【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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アファルータ共和国編

冒険者ギルドリフケネ支部

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「お願い!そこをなんとか!」
「絶対だめ」
「そんなこと言わずに。これはいつも丁寧に解体してくれる腕を信用しての頼みでもあるんだよ」
「褒めてくれてありがとう。でもだめ」
「どうしてもだめ?」
「だめったらだめ」
「ルカ、もうそれくらいで」
「はぁ、だめか。仕事の邪魔してごめんね」
 解体担当の職員は笑って許してくれた。あぁ、僕の計画が。

 サンダーバードを冒険者ギルドに運んだ後、僕は解体担当の職員にお願いしたのだ。サンダーバードの肉を丸々一体分欲しいと。
 そしたら「街中の人間を招待してパーティーする気か?腐らせるに決まってるし、規約にもあるから個人には絶対売らない」と頑なに拒否されてしまった。
 サンダーバードの大きさは6メートル。たしかに個人で消費できる量ではないが僕には無限収納があるのに……。それは誰にも言えないことなので、説得の材料にできなかった。

 こうしてサンダーバードのロティサリーチキン計画は失敗に終わった。

 グレートディアーは肉を含めての納品依頼だったから買い取れなかったし、手元に残ったのはサンダーバードの卵だけか。
 それでも収穫といえば収穫だろう。卵を使った料理を考えていると、元気な声が耳に入った。

「アイザックさん!ルカさん!お疲れ様です」
「お疲れ」
「リアムだ。お疲れー」
 リアムは最近仲良くなった後輩だ。鉄級冒険者で年齢は15歳。エルフの血が入っているらしく、水色の髪に緑の目をしている。涼やかな顔とすらりとした体格が相まって、冒険者達から優男と言われている。

「聞きましたよ!グレートディアーにサンダーバードまで狩ったとか。さすがです!アイザックさん、俺と手合わせして下さい」
「また今度な」
「はい!」
 リアムは兄さんが魔物を討伐する姿を見て、その強さに憧れたらしい。会うたびに手合わせを頼んでいる。
 兄さんも後輩の頼みを無碍にできないのか、そこそこの頻度でリアムと手合わせをしている。

「ルカさんも魔法でサンダーバードの雷を防いだって聞きました。今度俺に魔法を教えてください!」
「いいよ」
「ありがとうございます!」
 リアムはこうやって僕にも気を遣ってくれる、気のいいやつだ。
 魔法を教えると約束したら、兄さんが心配そうな顔でリアムを見たような気がしたが無視することにした。

 リアムと話し終わりそろそろ帰ろうと思っていると、魔物の運搬を手伝ってくれたベテラン冒険者達が半笑いで話しかけてきた。
「解体担当から聞いたぜ。ルカ変なこと言ったらしいな」
「サンダーバードの肉を丸々欲しいって言うやつ初めて見たわ」
「パーティーでもする気か?俺達も招待してくれよ」
「やめて。それもう言われたから」
 ひとりが吹き出すとつられたように全員が笑い出した。ベテラン達は、ひとしきり笑った後「解体担当を困らせるのもほどほどにな」と僕に軽く注意して酒場に行った。
 なんて平和な会話だろう。これがアットホームな職場というやつではないだろうか。

「注意されちゃった」
「ルカが無理を言うのは珍しいな。何かあったのか?」
「兄さんの誕生日落ち着いて祝えなかったから、今さらだけどサンダーバードを料理してお祝いしたかったんだ」
「その気持ちが嬉しい。来年楽しみにしてる」
「ごめんね。ありがとう」
 兄さんの26歳の誕生日はお祝いの言葉とちょっとしたプレゼントで終わってしまった。ちょうど拠点にする街探しで忙しい時期だったからだ。

 今さらだと思いつつ、サンダーバードを見たら気持ちが止められなかった。さすがに大人気なかったなと反省した。来年はちゃんと兄さんの誕生日を祝おう。


 サンダーバード討伐から数日後の休息日。僕はサンダーバードの卵でプリンを作るため、朝から試作を繰り返していた。
 先日卵焼きにして食べてみたら、卵黄の味が濃厚で卵臭さが少ないように感じたのでプリンにちょうどいいと思ったのだ。
 材料がシンプル故に配合で食感が大きく変わるので、好みのものに近づけるのに時間がかかってしまった。

