【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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アファルータ共和国編

初めての調査依頼④夜番

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 そろそろ夜番を担当する時間なのでテントから出ると、兄さんが既に焚き火のそばに座っていた。
「ごめんね。もう時間だった?起こしてくれてよかったのに」
「交代までもう少し時間はあるが、ギリギリまで寝かしておこうと思ってな」
「ありがとう。あんまり無理しないでね」
「俺なら大丈夫だ。リアムを起こしてくるから火を見ててくれ」
「了解」

 交代はあと少し先のはずなのに夜番をしている冒険者が見当たらないなと思っていると疲れた様子で戻ってきた。
 なんでも立て続けにゴブリンが現れて対処に追われたらしく、慌てて兄さんに火の番を頼んだとか。
 あまりにも憔悴しきった様子だったので、まだ時間ではないが夜番を代わると伝えるとすごく感謝された。

 運が悪いことに今夜は魔物の動きが活発なのかもしれない。このまま何も対策をしない場合、先ほどの彼らのようになるのが目に見えている。
 この状況は最近力を入れている魔法技術の鍛練にちょうどいい。僕は広範囲に探知の魔法を展開させて今後に備えることにした。

 探知の魔法を発動後、程なくして兄さんとリアムがこちらにやって来るのが見えた。
「ルカさん!アイザックさんがひどいんです。俺がなかなか起きないからって、全力で蹴ってきてその勢いでテントを倒したんですよ!時間がないから倒れたままにしてこっちに来ました」
「うるさい。お前が悪い」
「兄さん、手加減してるとはいえ暴力はだめだよ。起きないリアムも悪いけど」
「……すまない」
「あれが、手加減?」
 リアムが納得いかない顔をしているけど、魔法で確認しても怪我はないので、かなり手加減しているはずだ。

 夜番といっても魔物などの襲撃がなければやることはほとんどない。時間が経つにつれ、警戒はしつつも話に花が咲くのは自然の流れといえる。
 退屈に耐えかねて最初に口を開いたのはリアムだった。

「実は最近気になる子がいまして……」
「あれ?パン屋の娘のオリビアと付き合ってなかった?」
「雑貨屋のエラじゃなかったか」
「そういえば新人受付嬢のスカーレットとはどうなったの?」
「全員付き合ってすぐにフラれました!はぁ……俺はいつも本気なのになんで長続きしないんだろ」
「呆れた。またフラれたのか」
「それで?今は誰が気になってるの?」
「冒険者のサバンナちゃんです!凛々しい美人っていいですよね」
「もしかして、鉄級冒険者で魔法使いの?」
「ルカさん知ってるんですか!ぜひ紹介してください」
「サバンナだったら3日前に恋人ができたよ」
「うわっ!やられたー!誰ですか?」
「鉄級のメイソン、弓使いの」
「意外だな。あいつとサバンナちゃん仲よかったですっけ?」
「僕の紹介で仲良くなったみたい」
「なんでですか!俺に紹介してくださいよ!」
「この前の飲み会で彼女にメイソンを紹介してほしいって頼まれてさ。リアムを紹介してほしいって言ってた女性冒険者教えようか?」
「いや、しばらく女性冒険者はいいです。気になる子はたくさんいるので。次は町娘にします」
「そういうところだぞ」
「だからすぐフラれるんだよ」
「そんなことより!」

 リアムが周囲に気を遣いつつ一際大きな声を出して無理やり話を終わらせた。
「ルカさんの話が聞きたいです!今恋人はいますか?アイザックさんはいるみたいですけど」
 兄さんはリアムと個人的な話もするみたいだ。兄さんが恋人がいると話したなら、僕もそう答えていいだろう。

「いるよ」
「どんな感じの方ですか?」
「えーっと」
「待ってください!当ててみせます……ルカさんの性格を考えると、恋人は経験豊富で積極的な年上女性がお似合いって感じがしますね。真面目で引っ張ってくれる長身美人!当たってますか?」
「おおむねその通りだ」
「あ、アイザックさんもご存知なんですね。いいなぁ、ルカさんの恋人絶対美人さんですよね」
「まあ、背は高いし顔は整ってると思うよ」
「やっぱり!羨ましいなぁ。年上っていいですよね。リードしてもらえるし甘えても嫌そうな顔しないし」
「うん、まあ……そうだね」
「ルカさんの恋愛話気になります!もっと聞かせてください。あ、惚気でもいいですよ」

 嫌すぎる。恋人の前で惚気話をする状況って特殊すぎて聞いたことない。でもリアムに悪気はないから強い態度で拒否するのも申し訳ない。
 普段ならリアムの暴走を止める立場の兄さんが、楽しそうに話の行く末を見守っているのを見て少しだけいらっとする。

