【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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アファルータ共和国編

初めての調査依頼⑥マミー

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 部屋の中央に輝く召喚陣から続々と魔物が召喚される。魔物は全て同じ種類のようだ。
 全身に包帯を巻かれ乾燥して肌が黒ずんだ死体がアンデッド化した魔物。こちらの世界ではマミーと呼ばれていたはずだ。わかりやすく言い換えるとミイラ男というやつだ。
 マミーを倒すのに有効な手は火属性か聖属性による魔法攻撃か、心臓があった部分を中心に一定のダメージを与えることだ。

 リアムは火属性の適性持ちだ。1回の攻撃で消滅させるのは難しいが、何回か魔法を当てたら討伐できるだろう。
 兄さんに関しては言うまでもない。魔物に関する知識は僕よりあるし、なんなら過去に討伐した経験もありそうだ。

 マミーはアンデッドの中でも呪いに特化した魔物だ。アンデッドから攻撃されてできた傷は穢れるが、マミーから受けた傷は同程度の強さのアンデッドと比べるとより強く穢れてしまい少しの間動けなくなってしまう。
 そのため効率よくマミーを討伐するには、攻撃を一切受けない立ち回りが求められる。

 いつでも魔法で援護できるように準備しておこう。火属性魔法であれば夜番中に鍛練したおかげで、遠隔発動がスムーズにできるようになった。
 兄さんとリアムを巻き込んではいけないので殲滅力は弱くなるが、それでも十分なサポートになるはずだ。

 部屋に現れたマミーは12体。ふたりで協力して討伐すれば危なげなく終わるだろう。
 兄さんが冷静にマミーを倒していく。囲まれないよう慎重に立ち回りながら1体ずつ確実に討伐している。
 対するリアムは恐怖で固まっていた。初めてアンデッドに対峙したのだろう。歯をガチガチと震わせ、足に力が入らないのかその場から動こうとしない。

 やがてリアムはガクンと膝から崩れ落ち転倒してしまった。マミーがそれを見逃さずリアムに爪を振り下ろした瞬間、兄さんの大剣がそれを防いだ。
「何をしてる。早く立て」
「あ……ごめん、なさ……足が」
「どうしても立てないなら魔法で倒せ」
「むっ無理です、手が震えて……俺死んじゃうのかなぁ」

 その発言に兄さんが舌打ちしたと思ったらいきなりリアムの胸ぐらを掴み上げた。
「ガタガタ抜かすな、腰抜け野郎が。これ以上情けないことを言ってみろ。魔物ごと叩っ斬ってやるからな。余計なことを考える暇があったら目の前の敵に集中しろ」
「……あ」
 兄さんはリアムの胸から手を離すと再びマミーに斬りかかった。

 しばらくするとリアムが覚悟を決めた顔で立ち上がり、マミーに剣を向けた。その足取りはしっかりしていてもう心配なさそうだ。
 兄さんは2体のマミー相手に戦っていた。すると1体のマミーが兄さんの死角から爪を振るった。
「そこっ!!」
 リアムが火属性魔法で兄さんの死角にいるマミーを焼き切った。過去最高の威力が出ている。リアムはこの戦いで実力が上がったようだ。
「助かった」
「俺の方こそ!絶対生きて帰りましょう!」
「そうだな」

 ふたりの会話が眩しくて、ドロドロした感情を抱えている自分が恥ずかしくなった。
 これ以上ふたりを見るのが辛い。つまらない嫉妬だとわかっているのに止められない。僕はこの戦闘を一気に終わらせるべく精神を集中させた。
 火属性魔法でちまちま倒そうなんて思っていたのが嘘みたいだ。
 マミーの集団がじわじわと近づいてきている。兄さんが牽制を目的として大振りに大剣を振った瞬間を狙い、魔法を発動させる。

「聖属性魔法《浄化》」
 兄さんが振るった剣筋から広がるように聖なる光が辺りを包んだ。そしてその光に触れた途端、マミーたちの身体がボロボロと崩れ落ちていく。
 全てのマミーが浄化されたようだ。兄さん達がいる部屋は静まり返っている。

「今のは……」
「今のはアイザックさんが!?すごい!さすがの強さです!」
「いや、これは」
 兄さんが呆然と大剣を見つめている横でリアムがはしゃいでいる。
 マミーを倒したことがトリガーだったのだろう。突然、固く閉ざされていた扉が音を立てて開いた。

 兄さんとリアムが足早にこちらへ向かっている。リアムは兄さんを尊敬の眼差しで見つめていた。その若草を思わせる目はキラキラと輝いていてとても綺麗だ。
 僕はというと、魔力を一気に消費した反動で息を切らし汗だくになっている。呼吸が整ったら魔法で清めようと思うが、今の姿を兄さんに見られたくない。

