【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

文字の大きさ
上 下
156 / 158
番外編

ダンジョンへ⑤はじめまして

しおりを挟む
 僕たちは会社の応接室でダンジョンマスターとそのパートナーに対面していた。
 ダンジョンの中にいるはずなのに、そうとしか言えないくらい現代的な内装だ。机と椅子は見覚えのあるものだし、棚にはトロフィーが飾られている。前世では学生の時に死んだから会社のことはよくわからないけど、細かいところまで再現されていると感じる。

「先ほどはマスターであるアキラ様が失礼いたしました。私は鬼丸と申します。以後お見知りおきを」
 この人があの手記に書かれていた鬼丸さんか。頭に生えた二本の角が、彼が鬼人族であることを証明している。赤い長髪もなんとなく鬼っぽい。
 眼鏡とスーツはアキラの趣味だろうか。真面目そうな雰囲気の彼によく似合っている。

「いや、こちらこそ目的を忘れてボス部屋を周回しようとしたから」
「だよな!」
 僕の言葉にアキラが力強く同意する。アキラは横にいる鬼丸さんが怖い顔をしていることに気づかないまま話を続けた。

「だって何百年もここのダンジョンマスターやってて初めて前世持ちが訪ねて来たのにさ、ミノタウロス真っ二つにしたいから周回しようって言われたら焦るだろ! 放っておいたらこいつら絶対下に降りてたぞ」
「それはごめん。でもなんで僕が前世の記憶持ちってわかったの?」
「ダンジョンマスターは魂が見えるからそれでわかった」
 
 手記を読んでどうやって判別するのか疑問だったけど、ダンジョンマスター独自の感覚があったようだ。
「なるほど、じゃあ改めてまして。僕はルカ。前世は日本人だったよ。そっちは冒険者の相棒で兄のアイザック」
「アイザックだ。よろしく。先ほどは武器を向けて申し訳なかった」
「気にするな。無理やりここに連れて来た俺も悪かったから」
「アキラ様、足が震えてましたよね」
「うるせー」
 アキラをからかう鬼丸さんとそれに反応して軽く笑うアキラ。ふたりの間には長い年月を重ねた関係が感じられた。

 その後しばらくは前世の話が続いた。まず死んだ時期の話になり、僕とアキラはほぼ同時期に亡くなったことが判明した。
 アキラは残業して深夜に家に帰ったらダンジョンマスターになっていたらしい。おそらく心臓発作か脳卒中だろうと笑って言っていた。プログラマーでブラック企業だったから徹夜や残業が常態化していたみたいだ。恐ろしい話だし、それを乾いた笑いで受け入れているアキラもすごい。

 僕のこともいろいろ聞かれた。医大生だったと話したら驚かれ、大学名を教えたらお坊ちゃんかよとからかわれた。昔のことなのによく覚えてるねと返したら、人間と作りが違うからなと言われた。
 他にも質問されたけど、ほとんどはぐらかした。兄さんの前で瑠夏の話をするのがどうしても嫌だったからだ。

「まあ、前世の話はそれくらいにして。ここに来た目的は?」
 アキラの問いに答える。
「地球産のものが手に入るって手記に書かれてたから。どうしてもうま味調味料がほしくて」
「なぜそれを?」
「ドラゴンの骨でラーメンが作りたくてさ。でもラーメンは素人だから成功する確率を上げようと思ってね」
 アキラは呆れたような顔になった。

「え、それだけの理由で難易度ダンジョン強行突破したの? 金級が命がけで攻略するような場所を?」
「兄さんに食べてほしいから。前世で好きだったものを共有できるの嬉しいし」
「ルカ!」
 兄さんに横から抱きつかれた。嬉しいけど知り合ったばかりの人の前だとちょっと気まずい。

「あー、そのことなんだが」
「どうしたの?」
「無理なんだ」
「えっ?」
 アキラの顔が引き攣っている。目の泳ぎ方から焦っているのが丸わかりだ。
「地球産のものはダンジョンポイントを使って引き換えるのよ」
「ダンジョンポイントって、手記に書いてあった人の魂とか魔力とかそういったやつ?」
「そうだ。で、それってポイントを任意のものに変化させてるだけなんだ」
「つまり?」
「高濃度のダンジョンエネルギーだから人間が摂取したら死ぬ」
「だめじゃん」
「申し訳ない」

