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学院編
第六話 過ぎし日の出会い
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あの日の俺は、いつも通り死んだ目でリルサニア王国の王城を守護する結界に魔力を注いでいた。
何日も王城に引きこもっていて、日付の感覚もわからなくなっていた。警備の関係とかいう訳の分からない理由で、窓の少ない部屋に閉じ込められているからなおさらだ。
そんなわけで、王都近くの農村が邪竜に襲撃されたという報せを聞いた時、ようやく外に出られると安堵してしまったのを覚えている。
召集を受けて農村に駆けつけると、すでに騎士団が邪竜と戦っていた。住民たちの避難も完了したようで、戦場と化した村は更地になっていた。おそらく、騎士団だけでは上空からの息吹を完全に防ぐことができなかったのだろう。
燃え尽きた家屋、体を齧られ生き絶えた家畜、何かが焼けた独特の臭い。平和な営みが失われた光景は、王宮魔導師の俺にとって見慣れたものではあった。
ただ一つ違って見えたのが、木の棒を握りしめながら横たわっている子どもの姿だった。
その少年は身体に黒いあざのような模様がいくつも浮き出て、呪いに蝕まれて衰弱しきっていた。あの状態でまだ木の棒を握り締めていられることに衝撃を受けた。
騎士団が少年を急ごしらえの救護室に運び込むまで、俺はずっとあの少年から目が離せなかった。
邪竜は本当に厄介な怪物だった。魔力による攻撃が一切効かない特異性、その巨躯から繰り出される攻撃は一撃必殺の破壊力があり、空中から吐き出される息吹は触れただけで全てを焼き尽くしてしまいそうなほどの高熱を宿していた。
「私が合図をしたら補助魔法を発動させろ」
「了解」
正直、補助魔法は騎士団所属の魔法使いたちのほうが優秀だ。王宮魔導師団はひたすら結界魔法を発動させて息吹に備えたほうが効率的に戦えると思ったが、進言などはしなかった。
どうせ俺が何を言っても、一笑に付されて終わるのだから。
十八歳の最年少王宮魔導師。いくら経歴を残そうとも年齢だけで侮られる。むしろ、なぜこんな小僧がと反感を持っている者ばかりだ。
後ろ盾もない。後見人は、俺が王宮魔導師に任命されたと同時に引退した。十五歳のガキに王宮魔導師の地位を押し付けたのだ。あの人の最低な所業は他にもあって、俺はあれを師匠だと認めるつもりはない。
母は俺が魔法学院に在学中、病気であっけなく逝った。育ててもらった恩を返したかったのに、何一つできなかった。父は生きているかもわからない。俺の外見に恐れをなして、産まれてから一度も会いに来たことがないと人から聞いた。
ほとんどが貴族の子息で構成されている王宮魔導師の中で、俺は完全に侮られていた。
最終的に騎士団の誰かが邪竜にとどめを刺したことで討伐は終了となった。
騎士団側は疲労困憊といった様子で、まだ余力がありそうな王宮魔導師団を恨めしげな目で見つめている。
鋭い視線に晒されながら救護室に向かうと、少年は綺麗な布の上に放置されていた。救護室で治療を受けていた村人の話によると、少年に両親はおらず、叔父夫婦に養われているらしい。その叔父夫婦は、騎士団が誘導した避難場所にいるようだ。
少年の様子を観察すると、呪いが進行していて虫の息だ。解呪してもらうにも、教会にとんでもない金額を献金する必要がある。ただの村人が支払えるとは考えにくかった。仮に献金できたとしても、呪いが強力すぎて完全に解呪するのは不可能だ。
皆が少年を一目見て、これはもうだめだと重々しく首を横に振った。
少年は、その小さな身に受けた呪いによって苦痛に喘いでいた。かなり重度の呪いだ。きっと、身を裂かれるような痛みなのだろう。誰かが「早く殺してやれ」と痛ましそうに言った。
今思い返しても、自分がなぜあんなことをしたのか説明できない。気がついたら少年の手を握っていた。
「なあ、お前死ぬのか」