「ルカ!!」
 兄さんが僕に気付いたようで、ものすごい速さで駆け寄ってきた。横にいたリアムは面食らい、足を止めて兄さんの背中を目で追っている。

 兄さんが目の前に迫ってきたと思ったら、力強く抱きしめられた。今の僕は汗臭いだろうからそれはやめてほしい。
「兄さんやめて」
「さっきのはルカのおかげだろう?やはり俺たちは一生の相棒だ」
「汗で汚いから。お願い、離れて」
「ルカはいつだって綺麗だ。汚いなんて思ったことがない。それに、こうなったのも俺を助けるためだろう?」
「そうだけど。でも離して」
「愛してる」
「んっー!!」
 思わず変な声が出てしまった。でもそれは仕方ないと思う。兄さんがいきなりキスをしてきたのが悪い。

「えっ!?あれっ?おふたりは兄弟じゃ?」
「あー……お前いたのか。忘れてた」
「いやいやいや、普通忘れませんって!」
「それよりルカの顔見てないよな?見たならすぐ忘れろ。俺が手伝ってやる」
「剣、剣から手を離してください!あんたがバカでかいから隠れて見えてませんよ!」
「それならよかった」

 僕達の関係がリアムにバレてしまった。突然すぎて止めることもできなかった。だが今さら後悔しても仕方ない。話が広まる前にリフケネの街から立ち去ることにしよう。居心地のいい街を離れるのは寂しいが、兄さんを傷つけるくらいならその方がいい。
「あ、学者さん達が来ましたね。アイザックさん報告お願いします」
「……わかった」

 兄さんが報告のため僕とリアムから離れる。よかった。これでリアムと話ができる。
「点と点が線で繋がりました」
「それはどういう?」
「俺、おふたりのこと言いふらしたりしません。これからもいろいろ魔法のこと教えて下さい」
「ありがとう。見苦しいところ見せてごめんね」
「いえいえ。それよりも俺すごくないですか?」
「うん?」
「ルカさんの恋人。だいたい当たってましたね」
「そうだね。美人ってとこ以外は」
 リアムはすごくいいやつだった。リフケネの街から立ち去る必要はなさそうだ。
 リアムと笑い合っているのを、兄さんが申し訳なさそうな顔で見ていた。

 学者達の話を総合すると兄さん達が閉じ込められたのは、別の部屋に保管されていた武器を学者のひとりが手に取ってしまったことが原因らしい。
 その武器を持った途端、建物内の部屋の扉が閉じるようになったとか。慌てて元の場所に戻したら扉がまた開くようになったらしい。マミーが湧いたのは兄さんとリアムがいた部屋だけだったようだ。

 一通りの調査が終わり、リフケネの街へ戻ることになった。魔物が襲撃しない限りただひたすら歩くだけの暇な行程。そうなると過去の言動がじわじわと自分の心に襲いかかってくる。

 初めての恋人にかなり浮かれていた。
 リアムに嫉妬するなんてどうかしてる。どう考えても兄さんとリアムは仲がいい先輩と後輩だ。それにリアムはすごくいいやつだし。

 あといろんな冒険者と仲良くなりすぎだ。男女問わず広く浅く交流を図るなんて今までの僕なら考えられない。ましてや知り合いに異性を紹介するなんて絶対におかしい。
 街にも知り合いが大勢いて、お店の並ぶ区画に行くと必ず何人かに話しかけられるほどだ。
 たしかに今までも冒険者や街の人と交流することはあった。しかし今ほど広い交友関係を持ったことはない。
 毎日が楽しすぎて浮かれ気分でいろんな人に話しかけていた。

 兄さんにも恥ずかしいことをたくさん言った気がする。
 あまりの恥ずかしさに、叫び出しそうになるのをなんとか抑える。
 今は護衛の最中だ。大声を出して魔物を引き寄せるなんてことは、冒険者のプライドが許さない。その後悶々とした気持ちを抱えながら移動していたら、いつのまにか野営地に到着していた。

 辺りはすっかり闇に包まれている。今夜は夜番もない。こんな時はさっさと寝るに限るが、目が冴えて眠れそうにない。
 魔法で明かりを灯しながら自分のテントを出ると、兄さんがぼんやり空を眺めていた。明かりを消してすぐ横に腰を下ろすと兄さんが小さく笑った。
「眠れないのか?」
「兄さんこそ。珍しいね」
「ちょっと考え事を。ルカは?」
「実は僕も」

 淡々と会話をしながら夜空を見上げる。もしも誰かが僕達の姿を目撃したら、それは奇怪なものに映ることだろう。星ひとつ見えない曇り空は全てを覆い隠してくれそうで、何気ない様に話を切り出せた。

「我が身を省みたらさ、恥ずかしすぎて目が冴えちゃった」
「たとえばどんな?」
「兄さんと両想いになれて浮かれてたみたい」
「ああ、そんな気はしてた」
「気付いてたなら教えてよ」
「いや俺も浮かれてたからな。ルカよりひどい」
「リアムのこと?」
「そうだ。さすがに申し訳なくてな。先程まで謝罪していた」
「お互い反省しないとね」
「そうだな」

 どちらからともなく笑いが漏れた。声が大きくなりすぎないようにひっそりと笑い合う。
 静やかに耳を震わせる刺激を心地よく感じながら、僕は兄さんの胸に顔を埋めた。少しの間なら許されるだろう。深く暗い闇が僕達を隠してくれるはずだから。
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