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太陽の国ミヅホ編
上達のコツ
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回復魔法を上達させる方法を教える前にやらなければいけないことがある。
「今から聖属性魔法《誓約》を使うけどいい?内容は今から教えること、僕達との関わりを他言無用とすること。人に話そうとしたら全身に痛みが走ってしばらく動けなくなる」
「かまいません」
あっさりと了承してくれてよかった。魔法により誓約を課すことで、万が一のリスクを回避できる。断られたらこの話をなかったことにするつもりだった。
誓約も終わったので次はヒスイに僕の実力を見てもらうことにする。
ヒスイの怪我を回復するのが手っ取り早いが、兄さんが許さないので別の方法を考えないと。
そこで手の甲に切り傷をつけようと思いつき、兄さんからナイフを借りようと声をかけた。
「何をするつもりだ」
「ヒスイに僕の実力を見てもらおうと思って。手の甲に軽く切り傷をつけるだけだよ」
「俺がやる」
兄さんが何の躊躇もなく自分の手の甲をナイフで傷つけた。僕の想定より深く切りつけている。少しでも早く治さなければと慌てて回復の魔法を使う。
「聖属性魔法《回復》」
「すごいです!直接触れずに一瞬で回復しましたね。それに傷跡が一切残ってない。どこを怪我したのか、わからなくなりました」
「手を離せ。不愉快だ」
「すみませんっ、すみませんっ」
ヒスイが傷口を観察するため無意識に兄さんの手を取ってしまった。兄さんの迫力にペコペコ頭を下げて謝っている。
「僕の話信じられそう?」
「もちろんです!ルカさんは現役の巫女と同等かそれ以上の回復能力があります。疑うはずありません」
「ならよかった」
ヒスイが真剣な顔で僕の言葉を待っている。緊張しているのだろう。膝の上に乗っている手は固く握り込まれ静かに震えている。
「回復魔法を上達させるコツは、魔力制御と観察力だ」
「魔力制御が?初めて聞きました」
「回復魔法は緻密な作業の連続だからね。魔力制御が上手くできないと治し方が雑になってしまうし、そうなると大きな怪我も治せない」
「私適性が聖属性しかなくて……どうやって魔力制御の修行をしたらいいのでしょう」
「大丈夫。僕も毎日のように鍛練してるけど適性は関係ないよ」
「適性が関係ない?」
「魔力制御の鍛練で最も効率のいいやり方は、生活魔法を最小の力で発動させること。誰でも実践できる方法だけど意外と難しいよ」
この世界の魔法は大きく2種類に分けられる。属性魔法と生活魔法だ。
属性魔法は使用者に属性の適性がないと絶対発動できない魔法だ。対して生活魔法は適性という概念がなく誰でも使える。
魔物討伐など戦闘で活躍する属性魔法と違い生活魔法は殺傷力が全くない。種火の魔法を直接人に当てても火傷することはないくらい徹底している。
『生活魔法は属性魔法の一部であり、属性魔法の威力を極限まで削いだ魔法である。便宜上殺傷力の有無で種類を分けているが、属性魔法と同一のものとして考えるべきだ』
これは世界で最も読まれている魔法書の文言だ。おそらくそれが魔法使いの共通認識なのだろう。
故郷の教会でその魔法書を読んだ時、僕はその考えにどうしても同意できなかった。
生活魔法は誰もが使える魔法だ。何も考えずに生活魔法を使った場合、その威力は必ず最大のものになる。そしてどんなに魔力を込めても魔法の効果が増幅することはない。
その特徴は魔力を込めれば込めるほど魔法の威力が上がる属性魔法と大きく異なる。
また、属性魔法は威力や効果範囲の増減を発動時に込める魔力量だけである程度調整できてしまう。つまり魔力さえあれば魔法の発動に支障がない。
生活魔法だとそうはいかない。威力や効果範囲を減らすためには魔力量だけではなく、体内に流れる魔力の巡りを極限まで緩やかにする必要がある。魔力の循環速度が適切でなければ狙った威力で魔法を発動させることはできないし、最悪の場合発動すらできない。
生活魔法は魔力量だけでなく魔力の循環速度も魔法の発動に影響される。これは属性魔法にない発動条件だ。
