【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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最終章トリフェの街編

変わったもの変わらないもの

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 久しぶりの本格的な長旅に、旅慣れているはずの僕もさすがにうんざりしてしまった。季節は夏になり、旅の途中で十八才の誕生日を迎えた。
 その日はタイミング悪く野営をしていたけど、兄さんがひっそりとお祝いしてくれた。誕生日のたびに祝ってくれる存在がいることに幸せを感じる。

 現在僕達はトリフェの街へ向かう乗合馬車に揺られている。整備された街道の先に五年前と変わらない様子の関所が見える。
「あんまり変わってないね」
「そうだな。懐かしい」
 兄さんと思い出話を語っていたら、馬車がトリフェの街に到着した。

「疲れたー。やっと着いたね」
「ああ、行くぞ」
「えっ?もう?食事とか少しゆっくり」
「食事なら手続きの処理をしている間にできるだろう。とりあえず不動産屋だ」
「うん、わかった」
 兄さんのあまりの気迫にこれ以上なにも言う気になれなかった。こうなったのも僕が原因だし、以前から約束していたことなので不満はない。

「寝室が広い物件をお探しでしょうか?ちょうど空きがありますよ!こちらの物件です。ご興味があれば内覧もできます」
 物件の情報をまとめた書類をみて声が出そうになった。五年前に僕達が借りた家だったからだ。こんなこともあるんだなぁと思わぬ偶然に感動していると、兄さんがさっさと契約の話を進めていた。

「即決だったから驚かれたね」
「何回も確認されてうんざりした」
「兄さん二言目には『さっさと手続きしろ』って言ってたよ」
「そうか?」
 自覚してなかったのか。そのおかげでほとんど待ち時間なしで契約を済ませて鍵まで受け取ったのに。まあ、不動産屋の従業員さんは契約が取れて嬉しそうにしていたのでよかったけど。

「食事はどうする?」
「この近くによく行ってた食堂があったはずだ。そこで済ませよう」
 ああ、あの食堂かと過去の記憶を掘り返す。少し歩くと記憶と全く同じ場所で綺麗な外観になった食堂があった。この街に来て初めて月日の流れを感じる光景だった。

 食事を終えて借家に向かいながら、つい変わったものと変わらないものの間違い探しをしてしまう。
 知っているはずの街が少しずつ顔を変えていて、それでも面影がいくつも残っていることに安心感と淋しさを覚える。

 あれから五年経った借家は、想像していたよりもきれいだった。もちろんそれなりに傷みはあったけど、きちんと手入れされていることがわかる。
 僕達がこの街を去った後も大切にされていたのだろうなとわかって嬉しくなった。
 鍵を開けて中に入ると、この家で暮らしていた日々の記憶がよみがえってくるようだ。

「懐かしいね。あんまり変わってない」
「変わってないな。あの時と比べるとルカはだいぶ身長が伸びたな。ドアの余白も昔とは全然違う」
「たしかに天井が低く感じる。あの時は身長差がありすぎて、兄さんとなかなか目を合わせられなかったな」
「俺と話してる時、首が痛そうで申し訳ないと思ってた」
 思い出話をしながら荷物を整理する。最後に寝室にあるダブルベッドを無限収納にしまい、代わりにキングサイズのベッドを出した。

「よし、とりあえず今日はここまで!じゃあこれから、ぼうけ……」
「ギルドは明日でいいだろう。それよりも」
 兄さんがゆっくりと距離を詰めていく。その迫力に思わず後ずさると背中が壁についた。同時に兄さんの手が顔の横に置かれた。吐息がかかりそうなほど兄さんの顔が近づいてくる。
 あ、かっこいい。兄さんは何をやっても様になるなとぼんやり思っていると、兄さんが僕の目をじっと見つめてきた。
 今日はどこにも行けないことを予感しながら、それを受け入れるように僕はそっと目を閉じた。


 次の日、僕達は朝の混雑を避けるため時間を遅らせて冒険者ギルドへ向かった。けっして夜遅くまで兄さんとベッドにいたから寝坊したわけではない。
 五年前に何度も通っていたトリフェ支部は特に変わりはなかった。変わったのは僕自身で、以前より軽くなった扉を開けた時、妙に緊張してしまった。

 中に入って辺りを見回したが、内装も特に変わっていなかった。入り口正面のカウンターに目を向けると、懐かしい顔を見つけた。
「エイダンさん!」
「ん?失礼ですがどちら様で……あっ!アイザックさん!え、じゃあ……ルカくん?」
「ルカです!お久しぶりです!」
 エイダンさんが驚いた表情のまま涙を流した。僕もつられて泣きそうになったが、なんとか堪えた。エイダンさんが落ち着くまで少し待ってから話を切り出した。

 近況を語るだけであっというまに時間が過ぎた。途中仕事の邪魔になるから勤務が終わってから話の続きをと思って離れようとしたら、近くにいたギルド職員さんが「見逃すのは今日だけだからね」とエイダンさんと僕達に優しく言ってくれた。

 エイダンさんは例の交際相手にプロポーズをして五年前に結婚したらしい。二人目が最近生まれたようで幸せそうな顔で家族の話をしてくれた。あの奥手なエイダンさんが……としみじみする。
「全部ルカくんのおかげです。本当にありがとう」
「それは違います。僕はきっかけを作っただけで、あとはエイダンさんと奥さんが頑張ったからですよ。今度お祝いさせてください」
 エイダンさんは嬉しそうに笑った。お祝いか。赤ちゃん用のおもちゃを作って贈ろうかな。

