【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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アファルータ共和国編

答え合わせ(リアム視点)

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 アイザックさんとルカさんがリフケネの街から去った。突然の出来事に街中が騒然としている。
 そりゃそうだ。アイザックさんもルカさんもとんでもなく人気があったからな。ルカさんに至っては男女問わずだ。女性が圧倒的ではあるけど。
 花屋のナタリーちゃん、狙ってたのにまさかルカさんのことが好きだったとは……。
 女性冒険者達はアイザックさんがいなくなったことを嘆いて浴びるように酒を飲んでいる。恋人や夫がいない女性冒険者のほぼ全員が参加しているところが恐ろしい。本日のギルド酒場はとてつもない売上になることだろう。

 俺は街中で話題の中心になっているそれを、気まずい思いで聞いていた。
 まさかアイザックさんとルカさんがあんな関係だったなんて。あの時のことを今でも鮮明に覚えている。衝撃的すぎて一生忘れないだろう。
 アイザックさんがあんなに情熱的な人だとは思わなかった。うすうす感じてはいたが。俺は答え合わせをするように過去の出来事を思い返した。

 出会った頃のアイザックさんはお願いしてもなかなか手合わせを受けてくれなかった。
 ある日どうしてもと拝み倒して手合わせをした後、何となくそんな気分になって当時付き合っていた恋人の惚気話をしてみた。アイザックさんはいつもの無表情で興味なさそうに俺の話を聞いていた。
 その時好奇心から、アイザックさんに恋人はいないのかと聞いてしまったのだ。アイザックさんは最初ぽつりぽつりと俺の質問に答える程度だったが、だんだんヒートアップしてきて、しまいには俺の質問を無視してひたすら恋人の話をしていた。

 その日以降アイザックさんはよく手合わせをしてくれるようになった。今ならわかる。あの人は俺と手合わせをすることで、自分の恋人について自慢したかったのだろう。
 俺も手合わせ中、恋愛相談や惚気話ばかりしていたのでお互い様だけど、アイザックさんの話はとても熱心だった。

 俺の恋人はすごく綺麗だとか、料理が最高に絶品だとか、所作が美しくて思わず見惚れてしまうだとか、甘え上手で言動が可愛すぎるだとか、性格も慈悲深く、明るく、優しく穏やかで、清らかな心を持ち……あと何だっけ。とにかく長かったから忘れた。

 あれはルカさんのことだったのかと思うと疑問がわいてしまう。俺からしたらルカさんは、ドライで自律的という印象が強いからだ。
 確かにルカさんは優しくて穏やかで、困っている人を見ると見返りを求めずに手を差し伸べるような人だ。
 ルカさんは魔法が壊滅的に下手くそな俺に根気よく魔法の使い方を教えてくれた。本当にすごい人だと思う。俺なら1回教えた時点で見切りをつける。それくらいあの時の俺の魔法は酷い出来だった。

 でもルカさんの優しさは残酷なくらい平等だ。ルカさんは誰にでも優しく接し、しかし誰とも一線を引いている。絶対に心の内を晒さず、踏み込ませない。
 周りは気づいていないようだけど、ふとした時に冷たい目をしていることがある。

 俺がアイザックさんとルカさんの関係を知ってしまった時の反応がまさにそうだった。
 普通、兄弟で愛し合っていることが他人にバレたら、取り乱したり泣き喚いたりすると思う。アイザックさんだっていつも落ち着いている人なのに、しばらく混乱していた。しかしルカさんは一切動じることなく平然としていた。
 俺が「ふたりの関係を他言しない」と伝えた時、ルカさんは安堵したような笑みを浮かべた。でも目は冷静に俺の表情を観察していて、俺が嘘をついていないか確かめているように見えた。あの目には一片の温もりも感じられなかった。

 あれはアイザックさんには見せないルカさんの一面なのだろう。おそらくルカさんはアイザックさんとそれ以外の人物への態度を明確に使い分けている。だからアイザックさんの目に映るルカさんは、俺からすれば別人のような印象なのだと思う。

