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アファルータ共和国編

銀級昇格

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 調査依頼が終わってから1月が経った。暦の上では春だが、照りつける日差しがますます強くなり、夏の訪れを予感させる。
 繁忙期が終わった後のリフケネ支部は一気に静けさが訪れた。その雰囲気に身を委ねながら、時折魔物討伐の任務に向かいつつ、普段はのんびりと過ごしている。
 しかし、そんな日常を邪魔するようにギルドから呼び出しを受け、兄さんと一緒に個室で待っていると、担当の受付嬢がにこやかに話し始めた。

「おめでとうございます。おふたりとも銀級に昇格しましたよ」
「ありがとう。同時に銀級になれてよかったね」
 横にいる兄さんに顔を向けると、兄さんも嬉しそうだった。
「そうだな」
「銀級になられたので、国を跨いだ依頼を受けられるようになります。主に護衛依頼となりますが、おふたりは受けたことがないようですね」
「護衛依頼は拘束時間がね……。合同になることも多いし」
「皆さん同じことを仰られますね。ここの支部は既婚者が多いので護衛依頼は避けられがちで……気が向いたらぜひ、護衛依頼を受けてください。ルカさんもアイザックさんも依頼者からの評判が高いので、向いていると思いますよ」
「そうだね、考えておくよ」
「返し方も全員同じだと却って清々しいですね」
 担当の受付嬢が小さくため息をつく。護衛依頼を受ける冒険者がまたしても増えないことを嘆いているのだろう。
 一般的に護衛依頼は割りがいい依頼がほとんどだから、取り合いになることはあっても押し付け合いになることは少ない。この支部だけの特殊な事情というやつだ。担当には悪いが、面倒くさいからこれからも護衛依頼は避けるつもりだ。

 ギルドカードが更新されるのを待ちながら、気になっていたことを担当に質問する。
「冒険者になって4年目で銀級って他と比べて速かったりしない?前に鉄級から銅級になるのに平均で3年かかるって聞いたことがあるから気になって」
「ああ、それはですね……」担当は僕の疑問に丁寧に答えてくれた。

 鉄級から銅級に上がるのに平均で3年かかると言われているのは、戦闘経験が皆無で装備も揃っていない冒険者の場合だそうだ。
 戦闘経験がある程度あれば銅級になるまでに1年ほどで到達できるらしい。銅級から銀級に上がる条件は秘匿事項だが、個人差が大きいため一概に比較することはできないようだ。
 戦闘経験や達成した依頼の内容を前提に考えると、僕達の銀級昇格は平均的なスピードだと言われた。その言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろす。

 ギルドカードの更新が終わり、個室のある2階から1階に降りるとリアムが声をかけてきた。
「お疲れ様です!おふたりがこの時間にいるのは珍しいですね」
「ああ。呼び出しを受けてな」
「聞いてください!今日銅級に昇格したんです!これでアイザックさんとルカさんに並びましたね」
「奇遇だな。俺達は銀級になったぞ」
「えっ!?おめでとうございます!でも悔しいなー。せっかく同じ階級になれたと思ったのに」
「リアムありがとう。銅級昇格おめでとう」
「ありがとうございます。今日は宴会ですね!俺片っ端から声かけてきます!」
 リアムが満面の笑みでギルド酒場に向かい駆け出した。
「しばらく帰れそうにないね」
「たまにはいいだろう。飲みすぎないようにな」
「わかってるよ。兄さんも物を壊さないようにね」
「……気をつける」兄さんが気まずそうに目を逸らした。

 その後、予想以上の人数が集まって大宴会となった。僕達やリアム以外にも昇格した冒険者が何人かいて、合同昇格祝いになったからだ。
 宴会は大盛り上がりで皆ずっと笑っていた。兄さんの言う通りだ。たまにはこうやって過ごすのも悪くない。結局深夜になっても宴会が続き、お開きになった時には空が白み始めていた。


