薬師の俺は、呪われた弟子の執着愛を今日もやり過ごす

ひなた

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学院編

第五話 特別な思い出

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 爽やかな秋の風が心地よさを運んでくる。王立学院の講堂には、期待と少しの不安が入り混じった初々しい笑顔がひしめいていた。
 今日はカイザネラ王立学院の入学式だ。テオドールは一週間前から寮に引っ越しているため、久しぶりの再会である。
 思えばテオドールを引き取って以来、こんなに長い期間離れていたのは初めてだ。今後はもっと顔を合わせる機会が減るけど、同じ王都にいるからいざとなったら会いに行けるだろう。

 テオドールが学院に在籍している間、俺は王都にある薬師ギルドで調薬の腕を磨くつもりだ。
 借家もすでに契約済みで、昨日引っ越しを終えたばかり。一人暮らしにしては部屋が多くて割高だが、長期休暇中はテオドールと一緒に過ごすから必要経費だ。

「師匠ー! 来てくれたんですか! ありがとうございます!」
「当たり前だ。弟子の晴れ舞台だからな」
「正装姿の師匠がかっこいいのに可愛い。俺、師匠が恐ろしくなってきました」
「お前はもうちょっと、人の目を気にする努力をしたほうがいい」
 大きな声で注目を集めてからの意味不明な発言。この学院に入学した目的を思い出してほしい。

「テオドールくん! 新入生は講堂の前の方に自由に座っていいんだって。みんなで一緒に座ろう」
「わかった! 今行くね」
 テオドールを呼んだのは、入学試験の時に見かけた少女だった。あの子も合格していたのか。
 他にも新入生のわりに身体が大きい青年や、中性的な顔立ちの小柄な青年、将来美人になりそうな目力のある少女がテオドールに手を振っている。

「もう友達ができたのか」
「あの子とは合格発表の時に改めて仲良くなって、他は寮で知り合いました」
「友達は大事にしろよ。早く行ってやれ」
「はい、いってきます。師匠が来てくれて嬉しかったです」
「俺もテオドールの制服姿を見られてよかった。よく似合ってる」
「去り際に微笑みながら褒めるのやめてくださいよ! ドキドキするじゃないですか!」
「うるさい。早く行け」

 テオドールが手を振りながら小走りで少女たちに向かっていく。移動しながら、時折こちらの動向を確認するのはやめてほしい。監視されているみたいだ。
 心配しなくても式が終わるまでここにいるのに。たしかに薬師ギルドの式典はサボりがちだけど。

 保護者席に座り、ぼんやりと天井を見つめる。広くて立派な講堂だ。平民用の建物とは、とても思えない。
 カイザネラ王立学院は、貴族の校舎と平民の校舎を完全に分けている。敷地も独立している徹底ぶりだ。
 そのおかげで、お貴族様と顔を合わせなくて済むから、こちらとしては大助かりだ。

 保護者席は、見事に俺の周りだけ空席になっていた。俺の外見は魔力が異常にある人間の証だから、わざわざ名前も知らない危険人物の近くに座るやつなんていない。慣れているから別にいいけど、席がもったいない気がする。

 しかし、困ったな。これでは眠ったら悪目立ちしてしまう。弟子に人の目を気にしろと言った直後に眠りこけるわけにはいかない。
 なんだかなあ、とやるせない気分になりながらテオドールの晴れ舞台を見守った。


 入学式が終わった後、校舎裏に移動し、目立たない場所にあるベンチに座る。
「あー、危なかった」
「泣きそうになっちゃった?」
 目元にハンカチを当てて俯いていたら、足元に影が差した。見上げると、黄金色の長髪を風になびかせるエルフ族の男性が立っていた。

「先生っていうのは式が終わっても忙しいんじゃないのか?」
「オレは担任も副担任も受け持ってないから今日は暇なの」
「仕事しろ」
「冷たいなぁ。これが旧友に取る態度?」
 こいつとはかれこれ十年の付き合いになるから、たしかに旧友といっても差し支えないだろう。
 邪竜の情報収集に協力してもらったり、この学院の情報提供をしてくれたりと、いろいろ世話になっている。友人が少ない俺にとって非常にありがたい存在だ。

 それでも、人をおちょくるような態度がむかつくから、ついそっけない態度を取ってしまう。
 向こうもわかって指摘しているので、これは挨拶みたいなものだ。
「テオドールの件は本当に感謝している。いつもすまないな、スヴェイン」
「うわー。オレに素直なクラウス気持ち悪いね。ちょっと引くわ」
「そう言いつつ、顔がにやけてるぞ。気持ち悪い」
「だってあのクラウスが弟子のことになると素直になるって面白いじゃん」

 スヴェインが笑いを漏らしながら俺の横に座る。
「近い。離れろ」
「つれないなぁ。で? 可愛い弟子の入学式はどうだった? クラウスくん」
 言い方がいちいちむかつく。わざわざ弟子に可愛いってつけるところが一番腹立つ。

「良い式だった。それ以外に思うところはない」
「本当? クラウスって、リルサニア王国の魔法学院に最年少で合格して、一年足らずで卒業したでしょ。テオドールくんには、同年代の友人と交流させたかったんじゃないの?」
「さあな」
 長年の付き合いというのは恐ろしい。本当にその通りなので、もうこの話題を終わらせたい。