 ダンジョンポイントやダンジョンエネルギーの詳細はよくわからないが、人智の及ばない力であるのは間違いない。手記にあった謎の存在の深掘りをしたくないので言及するのはやめた。

「あ、でも一つだけ」
 アキラが真剣な声音で言う。
「何?」
「俺の体感だが、魔力が濃い魔物は肉も骨もうま味が強い。だからドラゴンの骨と塩だけでもそれなり以上の味になるはずだ」
「魔力が濃いってどういうこと?」
「質っていうか……密度? なんか魔法の強さとは別にあるんだよ。こう、ぐぅぅぅってなってる感じ? 例えばルカとアイザックだと、アイザックの方が美味い」
「普通そこは濃いって言わない?」
 思わず兄さんを庇うように手を広げる。アキラは冗談だとにやけていたが、鬼丸さんに叱られてすかさず頭を下げた。

 アキラの謝罪が終わると、鬼丸さんが遠慮がちに声をかけてくれた。
「あの、ルカ様」
「どうしたの?」
 呼び捨てでいいよと言ったけど、アキラ様のご友人だからと頑なに拒否されてこちらが折れた。様付けで呼ばれるのは落ち着かないが仕方ない。
「ルカ様はドラゴンを所持しているということでよろしいでしょうか」
「うん。無限収納に全身まるごとあるよ」
「ああ、あの素晴らしい魔法のことですね」
 やっぱり見られていたか。同じ立場だったら僕も監視すると思うから、そこに関しては問題ない。

「あの、テントの中まで見てないよね?」
 僕の質問に鬼丸さんが慌てて弁解する。
「誓ってそのようなことはしておりません! アキラ様の首根っこを押さえて止めました!」
「おい、言うなよ!」
 鬼丸さんに睨まれてアキラが再び頭を下げた。なんだかこのふたりの関係性がわかった気がする。

「アキラ様が失礼しました。あの、全身丸ごとということは解体はされていないのですか?」
「してないよ。さすがにドラゴンの解体は難しくて」
「よろしければ私が解体いたしましょうか?」
「ありがとう。お願いしてもいいの?」
「ええ。せめてものお詫びとしてやらせてください」

 鬼丸さんの好意に甘えて解体をお願いした。すると、応接室が突然何もない広い空間へと切り替わった。
「ここなら解体しやすいだろ。血抜きも魔法で済ませておくぞ」
 とんでもなく高度な魔法を涼しい顔で発動した。初めてアキラのことをダンジョンマスターだと実感した瞬間かもしれない。
「ありがとう。血、いる?」
「いらない」
 場所を取るから譲ろうと思ったらあっさり断られた。あって困るものでもないし、今度時間があるときにウォーロックに持っていこう。

 苦悶の表情を浮かべたドラゴンは、大人が三人横に並んでも余裕で寝転べそうなくらい大きい。
「では、失礼いたします」
 鬼丸さんがいつのまにか包丁を取り出しドラゴンに向けて構えていた。
 そして、響くような掛け声を出してからドラゴンの尻尾を鱗ごと一刀両断した。

「すごいな!」
 兄さんが感嘆の声を上げる。
「ありがとうございます。鬼人族は力が強いので」
「いや、これは力だけはなく技量も必要だろう。もしかしてグレーターミノタウロスの胴体も両断できるのではないか?」
「まあ、はい。できないことはないかと」
「ぜひ指導をお願いしたい」
「え?」
 最初はたじろいでいた鬼丸さんも、兄さんの熱意に負けて首を縦に振った。

「あーあ、あれは時間がかかるぞ」
 少し離れた所で兄さんと鬼丸さんを見守っていたらアキラが僕の肩を掴んできた。
「その手は何?」
「兄貴の前じゃ話せないこともあんだろ? ここは同郷同士、腹割って話そうぜ」
「まあ、いいけど」
 アキラの目はからかうように弧を描いていて、人のことを言えないけど性格悪そうだなと思った。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

転生したら弟がブラコン重傷者でした!!!

Lynne
BL
俺の名前は佐々木塁、元高校生だ。俺は、ある日学校に行く途中、トラックに轢かれて死んでしまった...。 pixivの方でも、作品投稿始めました! 名前やアイコンは変わりません 主にアルファポリスで投稿するため、更新はアルファポリスのほうが早いと思います!

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

ある日、人気俳優の弟になりました。2

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。 平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

処理中です...