薬師の俺は、呪われた弟子の執着愛を今日もやり過ごす

ひなた

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学院編

第八話 機会は突然訪れる

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 暖房の魔道具の修理が終わり、家に温もりが戻った。もちろんテオドールが危惧していたことが起こるはずはなく、むしろ職人が俺の外見を露骨に怖がって作業中ずっと気まずかったという結果に終わった。
 一応、報告書という形で手紙に書いたけど、これを学院に届けるのは気が重くなる。紙の無駄遣いだ。

 そんなことより、俺は早急に解決しなければならない問題を抱えている。テオドールが友人たちと食事をした話をきっかけに、ふと気づいてしまった。

 俺には、人族の友人がいない。

 これは由々しき事態だ。弟子に多くの人と交流しろと言っておいて、師匠がこれでは示しがつかない。
 数は少ないが、友人や知人がいないわけではない。だけどスヴェインはエルフだし、他は妖精族、獣人族、ドワーフ、巨人族などだ。その中に人族が全くいないのである。

 友人の作り方がわからない。弟子に聞くわけにはいかないし。
 最悪スヴェインに誰か紹介してもらおう。だが、それはあくまで最終手段だ。あいつに話したら最後、死ぬまでこのネタでいじられることになる。

 この件についてもう少し考えていたいが、今日は薬師ギルドに行って人と会う約束をしている。
 この国に来たばかりの時お世話になった人物だ。遅れるわけにはいかない。

 薬師ギルドに到着し、受付に挨拶する。あの人はまだ来ていないようだ。とりあえず、待合室で時間を潰すことにした。
 普段は納品依頼の査定待ちで利用するだけなので、じっくり待合室を見るのは新鮮だ。
 こじんまりとした待合室は、木製の家具が配置されていて、暖色系の灯りと合わさって暖かな印象を与えている。薬草の香りが微かに漂っていて、薬師ギルドらしさを感じた。

 しばらく座っていてわかったことがある。このギルドは、聴覚から得られる情報がほとんどない。
 薬師たちも受付とは会話を交わしているが、だいたい挨拶と用件に集約されている。もしかして薬師は交流が苦手なやつが多いのか。弱ったな、これは今後の友人作りに支障が出るかもしれない。

 計画を練るため目を閉じて俯いていたら、聞き覚えのある優しい声が耳に入った。
「待たせて悪かったね」
「いえ、お気になさらず。お久しぶりです。ゾラさん」
「あんたは変わらないね。テオドールくんは元気かい?」
「おかげさまで、今は王立学院の学生です」
「驚いた。人の子は成長が早いね。喜ばしいことだ」

 丁寧に編み込まれた淡い金髪を揺らしながら、彼女は目尻を下げて笑った。テオドールの成長を喜んでくれたことが伝わって、温かなものが胸に広がる。
 スヴェインの遠い親戚とは思えない聖人ぶりだ。ゾラさんはハイエルフだから見た目は五十代くらいだけど、三百歳を超えているとスヴェインから聞いた。
 俺が薬師試験を受ける際に推薦状を書いてくれたり、試験期間中にテオドールの面倒を見てくれたりと、とにかくお世話になった方だ。
 今は後進の育成のため各地を巡回しているとのことだが、最近王都に戻ってきたらしい。

「すまない。ちょっと会ってほしい子がいてね。私の弟子なんだが」
「お弟子さんが俺に?」
「いい子ではあるんだが、少々、いや、かなり薬学に熱い子で。少し興奮気味に話すかもしれないが許してほしい。どうしても、あんたに伝えたいことがあるそうだ」
「ええ。大丈夫ですけど」

 おかしい。さっきからゾラさんと目が合わない。詳しく話を聞くと、そのお弟子さんは俺の同期で歳は一つ下らしい。二階の会議室に待たせているから会ってきてほしいと言われた。

 会議室の扉を開くと、そこには険しい顔をした青年が腕を組んで座っていた。
 青くて大きな目は年齢のわりに幼さを残しており、その顔立ちは端正だ。暗い紺色の髪はツヤがあり、よく手入れされている。
 服装は一目見て高級品だとわかるものだ。薬師の収入だけで賄えるとは思えないから、実家が裕福なのかもしれない。

