薬師の俺は、呪われた弟子の執着愛を今日もやり過ごす

ひなた

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学院編

第十話 初めての闘技大会

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 柔らかい陽光が降り注ぐ春の日、王立学院は熱気に満ちていた。
 闘技大会か。本戦だけで授業が一日潰れるというのは、すごい規模だ。
 一回戦からずっと観戦しているが、どの対戦も見ごたえがあった。学生同士の戦いとは思えないほど、高度な戦術と技巧が繰り広げられている。現在は準決勝の真っ最中だ。

 歓声が一気に高まり、決勝進出者が決まった。会場の中央で、テオドールが対戦相手の喉元に模造剣を突きつけている。

 テオドールの剣の腕前がこれほどとは思ってもみなかった。薬師科で唯一、本戦出場を果たしたと聞いて驚愕したのに、まさか決勝までいくとは。

「あの子一年生? 薬師科なのにすごいね」
「ね。応援したくなる」
「わかる。後で話しかけてみようよ」
 ここかしこでテオドールを賞賛する声が聞こえてくる。なんだか落ち着かない。今すぐ立ち上がって、あいつは俺の弟子なんだと言って回りたくなる。
 こんな時スヴェインが横にいたら自慢しまくるのに。あいつは魔法科の教師だから一日中忙しいはずだ。さすがに仕事の邪魔をするのは申し訳ない。

 決勝戦までの間、時間があるので魔法科の大会を見に行くことにした。
 一日で闘技大会も魔法大会も両方やるから大変だろうな。どちらも出場したらどうなるんだ。過去にそういうやついそうだけど。

 もしテオドールが魔法大会に出たら優勝確定だろう。なぜなら魔法が一切効かないから。
 俺だったらどんな戦術をとるか。物理攻撃は有効だけど微妙だな。魔法で生成した氷塊や石塊だと無効化されるし。床を魔法で砕いて、出来た塊を魔法で投げ飛ばすと同時に、背後に回って絞め落とすか。

「師匠! お久しぶりです!」
 思わず身構えてしまい、テオドールが不審そうな顔で俺を見た。
「すまん。お前の倒し方考えてた」
「俺なにかしました?」
「いや、お前が魔法大会に出たら優勝確定だなと思って。とりあえず締め落とすとこまでは考えた」
「師匠ってたまに変なこと考えますよね」
 失礼なやつめ。いや、これ俺の方が失礼だったか。答えが出そうにないので、無理やり話題を変えた。

「久しぶりって、五日前に会ったばかりだろ」
「一日でも空いたらそれはもう久しぶりです」
 感覚の違いってやつだ。俺も十二歳くらいの時は一年が長く感じたから、それかな。学生特有の現象なのかもしれない。

「あの時は悪かったな。せっかく友達と楽しんでいたのに呼び出して」
「いえ、俺の最優先事項は師匠なので全く問題ありません。友人たちにも改めて宣言しました」
「十六の誕生日に変な宣言するな」
「いいじゃないですか。友人たちも納得した様子でしたし」
「それ、呆れられてないか?」

 五日前はテオドールの誕生日だった。面会の申請をしていつもの校門で待っていると、テオドールが浮かれた格好でやって来た。話を聞いたら案の定、誕生祝いの最中だった。
 慌てて謝ったら「むしろ今この瞬間が一番嬉しいです」と泣いて喜ばれた。

「すみません、そろそろ失礼します。決勝進出者は所定の場所で待機するよう言われまして」
「わかった。頑張れよ」
「はい! 優勝したらご褒美ください」
「考えておく」
 テオドールが去ったあと、魔法大会の会場に足を運んだ。
 想像以上に魔法のぶつけ合いが主流の試合展開だった。俺って本当に変なこと考えていたんだなと複雑な気持ちになった。

 決勝の時間が迫ってきたので会場に移動すると、観客でいっぱいになっていた。保護者用の指定席がなかったら立ち見になっていたかもしれない。
「今から闘技大会の決勝戦を行います」
 会場内の興奮が最高潮に達する。会場の中央で、テオドールが対戦相手と向かい合い、握手を交わしていた。
 薬師科の一年と戦士科の三年が決勝戦で争うなんて、王立学院の歴史においても初めての出来事だろう。

 審判が合図すると一瞬の間もなく両者が動き出した。テオドールが剣を低く構え、高速で相手との距離を詰めていく。対する相手は冷静に剣を構え直すと、テオドールに向けて突きを放った。
 テオドールは身体を捻って突きを躱し、そのまま相手の首に向けて剣を振るう。相手はそれを見越していたように背後に跳んで攻撃を躱し、魔法で火炎を放ちながら距離を取ろうとした。魔法剣士か。剣と同様、魔法の練度もかなり高い。相手は戦士科の中でも屈指の実力者だろう。

 テオドールは魔法に怯まず間合いを詰め剣を振り下ろした。相手は体勢を崩しつつなんとか剣で受け止め、力任せに押し返そうとするが、テオドールがそれを力で捻じ伏せて相手を弾き飛ばす。

 飛ばされた相手が地面に倒れ込む。テオドールが追撃しようと踏み込んだ瞬間、相手が足元に魔法を飛ばした。地面がわずかに崩れたことで、テオドールが転倒する。その間に相手は体勢を整え、距離を取った。追撃をしなかったのは、テオドールが転倒後素早く立ち上がったからだろう。

 テオドールが剣を構えると、今度は相手の方から仕掛けてきた。間合いを詰めて剣を大きく横なぎに振るう。テオドールは背後に跳んで剣を躱す。すかさず相手が地面に魔法を放ち土煙が上がった。

