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最終章トリフェの街編

どっちがいい

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 季節は夏から秋に変わろうとしているのに、日中は気温が高く、立っているだけで汗がにじみ出る。
 普段は買い物客で溢れている通りも、心なしか人が少ないような気がする。   

 まさに今、僕は悩んでいた。汗が流れるのも気にせず、陶器屋で目当ての商品を探している。僕の横に立っている兄さんは興味なさそうにうつむいていた。
 食器集めは僕の趣味の一つだ。食器というのは、食卓を豊かに彩ってくれる。料理の美味しさを引き立ててくれるし、見ているだけで楽しい気分になれる。

 僕はある料理に載せるお皿を探していた。ぴったりなものがあれば、高額でも手に入れたい。
「もっと大きくて長いお皿ないかな」
「木の板でもよくないか?」
「やっぱりそうなるよね」
 意味は通じるけど、そこはカッティングボードか木製プレートと言ってほしかった。食器探しを諦めて店を出ると、夏の日差しが僕達を襲った。

 借家に戻り、本日の夕食に必要な食材を無限収納から取り出す。兄さんは先ほど購入したカッティングボードをテーブルに置いた。
「暑いのに付き合わせてごめんね。運んでくれてありがとう」
「これくらいなんともない。しかし、すごい大きさだな」

 兄さんがキッチンに鎮座するグレートボアのスペアリブを見て苦笑した。欲張ってブロック肉を買い取ったからすごいことになっている。
 味を比較するために用意したオークのスペアリブより数倍大きい。
「タレに漬け込んでおいたから、あとは魔法で焼くだけだよ」
「よくわからないが、手伝いが必要なら言ってくれ」
 僕がお礼を言うと、兄さんは頷いてリビングの一角に座った。武器の手入れをするようだ。

 兄さんから視線を外して、目の前の塊肉に向き合う。
 大きすぎてタレに漬け込むのが大変だった。塊肉が入る容器がなかったので、タレを魔法で操作して肉に纏わせるという強引な手段で漬け込んだが、うまくいって安心した。

 まずは肉の表面を強火で焼き固める。この時点で美味しそうな匂いが部屋に充満した。表面を焼いたら、後はゆっくりと火を入れるだけだ。
 同じ属性の魔法を同時に使えるようになったおかげで、オークのスペアリブも同じ要領で並行して焼くことができる。魔法が上達すると料理の効率も上がるなんて、お得すぎると思う。

 肉が焼けるにつれて、その芳しい香りが立ち上がる。甘辛いタレが焼ける香ばしい匂いに胃袋が刺激されて、意識がそちらにいってしまう。
 兄さんは少し前から武器の手入れをやめて、こちらをじっと見つめている。
 急いで魔法を使い、部屋の空気を入れ換える。借家の外には食欲を刺激する匂いが漂っていることだろう。
 今日と明日は近所の肉屋が繁盛するはずだ。自画自賛のような気がするが、それだけ自信がある。

「そろそろ焼き上がるよ」
 そわそわと落ち着かない様子の兄さんに声をかける。
「あ、ごめん。手が離せないからフライドポテトをカッティングボードに敷き詰めてほしい」
「わかった」
 兄さんが並べたフライドポテトの上に、焼き上がったスペアリブを載せる。
 焦げ目がついて表面がカリッと焼き上がった肉がとても美味しそうだ。

「でかいな」
「すごい存在感だね」
 塊肉を見て兄さんと笑い合う。大きな肉というのは自然と人を笑顔にさせてくれる。
 食べやすいように塊肉を骨に沿って切り分ける。冷やしたエールとサラダなどの副菜を用意して、少し夕食には早い時間だけど、早速食べることにした。

「乾杯」
 ジョッキをぶつけて乾杯したら、スペアリブを手に持つ。大きすぎて骨の両端を持つと肘が曲がらない。これ一本で満腹になるだろう。
 行儀も気にせず豪快にかぶりつくと、まず香辛料の香りと肉の焼けた香ばしい風味が広がった。歯を立てると、繊維が切れる感触とともに、肉汁が溢れ出る。

 深みのある肉の味わいが口の中で弾け、噛むたびに旨みを増していく。独特の食感は、固いというよりも弾力があるという印象だ。
 オーク肉とはっきり違うところといえば脂身の部分だろう。コクのある濃厚な旨みなのにすっきりとしている。歯切れのよい脂身の食感が、弾力のある赤身とうまく調和していて癖になる楽しさだ。
 骨の際の肉は旨みが凝縮されていて特に美味しい。骨から肉をはぎ取るというワイルドな食べ方が、美味しさに拍車をかけている。

「美味しい!思ったより固くないね」
「ああ、美味いな。冷えたエールによく合う」
 兄さんは片手でスペアリブを持ち、かぶりつきながらエールを飲んでいた。豪快すぎる。でも、それがすごく美味しそうで真似したくなる。
 恐る恐る口を大きく開けて噛みついてみたら、さっきよりも強い旨みを感じる。
「兄さんの真似しちゃった」
「ルカがやると可愛いな。不思議だ」
「何それ」
 骨付き肉にかぶりついてる男にその感想はどうなんだろう。そんなことを思いながら、僕は小さく笑った。

「兄さんは、グレートボアとオークどっちが美味しかった?」
「どちらも美味かったが……グレートボアだな」
「僕はオークかな」
「お互い好きなものを多めに食べられるな」
「うん。分け合えるっていいね」
「そうだな」

 兄さんと目を合わせて微笑む。この会話をしたいがために、つい何種類か作ってしまう。
 同じものが好きなら「お揃いだね」って微笑み合うだけの、恐ろしいほど中身のない会話だ。
 でも、そんな些細な会話が好きでたまらない。兄さんの細かい情報が蓄積されて、僕の中で兄さんの存在がどんどん大きくなっていくのがすごく愛おしい。

「脂が染みたポテト美味いな」
「でしょ?」
 嬉しくてまた笑ってしまう。兄さんが僕の料理を幸せそうに食べてくれる。それを見て僕も幸せになる。そんな単純なシステムが日常に組み込まれていることに、僕は幸福を感じずにはいられなかった。

「あー、食べた。お腹いっぱい」
「そうだな。デザートもあると言ってなかったか?」
「プリンが二種類あるけど」
「どっちも食べる」
 即答だ。僕は王道の固めプリンとチョコプリンを出した。

「ルカがバニラを欲しがった理由がわかる気がする」
「美味しいよね。チョコのやつはどう?」
「濃厚で美味い」
「よかった。どっちが美味しい?」
 兄さんの回答を待つ時間も好きだ。兄さんは困ったようにプリンをそれぞれ見比べながら、やがて気まずそうに口を開いた。

「どちらも……じゃ、だめか?」
 すっかり油断していた。ああ、そのパターンもあったなとなんだか可笑しくなって、僕は今日一番の笑い声を上げた。
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