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エルフの国と闘技大会編

控え室にて

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 決勝戦を終えた闘技場内は歓声が落ち着いたものの、まだガヤガヤと騒がしい。審判から表彰式の準備のため控え室に戻るよう指示された僕達は、会場を後にしようと足を進める。
 すると座り込んで動けない様子のシアンくんが目に入った。おそらく魔力が完全に切れるギリギリなのだろう。その怠さはよくわかるし、純粋に心配になったので急いでシアンくんの元に駆け寄った。

「大丈夫?肩貸そうか?」
「同情はいらない。自分で何とかするから放っておいてくれ」
「無理したらだめだよ。僕が嫌ならライオネルくん呼ぶから」
 僕の話にいつのまにか近くにいたライオネルくんが反応した。
「呼んだか?ああ、身体が動かないってやつだな……シアン行くぞ!掴まれ!」
「やめろ担ぐな!自分で歩くから肩貸せ!」
「身長差ありすぎて逆にきついだろ!遠慮するな!貸し一つな」

 ライオネルくんがシアンくんを豪快に肩に担いだ。シアンくんは暴れる気力もないらしく、口では拒否するものの大人しく運ばれている。
 結果的に僕の肩を借りたほうがよかったのではないかと思いつつ、兄さんと一緒に控え室に向かった。

 新たに用意された選手控え室は僕と兄さん、シアンくんとライオネルくんの四人部屋だった。
 四人部屋というには大きすぎるテーブルに驚きながら椅子に腰掛ける。
 しばらく誰も口を開かずぎこちない雰囲気が漂っていたが、やがてシアンくんがポツリと話し出した。

「ルーク、お前の魔法見事だった」
「ありがとう。シアンくんも綺麗で隙のない魔法だったよ」
「次は負けない。落ち着いたら手合わせをしてほしい。お前に負けっぱなしでいるわけにはいかない」
「それはちょっと難しいかも。この国にいつまでいるかわからないし」
「じゃあ今から手合わせしろ!僕は勝ち続けないとだめなんだ!」

 シアンくんの剣幕に兄さんとライオネルくんが止めに入ろうと腰を上げたが、僕はそれを手で制した。

「どうしてそこまで勝利にこだわるの?話してくれたら後で手合わせ受けるよ」
 強引に聞き出すのは心苦しいが、あの頑なな態度はきっかけがないと一生話してくれないだろう。
 僕の問いかけにシアンくんは固く目を閉じたまましばらく黙り込み、やがて口を開いた。
「僕は……僕は……」
「……オレちょっと風に当たってくるわ。表彰式までには戻るからよろしく」
 口ごもるシアンくんの様子を見てライオネルくんが立ち上がり、控え室を出ていった。同級生がいる場では話しにくい内容だったのだろう。シアンくんの表情が少しだけ緩んだ気がした。
 少ししてシアンくんはぽつりぽつりと語り出した。

 シアンくんは魔物暴走で壊滅した村の唯一の生き残りだ。縁があって彼を引き取ったウォーロックは、当時からシュッツァリア国立学院の名誉教授かつ凄腕の魔法使いだと有名だったようだ。
 ウォーロックはシアンくんをそれはそれは可愛がった。最初はぎこちなかったふたりもやがて本当の親子のように仲良くなっていった。その頃からウォーロックの英才教育が始まったようだ。シアンくんは父の教えをどんどん吸収し、才能を開花させていった。

「最初はただ楽しかった。自分の手足を動かすように魔法が使えるようになって、父がさすが私の息子だと嬉しそうに笑ってくれて」

 それが変わったのはシアンくんがシュッツァリア国立学院に合格した頃だった。
 今までウォーロックしかいなかったシアンくんの世界に、周囲の大人がずけずけと踏み込んできたのだ。

「僕のせいで父が批判されていることを知った。僕がミスをすればするほどその声が大きくなっていって……」

『ハーフエルフなんて劣等種を養子にするとはあの天才も堕ちたな』
『あのウォーロックの息子というから期待していたがこんなものか。たしかに優秀だがあいつと比べると大したことないな』
『息子のために出世コースから離れたらしいぞ。馬鹿なことをしたもんだ』

「父は本当にすごい人なんだ。だから僕のせいで批判されるなんて耐えられない。僕が誰よりも強くなって、誰からも文句を言われない天才にならないと父の栄光を踏みにじってしまう」

 シアンくんの声がどんどん震えていく。俯いていて彼の表情を見ることはできないが、想像するのも野暮というものだろう。
 シアンくんの姿に見覚えがある。自分のせいで親が貶められることに耐えられず必死にもがいていた前世の僕にそっくりだ。
 ああ、そういうことかと納得した。僕がこの親子を気にかけていたのは、無意識のうちに前世の自分と重ね合わせていたからだ。僕の言葉がシアンくんに届くかはわからないけど、放っておけなかった。

「ひとりでよく頑張ったね」
「え?」
 顔を上げたシアンくんの瞳は涙で濡れていた。それを見ないふりして彼に微笑みかける。
「でもシアンくん、このままだと君はどこかで破綻するよ。周囲の理想に見合うように努力するのは素晴らしいことだけど、それをずっとひとりで続けるなんて不可能だ。信頼できる仲間を見つけないと、孤立したらあっという間に行き詰まるよ」
「そんなことない……僕が頑張ればいずれ……」
「批判してた人達も認めてくれるかもしれない?ありえないよ。だってそれ批判じゃなくて悪口だもん。乗り越えたところで新しい悪口が生まれるだけだよ」
「あれは悪口?」
「うん、中身のない悪口。そいつらはシアンくんがハイエルフでも、完璧な魔法使いになってもぐちぐち言い続けるよ。もちろん批判を受け止めて改善しようというシアンくんの姿勢は否定しない。でも悪口を相手にしすぎるのはよくない」
「……」
 僕の言葉にシアンくんが黙り込む。悔しそうに唇を噛み締めて拳を固く握っていた。