「卒業後、十五歳で王宮魔導師に任命されて、国にこき使われたあげく十八歳で国外追放。いやー、波乱の人生だねぇ」
「何が言いたい」
「テオドールくんに話した? クラウスが王宮魔導師をクビになった理由。弟子と離れて暮らす前に、せめて身体の状態は説明しろって言ったよね?」
「必要ない」
「本当にそう思ってる? 命を落とす危険性もあるのに?」
「本気だ。今後もあいつに話すつもりは一切ない」

 俺は過去に禁術を使った反動で、魔力枯渇症を患っている。
 魔力枯渇症とは、魔力の自然回復が全くできなくなる症状のことだ。この症状を抱えた人間が魔力を消費した場合、他人から魔力供給を受けるなど外部の手段を用いて魔力を回復させなけばならない。そうしないと魔力が減ったままの状態が続くからだ。

 一般的に、人は魔力が総魔力量の三分の二以下になると強い倦怠感に襲われる。魔力が完全に枯渇すると気を失うが、しばらく時間が経てば自然に目を覚ます。
 一方で、魔力枯渇症の人間が魔力を完全に枯渇させた場合、魔力を回復させる手段をとらなければ短時間で死に至る。

 魔力とは第二の血液のようなもので、生きていくために欠かせないものだ。呼吸をするだけでも微量ではあるが魔力を消費している。
 魔力枯渇症になった人間は、生命維持のために魔力を温存するのが鉄則だ。魔法なんて使った日にはすぐに魔力が尽きてしまう。

 俺は人より少しばかり魔力量が多いおかげで、ある程度日常的に魔法を使っても問題ない。それに関しては俺が異常なだけで、魔力枯渇症の人間は日々消費される魔力に怯えながら過ごすことになる。
 魔力枯渇症は禁術を使った人間だけに表れる、いわば呪いのようなものだ。

「オレ以外、クラウスの事情を知る人がいないのは危険すぎる。お願いだからテオドールくんにそのことだけでも」
「くどい。俺は死んでもテオドールに話すつもりはない」
 あいつは妙に勘がいいから、魔力枯渇症について話したら自分が原因だと気づくかもしれない。それだけは絶対に避けたい。あいつの人生の重荷になりたくない。

「そんなに弟子が大切?」
「別に。俺は未来ある若者の将来を邪魔したくないだけだ」
「オレにとっては十五歳のテオドールくんも二十三歳のクラウスも、子どもみたいなものだけど」
「エルフのジジイにとってはそうかもしれないが、俺は社会人九年目の立派な大人だ」
「屁理屈ばっかり。十五歳で王宮魔導師に任命されるって、やっぱりおかしいよ。オレは、クラウスの才能を利用しておいて、簡単に捨てたリルサニア王国を許せない」
「外で他国の悪口を言うのはやめろ。俺は二度とあの国の土地を踏めないから、もうどうでもいい」

 俺が魔力枯渇症になった途端、あっさりと国外追放処分にした国だ。
 表向きは禁術を使用した命令違反の罪で俺を裁いたことになっているが、実際は魔力枯渇症になった廃棄物を処分したにすぎない。死罪にならなかったのが不思議なくらいだ。

 俺はあの国で便利な魔道具として見られていた。長持ちすると思っていた道具が、思ったよりも早く使えなくなったから、上層部は面白くなかったのだろう。
 そして、その壊れた原因が道具自体の判断によるものだから尚更だ。

「前から聞きたかったんだけどさー」
「語尾を伸ばすな」
「なんで禁術使ってまでテオドールくんを助けたの?」
 適当に答えようと思ってやめた。普段は人を食ったような態度の友人が、真剣な面持ちでこちらを見ていたからだ。

「教えない」
「やっぱりだめか」
「誰にも教えるつもりはない。これは、俺だけのものだ」
「クラウス、お前」

 スヴェインが何か言いかけたが、女性の大声に遮られた。
「スヴェイン先生! 早く持ち場に戻ってください! これ以上サボると、また減給されますよ」
 遠くのほうで教師らしき若い女性が手を振っている。やっぱりサボっていたか。しかも常習犯のようだ。

「すみません! 今行きます! ごめんクラウス、また話そうね」
「しっかりしろよ、先生」
「わかってるって。じゃあ」
「いつもありがとう。頼りにしてる」
 年来の友人が驚きを隠せない様子で、俺の顔を凝視している。目も口も開きっぱなしで、美形が台無しだ。
「変わったね、クラウス。オレは嬉しいよ。テオドールくんに直接お礼を言いたいくらいだ」
「絶対やめろ」
 スヴェインは笑いながら俺に背を向け、全速力で駆け出した。
 あいつのお節介は昔から変わらないな。減給になったら食事でも奢ってやろう。

 一人寂しく残された校舎裏のベンチで、ゆっくりと脚を組み替える。スヴェインのせいで昔を思い出してしまった。
 最低最悪の人生が変わった日。目の前の子どもが助かるなら、自分の全てをかけると覚悟を決めた瞬間。あの日の思い出は俺だけのものだ。

 秋の風が吹き抜けて、身体の表面が冷えていく。それでも、この場から動く気になれない。
 過去に囚われて、時間が止まってしまったかのように、ただじっと足元を見つめていた。
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