発動の条件すら違う魔法を同じ種類のものと考えていいのだろうかと疑問に思い、僕は生活魔法の研鑽を積んだ。その副産物として魔力制御の能力が上がったのだ。
魔法制御とは、自身が使用する魔法を想像通りに具現化させる技術のことだ。その能力を上げるには魔力量を微細にコントロールする他、魔力循環の速度を自在に操ることが必須となる。
魔力量さえあれば威力等をある程度調整できる属性魔法には必要性が低いように思えるが、回復の魔法には絶対に必要な技術だ。
なぜなら何も考えずに回復の魔法を使った場合、効果が分散されてしまうからだ。
回復魔法は怪我の快癒を目的とした魔法だ。それは全ての傷が対象であり、傷の大小は関係ない。
兵士や冒険者などの戦士や事故に巻き込まれた人が回復魔法を必要とする大怪我を負った場合、全身が傷だらけとなっていることが多い。
その状況で具体的なイメージを浮かべず、ただ最大限魔力を込めて回復魔法を使った場合何が起きるか。重大な外傷以外のたとえばちょっとした切り傷などを含めた全ての怪我を回復させてしまうのだ。
いくら魔力量が多い人物でも全身に怪我を負った患者の傷を一気に全て回復させるのは不可能に近い。
そのため重症な外傷から優先順位をつけて回復していく必要があり、魔力制御で回復の効果を操ることが重要となる。
おそらく高名な回復魔法の使い手は生まれつき魔力量が多いのだろう。最初のうちはその潤沢な魔力量を利用して一気に回復を行い、そこから場数をこなしていくうちに効率的な回復ができるようになったパターンが多いのではないだろうか。
そうでないと回復の能力は生まれつきのもので後天的に上がることがないと考えられているのが不自然に感じる。
もしかしたらメトゼナリア教が回復魔法の知識を独占しているのかもしれない。
「生活魔法を最小で?」
「見た方が早いね。生活魔法《給水》」
本来ならコップ1杯分の水が出る魔法だ。でも僕の指先から出たのは1滴の水だけ。
「すごい、確かにこれは最小の力です」
「全種類の生活魔法を最小の力で発動させてみて。そしたらかなり魔力制御が上手になるから」
生活魔法は種火・給水・微風・穴掘・清浄・光球の6種類だ。
それぞれを最小の力で発動できるようになれば、微細な魔力制御が可能となり自ずと回復魔法も上達する。
「あと魔法は想像力が大事だから観察する癖を身につけて。切り傷だって浅いか深いかでも治り方が変わってくる。巫女の補助をしてる時に患者さんの治り方をよく観察してみて」
「わかりました。やってみます!すごいです!私とても感動しています。誰も教えてくれなかったことをこんな丁寧に……師匠と呼ばせて下さい!私は師匠の教えを必ず身につけます。そして人々のために役立てます」
「恥ずかしいから師匠はやめて」
「すみません!」
その後魔力制御のコツなどを教えるとヒスイはさっそく鍛練に取り掛かった。まずは給水の魔法を試すようだ。
ヒスイが魔法を発動させるとそこそこの勢いで水がでた。コップ1杯分よりちょっと少ないくらいの量だ。
1滴の水を出せるようになるまで、どれだけの時間がかかるか。僕も最初はとても苦労した。
ヒスイはひたすら水を出し続けている。その表情は、大木に拳を打ちつけていた時と全く変わらない。
ぶちまけるものが血から水になっただけな気もするが、コハルは安心してくれるだろうか。
何だか微妙な気分になったのでヒスイに声をかけてこの場を去ることにした。
僕はきっかけを与えただけで後は本人の努力次第だ。これから大変だと思うが、ぜひ頑張ってほしい。
兄さんとふたり拠点までの帰り道をゆっくりとした足取りで歩く。
「兄さんごめんね。痛い思いをさせちゃった」
「別にいい。むしろ俺以外のやつに回復魔法を使わないという約束を覚えていてくれて嬉しかった」
「兄さんとの約束を忘れることなんてないよ」
「ありがとう。回復するとはいえ、ルカの綺麗な手を守れてよかった」
「なにそれ。男の手に言うことじゃないって。それに僕もだいぶ冒険者らしい手になってきたと思うけど」
「関係ない。ルカは昔からずっと綺麗だ」
「兄さんってたまに変なこと言うよね」
「でもルカだって嬉しそうだ」
「気のせいだよ、気のせい。変な兄さん」