 トリフェの街を去った後いろいろな国を旅したこと、銀級に昇格したことなどを話すと、エイダンさんは一つ一つ嬉しそうに反応を返してくれた。
 あらかた話したいことを話せたので、気になっていることをエイダンさんに聞いてみた。
 僕達がトリフェの街を去ることになった元凶である、ソーンについてだ。
 彼は兄さんを痛めつける目的で決闘を申し込んだ冒険者だ。決闘を断り続ける兄さんに痺れを切らし、僕を乱暴すると煽ったせいで兄さんに叩きのめされた。
 ソーンが怪我で動けない間に、逃げるようにこの街を出たから、その後どうなったのかわからなかった。

「ソーンは今もトリフェの街にいますか?」
「実はルカくんとアイザックさんがこの街を去ったあと……」
 結論から言うとソーンはこの街から姿を消していた。
 ソーンが怪我で動けない間に告発があり、当時のトリフェ支部長と癒着してやりたい放題だった証拠が続々と挙がった。その件を重く受け止めた冒険者ギルド本部が、トリフェ支部長を罷免させたのだそうだ。
 ソーンと仲間達は冒険者資格を剥奪され、街からも追放となった。その後ソーンの行方を知る者は誰もいないらしい。しかし、ろくな目に遭わなかったのは間違いないだろうとエイダンさんは締めくくった。

「そうですか。ありがとうございます。それと『銀色の風』は」
「ああ、あいつらなら」
「ルカだー!!久しぶりっす!大きくなったっすね」
「やめろ。必要以上にルカに近づくな」
「グエッ……アイザックさんはあいかわらずっすね」
 兄さんがミゲルの首根っこを掴んで僕から引き離した。五年前と何一つ変わらないやり取りに感動を覚える。

「ミゲル久しぶり!会いたかった!」
「俺もっす!今日はギルド酒場でとことん話を聞かせてほしいっす!」
「もちろん!ミゲル達『銀色の風』の話も聞かせてね」
「えー、俺ら特になにも変わってないっすよ」
 そんなことあるかな?五年も経てばいろいろ変わってそうだけど。詳しい話はギルド酒場で聞くことにしよう。
 絶対に変わった近況を聞き出してやると謎の決意を固めていたら、ミゲルを呼ぶ声が聞こえた。

「ミゲルッ!あんたまたひとりで勝手に動いて!とりあえず依頼完了の報告を……あら、ミゲルの知り合い?」
「ルカっす!」
「るかっす?え?アイザックさん!?じゃあ、そこにいるのはルカなの?全然わからなかった!」
「カミラ!久しぶり!」
「大きくなったわね……ちょっと泣きそう。泣く」
「あのカミラを泣かせるとは、ルカも罪な男っすね!」
「あんた感動に水差すのやめなさいよ」

 カミラがミゲルに注意する声が懐かしくて、一気に『銀色の風』との思い出が脳裏に浮かんだ。
 すると見覚えのある顔がニヤニヤしながらこちらに近づいてきた。

「え?なに?カミラそこの色男にフラれたの?」
「はあ?あんたなに言って」
「うちのリーダー泣かせるなんて、あんたやるねぇ」
 ダリオが僕の肩を組もうとした瞬間、変なやつ撃退魔法が発動した。
「いって!はぁ?この地味でネチネチした嫌がらせみたいな魔法……ルカ?」
「久しぶりだねダリオ。全然変わってなくて安心したよ」
「大きくなったなー!それでも俺の方が身長高いけど」
「そんな変わらないでしょ。目線は一緒だし」
「クソ生意気なところは全然変わってないな……。アイザックさん!お久しぶりです!再会記念に手合わせしてください!」
「また今度な」
「はいっ!」

「ルカ、久しぶり。最初、わからなかった」
「トール久しぶり!」
「約束、覚えてる」
「もちろん!冷たい紅茶一緒に飲もうね!」
「うん、楽しみ。アイザック、ミゲルとダリオ睨みすぎ」
「そんなことはない」
「ごまかしが、へた」
 図星だったのか兄さんの頬が引き攣っている。ふたりのやり取りに思わず笑ってしまった。

 その後、ギルド酒場に移動して『銀色の風』や、当時仲良くしてくれた冒険者や職員さんといろいろな話をした。
 ギルド酒場の料理長が僕のことを覚えてくれていて、懐かしい料理をたくさん振る舞ってくれた。

「いや、金級パーティーに昇格したってすごい変化じゃん!」
「そういえばそうっすね。自覚がなかったっす」
「本当にすごいことだよ!おめでとう!」
 僕がそう言うと、『銀色の風』の四人が笑顔を返してくれた。笑い方にそれぞれ個性が出ていておもしろい。

 話疲れて一息ついていると、ミゲルが手を挙げたので視線を向ける。
「はいはーい!ちょっと質問っすけど、アイザックさんは、なんでダリオには『ルカに近づくな』って言わないっすか?」
「あいつは口で注意するより体でわからせたほうが早い。手合わせをしたらそれで十分だ」
「なんか魔物の調教みたいっすね」
「ミゲルお前言葉を選べよ!アイザックさんも、ルカのことになると呆れるくらいなにも変わってないですね。逆に清々しいです」
「まあな」

 再会を祝した宴は夜が更けても続き、帰る頃には空が白み始めていた。
 アルコールがもたらす高揚感とは違う、温かくて優しい気持ちに胸を熱くさせながら、兄さんと一緒に帰路についた。
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