【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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エルフの国と闘技大会編

寒い日の過ごし方

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 獣人の国ザーナプグナは東大陸で最も温暖な国だ。山脈沿いの地域は多少寒暖差があるらしいが、基本的に年間を通して過ごしやすい気候なのだそうだ。僕達が滞在しているヨジダームの街も例外ではないはずだった。

「さむい……」

 あまりの寒さに目が覚めてしまった。隣で眠っているはずの存在が居ないことも寒さに拍車をかけているかもしれない。
 これ以上魔力を増やす必要がないと判明して以降、寝る前に魔力を使い切る習慣がなくなったため目覚めがよくなった。そのはずなのに、兄さんより早く起きられたのは数えるほどしかない。

 寒いのは嫌いだ。痛くて惨めで悲しい気持ちになる。故郷で過ごした冬のことを思い出したくないのに、寒さを感じるとあの時の光景が勝手に浮かび上がってくる。

 今日は一日中ベッドから出られないかもしれない。そう思ってもう一度目を閉じようとしたら兄さんが寝室に入ってきた。
「すまない。起こしてしまったか」
「ううん。寒くて目が覚めたから二度寝しようと思ってたとこ」
「たしかに今日は一段と冷えるな。屋台で朝食を買ってきたから一緒に食べよう」
 兄さんが僕の頭を撫でながら優しく話しかけてくれる。すっかり目が覚めてしまったが、それでもベッドから出る気になれなくて、無茶なお願いをしてやり過ごすことにした。

「僕はここから動けないから兄さんが運んで」
「はいはい」
 兄さんが呆れたように笑みをこぼしながら僕を抱き上げた。
「うわっ!本当に運んでくれるとは思わなかった」
「正直そんな負担でもないから言ってくれればいつでも運ぶぞ」
「こんなこと普通お願いしないから……わがまま言ってごめん」
「謝らないでいい」
 兄さんが僕の額にキスしてから動き出した。先ほどから動悸が激しくなっているのを感じる。これはくせになりそうだ。際限なく兄さんに甘えてしまいそうで怖くなってきた。

 兄さんは言葉通り、二階の寝室から一階のリビングまできつそうな様子を一切見せず僕を抱いて運んだ。
「朝から串焼き肉?」
「たまにはいいだろう」
 テーブルには屋台で買ったと思われる串焼きが十本並んでいた。僕がうだうだしていたせいですっかり冷めてしまったようだ。急いで串焼きを温めて、ついでに暖房の魔法も強くした。
「一本食べ切れるかな」
「残ったら俺が食べるから無理する必要はない」
「うん」

 兄さんの食べっぷりが気持ちよくて、食べるのを忘れて見入ってしまった。無限収納があるから多めに買ったのかと思っていたが、全部平らげるつもりだったらしい。
「食べないのか?」
「……食べる」
 おそらく鳥系の魔物肉であろう串焼きを手に取る。肉の焼けた香ばしい匂いとほのかに香るハーブが食欲をそそる。噛み締めると溢れる肉汁を爽やかなハーブが引き立てている。
 味付けは塩のみというシンプルな串焼きながら肉と脂の旨みが最大限引き出されている。おそらくこの街の屋台でトップクラスの美味しさだろう。
 兄さんも舌が肥えたよなぁと少し誇らしい気持ちになりながら、僕は串焼きを頬張った。

「よかった。全部食べられそうだな」
「この串焼き美味しいね。知らなかった」
「朝の鍛練終わりにたまたま発見してな。ルカにも食べてもらいたくて」
「ありがとう」
「これも美味いから食べてみるといい」
 兄さんが僕に串焼きを差し出してきた。牛系の魔物肉だろうか。
 僕が一口食べればいいのはわかっているけど、なんとなく気づかないふりをしてみた。
「食べないのか?」
「串焼きを差し出されただけじゃ、どうしたらいいかわからないよ」
 僕の言葉に兄さんが視線をさまよわせていたが、やがて意を決したように口を開いた。

「ほら、あ……あーん」
 兄さんの頬が赤くなっている気がする。こうなることは予想していたはずなのに、想像以上の衝撃だった。にやつきそうな顔を必死で引き締めて、差し出された串焼きを食べた。
「うん、美味しい」
 正直味はよくわからなかったけど、それだけ言うのが精一杯だった。これは何の肉?とか会話の糸口はたくさんあるはずなのに、ふたりとも俯いたまま串焼きを食べ進めた。

 串焼きを完食し、後片付けをするため立ちあがろうとしたら兄さんに止められた。
「俺がやる」
「そんな悪いよ」
「たまには全部任せてくれ……まだ寒そうだな」
 僕が手を擦り合わせている様子を見て兄さんが心配そうな顔をした。
 兄さんはそばにあった上着を取り寄せると、僕を抱き上げてソファに座らせた。
「歩けるのに」
「俺がしたいだけだから気にするな。俺の上着で悪いがないよりましだろう」
 兄さんは僕の肩に上着をかけたあと洗い物をするためキッチンに向かった。上着を羽織ってみると兄さんに包まれているようで温かい気持ちになる。

 しばらくすると洗い物を終えた兄さんが僕の隣に座ってきた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 兄さんにもたれかかるといつものように抱き寄せられた。兄さんの体温が心地よくて目を閉じる。
「今日は寒いな」
「うん、寒いね。だから……」
 身体を離して兄さんの膝の上に向かい合わせになるように乗る。それから両手を広げて甘えた声を出した。
「兄さんが温めて」
「ああ」
 兄さんが僕の背中に腕を回して痛いくらい強く抱きしめてくれた。僕も兄さんの首に腕を回してさらに身体を密着させた。

