、ありがとうございます。大事にしまっておきますね。たぶん、いつか飲みます」
テオドールがセルジュ特製魔力回復薬を魔法鞄にしまった。さすがにテオドールも高価な物を渡されて生意気な態度を取れないようだ。
「いいのか? こんな貴重な物を」
「あれは試作品だから構わない。未来の後輩に薬効を追い求める重要性を教えてあげただけだ。そろそろ師匠がギルドに戻る時間だから帰る」
「今日はありがとな」
「お礼はいいから、君はもっとギルドに顔を出せ。失礼する」
「セルジュさん、ありがとうございました」
セルジュが去った後、テオドールが気まずそうに口を開いた。
「俺、回復薬の類が効かない体質って言い出せなかったです」
「あの流れは仕方ない。学院でセルジュからもらった回復薬の効果や成分を調べて研究してみろ。薬師として薬効を追求するというセルジュの主張も間違いではないからな」
「わかりました。でも、俺は師匠みたいな薬師になりたいです」
「薬師にもいろんな考えがある。学生のうちは広く学べ。その上で俺の考えに賛同してくれたら嬉しい」
「俺は一生師匠の味方です!」
「はいはい」
テオドールの真っ直ぐな尊敬と憧憬の目がくすぐったい。逃れるようにセルジュから渡された書類に目を通すと、大した内容ではなかった。本当、素直じゃないな。
無意識に笑っていたようで、テオドールがわかりやすく拗ねていた。
素直な弟子と素直じゃない好敵手。偶然とはいえ面白い組み合わせだ。長期休暇中にもう一度セルジュを招待するのもいいかもしれない。今だに拗ねているテオドールを宥めながら、自然と頬が緩んでいた。
夏といえば長期休暇の季節でもある。つい最近入学したばかりだと思っていたのに、もう学年末を迎えていた。
この一年で俺の調合の腕は上がったかというと、微妙なところだ。効率を考えて納品依頼を受けてしまうので、田舎を巡回していた時のほうが様々な種類の薬を作っていた。
一応、初級・中級回復薬の出来は向上しているから、王都での経験も無駄ではない。
「師匠! 薬草の買い出し終わりました! 頼まれていたものは全部ありました」
「お疲れ様。素材の見立ては薬師に必要不可欠な技能だからな。今後もよろしく」
「それらしいこと言ってますけど、暑いから外を歩きたくないだけですよね?」
「気のせいだ」
まだ何か言っている弟子を適当にあしらいながら、薬草を確認する。
完璧な選別だ。これは学院で相当鍛えられたに違いない。一部の素材に関しては、弟子に全部任せても問題なさそうだ。
「さすが学年上位。文句なしだ」
「はい!」
テオドールが嬉しそうにはにかんだ。ぐちぐち言っていたのが嘘みたいに晴れやかな表情だ。
それにしても、テオドールに成績を見せられた時は本当に驚いた。信じられなくて何度も成績表を見返してしまった。
まさか学年三位になるとは。闘技大会も準優勝だし、とんでもないな。テオドールに魔力があったら実技の成績が加点されて間違いなく首席だった。魔力を使いこなせたら調合の効率がよくなるから、そこは仕方ない。
俺の弟子は可能性の塊だな。将来が恐ろしい。早々に弟子に抜かれないよう研鑽を積まなければならない。
「今から初級回復薬を調合するけど」
「見学させてください!」
「わかった。黙って見学しろよ」
本当はテオドールが薬を作るところを見ながら直接指導したいけど、変な癖がついて学院の授業に悪影響が出ると困る。本格的な指導はテオドールが薬師になってからだ。
リビングから調合用の部屋に移動するため立ち上がると、玄関扉を叩く音が聞こえた。
「なんだ、お前か」
「君ね、客人にその態度はどうかと思うぞ」
「師匠、その方は?」
「友人のセルジュ。薬師の同期」
「好敵手だ! 勝手に友人にするな!」
セルジュの言葉にテオドールが俯き、不機嫌そうに呟いた。
「好敵手って特別感があって嫌ですね。その関係なんとか変更できませんか? 外敵とかそんな感じで」
「その失礼な子どもは君の親戚か?」
「弟子だ。王立学院の薬師科に在籍していて、今は長期休暇中。テオドール、礼儀は尽くせ。お前からしたら彼は薬師の先輩だ」
「すみませんでした」
「悪いなセルジュ。弟子は少し思い込みが激しくて」