 銀級昇格から約2週間後、夏になり本格的な暑さが到来した。
 夏の初め、今日は僕の誕生日だ。17歳の誕生日を兄さんとふたり拠点で祝う。

 好物だけを並べた食卓もすっかり綺麗になり、兄さんと並んでソファでくつろぐ。食べ過ぎて苦しくなったので兄さんの肩に寄りかかる。
「プレゼントありがとう。明日からさっそく使うね」
「ああ。あまり気の利いたものが浮かばなくて……いつもすまない」
「なんで?すごく嬉しいよ。僕のために考えてくれたんでしょう?」
 そう言って近くに置いていたエプロンを胸元に寄せた。

「綺麗な色だね。僕が一番好きな色」
 兄さんの表情をよりはっきりと見るため、身体を微妙に動かし正面を向くようにする。そして一瞬だけ胸元のエプロンに視線を落とし、兄さんの目を一心に見つめる。
 刹那の静寂が訪れたあと、兄さんの顔が近づいていく。その少しの時間さえもどかしくて、兄さんの肩に手を回しそっと引き寄せた。

 唇が重なり合うだけでドキドキと鼓動が高まる。早く触れ合いたくて兄さんの唇の間に舌を這わせる。すると兄さんの舌先がぬるぬると探るように舌の表面を擦り上げて、思わず肩が跳ね上がる。僕の動きに気づいて兄さんが笑うように吐息を吐いた。
「んっ……はぁっ」
 熱を分け与えるように舌を絡ませ合う。時折軽く唇をかじられるのも気持ちいい。口内の上顎を舐められるとゾクゾクとして呼吸が乱れてくる。酸素を求めるように口を開けると歯列をなぞられてその刺激で唾液が溢れてくる。再び舌を絡ませ合うとお互いの唾液で濡れた音と吐息だけが室内に響いた。

 どれくらいそうしてただろうか。唇が離れると完全に息が乱れていた。気恥ずかしくて俯いたまま息を整える。
「ルカ」
 兄さんに名前を呼ばれると、どんな状況でも素直に反応してしまう。顔を上げると兄さんが温かな笑みを浮かべていた。
「生まれてきてくれてありがとう」
「うん」
 胸が詰まって何も言えなかった。これ以上の言葉は必要ないとばかりに兄さんが強く抱きしめてくれた。心地よい体温に包まれながら一つに溶け合いたくて、兄さんの背中に腕を回した。

 しばらく抱き合った後、またソファに並んで座り兄さんの肩に寄りかかると、兄さんは笑って受け入れてくれた。
 そのままの体勢で談笑していたら、ふとあることが気になり興味本位で聞いてみた。
「ちょっと気になったんだけど、この世界に裸エプロンっていう嗜好はあるの?」
「聞いたことがないから詳しく教えてくれ」
 兄さんから次々と質問され、知っている限り全て答えてしまった。特に深い意味もなく好奇心の赴くままに聞いただけなので、兄さんの真剣な表情に戸惑いを隠せなかった。

 数日後、なんてことを教えてしまったのだろうと心の底から後悔した。
 現実逃避をしたくても、兄さんの手に握られている白いフリル付きのエプロンがそれを許してくれない。
 期待に目を輝かせている兄さんには悪いが「何があっても絶対に着ない」と宣言した。

「頼む。一度でいいから着てくれないか」
「絶対にいやだ」
「ルカがこの前食べたがってたグレートディアを狩ってくるから」
「僕ひとりでも狩れるから却下。それに食べ物で釣るって子ども扱いされてるみたいでやだ」
「すまない。でもそれだけ着てもらいたくてだな。これを着たルカは絶対に可愛いから」
「……ふーん」
「確実に可愛い。本気でそう思う」
「やめて。反応を探らないで」
 その後着る着ないでしばらく言い争いが続き険悪な雰囲気になったが、つい先日解決した。
 どちらが勝ったかは僕の名誉のために黙っておこうと思う。
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