返事は期待していなかった。なんとなく、この少年の最期を一番近くで見届けてやりたかった。
まさか、力強く手を握り返されるなんて思いもしなかった。
俺はあの日、あの瞬間まで死んだように生きていた。孤独で、何の感動もなく、道具のように使い捨てられて惨めに死んでいくのだと諦めていた。
だから、呪いに苛まれながらも必死に生き抜こうともがく少年の生き様を、美しいと思った。俺が持つことはない強い魂の煌めきに、どうしようもなく惹かれた。
どうせいつか野垂れ死ぬ予定だったのだ。それなら今、己の命を賭けても惜しくはない。こいつに俺の全てを捧げよう。
「待ってろ。すぐに助けてやる」
少年の手を握りながら、ある術式を構築していく。それに気づいた誰かが俺を止めるために近寄ったが、結界魔法に阻まれて声を張り上げるだけに終わった。どんどん人が集まってきたけど、誰も結界を破ることはできない。
当然だ。王城の結界はほとんど俺が維持している。お前らの実力じゃ、結界にヒビを入れることすら無理だ。
強い光が辺りを包みすぐに収まると、結界の周りにいたやつらが膝をついて呻いた。
「貴様正気か! 今すぐ禁術の発動を止めろ!」
「これしか助ける方法を思いつけなかったので」
周囲の魔力が身体に集まる。空中に漂う魔力すらも糧にして、少年の呪いを解いていく。
心臓が直接握られたかのように激しく脈打っている。目の血管が切れた音が脳にぶち込まれる。自分の魔力が変質したせいで、全身が沸騰したように熱くて痛い。身体が悲鳴をあげている。
それでも、禁術の発動が止まることはなかった。よかった。成功しそうだ。
禁術とは術者の身体を媒体として周囲の魔力を集め、個人で行使するのは到底不可能な大規模魔法を発動させる術式だ。
魔力を集める対象は人、動植物、魔物、大気、地中など多岐にわたり、その影響は計り知れない。下手すれば周辺の土地が数年不毛の地になる。
今回は周囲に王宮魔導師の集団が存在しているから、損害は限定的だろう。国に選ばれた人間とあって、魔力は豊富にあるし質もいい。
禁術は一度発動させると、術者に人間の許容量を遥かに超えた魔力が集まる。この時点でほとんどの者が命を落とす。途中で死んだら禁術の効果が無くなるため、ただの無駄死にだ。そのせいで禁術に手を出すのは自殺志願者だけというのが世の常識となっている。
過去に禁術を用いて王城や王都を襲撃しようとする事件があったが、いずれも失敗に終わっている。何千回やって一回成功するかどうか、という難易度だ。それなら仲間を集めて一斉に魔法をぶっ放したほうが遥かに効率がいい。そのような背景から、禁術の術式を扱える人間はかなり少ない。
奇跡的に命を繋ぎ止めても、術者自身の魔力が変質して魔力の自然回復ができなくなり、一生魔力枯渇症に悩まされることになる。術者にとってあまりにも利点がない術式だ。
少年の身体から黒いあざが消えた。心臓に刻まれた呪いは禁術を発動させても解けなかったが、一命を取り止めたようだ。
中途半端な呪いが、今後少年の人生にどう影響を与えるのか。少しばかり後悔が残ったが、少年を救えた満足感に気がつけば笑っていた。
禁術の発動が完全に終わると、すぐにその反動がきた。身体に力が入らず倒れ込み、結界の魔法も自然に解除されていた。
それに気づいた魔導師たちが俺に罵声を浴びせる。彼らも魔力を失った倦怠感で動けないようだ。本調子だったらすぐに攻撃魔法が飛んできたはずだ。
少年はまだ眠っている。命に関わる呪いは消え去ったが、身体に受けた衝撃は大きいのだろう。
やがて魔力回復薬を飲んで動けるようになった王宮魔導師たちが、俺の首根っこを掴んで救護室から引きずり出した。
「お前がどれだけ大変なことをしでかしたか、理解させてやる」
「お手柔らかにお願いします」
「あのまま死ねばよかったのに」
これはかなりお怒りのようだ。殺されはしないと思うが、面倒なことに変わりはない。