 話が盛り上がりすぎたのがいけない。探知の魔法を発動していたはずなのに、ついうっかり迂闊にもゴブリン3体の接近を許してしまった。
 今後は気を引き締めるためにもあまり話に参加しない方がいいだろう。油断禁物、魔法に頼りすぎるのもよくないな。いやー、勉強になった。

「ゴブリン3体接近中。リアム倒してきなよ」
「えぇー。援護してください」
「リアムの実力なら余裕でしょ。本当に危なくなったら援護するからいってらっしゃい」
「わかりました。いってきます」
 ゴブリンの出現場所を詳しく教えるとリアムは駆け出していった。念のため魔法を使って見守るがリアムなら余裕だろう。

「今まで魔物が寄らなかったのはルカのおかげか?」
「ちょっと魔法でね。そんなにわかりやすかった?失敗かな」
「いや、魔法の痕跡は感じなかった。魔物の気配がしたのに動かず消えたのが不思議でな。警戒していたがルカの魔法だったのか」
「今魔法の遠隔発動を研究していてね。その鍛練で敵を倒してた」
「自分はその場に留まったまま遠くの敵を魔法で討伐するということか?」
「そうそう。今はバレないように火属性魔法で燃やし尽くしてるから、ホーンラビットとかゴブリンとかの弱くて小柄な魔物しか討伐できないけどね」
「じゃあゴブリンが接近したのは……」
「わざとに決まってるでしょ。兄さんも黙ってないで止めてよ」
「すまない。つい、ルカの惚気が気になって」

 たしかに思い返せば、最近言葉で愛情を伝える機会が少なかったような気がする。その代わり態度で表しているつもりだったが足りなかったようだ。
「兄さんのそんな子どもっぽいところも好き」
「は?」
「僕の惚気を聞きたくて目をキラキラさせている兄さんがすごく可愛かった。ちょっといらっとしたけど」
「……」
「本当は抱きしめて頭を撫でたかったな。兄さんの可愛いところ見ると、この前の膝枕みたいにもっと甘やかしたくなる」
「ルカ、もう、その」
「普段はかっこいいのにたまに可愛くなるのずるいよね。さっきのリアムの話、年上の恋人は甘えても嫌な顔しないんだっけ?じゃあ手繋いで。はやく」
「あ、ああ。こうか?」

 僕が手を差し出すと、兄さんが恋人繋ぎの要領で握ってきた。そのまま繋がれた手を僕の顔の高さに引き寄せて、兄さんの手の甲に唇を落とす。
「兄さんの手、大好き。昔から変わらない大きくて温かくて頼もしい手……ああ残念、リアムが戻ってくる。僕の想いちゃんと伝わった?まだ惚気話聞きたい?」
「もう十分だ。本当に」
「そう?今度は兄さんの話も聞かせてね」
「そうだな。覚悟しておけよ」
 なぜか怒らせてしまったようだ。表情から怒気は感じなかったが、何か兄さんの気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。

「アイザックさんどうですか?俺強くなったでしょ!」
「そうだな」
「アイザックさんとルカさんのおかげです!」
「リアムお疲れ。強くなったね」
「ありがとうございます!」
 その後は何事もなく朝を迎えた。見上げると深い藍色と明るい黄赤色が織りなすグラデーションが目に飛び込む。日の出前のわずかな時間にしか見られない幻想的な空の色に心を奪われた。

「美しい夜明けだね。夜番の疲れが少しは癒されたかな」
「なら俺はいつも癒されてるな」
「どういうこと?」
 兄さんの左手が僕の頬を押さえ、親指で僕の目元をなぞる。
「俺にとってルカはこの世の何よりも美しい」
「え?」
「たしかに綺麗な空だ。ルカの瞳に似ている」
「兄さんやめ」
「空を見てみろ。澄んだ赤と青が混じったような薄紫だ。神秘的なのに穏やかで優しいから思わず捕まえたくなる」
 距離が近づいたと思ったら、いつものように左瞼にキスをされた。

「もう十分だから。勘弁して」
「まだ言い足りない。また今度俺の想いを聞いてくれ」
「もしかして怒ってる?さっきのやつ言い過ぎた?」
「怒るわけない。自分の不甲斐なさが悔しくてな。これからは俺もちゃんと言葉にしようと思って」
「お手柔らかにお願いします」

 リアムが離れたところにいて助かった。いや、離れているからあんな恥ずかしいことを言ったのか?
 夜番明けのハイテンションというやつだろうか。お互いだいぶはしゃいでいたようだ。恥ずかしくて顔が上げられない。兄さんも何も言ってこない。その後僕達は無言のまま出発の準備を始めるのであった。
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