「本当に向き合わないといけない相手が誰なのか、シアンくんはもうわかってるよね」
 シアンくんが小さく頷く。元々は素直な子なのだろう。ハンカチで涙を拭って顔を上げると僕の目を真っ直ぐ捉えた。
「あまり実感が湧かないと思うけど、いざ向き合おうとしてもその機会が永遠に失われることだってあるんだよ。怖いかもしれないけどちゃんと話してみたらいい。君たち親子なら大丈夫。僕が保証する」
「ルーク、お前は……」

 シアンくんが何かを言いかけたけど、それが言葉になる前にドタドタと騒々しい足音が近づいてきた。僕達がいる控え室の前で音が止まるとノックもなしにいきなり扉が開いた。
「シアン!無事か!」
「どうしたの?とりあえず水飲みなよ」
 僕がコップを手渡すと、ウォーロックは荒くなった呼吸を整えてから一気飲みした。
「ライオネルからシアンが指一本動かせないほど衰弱してると聞いて……」
「よくある魔力切れ直前のやつだ。心配ない。あいつは人の不調を大げさに捉えるところがあるからな」
 兄さんが答えるとウォーロックが安心した様子で表情を緩めたが、シアンくんの顔を見るとまた慌てだした。

「目が赤くなってないか?いったい何が?」
 どう説明したものかと悩んでいると、笑い声が室内に響いた。全員がその方向をみると、そこには楽しそうに笑うシアンくんの姿があった。
「あいつ、いくらなんでも大袈裟に話しすぎだろ」
「シアン?」
「さすがに髪が……グチャグチャすぎて……なんで結ってるのにそんな……」
 シアンくんはウォーロックの髪型を見て思わず笑ってしまったようだ。しばらくこの状態が続いたが、落ち着いたシアンくんが真剣な顔でウォーロックを見つめた。

「笑ってごめん。僕のために走ってきてくれてありがとう」
「ああ」
「心配かけてごめんなさい。話したいことがたくさんできたんだ。今まで無視してたくせに自分勝手で申し訳ないけど、父ちゃんに全部聞いてほしい」
「シアン……もちろんだ。いくらでも時間を作るから全部聞かせてくれ」

 きっとこの親子のわだかまりも今日を境になくなるだろう。僕は兄さんを連れて静かに控え室を後にした。

 いくら闘技大会で賑わっていても、大きな建物には人気のない場所がいくらでもある。僕達は上階にある広いベランダのようなところで壁にもたれかかって座った。
 屋根があるおかげで座っているところがちょうど日陰になっていて、風が吹くと涼しくて心地良い。沈黙の気まずさを春の陽気が緩和してくれるようだった。
「ルカが」
「名前。誰かに聞かれたら危ないよ」
「探知がなくても人の気配くらい俺にもわかる。今だけ許してほしい」
「……わかった」

「ルカがあの親子を気にかけていたのは前世が関係しているのか?」
「なんで、気づいて」
「あの口振りは過去に似た体験をしているように聞こえたからな」
 僕は今後兄さんに隠し事ができるのだろうか。そのことに少しだけ恐ろしさを覚えつつ、兄さんにきちんと話をするため、僕は誓約魔法を解除した。
「兄さんの言う通り、シアンくんに前世の自分を重ねてた」
「ルカ!頭痛は」
「平気、解除したから」
「よかった」

 兄さんが心配してくれる度に申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちが同時に湧いてしまう。僕は兄さんの肩に頭を預けながら話を続けた。
「前世で母が跡取りを妊娠して僕が用済みになった日、他人の顔で接してきた父と母が怖くてそこから踏み込めなかった。もっと勇気を出して本音で話していたら和解できたかもしれない。和解できずに拗れまくっても、逆に吹っ切れて後悔することもなかったかもしれない」
「ルカ……」
「でもさっきのウォーロックとシアンくんを見たらすっきりした。前世は前世なんだなって完全に割り切れた」
「そうか」
「話を聞いてくれてありがとう。今世では兄さんがいてくれてよかった。僕にとって兄さんだけが特別な人だから」

 僕の言葉を聞いた瞬間、兄さんが力強く抱きしめてきた。痛いくらい強く抱きしめられて苦しいはずなのに、ここから逃れようなんて微塵も思わなかった。
 むしろ心地いいとさえ思えるほどの強い抱擁に身を委ねていると、兄さんの腕の力が緩み僕たちはお互いの顔を見合わせた。
「俺だってルカだけが特別だ。愛してる」
「僕も愛してるよ」
 どちらからともなく顔を近づけ唇を合わせようとした瞬間、空気を震わせるかのような大声が響き渡った。

「アラン!ルーク!どこにいる?表彰式始まるぞ!早く来い」

 あの声はライオネルくんだな。申し訳ないことをしてしまった。僕達を探すために会場中を歩き回ったのかもしれない。彼の声には明らかなイラつきが込められていた。
「ライオネルくん怒ってるね。急がないと」
「適当な言い訳して謝れば大丈夫だろう」
「たぶんそれ逆効果だよ。兄さん言い訳下手くそだから」
「いや、そんなことない……はずだ」
「下手くそというより、雑?」
「それ訂正した意味あるか?まぁいい。行くぞ」
「うん!」
 兄さんが僕の手を取って走り出す。その手はとても温かくて力強く感じられた。
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