 好みの固さになる配合がわかったので、蒸し器の前に陣取って魔法を発動し続けている。プリンを美味しく完成させるには、温度が非常に重要なので気が抜けない。

 プリンは卵の『熱凝固』という性質を利用して作るお菓子だ。熱を加えたら固まるというだけの話だが、これがなかなか奥深い。
 幸いサンダーバードの卵は、前世の鶏卵と固まる温度がほぼ同じだった。前世の知識が活かせるので助かった。
 固まる温度は卵の割合や砂糖の量で微妙に変わるが、そこまでこだわるつもりはない。
 中心温度が80度を超えないように注意しながら熱を通していく。
 繊細な魔法を連続で発動したから疲れた。後は数時間冷やせば完成だ。

「魔法の使いすぎで疲れたー」
「お疲れ様」
 やることがなくなったので、ソファで寛いでいた兄さんの隣に座る。
 兄さんの肩に頭をぐりぐり擦り付けると、優しく頭を撫でてくれた。
「もっと強く撫でて」
「はいはい」
 兄さんが目を細めて僕のわがままに応えてくれる。その心地よさと気持ちよさにうっとりしながら、今度の休息日は僕が兄さんを甘やかそうと密かに決めた。

 夕食後、デザートにプリンを出す。今回は2種類のプリンを作ってみた。
「こっちがシンプルなプリンで、そっちがブランデー入りのチーズプリン。それぞれ食感を変えてみたよ」
「わかった」
 兄さんがさっそく食べ始めたので僕もそれに続く。

 まずはシンプルなプリンを食べてみる。よかった、上手くできたみたいだ。卵のコクと風味が口に広がる。固めの食感なのになめらかな舌触りでまさに昔ながらのプリンだ。一口目は物足りなさを感じたが、食べ進めていくうちに卵と牛乳の風味、ほんのりとした甘みに夢中になる。少し苦めのカラメルソースがいいアクセントとなっていて飽きることなく最後まで食べることができた。

 次にブランデー入りのプリンを食べる。自家製のクリームチーズを入れたおかげで、もちもちとした弾力のある食感がして楽しい。頑張ればお箸で掴めるかもしれない。味わうように口に入れると、ブランデーのコクのある香りを感じる。甘さと一緒に苦味を感じる濃い目のカラメルソースがブランデーの風味と絡まりより味に深みが出る。
 シンプルなプリンが老若男女に愛される味なら、ブランデープリンは大人の味だ。同じプリンなのに印象が全く違うのが面白い。

「どちらも美味かった」
「上手くできてよかった。また作るね」
「次はもっと多めに作ってほしい」
「了解。試作品でよければまだあるけど」
「食べる」
 兄さんって結構甘党だよなぁ。分量や火加減が難しいからお菓子作りは避けていたけど、あんなに美味しそうに食べてくれるなら今後も頑張ってみようかな。

 プリンは成功だった。成功だったが少し不満が残る。
「美味しいけどなんか物足りない」
「えっ?」
「切実にバニラが欲しい。絶対もっと美味しくなるのに」
「もう十分では」
「前世と比べるとどうしてもね。もちろんこれはこれで美味しいけど」
「信じられない」
 兄さんが疑わしげな目で、僕とプリンが載っていた皿を交互に見ている。
 いや、美味しかったけどね。ラウリア王国にバニラが売ってなかったのが痛いな。今度時間がある時に探してみよう。

 兄さんの反応に少し傷ついた。僕がしている食への追求は、前世の料理家や美食家と比べたら全然大したことないのに。
 前世の彼らには悪いが、僕の印象向上に利用させてもらおう。僕は彼らのエピソードを覚えている限り全て語った。
 兄さんが「ルカの中ではこれが普通なんだな。よくわかった」と納得してくれたので話してよかったと思う。
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