【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

文字の大きさ
上 下
116 / 158
エルフの国と闘技大会編

ドラゴンステーキ

しおりを挟む
※本日2話投稿です。2話目。

 人は心の底から感動すると、どんな反応を示すだろうか。
 泣く、笑う、動悸がする、感謝の言葉を発する。その他いろいろあるだろう。

 僕は鳥肌が立ってその場で動けなくなった。だがそれも当然だ。なぜなら目の前にドラゴン肉の塊が鎮座しているのだから。

「これ本当に全部もらっていいの?」
「お前の希望だろう?普通は魔法薬や魔物避けに使う貴重な素材だからな。腐らせるなよ」
「大丈夫。それだけは絶対しないから」
 ウォーロックが不安そうに僕を見るけど安心してほしい。無限収納があればドラゴン肉を腐らせることなく保存できる。

 様々な部位のドラゴン肉は見ているだけで気持ちが弾む。そのなかで一際目を引くのが骨付きのものだ。
「初め聞いた時は耳を疑ったぞ。骨付きのドラゴン肉を食べたいなど酔狂にも程がある。本来なら骨は肉よりも超貴重な万能素材だからな。そこは頭に入れておけよ」
「うん、わかった」
 だからドラゴンの骨付き肉を焼いて食べたいと話を持ちかけた時怖い顔をしていたのか。ドラゴン素材の研究をしているウォーロックには悪いが、もしまたドラゴンを持ち込むことができたら次はドラゴン骨ラーメンを作る予定だ。その時までにウォーロックを説得する言葉を考えておかなければ。

「本当にありがとう。ドラゴンの扱いに困ってたから助かったよ。またドラゴンが手に入ったらお願いするね」
「こちらこそ、状態の良い素材が大量に入手できて助かった。今後も是非お願いしたい」
 その後ウォーロックから「素材の売却額が想定よりも高額になってしまったから、2回に分けて支払いたい」とお願いされたので快諾した。すぐに次の訪問日を決め、挨拶もそこそこにウォーロックの家から立ち去った。

 ひたすら無言でドラゴン肉を運び、急足で拠点まで戻る。夏の暑い日、太陽は容赦なく照りつけ、空気は蒸し暑さで重く感じられる。そんな外の様子とは裏腹に僕の心は期待が膨らんでいた。
 拠点に着いた途端、疲労感と充足感が身体を支配する。流れ落ちる汗を拭いながら魔法で涼しい風を送ると、隣からほっとした声が上がった。

「暑いのにごめんね。ありがとう」
「これくらい問題ない。しかしすごい量だな」
「1年くらい肉には困らないかもね」
 話をしながら無限収納にドラゴン肉をしまう。手に感じる重さにほくそ笑みながら、昼食はドラゴンステーキに備えて軽めに済ませようと心に決めた。

 いろいろと用事を済ませていたら夕方が近づいていた。急いで調理に取り掛かる。
 食べ応えを考えて厚めに切った骨付きドラゴン肉を常温に戻し塩胡椒をふる。フライパンに油を引いて肉の両面と側面を焼いていく。そこに軽く潰したにんにくとハーブ、バターを入れる。バターが溶けたらスプーンですくって肉全体にかける。魔法を使って肉の中心部までじっくりと火を通したら、まな板に取り出して肉を休ませて食べやすい厚さにそぎ切りする。

 事前に作っておいた付け合わせのマッシュポテトや野菜のグリル、スープの配膳はいつの間にかキッチンにいた兄さんに手伝ってもらった。珍しくそわそわと落ち着かない様子の兄さんを見て僕も期待に胸が高鳴る。

 いよいよだ。威圧感さえ感じる堂々とした佇まいの骨付きドラゴンステーキ肉を前に「美味しそう」などと分かりきった感想を共有する気になれず、ふたりとも無言で肉を見つめながら静かに席に着いていた。

 骨つきのまま焼いた肉は大きさが縮むことなく皿の上で焼く前とさほど変わらない存在感を放っている。
 カリッと香ばしく焼けた表面と綺麗なピンク色の断面が見ているだけで食欲をそそる。今にも肉汁がこぼれ落ちそうな断面は、しかしそれが逃げ出すことなく瑞々しさを感じるほどだ。
 肉と脂が焼けた独特で深い香りはナッツを思わせるような不思議なもので、芳醇なバターの香りと合わさって甘い香ばしさを感じる。

 肉を眺めていたのは時間にして数秒ほどで、どちらからともなく顔を上げ目が合うと、それを合図にふたりともナイフとフォークを持って動き出した。
「いただきます」
 前世を完全に思い出してから兄さんの前だけでするようになった食事の挨拶は、目の前の光景に心が奪われていても、自然と口から出ていた。

 ドラゴンステーキを噛んだ瞬間、まず感じるのがその柔らかさだ。しかしサシが入った肉のような噛んでいくうちに溶けていく柔らかさではない。
 赤身肉の程よい弾力のおかげで、噛むごとに広がる肉汁が途切れることなく口に溢れ出して軽快に喉を通り過ぎる。濃厚な赤身の旨みと骨から出た旨み、香ばしい脂が一体となり、肉本来の味がダイレクトに舌を刺激する。バターの風味とにんにくとハーブの香りもしっかりと感じるが、肉の味を邪魔することなくむしろ引き立てているように思える。
 口に残る脂の余韻はしつこくなく、すっきりとした甘みに変わり食欲を増幅させる。
 この味は前世で食べた熟成肉に近いかもしれない。凝縮された旨みという点がとてもよく似ている。それでもドラゴン肉の方が断然美味しいと感じるのは、純粋で膨大な魔力が織りなす奇跡なのかもしれない。

 塩胡椒だけで十分に感じるくらい重厚な味にそれでも飽きることなく食べ進める。この日のために購入した赤ワインもドラゴンステーキとの相性抜群だ。豊かな果実の香りと力強い渋みと酸味が、食べていくうちにしつこくなった脂の余韻をかき消し、より一層味わい深いものにしてくれる。

 結局用意した付け合わせを楽しむことができたのがドラゴンステーキをほとんど食べ終えた時で、会話をする余裕が生まれたのは完食してからだった。

「……美味しかった」
「ああ、本当に」
「ドラゴン肉、1年持たないかもね」
「次から見つけ次第狩ることにしよう。ウォーロックのおかげでルカの無限収納に余裕ができたしな」
 僕達の中でドラゴンが畏怖の対象からただの食材に変わった記念すべき瞬間であった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

ある日、人気俳優の弟になりました。2

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。 平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

弟は僕の名前を知らないらしい。

いちの瀬
BL
ずっと、居ないものとして扱われてきた。 父にも、母にも、弟にさえも。 そう思っていたけど、まず弟は僕の存在を知らなかったみたいだ。 シリアスかと思いきやガチガチのただのほのぼの男子高校生の戯れです。 BLなのかもわからないような男子高校生のふざけあいが苦手な方はご遠慮ください。

ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

処理中です...