 前に一度ルカさんが女性冒険者達との飲み会に行くからと、アイザックさんとギルドの酒場でご一緒したことがある。
 アイザックさんは弟のルカさんに対して、とてつもなく過保護だと有名だったので冒険者達は普段から警戒していたが、酒が入っていて俺達の存在に気づかなかったのだろう。そこそこ大きな声でルカさんの話をしているテーブルがあった。
 あの時ルカさんと仲がいいベテラン冒険者パーティーがその場にいなかったのもよくなかった。

 笑顔に癒されるだとか、回復薬の効果的な使い方を教えてもらって優しさに感動したとか、いつもいい匂いがするとか。それはかなり可愛らしいものだ。
 酒場だから当然、下世話な話もする。自分があと10歳若ければ確実に口説いていたとか、猥談に参加した時は驚いたけど目がうるうるしていて可愛かったとか、酔って水を無理やり飲まされたルカさんの顔が色っぽくてそれをオカズに……あとの言葉は思い返すのも憚られる。

 その発言はさすがに周りが注意して止めていた。でも間に合わなかった。それを聞いたアイザックさんが怒りのままに銅のジョッキをテーブルに叩きつけたら天板が割れた。意味不明だ。
 アイザックさんは拳を叩きつけたわけじゃない。あくまでジョッキを怒りに任せてテーブルに叩きつけただけだ。なぜそれでテーブルが割れる?その力が人に向けられていたらと思うとゾッとした。
 テーブルが割れた音に気づいた連中も全員顔を青くさせていた。

 ガン開いた瞳孔で一人一人射抜きながら「殺す殺す殺す殺す」とぶつぶつ呟いてるアイザックさんが得体の知れない魔物に思えた。
 本能で悟った。話に参加してたやつら全員アイザックさんに殺される。タイミングよくルカさんが帰って来なかったら本当にそうなっていたかもしれない。

 アイザックさんはルカさんの姿を確認した瞬間、しれっと「酔った勢いでジョッキをうっかり強めに叩きつけたら何故かテーブルが割れた」と報告していた。
 いや、あんた全然酔ってなかったじゃん。さっきまで飲み足りないからって火酒を頼もうか迷ってたくせに。変わり身の早さに慣れを感じて怖くなった。
 ルカさんが弁償の話を進めている横で、ルカさんにバレないよう注意しながら、周りを睨みつけて牽制しているアイザックさんの顔がそれはそれは恐ろしかった。

 後日アイザックさんの目を盗んでルカさんに事の経緯を説明した。するとルカさんは「えっ?兄さんそんなことで怒ってたの?そっかぁ、僕のために。リアム教えてくれてありがとう」と笑っていた。
 普段のふわふわした雰囲気から程遠い、妖美な笑みに背筋が凍った。
 今思えばルカさんは恋人の行動に感激していただけなのだろう。それでも作り物のようなあの顔に恐怖を覚えた。見なかったことにしてその後も付き合いを続けたけど、あれは衝撃だった。

 ふたりの関係は決して世間から受け入れられるものではないだろう。でも俺は不思議と忌避感がなかった。
 それはアイザックさんの狂気ともいえる大きすぎる愛情と、それを嬉しそうに受け取るルカさんのこれまた狂気の一端を目撃しているからかもしれない。

 ルカさんの思い出話に盛り上がっていた男連中が水を打ったかのように静かになった。また誰かが度が過ぎる冗談を言ったのだろう。そしてアイザックさんの幻影に殺されそうになったから沈黙したに違いない。

 なんか羨ましいな。俺もいつかお互いしか目に入らないような、そんな熱烈に思い合える相手が現れるかな。
 アイザックさんとルカさんが今後も穏やかに過ごせるよう祈りながら、いつかあるかもしれない未来に思いを馳せた。
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