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アファルータ共和国編
告白
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「兄さん、大事な話があるから長くなるけど聞いてほしい」
「わかった」
僕の緊張が伝わったのか兄さんもこわばった表情になる。
兄さんと線香花火をした日から数日が経った。あれから随分悩んだが、やっと前世のことを兄さんに伝える決心がついた。
でも兄さんへの想いは封印することにした。前世を全て思い出した時、僕の人格や今までの記憶がどうなるのか全くわからない。そんな曖昧な状態で胸の内を伝える選択がどうしても出てこなかった。
もしかしたら前世を思い出しても、今のまま変わらないかもしれない。でもその可能性に希望を持てない。
前世を思い出すたび足元が崩れ落ちるような感覚に支配される。何かが消失してしまう予感に胸が締め付けられる。
僕の中から湧き上がる恐怖のせいで、確証もないのに最悪な未来しか思い浮かばない。
テーブルを挟んで兄さんと向かい合わせになるよう座る。
普段食事をする時と変わらない配置に少しだけ緊張がほぐれる。
まごまごしていたら決意が霧散しそうだ。僕は覚悟を決めて重い口を開いた。
「ずっと誰にも言えなかったことがあって」
「ああ」
「僕ね前世の記憶があるんだ。この世界じゃない、別の世界で生きていた記憶がある」
兄さんが目を大きく見開いている。思いもよらない告白に驚愕しているようだ。
「ずっと前にバチードのダンジョンでレイスと戦ったの覚えてる?あの時前世の言葉であいつと話してた。兄さんに指摘された時は、心臓が止まるかと思った」
「そうだったのか。あの時の言葉は前世の……」
「うん。黙っててごめんね。前世の記憶を持ってるってバレたら、避けられるかもしれないと思うと怖くて言えなかった」
「俺はそんなことでルカを避けたりしない」
「ありがとう。兄さんならそう言ってくれると思ってた。でもだめなんだ」
「どうしてだ?」
「今までは前世の自分のこと、おぼろげにしかわからなかった。でも最近前世のことをどんどん思い出してきた。そのたびに嫌な予感がするんだ。前世のことを完全に思い出したら、僕が僕でなくなるかもしれない」
「それは……どういう」
「兄さんと過ごした記憶が全部なくなったり、人格が変わるかもしれない。今までのように兄さんと一緒にいられないかも」
兄さんが顔を歪ませて僕を見つめている。思わず目を逸らしてしまった。兄さんの顔を見ていられなくて、頭を下げたまま話を再開させた。
「ごめんなさい。ずっと一緒にいるって約束したのに守れないかもしれない。本当にごめんなさい」
「ルカはいつから前世の記憶があったんだ?」
「へ?8歳の時、生活魔法を授与された時からだよ」
「そうだったのか」
謝罪に対して何か返答があると思ったら、いきなり質問されて驚いた。
兄さんは僕の答えを聞くと立ち上がってこちらに寄ってきた。兄さんに促されて、座ったまま身体を兄さんのいる方に向ける。
すると兄さんが正面から僕の頭を抱き寄せた。
「辛かったな」
「えっ?」
「前世のことずっとひとりで抱えていたんだろう?俺は自分ことばかりで全く気づかなかった。ルカに寄り添えていなかった」
「そんなことない。兄さんの存在に僕がどれだけ救われたか……」
「俺だってそうだ。ルカは俺の生きる意味そのものだ。ルカが俺を支えてくれたように、これからは俺がルカを支えていく。頼りない兄ですまない。今までひとりでよく頑張ったな」
「兄さんはいつだって頼もしくて僕の支えだよ」
「ありがとう。俺はルカとずっと一緒にいる。ルカの記憶が無くなっても、人格が変わっても俺たちはずっと一緒だ」
「どうしてそこまで?僕は兄さんに何も返せないかもしれないのに」
兄さんが僕の頭から腕を離した。それから兄さんは僕の頬を両手で挟んで上向かせ、真剣な眼差しで僕の目を真っ直ぐ見つめている。
「ルカのことを愛してるからだ。家族としてではなく、ひとりの男としてルカを愛してる」
「僕は 」
「返事はいらない。前世のことを全て思い出したら聞かせてほしい」
もう限界だった。堪えていた涙が堰を切ったようにボロボロと溢れ落ちる。
そうだ、僕はずっと辛かったんだ。前世のことがバレないよう誰とでも一線を引いて付き合っていた。兄さんがいなかったら今も孤独に過ごしていただろう。
行動する時の判断基準がいつのまにか前世のことがバレないかどうかになっていた。それに気がついた時、すごく悲しい気持ちになったのを覚えている。
辛さを共感してもらうことで、こんなにも心が軽くなるなんて知らなかった。
気がつけば立ち上がって兄さんの胸に顔を埋めていた。嗚咽が止まらない。兄さんは服が濡れるのを厭わず僕を優しく抱きしめてくれた。
涙が勝手に溢れ出すのに好きな人に愛してると言われた幸福感で心がいっぱいになる。
いつまでもこの幸福に包まれていたいけど、どうやら時間切れのようだ。覚えのある痛みに頭を押さえる。
「ルカ?」
「ごめん、前世のこと全部思い出しそう。だから……」
また明日ねと確証もないのに約束するのは違う気がした。
「おやすみ」
「おやすみルカ、いい夢を」