 眠気にも似た温かい心地よさにうっとりする。
「これ着てると前からも後ろからも兄さんに抱きしめられてるみたい」
「そうか」
「あったかくて安心する。ずっとここにいたい」
「そうだな」
「こうしてると体温を分け合ってるのがよくわかるよね。ひとつになった感じで嬉しい」
「ああ」
「兄さんだいすき」
 耳元で囁いたけど兄さんの返事がなかった。さっきから返事もそっけない気がする。

「どうしたの?この体勢いやだった?」
 慌てて兄さんの顔を覗き込むと至近距離で目が合った。兄さんの目つきがいつもと違っていてドキッとする。獲物を狙うような鋭い目だった。
 気がついたら押し倒されていた。兄さんの顔が近づいたと思ったら、口内を割り開くように舌が入り込んできた。
「んっ……」
 そのまま乱暴に貪られる。息ができないくらい激しく求められて何も考えられなくなる。飲み込めなかった唾液が口の端から流れていく。
 それに気づいた兄さんが唇を離して舐め取った。荒い呼吸のまま僕を見つめている。その瞳は情欲の色に染まっていた。

「あまり可愛いことばかり言わないでくれ。我慢できなくなる」
「よかった。返事がそっけないから怒ってるのかと思った。起き上がるからそこ」
 どいて、と言い終わる前に再び口を塞がれていた。今度は優しく触れるだけのキスだ。何度も角度を変えて啄まれる。そのうち兄さんの手が僕の身体に触れ始めた。
「あっ……だめ」
 兄さんの手を避けるように身を捩らせる。

「だめか?」
 兄さんの手が身体から離れる。服の上からなぞられただけなのにゾクゾクする。
「だめというか、ちょっと身体が変で……この前のあれから敏感になってて……今触られるとおかしくなりそう」
 原因はよくわからないけど、最近自分でも困惑するくらい感じやすくなっている。
 夜ならまだしも時間が有り余っている今のような昼前だと、どうなるのかわからなくて躊躇してしまう。

 兄さんが真剣な顔をしていたので、僕の言葉を聞き入れてくれたのかと安心していると、いきなり覆い被さってきた。息がかかるほど顔を寄せてきて、僕の目をじっと見つめてくる。
「本格的に恐ろしくなってきた」
「どうしたの?僕変なこと言った?」
 兄さんが小さくため息をついたあと、僕の唇をひと舐めした。
「俺はとっくにおかしくなってるから問題ない。運んでやるから寝室行くぞ」
 いつもと違う獰猛な目つきに胸の奥から熱さが込み上げる。こんなにも求められているのかと思うと全てを受け入れたくなった。
 有無を言わさない兄さんの言葉にうなずくことしかできず、大人しくベッドへ連れていかれることにした。

 目が覚めると隣に兄さんがいなかった。朝と似たような展開に寂しさを覚える。時間はわからないが、お腹の空き具合から夕方くらいかなと推測する。
 寝室を出て階段を降りると、キッチンからいい匂いが漂ってくる。気になって足を進めると、僕に気づいたのか兄さんがこちらを振り向いた。
「もう起きたのか。動いても平気か?」
「……回復魔法使った」
「あー、それは……無理させてすまなかった」
「別にいいよ。それよりも目が覚めたら兄さんがいなくて寂しかった」
 僕のいじけた態度に兄さんが笑いを堪えながら謝ってきた。

「申し訳ない。昼飯を食べてないから腹がへってると思ってな。ルカの料理には到底及ばないが作ってみた」
「食べたい。兄さんはもう食べた?」
「まだだから一緒に食べよう。そこに座ってくれ」
 僕は兄さんの向かい側に座り、テーブルの上に置かれた料理を見た。野菜と肉が入ったスープのようだ。具材の大きさからポトフに近い気がする。

 透明に近いスープを一口啜ってみると、強めの塩味と野菜や肉の旨み、ほんのりとバターの香りを感じた。空腹でなくても美味しく思える味だ。
 具材はぶつ切りの骨付き鳥肉とじゃがいも、玉ねぎ、にんじんだ。野菜の大きさがバラバラで煮崩れていたり火が通っていなかったりしているが些細なことだ。
 兄さんが作ってくれたシンプルで塩味が少し強いスープが、寒さに沈んでいた僕の心を温めてくれた気がした。

 今日だけで、何度兄さんに温めてもらったのだろう。兄さんは僕が寒さを嫌う理由を何も聞いてこない。ただそばにいて僕を甘やかしてくれる。その優しさに兄さんの計り知れない愛情を感じて、泣きたくなるくらい嬉しい。
「美味しいね、すごく美味しい」
「ルカ」
 兄さんがテーブルに身を乗り出して僕の頭を撫でてくれた。

「兄さん、ありがとう。本当に美味しいよ。今度から料理を当番制にしようかな」
「他の家事を頑張るから勘弁してくれ。週の半分がこれだと飽きるし、俺はできるだけ毎日ルカの料理を食べたい」
「スープが作れるなら、他にも作れると思うけどな」
「味付けがどうしても苦手でな。他は塩ふって肉を焼くくらいしかできない」
「じゃあ今日みたいに寒い日は兄さんの担当ね」
「それなら引き受けてもいい」

 ふたりで笑い合って食事をする。和やかな空気のなか兄さんの顔をじっと見つめた。この人をずっと大切にしようと改めて思いながら、スープのおかわりを兄さんに頼むことにした。
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