「やっと来たか」
 物言いの端々から俺への嫌悪感が滲み出ている。俺がこいつに何をしたっていうんだ。呼び出したのはそっちだろ。
「クラウスだ。よろしく。そっちは?」
「……セルジュでいい。座れ」
 その言い方は、もしかしたら姓があるのかもしれない。まさか貴族の坊ちゃんとかじゃないよな。でも、本人がいいって言ってるから別にいいか。無理に聞き出すのもよくないし。

「で? ゾラさんから聞いたけど俺に言いたいことがあるって?」
「言葉遣いに気をつけろ! 師匠への敬称は様以外許さない!」
 セルジュが声を張り上げて怒り出し、机に拳を叩きつけた。席についたばかりだけど、もうこの場から立ち去りたい。すでに面倒くさそうな雰囲気だ。

「えーっと、すまなかった。で、用件は」
「僕は君を認めない」
 セルジュが敵意を剥き出しにした目でこちらを睨みつけた。
「認めない、とは?」
「君のことは薬師試験の時に知った」
「へえ。そういえば俺たち同期らしいな。これからよろしく」
「正直、君の成績は目を引くようなものではなかった。学科はともかく、実技のほうは普通だった」
 ちょっとくらい会話を楽しめよ。あと、普通で悪かったな。

「それで、優秀なセルジュくんは俺の何が気に障ったの?」
「そうなんだ。本来なら同期で一番、優秀な僕が君のことを気にかけるなんておかしい。ただ」
 そこは反応するのかよ。ちょっと面白くなってきた。セルジュは悔しそうな顔で拳を強く握っている。
「ただ?」
「君が試験で見せた特級回復薬の出来栄えは、素晴らしいものだった。あれは今の僕でも真似できない」
「お、おお。ありがとう」
 まさか褒められるとは思わなかった。真正面から言われると照れてしまう。

 特級回復薬か。あれは魔力の扱いに長けていると調薬に有利だから、そのせいだろう。魔力がなくても完成できるけど、時間がかかるから試験では不利だ。
 薬師を志す者は総じて魔力量が低い傾向にある。魔力がなくても技術さえあれば大成できるからだ。

 魔法を使って確認すると、セルジュの魔力量はそこそこだった。一般的な魔法使いよりやや少ないくらいか。薬師の中では多い方だけど、短時間で完全な特級回復薬を作るのは難しい魔力量だ。

 回復薬の等級は下から初級・中級・上級・特級・極級と分けられている。
 極級は国や貴族が独占しているから、滅多にお目にかかれない。上級ですらとんでもない金額なので、庶民が口にできるのは中級までだ。

「だからこそ!」
 セルジュがまた机に拳を叩きつけた。ギルドの備品は大切にしてほしい。連帯責任で弁償とかなったら最悪だから。
 セルジュは俺の咎めるような視線に気がつくことなく、話を続けた。
「だからこそ、君が作る初級、中級の回復薬に納得がいかない。薬効ではなく味を追求するなんて、薬師の風上にも置けない」
 それが本題か。ゾラさんの言う通り、薬学に熱いやつだ。

「まあ、お前が言うことも一理ある」
「なら、なぜ」
「あれは、回復薬の味が苦手で飲めないやつのために作ったものだ。誰に文句を言われても需要がある限り作り続けるぞ、俺は」
 セルジュの意見を否定するつもりはない。俺だって薬師として、味だけではなく薬効も追求している。ただ、優先順位が違うだけだ。
 セルジュが黙り込んだまま鋭い目で俺を見つめている。今さらだけど、ほぼ初対面なのに俺の見た目に物怖じしないって変わったやつだ。

 セルジュが姿勢を正し俺の目を見据えた。俺も背筋を伸ばしてセルジュの目を真正面から受け止める。
「語り尽くしたいけど時間がない。これだけは伝えておく」
「おう」
「君の信念はわかった。でも納得はできない。だから、僕は実力を示して君の考えを改めさせる。これから好敵手として君に接するからよろしく頼む。いつか君が僕の考えに心から賛同することを楽しみにしている」

 なんだその宣言。本気で面倒くさいな。でも拒否すると余計話が拗れそうだ。
「わかった」
「君は僕の話を理解できたのか?」
「好敵手ってことだろ? 問題ない。これからよろしく」
「なんだか顔が怪しいな。まあ、今はそれでいい。いつか絶対僕の実力を認めさせてやる」

