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エルフの国と闘技大会編

獅子の獣人

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 ヨジダームの街に到着して一週間が経った。今日も依頼を受けるために冒険者ギルドの扉を開けると、建物の外にまで響くような大きな声に出迎えられた。
「お前らアランとルークだろ!オレと勝負しろ!」
 獅子の獣人が入り口の正面にある受付カウンターの手前で仁王立ちしていた。いきなり偽名で呼ばれて反応が遅れてしまった。兄さんが僕の手を引いてギルドから出ようと踵を返す。
「……人違いだ。失礼する」
「おい!待てよ!あのウォーロック先生が推薦した人物がここにいると聞いて、わざわざ学院からこっちに来たんだ。逃すわけないだろ。シアンに聞いた特徴を基に聞き込みしたから間違いない。お前アランだな」

 さすがに誤魔化せないと思ったのか兄さんが動きを止める。会話の内容からシアンくんと親しい人物なのがわかったので話しをすることに決めた。
「君、名前は?僕はルーク」
「おお!お前がルークか。うんうん、いかにも魔法使いって感じでヒョロヒョロしてるな。人族は小さくて弱いやつばかりでつまらん!オレはライオネル!来春開催される闘技大会でお前達と戦うことになるかもな!ウォーロック先生に恥をかかせないようにせいぜい頑張れよ」

 予想通り彼はシアンくんのペアとなる獣人族の戦士で、僕達が勝たないといけない相手だった。
 たしか彼は獣人の国の学院ではなく、シュッツァリア王立学院に留学しているとウォーロックから聞いた覚えがあるが、授業に出なくてもいいのだろうか?
 それとちょくちょく失礼な発言をしているのが気になる。全魔法使いと人族に失礼すぎるし、僕はそこまで小さくない。あと鍛えてるから決してヒョロヒョロではない。そう見えるとしたら獣人族が大きすぎるだけだ。
 ウォーロックは以前、彼のことをシアンくんと仲がいい級友だと言っていたが信じられない。繊細そうなシアンくんと相性がいいとはとても思えない。
 勝手な予想だが、彼とシアンくんは何回か派手な喧嘩をしていそうだ。

「お前は人族のくせに見所があるな!身体もでかいし、その大剣もいい。少しは楽しめそうだ。気に入ったぞ!なあ、オレと手合わせしようぜ」
「断る。する理由がない」
 兄さんはライオネルくんのことに気づいていないようだ。心底鬱陶しそうに相手をしている。
 僕は小声で彼がシアンくんとペアで闘技大会に出場する選手だと伝えた。
「あの子シアンくんのペアだよ。こんなに早く来るとは思っていなかったけど」
「聞いた覚えがある名前だと思っていたら……まさかあんな暑苦しいやつだとは思わなかった。でもそれならちょうどいいな」

 兄さんが僕と小声で話すのをやめてライオネルくんに向き直った。
「ライオネルと言ったか。気が変わった。鍛練場に移動しよう」
「そうこなくっちゃ!こんなに気合いが入るのも久々だ!楽しもうぜ」
 ライオネルくんが機嫌良さそうに笑いながら兄さんの肩をバンバンと叩く。叩いた時に出る音が重くて鈍い。
 兄さんは平気そうな顔でそれを受け入れて逆に同じくらいの力で叩き返していたが、どちらも普通に痛そうだ。怪我をしないのが不思議なくらいだ。これが獣人族のコミュニケーションだとしたら、人族が弱く見えるのも頷ける。

 鍛練場に移動すると兄さんとライオネルくんが向かい合い、それぞれ武器を構えた。
「棍の使い手とは初めて戦うな」
「もう負けた時の言い訳か?本当、人族はよく口が回るな!」
 ふたりの戦いに巻き込まれないように遠くから見物しているが、そのおかげでライオネルくんの身体の大きさがよくわかる。兄さんよりはっきりと縦にも横にも大きい人物を見るのは久しぶりだ。

 ライオネルくんの得物である棍もすごく長い。一本の長さが220センチ前後ありそうだ。
 一見するとただの長い木の棒だが、その素材は魔物由来のものかもしれない。よく見ると細かなキズが入っていて長年使い込んだものだとわかるが、折れそうな気配が全くない。一般的な木材よりも丈夫な素材だと推測できる。

 兄さんとライオネルくんの目が合ったと思ったら、ふたり同時に動き出した。お互い様子見のつもりなのか打ち合いが続いている。
 ライオネルくんの戦い方は武器の長さを利用した打ち下ろしと薙ぎ払いが基本のようだ。あとは振り回したり突くような動きもあり、多彩な攻撃手段があるように思われる。迂闊に間合いに飛び込むと痛い目に遭うのは明らかだ。

 獣人特有のしなやかな筋肉が力強さと繊細な動きの両立を可能にしていて非常に厄介だ。
「ここまでついてこれたのは人族だとお前が初めてだ!すごいな!」
「そいつは光栄だ」
「でもこれで終わりだ!」
 ライオネルくんはそう言うと腰を落として力を溜め、棍を薙ぎ払った。兄さんは咄嗟に反応して大剣で迎撃したが、武器同士のぶつかり合う音が鳴り響くと後方に吹き飛ばされた。

「すまねえ!やりすぎた!」
「にいさっ……ぐっ!」
 思わず叫んでしまったが、誓約魔法のことをすっかり忘れていた。容赦ない痛みが襲いかかり、頭を抑えながらその場にうずくまる。
「ルカ!どうした!」
 兄さんが血相を変えてこちらへ駆け寄ってきた。なぜ僕は吹き飛ばされた兄さんに心配されているのだろう。自分のまぬけさが情けなくて涙が出そうだ。
「大丈夫か?」
「……」
 今は小さく頷くのが精一杯だ。時間が経てば痛みは引いていくので大丈夫だと伝えたいが頭が痛すぎて話せそうにない。