 視界を塞がれたテオドールは、音で相手の位置を感知しようとしたのか動きを止めた。すると、乾いた音が連続して鳴り響いた。
 突然の出来事にテオドールが一瞬硬直する。相手はそれを見逃さず、テオドールの背後に回り込み剣を首筋に突きつけた。

「勝負あり!」
 見事な試合だった。相手の作戦勝ちといったところか。経験の差が如実に現れたな。
 テオドールは悔しさを顔に浮かべているが、相手も釈然としない様子で眉間に皺を寄せている。
 あの様子から察するに、相手は剣だけで勝利を収めたかったのかもしれない。ただ、予想以上にテオドールがしっかりと戦ってみせたから、剣だけでは敵わないと判断したのだろう。

 最終的に二人は握手を交わし、お互いに笑顔で健闘を称え合っているように見えた。
 その後、表彰式が滞りなく進行し、閉会式も終了した。生徒たちは皆、笑顔を浮かべながら本選出場者に声をかけ賞賛し合っている。

 友人に囲まれていたテオドールが申し訳なさそうな顔をして闘技場を去った。その後を静かについていく。
 校舎裏に辿り着くと、テオドールは人目を避けて水飲み場で左腕を冷やしていた。
 傷ついたところを人に見せず、一人で対処しようとする。あいつの悪い癖だ。

「来い」
「わっ、師匠。俺、あの」
 テオドールの右腕を引いて空き教室まで移動する。スヴェインの許可は得ているが、念のため人が入らないように結界を張る。
「腕出せ。他、痛むところは?」
「……左肩が少し」
「見てやるから肩も出せ」
「ええっ! あ、いえ、見せます」

 テオドールがなぜか恥ずかしそうに顔を覆っている。様子のおかしい弟子を無視して左腕と左肩を診る。骨に異常はない。打撲で内出血をしているだけだ。
 本来なら初級回復薬を飲めば一発で治る程度の怪我だ。しかし、テオドールは回復薬も回復魔法も効かない。俺の力が及ばず、このような体質にしてしまった。

「これで冷やしておけ」
「わざわざ時間停止鞄に氷を入れてきてくれたんですか?」
「お前の場合、魔法で作った氷だと冷気を感じるのに時間がかかるからな」
「お気遣いありがとうございます。魔法鞄すごいですね。羨ましいです」
「怪我してるのに、のんきだな」
「慣れてるので。むしろ丁寧に処置してもらえるから、普段より楽なくらいです」
「こんなもん丁寧でも何でもない。打撲の処置は今見て覚えろ」

 打撲部分をしばらく冷やした後、伸縮性のある布で圧をかけながら巻きつける。
「寝る時はこの湿布を使って冷やせ。お前でも効くように作ってある。圧迫する時は布を巻きすぎるなよ」
「はい。ありがとうございます」

 おかしいな。いつもなら「この布、師匠の私物ですか? これを肌身離さず? え、そんな、贅沢すぎて神罰下りません? 大丈夫ですか?」ぐらい言いそうなのに。
 わかりやすく落ち込んでいる。誰かに嫌なことでも言われたか。俺が見ている範囲ではそんな雰囲気はなかったが。

「元気ないな」
「俺、かっこ悪いなって」
「どこが?」
「優勝したらご褒美くださいとか言っておいて負けちゃったし。怪我も処置してもらって、なんか恥ずかしいです」
「それのどこがかっこ悪いんだ?」
「え、だって」
「いい試合だった。両者が力を尽くして戦った結果だ。かっこ悪いところなんて一つもない」
「でも」
「テオドール、お前はすごくかっこよかった。俺が保証する」

 テオドールが目を見開き、やがてじわじわと頬を赤く染める。開かれた目が徐々に細くなり、口角が上がった。
「負けたのに、ご褒美を頂いた気分です」
「なら追加だ」
 テオドールに鞄を投げつけると、特に慌てることなく受け取った。さすが、反射神経いいな。

「これは?」
「魔法鞄。俺のより性能低いけど。容量は五倍、時間経過は五分の一、重量は三分の一、出し入れしても魔力消費なし」
「十分すぎます! 本当に頂いてもいいんですか?」
「誕生祝いだ。当日に間に合わなくて遅くなった」
「ありがとうございます! 大切にします!」
「錬成陣のところ、あんまり触るなよ。素人の俺が改造したから少し脆くなっているはずだ」
「魔法鞄って錬金術の分野ですよね。師匠って錬金術もできるんですか?」
「ちょっと錬成陣弄るくらいならできる。一から作るのは無理。魔法陣と仕組みが似てるから、魔法使いはけっこう錬成陣を理解してるぞ」

 テオドールはニコニコと錬成陣を見つめている。先に注意しておいてよかった。あの様子だとそのうち触りまくってすぐ壊してしまっただろう。
「つまり、これは実質師匠の手作りってことですよね」
「全然違うけど。でも俺が一つ一つ魔力を込めながら構築し直したからな。しまわずに使ってくれたら嬉しい」
「使い倒します! いつでもどこでも持ち歩きます!」

 先ほどの落ち込み様が嘘のように、テオドールは屈託のない笑顔で鞄を右肩にかけている。
「来年も見てやるから頑張れよ」
「はい! 次こそは絶対優勝します」
 そう宣言したテオドールの顔には、決意に満ちた表情が広がっていた。拳を突き上げ、満足そうに笑顔を浮かべている。
 俺はしばらくの間、静かに笑いながらその様子を眺めていた。
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