外に出ると、強い光が目を刺した。見上げると青い空に大きな雲が広がっていて、季節が夏になっていたことを、その時ようやく認識できた。
その後、様々な手段で先輩方からお叱りを受けていたら、親切な騎士団の人が少年が目を覚ましたと報告してくれた。
延々と続くお説教を振り切って救護室に行くと、三十代くらいの男女が少年を怒鳴りつけていた。
聞くに堪えない暴言を止めるため、彼らに声をかけると、今度は俺が罵られた。話を聞いているうちに、彼らが少年を養っている叔父夫婦だということが判明した。
見かねた騎士団の人が間に入ってくれたおかげで、叔父夫婦は興奮さめやらぬ様子で外に移動した。
ようやく静かになったので、悲痛な面持ちの少年に近づくと、不安そうな目で俺の表情を窺っていた。
ここは成人したばかりの大人として、目の前の子どもを慰めてあげなければ。そう思っていたのに、口から出たのは全然違う言葉だった。
「生きててくれてよかった。よく頑張ったな」
少年の顔が歪み、目から大粒の涙がこぼれた。失言だったかと焦っていたら、少年が俺の胸に顔を埋めた。雄叫びのような泣き声は、王宮から支給されたローブが少しだけ吸収してくれた。
俺は、少年が泣き止むまでひたすら背中を撫でていた。下手な慰めの言葉より、その方がいい気がしたからだ。
それが、俺とテオドールの出会いだった。
時を告げる鐘の音が思考を中断させる。長い間考えに耽っていたようだ。まだ秋が始まったばかりなのに、指先が冷えている。木でできたベンチもすっかり冷たくなっていた。
今から講義が始まるのか、それとも終わるのか、鐘の音だけでは全然わからない。とにかく、生徒と鉢合わせることは避けたい。
逃げるように校舎裏から無駄にでかい校門まで移動する。去り際、どうしても胸にこみ上げた言葉を口にしたくなり、息を吐くように小さく呟いた。
「テオドール、入学おめでとう」
弱々しい声が遠くから聞こえる生徒たちの元気な声にかき消される。今から実技があるのか、楽しげな声が耳に届いてきた。
ここに職員以外の大人がいるのは野暮というものだろう。振り返りもせず校門から立ち去ると、ちょうどその瞬間、講義の開始を告げる鐘が鳴り響いた。
何日も王城に引きこもっていて、日付の感覚もわからなくなっていた。警備の関係とかいう訳の分からない理由で、窓の少ない部屋に閉じ込められているからなおさらだ。
そんなわけで、王都近くの農村が邪竜に襲撃されたという報せを聞いた時、ようやく外に出られると安堵してしまったのを覚えている。
召集を受けて農村に駆けつけると、すでに騎士団が邪竜と戦っていた。住民たちの避難も完了したようで、戦場と化した村は更地になっていた。おそらく、騎士団だけでは上空からの息吹を完全に防ぐことができなかったのだろう。
燃え尽きた家屋、体を齧られ生き絶えた家畜、何かが焼けた独特の臭い。平和な営みが失われた光景は、王宮魔導師の俺にとって見慣れたものではあった。
ただ一つ違って見えたのが、木の棒を握りしめながら横たわっている子どもの姿だった。
その少年は身体に黒いあざのような模様がいくつも浮き出て、呪いに蝕まれて衰弱しきっていた。あの状態でまだ木の棒を握り締めていられることに衝撃を受けた。
騎士団が少年を急ごしらえの救護室に運び込むまで、俺はずっとあの少年から目が離せなかった。
邪竜は本当に厄介な怪物だった。魔力による攻撃が一切効かない特異性、その巨躯から繰り出される攻撃は一撃必殺の破壊力があり、空中から吐き出される息吹は触れただけで全てを焼き尽くしてしまいそうなほどの高熱を宿していた。
「私が合図をしたら補助魔法を発動させろ」
「了解」
正直、補助魔法は騎士団所属の魔法使いたちのほうが優秀だ。王宮魔導師団はひたすら結界魔法を発動させて息吹に備えたほうが効率的に戦えると思ったが、進言などはしなかった。
どうせ俺が何を言っても、一笑に付されて終わるのだから。
十八歳の最年少王宮魔導師。いくら経歴を残そうとも年齢だけで侮られる。むしろ、なぜこんな小僧がと反感を持っている者ばかりだ。