「すまなかった!怪我はないか!」
「問題ない」
「それならよかった。なんでお前より見物人のルークがダメージ受けてるんだ?」
「あー……これはあれだ。持病みたいなものだから気にするな」
「おい!その状態で闘技大会出ても平気なのか?」
 兄さんが誓約魔法のことを思い出したみたいで適当な理由をでっち上げた。
 それを聞いたライオネルくんが心配そうにこちらを見てくるけど、本当に大丈夫だからそんな顔しないでほしい。

「心配かけてごめん。僕なら大丈夫。ちょっと頭が痛くなっただけ。闘技大会に支障はないよ」
「ならいいんだけどよ。人族はオレら獣人より脆いって聞いたことがあったから心配で……あんまり無理すんなよ」
「うん。ありがとう」
 ライオネルくんは遠慮なく本音を言う子だけど、なんだかんだ優しいところがあるみたいだ。勢いあまって兄さんを吹き飛ばした時もすぐに謝っていたし、本気で僕を心配して声をかけてくれた。
 ライオネルくんも人族で換算するとまだ14歳だからな。彼の真っ直ぐすぎる物言いは若さ故のものだろう。

 鍛練場を後にしてライオネルくんと別れる。彼はこれから依頼に行くらしい。疲れを感じさせない軽やかな動きで冒険者ギルドを飛び出していった。
 僕達は依頼を受ける気が起きなかったので、借家に帰ることにした。兄さんが道中何回か僕を心配して抱き上げようとしていたが、全力で断った。

 借家に着いたので、着替えなどを済ませ兄さんと並んでソファに腰掛ける。獣人族のサイズに合わせたソファは、僕が横になってもベッドとして使えるくらい大きい。
 兄さんは小さくため息を吐くと僕の肩に寄りかかってきた。

「あー、落ち着く」
「お疲れ様。どうだった?」
「とにかくすごい力だったな」
「勝てそう?」
「殺し合いならともかくルールありの闘技大会だからな。あいつらの連携にもよるだろうが、ほぼ確実に勝てるだろう」

 兄さんにそう言われると本当に勝てると思えるから不思議だ。
 僕は疲れた様子の兄さんを労るように頭を撫でながら、疑問に思ったことを聞いてみた。

「兄さん棍の使い手と戦うの本当に初めて?立ち回りに無駄を感じなかったんだけど」
「あの形状のやつは初めてだったな。杖術の使い手との戦闘ならわりと経験があるし、あと三節棍なら戦ったことがある」

 やっぱりね。初めてにしては立ち回りが綺麗すぎたからおかしいと思った。ライオネルくんもその違和感から力技に出たのではないだろうか。
 兄さんってたまにそういう発言するんだよな。嘘は言ってないけど、本当のことも言ってないみたいな。当の本人は騙す意図もなく素直に話してるだけみたいなので、指摘するのも憚られる。

 もしかして兄さんは天然なのでは?と新たに沸いた疑問に蓋をして、僕はなぜか声に力がない兄さんを全力で癒すことにした。
「兄さん元気ないね。どうかしたの?」
「……言いたくない」
 これは珍しい。兄さんがふてくされている。僕はこれで気持ちが落ち着けばいいなと思いながら、肩に寄りかかる兄さんの頭に何回かキスをした。
「言いたくないなら言わなくていいよ。僕の肩ならいくらでも貸すから」
「肩だけか?」
「まさか。僕にやってほしいことがあったらなんでも言っていいよ」
 それじゃあと兄さんが要望を言ったので、恥ずかしいけど付き合うことにした。

「兄さん重くない?」
「全く」
「嘘だあ」
 現在僕は兄さんの膝の上に座らされ後ろから抱きしめられている。兄さんが頭を僕の肩に埋めているせいで表情は見えないけれど、多分機嫌は良くなっていると思う。
 甘えるように頭を擦り付けたりお腹を触ってくるのがくすぐったい。でも嫌な気分じゃない。

 しばらく兄さんとじゃれあっていると、いきなりお腹に腕を回されぎゅっと抱きしめられた。手を重ねると兄さんが弱々しく呟いた。
「ルカに格好悪いところを見られてしまった」
「えっ?覚えがないけどいつのこと?」
「……様子見だからと油断してあいつに吹っ飛ばされたのが……ルカに痛い思いもさせてしまった」
 兄さんが不機嫌になった理由に思わず口角が上がる。お互いの顔が見えない体勢で本当によかった。回復しかけている兄さんの機嫌がまた急降下するところだった。

「兄さん、腕はずして」
「いやだ」
「いいから早く」
 兄さんが観念したように僕を解放する。振り返って正面から兄さんを思い切り抱きしめた。
「格好悪いなんて思うわけない。僕のために頑張ってくれたんでしょ?ありがとう」
 兄さんを抱きしめたまま感謝を伝える。僕の気持ちはちゃんと伝わったようで、兄さんの腕にも力がこめられた。

「ルカ……」
「なに?」
「好きだ」
「うん。僕も大好き」
 お互い何も言わずしばらく兄さんと抱きしめ合っていた。この時間がずっと続けばいいのにと思っていたけど、兄さんともっと触れ合いたくなって身体を離す。
「どうした?」
「他にしてほしいことないの?なんでも言っていいよ」
 返事代わりの強い抱擁に僕はそのまま身を委ねた。
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