前を真っ直ぐ向いて無理やり話題を終わらせた。だからこれ以上、横顔を微笑ましく見つめないでほしい。表情を取り繕うのって案外難しいから。
「今から聖属性魔法《誓約》を使うけどいい?内容は今から教えること、僕達との関わりを他言無用とすること。人に話そうとしたら全身に痛みが走ってしばらく動けなくなる」
「かまいません」
あっさりと了承してくれてよかった。魔法により誓約を課すことで、万が一のリスクを回避できる。断られたらこの話をなかったことにするつもりだった。
誓約も終わったので次はヒスイに僕の実力を見てもらうことにする。
ヒスイの怪我を回復するのが手っ取り早いが、兄さんが許さないので別の方法を考えないと。
そこで手の甲に切り傷をつけようと思いつき、兄さんからナイフを借りようと声をかけた。
「何をするつもりだ」
「ヒスイに僕の実力を見てもらおうと思って。手の甲に軽く切り傷をつけるだけだよ」
「俺がやる」
兄さんが何の躊躇もなく自分の手の甲をナイフで傷つけた。僕の想定より深く切りつけている。少しでも早く治さなければと慌てて回復の魔法を使う。
「聖属性魔法《回復》」
「すごいです!直接触れずに一瞬で回復しましたね。それに傷跡が一切残ってない。どこを怪我したのか、わからなくなりました」
「手を離せ。不愉快だ」
「すみませんっ、すみませんっ」
ヒスイが傷口を観察するため無意識に兄さんの手を取ってしまった。兄さんの迫力にペコペコ頭を下げて謝っている。
「僕の話信じられそう?」
「もちろんです!ルカさんは現役の巫女と同等かそれ以上の回復能力があります。疑うはずありません」
「ならよかった」
ヒスイが真剣な顔で僕の言葉を待っている。緊張しているのだろう。膝の上に乗っている手は固く握り込まれ静かに震えている。
「回復魔法を上達させるコツは、魔力制御と観察力だ」
「魔力制御が?初めて聞きました」
「回復魔法は緻密な作業の連続だからね。魔力制御が上手くできないと治し方が雑になってしまうし、そうなると大きな怪我も治せない」
「私適性が聖属性しかなくて……どうやって魔力制御の修行をしたらいいのでしょう」
「大丈夫。僕も毎日のように鍛練してるけど適性は関係ないよ」
「適性が関係ない?」
「魔力制御の鍛練で最も効率のいいやり方は、生活魔法を最小の力で発動させること。誰でも実践できる方法だけど意外と難しいよ」
この世界の魔法は大きく2種類に分けられる。属性魔法と生活魔法だ。
属性魔法は使用者に属性の適性がないと絶対発動できない魔法だ。対して生活魔法は適性という概念がなく誰でも使える。
魔物討伐など戦闘で活躍する属性魔法と違い生活魔法は殺傷力が全くない。種火の魔法を直接人に当てても火傷することはないくらい徹底している。
『生活魔法は属性魔法の一部であり、属性魔法の威力を極限まで削いだ魔法である。便宜上殺傷力の有無で種類を分けているが、属性魔法と同一のものとして考えるべきだ』
これは世界で最も読まれている魔法書の文言だ。おそらくそれが魔法使いの共通認識なのだろう。
故郷の教会でその魔法書を読んだ時、僕はその考えにどうしても同意できなかった。
生活魔法は誰もが使える魔法だ。何も考えずに生活魔法を使った場合、その威力は必ず最大のものになる。そしてどんなに魔力を込めても魔法の効果が増幅することはない。
その特徴は魔力を込めれば込めるほど魔法の威力が上がる属性魔法と大きく異なる。
また、属性魔法は威力や効果範囲の増減を発動時に込める魔力量だけである程度調整できてしまう。つまり魔力さえあれば魔法の発動に支障がない。
生活魔法だとそうはいかない。威力や効果範囲を減らすためには魔力量だけではなく、体内に流れる魔力の巡りを極限まで緩やかにする必要がある。魔力の循環速度が適切でなければ狙った威力で魔法を発動させることはできないし、最悪の場合発動すらできない。
生活魔法は魔力量だけでなく魔力の循環速度も魔法の発動に影響される。これは属性魔法にない発動条件だ。
発動の条件すら違う魔法を同じ種類のものと考えていいのだろうかと疑問に思い、僕は生活魔法の研鑽を積んだ。その副産物として魔力制御の能力が上がったのだ。