後ろ盾もない。後見人は、俺が王宮魔導師に任命されたと同時に引退した。十五歳のガキに王宮魔導師の地位を押し付けたのだ。あの人の最低な所業は他にもあって、俺はあれを師匠だと認めるつもりはない。
母は俺が魔法学院に在学中、病気であっけなく逝った。育ててもらった恩を返したかったのに、何一つできなかった。父は生きているかもわからない。俺の外見に恐れをなして、産まれてから一度も会いに来たことがないと人から聞いた。
ほとんどが貴族の子息で構成されている王宮魔導師の中で、俺は完全に侮られていた。
最終的に騎士団の誰かが邪竜にとどめを刺したことで討伐は終了となった。
騎士団側は疲労困憊といった様子で、まだ余力がありそうな王宮魔導師団を恨めしげな目で見つめている。
鋭い視線に晒されながら救護室に向かうと、少年は綺麗な布の上に放置されていた。救護室で治療を受けていた村人の話によると、少年に両親はおらず、叔父夫婦に養われているらしい。その叔父夫婦は、騎士団が誘導した避難場所にいるようだ。
少年の様子を観察すると、呪いが進行していて虫の息だ。解呪してもらうにも、教会にとんでもない金額を献金する必要がある。ただの村人が支払えるとは考えにくかった。仮に献金できたとしても、呪いが強力すぎて完全に解呪するのは不可能だ。
皆が少年を一目見て、これはもうだめだと重々しく首を横に振った。
少年は、その小さな身に受けた呪いによって苦痛に喘いでいた。かなり重度の呪いだ。きっと、身を裂かれるような痛みなのだろう。誰かが「早く殺してやれ」と痛ましそうに言った。
今思い返しても、自分がなぜあんなことをしたのか説明できない。気がついたら少年の手を握っていた。
「なあ、お前死ぬのか」
返事は期待していなかった。なんとなく、この少年の最期を一番近くで見届けてやりたかった。
まさか、力強く手を握り返されるなんて思いもしなかった。
俺はあの日、あの瞬間まで死んだように生きていた。孤独で、何の感動もなく、道具のように使い捨てられて惨めに死んでいくのだと諦めていた。
だから、呪いに苛まれながらも必死に生き抜こうともがく少年の生き様を、美しいと思った。俺が持つことはない強い魂の煌めきに、どうしようもなく惹かれた。
どうせいつか野垂れ死ぬ予定だったのだ。それなら今、己の命を賭けても惜しくはない。こいつに俺の全てを捧げよう。
「待ってろ。すぐに助けてやる」
少年の手を握りながら、ある術式を構築していく。それに気づいた誰かが俺を止めるために近寄ったが、結界魔法に阻まれて声を張り上げるだけに終わった。どんどん人が集まってきたけど、誰も結界を破ることはできない。
当然だ。王城の結界はほとんど俺が維持している。お前らの実力じゃ、結界にヒビを入れることすら無理だ。
強い光が辺りを包みすぐに収まると、結界の周りにいたやつらが膝をついて呻いた。
「貴様正気か! 今すぐ禁術の発動を止めろ!」
「これしか助ける方法を思いつけなかったので」
周囲の魔力が身体に集まる。空中に漂う魔力すらも糧にして、少年の呪いを解いていく。
心臓が直接握られたかのように激しく脈打っている。目の血管が切れた音が脳にぶち込まれる。自分の魔力が変質したせいで、全身が沸騰したように熱くて痛い。身体が悲鳴をあげている。
それでも、禁術の発動が止まることはなかった。よかった。成功しそうだ。
禁術とは術者の身体を媒体として周囲の魔力を集め、個人で行使するのは到底不可能な大規模魔法を発動させる術式だ。
魔力を集める対象は人、動植物、魔物、大気、地中など多岐にわたり、その影響は計り知れない。下手すれば周辺の土地が数年不毛の地になる。
今回は周囲に王宮魔導師の集団が存在しているから、損害は限定的だろう。国に選ばれた人間とあって、魔力は豊富にあるし質もいい。
禁術は一度発動させると、術者に人間の許容量を遥かに超えた魔力が集まる。この時点でほとんどの者が命を落とす。途中で死んだら禁術の効果が無くなるため、ただの無駄死にだ。そのせいで禁術に手を出すのは自殺志願者だけというのが世の常識となっている。