「失礼なところは師匠そっくりだな。セルジュだ。よろしく」
「クラウス師匠の、唯一の弟子で、テオドールと申します」
セルジュが手を差し出してテオドールと握手をするが、友好的な雰囲気が全くない。すごいギスギスしてる。お互い握った手や手首に血管が浮かんでいる。さすがにテオドールは手加減していると思うが。
それよりもテオドールの顔が怖い。感情が全て削ぎ落とされたような無表情だ。基本的に愛想がいいのに珍しい。スヴェインを俺の恋人だと勘違いした時以来の素っ気なさだ。
「そういえば何の用で家まで来たんだ?」
「感謝しろ。君が最近全然ギルドに来ないから書類を持ってきてやったぞ」
「おお、ありがとう。夏は弟子の長期休暇でなかなか来れなくて」
「師匠! 俺のためにありがとうございます!」
「どうせ、暑いから面倒くさくて顔を出さなかったとかそんな理由だろう」
「セルジュさん。余計なこと言うのはやめてください。師匠は俺のために時間を削っているんです。今から師匠が調合するので、用事が終わったならお帰りください。玄関はあちらです」
「君の弟子は暑さでやられているのか?」
「わからん」
おそらく好敵手という関係が気に食わなかったのだろう。それにしても頑なな態度だ。もしかしたら拗ねているのかもしれない。
結局、セルジュも俺の調合を見学することになった。大したものではないから同業者に見られるのは恥ずかしい。
「お前らな、ただの初級回復薬だからそんなにまじまじと見るなよ」
「すみません。久しぶりなので目に焼き付けます。なるべく手元だけ見るようにしますので」
「好敵手としてきちんと監視する。妥協はしない」
「そんな気合い入れないでも」
廊下の奥にある調合部屋に二人を案内する。机と椅子、あとは必要最低限の用具と薬草類があるだけの殺風景な空間だ。
二人ともそわそわとした様子で視線をさまよわせている。本当に大したことないんだけど。まあ、いいか。
手の洗浄や用具の確認を済ませてから作業を始める。まずは乾燥させたポポ草を細かく刻み、それを乳鉢に入れてすりつぶす。粉状になったら鍋に移して水を加えて沸騰させる。
その間に生のポポ草を半固形状になるまですりつぶす。このあと、果汁等を加えるため乾燥粉末だけでは薬効が足りなくなる。そのため、生のポポ草は必ず追加しなければならない。続いてロカンの実の絞り汁を用意する。ロカンの実は爽やかな酸味とほのかな甘みが特徴の果実で、ポポ草の青臭さを打ち消してくれる。
しかし、この二つを混ぜ合わせただけだと、どうしても苦味が残ってしまう。そこで数種類のハーブを独自に配合し粉末にしたものを加えて苦味を取っていく。
沸騰した鍋に半固形状のポポ草、ロカンの実の絞り汁、ハーブの粉末を加えたら、よくかき混ぜながら再度沸騰するまで煮る。
火からおろし粗熱を取ったら、液体を布で濾して別の鍋に移し替える。そこにはちみつと少量の塩を加えて再度沸騰させる。また液体を布で濾して冷ましたら、瓶に詰めて完成だ。この瓶は錬金術師が作った特殊なもので、回復薬の劣化を抑えてくれる。
作業が終わった解放感から、思わず深い息を吐く。すかさずテオドールが拍手を送ってくれた。
「お疲れ様です! 学院だと初級回復薬はポポ草と水だけで出来ると教わるので、勉強になります!」
「なぜそこまで手間をかけて味を追求する? きっかけでもあるのか?」
セルジュが険しい顔で問いかけてくる。答えてやりたいけど、テオドールがいるからなあ。
「この前も言っただろ。回復薬の味が苦手で飲めないやつのためだ」
「まあいい。そういうことにしておいてやる」
偉そうな態度は腹立つけど助かった。セルジュは察しがいいし、深くは聞いてこないから話してて気が楽だ。
味を追求した理由か。あれは薬師になって、田舎を巡回していた時だった。
十二歳の少年が風邪で死にかけていたのがきっかけだ。彼は咳が長期間続き、夜も眠れず、衰弱して悪化の一途を辿っていた。
回復薬を飲めば治る病だったので、少年の家族はなんとかして彼に中級回復薬を飲ませようとした。しかし、少年はどうしても飲むことができず何度も回復薬を吐き出してしまった。
中級回復薬は庶民にとって気軽に手が出せない価格帯だ。何本も用意して、効果が出るまで少量ずつ飲ませるというわけにもいかなかった。