魔法制御とは、自身が使用する魔法を想像通りに具現化させる技術のことだ。その能力を上げるには魔力量を微細にコントロールする他、魔力循環の速度を自在に操ることが必須となる。
魔力量さえあれば威力等をある程度調整できる属性魔法には必要性が低いように思えるが、回復の魔法には絶対に必要な技術だ。
なぜなら何も考えずに回復の魔法を使った場合、効果が分散されてしまうからだ。
回復魔法は怪我の快癒を目的とした魔法だ。それは全ての傷が対象であり、傷の大小は関係ない。
兵士や冒険者などの戦士や事故に巻き込まれた人が回復魔法を必要とする大怪我を負った場合、全身が傷だらけとなっていることが多い。
その状況で具体的なイメージを浮かべず、ただ最大限魔力を込めて回復魔法を使った場合何が起きるか。重大な外傷以外のたとえばちょっとした切り傷などを含めた全ての怪我を回復させてしまうのだ。
いくら魔力量が多い人物でも全身に怪我を負った患者の傷を一気に全て回復させるのは不可能に近い。
そのため重症な外傷から優先順位をつけて回復していく必要があり、魔力制御で回復の効果を操ることが重要となる。
おそらく高名な回復魔法の使い手は生まれつき魔力量が多いのだろう。最初のうちはその潤沢な魔力量を利用して一気に回復を行い、そこから場数をこなしていくうちに効率的な回復ができるようになったパターンが多いのではないだろうか。
そうでないと回復の能力は生まれつきのもので後天的に上がることがないと考えられているのが不自然に感じる。
もしかしたらメトゼナリア教が回復魔法の知識を独占しているのかもしれない。
「生活魔法を最小で?」
「見た方が早いね。生活魔法《給水》」
本来ならコップ1杯分の水が出る魔法だ。でも僕の指先から出たのは1滴の水だけ。
「すごい、確かにこれは最小の力です」
「全種類の生活魔法を最小の力で発動させてみて。そしたらかなり魔力制御が上手になるから」
生活魔法は種火・給水・微風・穴掘・清浄・光球の6種類だ。
それぞれを最小の力で発動できるようになれば、微細な魔力制御が可能となり自ずと回復魔法も上達する。
「あと魔法は想像力が大事だから観察する癖を身につけて。切り傷だって浅いか深いかでも治り方が変わってくる。巫女の補助をしてる時に患者さんの治り方をよく観察してみて」
「わかりました。やってみます!すごいです!私とても感動しています。誰も教えてくれなかったことをこんな丁寧に……師匠と呼ばせて下さい!私は師匠の教えを必ず身につけます。そして人々のために役立てます」
「恥ずかしいから師匠はやめて」
「すみません!」
その後魔力制御のコツなどを教えるとヒスイはさっそく鍛練に取り掛かった。まずは給水の魔法を試すようだ。
ヒスイが魔法を発動させるとそこそこの勢いで水がでた。コップ1杯分よりちょっと少ないくらいの量だ。
1滴の水を出せるようになるまで、どれだけの時間がかかるか。僕も最初はとても苦労した。
ヒスイはひたすら水を出し続けている。その表情は、大木に拳を打ちつけていた時と全く変わらない。
ぶちまけるものが血から水になっただけな気もするが、コハルは安心してくれるだろうか。
何だか微妙な気分になったのでヒスイに声をかけてこの場を去ることにした。
僕はきっかけを与えただけで後は本人の努力次第だ。これから大変だと思うが、ぜひ頑張ってほしい。
兄さんとふたり拠点までの帰り道をゆっくりとした足取りで歩く。
「兄さんごめんね。痛い思いをさせちゃった」
「別にいい。むしろ俺以外のやつに回復魔法を使わないという約束を覚えていてくれて嬉しかった」
「兄さんとの約束を忘れることなんてないよ」
「ありがとう。回復するとはいえ、ルカの綺麗な手を守れてよかった」
「なにそれ。男の手に言うことじゃないって。それに僕もだいぶ冒険者らしい手になってきたと思うけど」
「関係ない。ルカは昔からずっと綺麗だ」
「兄さんってたまに変なこと言うよね」
「でもルカだって嬉しそうだ」
「気のせいだよ、気のせい。変な兄さん」
前を真っ直ぐ向いて無理やり話題を終わらせた。だからこれ以上、横顔を微笑ましく見つめないでほしい。表情を取り繕うのって案外難しいから。
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