過去に禁術を用いて王城や王都を襲撃しようとする事件があったが、いずれも失敗に終わっている。何千回やって一回成功するかどうか、という難易度だ。それなら仲間を集めて一斉に魔法をぶっ放したほうが遥かに効率がいい。そのような背景から、禁術の術式を扱える人間はかなり少ない。
奇跡的に命を繋ぎ止めても、術者自身の魔力が変質して魔力の自然回復ができなくなり、一生魔力枯渇症に悩まされることになる。術者にとってあまりにも利点がない術式だ。
少年の身体から黒いあざが消えた。心臓に刻まれた呪いは禁術を発動させても解けなかったが、一命を取り止めたようだ。
中途半端な呪いが、今後少年の人生にどう影響を与えるのか。少しばかり後悔が残ったが、少年を救えた満足感に気がつけば笑っていた。
禁術の発動が完全に終わると、すぐにその反動がきた。身体に力が入らず倒れ込み、結界の魔法も自然に解除されていた。
それに気づいた魔導師たちが俺に罵声を浴びせる。彼らも魔力を失った倦怠感で動けないようだ。本調子だったらすぐに攻撃魔法が飛んできたはずだ。
少年はまだ眠っている。命に関わる呪いは消え去ったが、身体に受けた衝撃は大きいのだろう。
やがて魔力回復薬を飲んで動けるようになった王宮魔導師たちが、俺の首根っこを掴んで救護室から引きずり出した。
「お前がどれだけ大変なことをしでかしたか、理解させてやる」
「お手柔らかにお願いします」
「あのまま死ねばよかったのに」
これはかなりお怒りのようだ。殺されはしないと思うが、面倒なことに変わりはない。
外に出ると、強い光が目を刺した。見上げると青い空に大きな雲が広がっていて、季節が夏になっていたことを、その時ようやく認識できた。
その後、様々な手段で先輩方からお叱りを受けていたら、親切な騎士団の人が少年が目を覚ましたと報告してくれた。
延々と続くお説教を振り切って救護室に行くと、三十代くらいの男女が少年を怒鳴りつけていた。
聞くに堪えない暴言を止めるため、彼らに声をかけると、今度は俺が罵られた。話を聞いているうちに、彼らが少年を養っている叔父夫婦だということが判明した。
見かねた騎士団の人が間に入ってくれたおかげで、叔父夫婦は興奮さめやらぬ様子で外に移動した。
ようやく静かになったので、悲痛な面持ちの少年に近づくと、不安そうな目で俺の表情を窺っていた。
ここは成人したばかりの大人として、目の前の子どもを慰めてあげなければ。そう思っていたのに、口から出たのは全然違う言葉だった。
「生きててくれてよかった。よく頑張ったな」
少年の顔が歪み、目から大粒の涙がこぼれた。失言だったかと焦っていたら、少年が俺の胸に顔を埋めた。雄叫びのような泣き声は、王宮から支給されたローブが少しだけ吸収してくれた。
俺は、少年が泣き止むまでひたすら背中を撫でていた。下手な慰めの言葉より、その方がいい気がしたからだ。
それが、俺とテオドールの出会いだった。
時を告げる鐘の音が思考を中断させる。長い間考えに耽っていたようだ。まだ秋が始まったばかりなのに、指先が冷えている。木でできたベンチもすっかり冷たくなっていた。
今から講義が始まるのか、それとも終わるのか、鐘の音だけでは全然わからない。とにかく、生徒と鉢合わせることは避けたい。
逃げるように校舎裏から無駄にでかい校門まで移動する。去り際、どうしても胸にこみ上げた言葉を口にしたくなり、息を吐くように小さく呟いた。
「テオドール、入学おめでとう」
弱々しい声が遠くから聞こえる生徒たちの元気な声にかき消される。今から実技があるのか、楽しげな声が耳に届いてきた。
ここに職員以外の大人がいるのは野暮というものだろう。振り返りもせず校門から立ち去ると、ちょうどその瞬間、講義の開始を告げる鐘が鳴り響いた。
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