最後に僕は上手く笑えていただろうか。薄れゆく意識の中、泣きそうな顔で笑う兄さんを見てそう思った。
「わかった」
僕の緊張が伝わったのか兄さんもこわばった表情になる。
兄さんと線香花火をした日から数日が経った。あれから随分悩んだが、やっと前世のことを兄さんに伝える決心がついた。
でも兄さんへの想いは封印することにした。前世を全て思い出した時、僕の人格や今までの記憶がどうなるのか全くわからない。そんな曖昧な状態で胸の内を伝える選択がどうしても出てこなかった。
もしかしたら前世を思い出しても、今のまま変わらないかもしれない。でもその可能性に希望を持てない。
前世を思い出すたび足元が崩れ落ちるような感覚に支配される。何かが消失してしまう予感に胸が締め付けられる。
僕の中から湧き上がる恐怖のせいで、確証もないのに最悪な未来しか思い浮かばない。
テーブルを挟んで兄さんと向かい合わせになるよう座る。
普段食事をする時と変わらない配置に少しだけ緊張がほぐれる。
まごまごしていたら決意が霧散しそうだ。僕は覚悟を決めて重い口を開いた。
「ずっと誰にも言えなかったことがあって」
「ああ」
「僕ね前世の記憶があるんだ。この世界じゃない、別の世界で生きていた記憶がある」
兄さんが目を大きく見開いている。思いもよらない告白に驚愕しているようだ。
「ずっと前にバチードのダンジョンでレイスと戦ったの覚えてる?あの時前世の言葉であいつと話してた。兄さんに指摘された時は、心臓が止まるかと思った」
「そうだったのか。あの時の言葉は前世の……」
「うん。黙っててごめんね。前世の記憶を持ってるってバレたら、避けられるかもしれないと思うと怖くて言えなかった」
「俺はそんなことでルカを避けたりしない」
「ありがとう。兄さんならそう言ってくれると思ってた。でもだめなんだ」
「どうしてだ?」
「今までは前世の自分のこと、おぼろげにしかわからなかった。でも最近前世のことをどんどん思い出してきた。そのたびに嫌な予感がするんだ。前世のことを完全に思い出したら、僕が僕でなくなるかもしれない」
「それは……どういう」
「兄さんと過ごした記憶が全部なくなったり、人格が変わるかもしれない。今までのように兄さんと一緒にいられないかも」
兄さんが顔を歪ませて僕を見つめている。思わず目を逸らしてしまった。兄さんの顔を見ていられなくて、頭を下げたまま話を再開させた。
「ごめんなさい。ずっと一緒にいるって約束したのに守れないかもしれない。本当にごめんなさい」
「ルカはいつから前世の記憶があったんだ?」
「へ?8歳の時、生活魔法を授与された時からだよ」
「そうだったのか」
謝罪に対して何か返答があると思ったら、いきなり質問されて驚いた。
兄さんは僕の答えを聞くと立ち上がってこちらに寄ってきた。兄さんに促されて、座ったまま身体を兄さんのいる方に向ける。
すると兄さんが正面から僕の頭を抱き寄せた。
「辛かったな」
「えっ?」
「前世のことずっとひとりで抱えていたんだろう?俺は自分ことばかりで全く気づかなかった。ルカに寄り添えていなかった」
「そんなことない。兄さんの存在に僕がどれだけ救われたか……」
「俺だってそうだ。ルカは俺の生きる意味そのものだ。ルカが俺を支えてくれたように、これからは俺がルカを支えていく。頼りない兄ですまない。今までひとりでよく頑張ったな」
「兄さんはいつだって頼もしくて僕の支えだよ」
「ありがとう。俺はルカとずっと一緒にいる。ルカの記憶が無くなっても、人格が変わっても俺たちはずっと一緒だ」
「どうしてそこまで?僕は兄さんに何も返せないかもしれないのに」
兄さんが僕の頭から腕を離した。それから兄さんは僕の頬を両手で挟んで上向かせ、真剣な眼差しで僕の目を真っ直ぐ見つめている。
「ルカのことを愛してるからだ。家族としてではなく、ひとりの男としてルカを愛してる」
「僕は 」
「返事はいらない。前世のことを全て思い出したら聞かせてほしい」
もう限界だった。堪えていた涙が堰を切ったようにボロボロと溢れ落ちる。
そうだ、僕はずっと辛かったんだ。前世のことがバレないよう誰とでも一線を引いて付き合っていた。兄さんがいなかったら今も孤独に過ごしていただろう。
行動する時の判断基準がいつのまにか前世のことがバレないかどうかになっていた。それに気がついた時、すごく悲しい気持ちになったのを覚えている。
辛さを共感してもらうことで、こんなにも心が軽くなるなんて知らなかった。
気がつけば立ち上がって兄さんの胸に顔を埋めていた。嗚咽が止まらない。兄さんは服が濡れるのを厭わず僕を優しく抱きしめてくれた。
涙が勝手に溢れ出すのに好きな人に愛してると言われた幸福感で心がいっぱいになる。
いつまでもこの幸福に包まれていたいけど、どうやら時間切れのようだ。覚えのある痛みに頭を押さえる。
「ルカ?」
「ごめん、前世のこと全部思い出しそう。だから……」
また明日ねと確証もないのに約束するのは違う気がした。
「おやすみ」
「おやすみルカ、いい夢を」
最後に僕は上手く笑えていただろうか。薄れゆく意識の中、泣きそうな顔で笑う兄さんを見てそう思った。
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