【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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太陽の国ミヅホ編

冬の日の過ごし方

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 山賊の襲撃などいろいろなことがあったが、各地を転々としたらあっというまに冬になった。
 僕達はミヅホで北と南の中間くらいに位置する街、オボロに拠点を持った。
 冬は寒いが天気が安定していて、魔物討伐の依頼もそこそこある。外国人が全く来ないわけではないので目立ちすぎることもない。
 滞在するのにちょうどいい街を見つけることができてよかった。

 秋にあった兄さんの誕生日には、ベルトをあげた。ベルトの装飾に綺麗な薄紫の石がついていたので、つい買ってしまった。
 兄さんが嬉しそうにしていたから贈ってよかった。

 
 オボロでの生活もだいぶ慣れてきたある日の朝。目覚めるとあまりの寒さに布団の中で身震いした。この様子だと今日はずっと冷えるだろう。

 寒い冬は嫌いだ、故郷を思い出すから。

 今だに忘れられない。厳しい冬を乗り越えるため、幼馴染達が家族と寄り添い合って暖を取る光景。とても綺麗で美しいと思った。しかし実家でそれを見ることは一度もなかった。
 冬になる度、絶対に手に入らない綺麗なものをただ眺めていた。寒い日は惨めな気持ちになる。
 でも今は違う、兄さんがいてくれるから。それなら冬も楽しまないと損だ。

「この依頼を受けない?」
「ブラッディベアの討伐?」
「今日の夜は冷えそうだから、温かいものを食べたくて」
「わかった。寒いからさっさと倒して拠点に帰ろう」

 熊は冬になると冬眠すると思っていたが魔物は違うらしい。ギルドの職員さんに聞いたら変な顔をされた。
 それでも寒くなると活動範囲が狭まり、人間の生活領域に近づかなくなる魔物は多い。今回はたまたま森の入り口付近で目撃された個体がいたようだ。

 ブラッディベアを危なげなく倒した僕達は、冒険者ギルドで報酬と熊肉を受け取ると拠点に帰った。今日は熊鍋だ。

 まず熊肉としょうがとにんにくを炒める。熊肉に火が通ったら、根菜を入れて油を吸わせる。そこに出汁を投入して煮る。あくがすごく出てきたので、水属性魔法で丁寧に取り除く。別に魔法を使う必要はないが、魔力制御の訓練にちょうどいいのでそのまま続ける。あくが出なくなったら調味料を加える。味噌のいい匂いがしてきた。
 あとはちょくちょく様子を見つつ何時間か煮れば完成だ。

 完成を待つ間やりたいこともないので、こたつでゆっくり過ごすことにした。
 この世界で初めてこたつを見た時は驚いた。昔からミヅホで使われているらしい。
 燃料は炭なので一酸化炭素中毒が怖いけど、魔法でこまめに換気をしているから大丈夫だろう。一度こたつを使ってしまうと、使わないという選択肢が出てこないから困ったものだ。

「お疲れ。いい匂いだな」
「ありがとう。今日の夕飯はブラッディベア鍋だよ」
「鍋か。楽しみだ」
 こたつ机の上には皮が剥かれたみかんが転がっている。兄さんもすっかり、こたつみかんの魅力にハマったようだ。

「みかんいいなぁ。僕も食べようかな」
「剥いてやろうか?」
「うん、お願い」
 兄さんが一瞬驚いた顔をしたが、すぐに慣れた手つきでみかんを剥いてくれた。
 普段こんなお願いをすることないからね。兄さんも軽い冗談を言ったつもりだったのに、僕がそれに乗ったから驚いたのだろう。

「白筋も取ってよ」
「今日は珍しく甘えただな」
「なんとなくそんな気分になった」
「なら食べさせてやろうか?」
「いいね。お願い」
 口を開けて待つが、一向にみかんが入る気配がない。なぜか兄さんがみかんを1房持ったまま固まっていた。

「どうしたの?」
「あ、いやなんでもない」
 兄さんが慌てて動き出した。少しだけ手が震えている気がする。
 兄さんが剥いてくれたみかんは甘酸っぱかった。少し酸味がある方が好みなので嬉しい。

 夢中でみかんを食べていると、兄さんが力を入れすぎたようで果肉が潰れてしまった。兄さんの指に果汁が垂れる。
 なぜか一滴も無駄にしたくなくて、思わず兄さんの指についた果汁を舐め取った。そのまま指を軽く吸うと、兄さんがすごい勢いで手を引っ込めた。
「ルカ!」
「あ、ごめん。つい」
「残りは自分で食べてくれ」
「やだ。全部食べさせて」
 兄さんが目をつぶって長い息を吐いた。それから覚悟を決めたような顔つきになって、みかんを食べさせてくれた。最後まで兄さんの手は少し震えていた。

「美味しかったよ。ありがとう」
「ああ」
 みかん1個を完食するまで兄さんは付き合ってくれた。なんとなくでやってもらったけど、たまにはありかもしれない。

 そうやってのんびり過ごしていると夜になった。確認したら鍋もいい感じだ。

「熱いから気をつけてね」
「ありがとう」
 予想通り夜になるとさらに寒くなった。温かい鍋がより美味しくなるに違いない。器の熱さに期待が高まる。
 熊肉は思ったより臭くなかった。血抜きが上手くいったようだ。肉の硬さも、硬いけど噛みきれない程ではない。旨みが強い肉は少しの量でも満足感がある。肉の旨みと油の甘み、野菜などの出汁が溶け込んだコクのあるスープを飲むと身体がポカポカしてきた。
 兄さんも美味しそうに食べている。全部食べ尽くす勢いだ。

「シメに使うからスープは全部飲まないでね」
「気をつける」
 何回か鍋は作ってるから、兄さんも勝手がわかっている。
「シメは雑炊にしようかな」
「いいな、絶対美味い」
 兄さんが目を輝かせてまた食べ始めた。負けてられない。僕も急いで自分の分を確保しなければ。

 底冷えがする寒さに、鍋で温まったはずの体が一瞬身震いする。やっぱり僕は寒い冬が嫌いだ。
 でも目の前の温もりを一層愛おしく感じるから、たまには悪くないのかもしれない。
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