 セルジュが手を差し出してきたので握手する。高級感あふれる服には、濃い薬草の匂いが染み付いていた。
 爪は短く切り揃えられていて、手が荒れている。何度も手を洗って薬草を磨り潰したのだろう。努力をしていることが伝わってくる。薬師として好感が持てる人物だ。

 俺は気づいてしまった。好敵手って要は喧嘩相手だ。実質友人みたいなものだろう。悪いやつじゃないし、これから仲良くなっていけばいい。
 これで問題解決だ。こんなに早く人族の友人ができるとは思わなかった。ゾラさんに感謝しないと。

「話は終わったかい?」
「師匠! お待たせして申し訳ございません。場を取り持っていただき、ありがとうございました」
 セルジュが目を輝かせながら、ゾラさんに深々と頭を下げた。あの笑顔、既視感があるな。
「ゾラさん。俺、セルジュに好敵手って言われました」
「様をつけろ! もう忘れたのか! あと師匠にくだらないことを報告するな」
「弟子がすまないね。だが競争相手がいるのはいいことだ。変わっているが悪い子ではないから、これからも仲良くしてあげてほしい」
「わかりました」

「師匠! 俺が変わってるってどういうことですか! あと、こいつと仲良くする気はありません」
「はいはい。話は後で聞くから。じゃあね、クラウス。テオドールくんによろしく」
「はい。ありがとうございます」
 ゾラさんとセルジュの背中を見送る。あとは家に帰るだけなのに、あの二人を見たせいで目的地が変わってしまった。

 横から吹き付ける風に耐えながら緩い上り坂をひたすら歩く。学院に到着し、守衛に面会の申請をした。
 しばらく校門の近くで待っていると、お目当ての人物が姿を現した。
「師匠ー! 会いに来てくれたんですね!」
 そいつは遠くからでもわかるくらい満面の笑みを見せ、猛烈な速さで駆け寄り、なぜか目の前で俺の身長と同じ高さまで飛び跳ねた。

「危ないだろ。気をつけろ」
「すみません。嬉しくてつい! 昨日も今日も師匠に会えるなんて夢みたいです! 今日はどのような用件で? あ、いや。用事がなくても来てほしいですけど、礼儀として聞いておこうかなと」
 身体能力が高いせいで喜び方が大げさに感じるけど、あれが素なんだよな。本人的には軽く飛び跳ねているくらいの感覚なのだろう。

「暖房の修理が終わった。何も起きなかった。これ報告書」
「このために来てくれたんですか?」
「まあな」
 テオドールが静かに涙を流した。急いでハンカチを差し出すと、テオドールはそれを受け取って懐にしまってから、自分のハンカチで涙を拭いた。

「おい、ハンカチ」
「俺、感激しました。今日はこの手紙とハンカチを抱いて寝ます。洗って返しますね」
「今返せ」
「だめですか?」
「だめ。あと手紙も今読め」
 テオドールは渋々といった様子で俺にハンカチを返した。昔は指摘するのも気を遣ったけど、今では慣れてしまった。
 これも呪いの影響だから厄介だ。竜は財宝を貯め込む習性があり、テオドールも同様に収集癖がある。黄金ではなく、ただの布を手に入れようとしたのが物悲しい。
 真剣な表情で手紙を読んでいたテオドールは、途中から何の面白味もない文章を指でなぞり始めた。

「そんなに変なこと書いてあったか?」
「師匠の字、少し癖があるけど読み手のために丁寧に書かれてて、大好きです」
 下手なだけで丁寧に書いた覚えはない。ただ、普段より少し多めに時間をかけただけだ。
 テオドールは手紙を大切そうにしまった。顔が緩みきっていて、とても嬉しそうだ。

「寒いから早く寮に戻れ」
「えー! もっと師匠とお話したいです!」
「夕飯の時間とかあるから無理だろ。むしろ忙しいのに付き合ってくれてありがとな」
「俺、師匠のためなら予定なんていくらでも作りますから! また来てください」
「また今度な」
「はい!」

 テオドールが明るい顔でお辞儀をして去っていった。時折こちらに振り返って、手を振ってくる。俺も手を振り返してテオドールを見送った。

 帰り道、寒さに震えながらゾラさんとセルジュの姿を思い出す。セルジュのやつ、あんなに険しい顔をしていたのにゾラさんの前では笑顔だった。
 それを見てなぜかテオドールの顔が浮かんだ。俺らしくない行動だけど会えてよかった。やっぱり、俺の弟子が一番可愛い。
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