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ラウリア王国編

最悪

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 暇だなぁ。でもすごくいいことだ。
 夜もすっかり更けた。だが城からは絶えず人々の楽しそうな声が漏れている。
 僕達は城の裏庭、それも特に人の気配がないところを警備していた。
 バーナデットの推薦効果はすごい。普通、外国から来て日が浅い冒険者にこんなところを警備させない。
 本気を出せば城内に忍び込むことも容易いだろう。そんな面倒なことはしないが、とにかくそれほど不用心な配置だ。

 暇すぎてそんなことをぐだぐだ思っていると、人の気配がして緊張が走る。兄さんも気配を感じて警戒している。
 探知の魔法で確認すると、2つの反応があった。お貴族様の相引きに巻き込まれるのも嫌なので、兄さんを連れて倉庫のような建物の陰から様子を伺うことにする。
 それにしてもここは暗すぎる。僕がその人物の正体に気付いたのは、だいぶ距離が近づいてからだった。

「バーナデット、私をここまで連れてきて何をするつもりだ」
「私もまさか宴の主役であらせられる第三王子殿下を、こうも簡単に連れ出せるとは思いませんでした……ここで死んでください」
 突然バーナデットが槍の穂先を青年に向けた。バーナデットの言葉を信じるならその青年はこの国の第三王子だ。予想した中で最悪の事態が起きている。
 バーナデットを止めようと魔法を使う前に、兄さんが既に動いていた。

「どういうつもりだ」
 兄さんが大剣で穂先を逸らし、第三王子を安全な場所まで下がらせた。そんな兄さんを見てバーナデットが嬉しそうに笑い声を上げる。
「やはり来たかアイザック!ルカも近くにいるんだろう!お前達をここに配置して正解だった」
 最悪に最悪を重ねられた。僕達がバーナデットに何をしたっていうんだ。知らぬ間に恨みを買っていたのか。

「俺を止めたいなら殺す覚悟で来いよ。アイザック」
「言われなくても」
「やめろ!殺すな!」
 必死になるあまり、普段と違う口調になってしまった。でもこの状況はすぐに止めなければならない。
 もしもバーナデットをこの場で殺して証言が得られなかった場合、彼の推薦によって外国人が警備を担当していたという事実を第三者がどう考えるか——

「そいつを殺したら僕達も襲撃の共犯にされる。とりあえず生捕りにしないと」
「わかった」
「あぁ、やはりお前達は最高だ」
 バーナデットは噛み締めるようにそう言った。僕達のことをどう思っているのかわからないが、楽しそうに笑うバーナデットに警戒を強める。

 しばらく兄さんとバーナデットは対峙していたが、やがてどちらからともなく動き出した。ふたりの実力は拮抗しているようだ。互いに相手の間合いに入らないよう注意しながら、じりじりと隙を窺っている。
 このままではこちらが不利だ。バーナデットはこの場にいる全員を殺す気で武器を振るっているのに、こちらは生捕りが前提だ。しかも第三王子を庇いながら戦わないといけない。僕も魔法で援護したいが、実力がバレないように立ち回らないとならない。

 探知の魔法がなければ状況を把握できないほど辺りが暗い。遠くにいる第三王子の表情が全くわからない。兄さんも戦いづらそうだ。
 魔法で周囲を明るくしたらバーナデットも動きやすくなるから意味がないし、どうしたものか。いや、逆にこの暗闇を利用しよう。

「兄さん!僕が合図したら目を瞑って」
「了解」
「この状況でそれに従うとか正気か?さすがだな。俺は手加減なんてしてやらないぞ」
 バーナデットが声に呆れを含ませて笑っている。僕が合図をしたら一気にたたみかけるつもりなのだろう。

 バーナデットが僕達を牽制しようと動き出した。僕はすかさず土属性魔法《土操作》でバーナデットの周辺にある土を柔らかくする。さすがに予想できなかったのだろう。バーナデットの身体が少し傾いた。
「今だ!目を!」
「無駄だ」
 さすが白金級冒険者だ。体勢を立て直したと思ったら、すぐに兄さんに向けて槍を振るう。その瞬間、僕は魔法で強烈な光をバーナデットの目の前に発動させた。それと同時に兄さんに被害がいかないよう、魔法で目を覆った。
「ぐっ」
 バーナデットがたまらず目を抑える。兄さんはそれを見逃さずバーナデットの槍を奪うと遠くに放り投げた。そしてすぐにバーナデットを取り押さえる。

「兄さん目は平気?」
「問題ない」
「よかった。無茶言ってごめんね」
「無茶を言われた覚えはない。いつもありがとう」
「こちらこそ」
 念のため土魔法で兄さんの目を覆ってよかった。回復魔法ですぐ治せるとはいえ、兄さんに痛い思いをさせたくないから。

 まだ目が開けられない様子のバーナデットに話しかける。
「さすがの白金級冒険者も目は鍛えられないからね。ここが暗くてよかった」
「魔法を同時発動するなんて俺が思ってる以上の実力者だったんだな……巻き込んですまなかった」
 バレてないと思っていたのに、さすが白金級冒険者だ。でも第三王子には確実に魔法の同時発動が見えていないので、それでいいだろう。兄さんがバーナデットの攻撃から庇おうと、第三王子に背を向けていたおかげで助かった。

「いろいろ言いたいことはあるけど……ちょっと失礼」
 魔法でバーナデットの目の状態を確認する。特に異常はなさそうだ。しばらくしたら目も開くだろう。
 最悪失明してもおかしくない攻撃だった。その時は兄さんの目を盗んで回復する予定だったが、異常がなくて安心した。
 ついでにそっちも無力化しておくかと魔法を発動したら、第三王子がこちらに来る気配がした。

 王族へのマナーとか全然知らないけど、この場合どうしたらいいんだ。頭を下げるだけでいいのか。思わず兄さんの方を見ると、バーナデットを取り押さえたまま頭を下げていたのでそれに倣う。
「面を上げよ。お前達は命の恩人だ。礼儀は気にするな。それよりバーナデット、なぜこんなことを」
 バーナデットは第三王子の言葉に反応して顔を上げると、力の限り歯を噛み締めた。
「殿下敵を取れなくてごめんなさい。今そちらに行きます」
「毒を仕込んでたか!くそっ」
 兄さんが焦ったようにバーナデットの容体を確認する。その一方で第三王子は冷静にバーナデットを観察していた。

 いつまで経っても訪れない死にバーナデットが呆然とした顔になった。すかさずバーナデットだけに聞こえるように囁く。
「口のやつ無毒化しといたよ。けっこう魔力を持っていかれたけど、そんな強力な毒どこで入手したの?」
 バーナデットが、がっくりと項垂れた。ここまでしたら諦めて犯行動機を話すだろう。僕達はバーナデットが自供するまで無言で待ち続けた。

 主役が不在でも宴は続いている。喧騒が闇に消えることなく僕達の耳に届く。
 表情を見やすくするために発動させた魔法が、まるで月明かりのように僕達を照らしていた。
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