俺は薬師としての知識を総動員し、少年でも飲める回復薬を開発した。苦味を抑え、えぐみをなくし、果実味を加えた。薬草の量を増やすと苦味が出るため初級回復薬しか作れなかったが、少年はなんとか飲み干してくれた。
適正量を摂取できたことで、少年の症状は一気に回復に向かった。中級回復薬を少量口に含んだだけでは止まらなかった咳が、すぐに治まった。
その後、少年が回復したとテオドールに伝えたら、涙ぐんで喜んでいた。
当時のテオドールはリルサニア王国からカイザネラ王国に移ったばかりで、言葉が拙かった。その中でテオドールを気にかけ、輪に入るきっかけを作ってくれた相手がこの少年だった。
俺が必死になって少年を救った理由に、薬師としての使命感もあった。でも、何よりテオドールに友達を失わせたくなかった。
今では小さな子どもがいる家庭を中心に、そこそこ売れるようになった。味も改良を重ねて昔よりも飲みやすくなっている。
「それにしても師匠、すごい集中力ですね。セルジュさんが途中で何回か質問してたのに全部無視してましたよ」
「あー、なんかいろいろすまない」
「君が失礼なのは今に始まったことじゃないから気にしてない。それよりもだ」
セルジュが腕を組んで俺を睨みつけている。なんとなく予想はつくけど、ちゃんと聞いてあげよう。
「それよりも、なんだ?」
「君は味よりも薬効を追求すべきだ。それだけの実力がある。先ほどの調合は、まあまあ良かった。僕のほうが上だけど」
セルジュの発言を聞いたテオドールが眉を寄せている。よく見たら弟子の目から光が消えているような。
「その話は今度薬師ギルドで。弟子が怖い顔してるから」
「君はもっと弟子を叱るべきだと思う」
「師匠! 俺は師匠の回復薬が最高だと思ってます」
「うん。ありがとう」
「テオドールくん。君も薬師を目指すなら薬効を追求する姿勢を否定しないほうがいい。というわけで、これをやる」
セルジュが小瓶をテオドールに差し出した。どす黒い液体が入っているけど、あの瓶の形状は魔力回復薬か。すごく苦そうだ。
「あの、これは?」
「薬師科の学生ならわかるだろう。魔力回復薬だ」
「瓶の形状はそうですけど、俺の知ってる魔力回復薬は色がもうちょっと明るいといいますか」
「これは、僕が薬効を追求して作った上級魔力回復薬だ。通常の魔力回復薬と比べると即効性が段違いに高い」
「あの、ありがとうございます。大事にしまっておきますね。たぶん、いつか飲みます」
テオドールがセルジュ特製魔力回復薬を魔法鞄にしまった。さすがにテオドールも高価な物を渡されて生意気な態度を取れないようだ。
「いいのか? こんな貴重な物を」
「あれは試作品だから構わない。未来の後輩に薬効を追い求める重要性を教えてあげただけだ。そろそろ師匠がギルドに戻る時間だから帰る」
「今日はありがとな」
「お礼はいいから、君はもっとギルドに顔を出せ。失礼する」
「セルジュさん、ありがとうございました」
セルジュが去った後、テオドールが気まずそうに口を開いた。
「俺、回復薬の類が効かない体質って言い出せなかったです」
「あの流れは仕方ない。学院でセルジュからもらった回復薬の効果や成分を調べて研究してみろ。薬師として薬効を追求するというセルジュの主張も間違いではないからな」
「わかりました。でも、俺は師匠みたいな薬師になりたいです」
「薬師にもいろんな考えがある。学生のうちは広く学べ。その上で俺の考えに賛同してくれたら嬉しい」
「俺は一生師匠の味方です!」
「はいはい」
テオドールの真っ直ぐな尊敬と憧憬の目がくすぐったい。逃れるようにセルジュから渡された書類に目を通すと、大した内容ではなかった。本当、素直じゃないな。
無意識に笑っていたようで、テオドールがわかりやすく拗ねていた。
素直な弟子と素直じゃない好敵手。偶然とはいえ面白い組み合わせだ。長期休暇中にもう一度セルジュを招待するのもいいかもしれない。今だに拗ねているテオドールを宥めながら、自然と頬が緩んでいた。
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