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太陽の国ミヅホ編

船旅

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 港町アンエルムに到着した。平和な乗合馬車の旅だった。途中何匹か魔物に遭遇したがそれだけだ。今までの旅で、野盗に遭遇したことはない。
 治安のいい国を選んで移動しているが、僕達は運がいいのだろう。これからも快適な旅路を祈りたいものだ。

 さすが帝国最大の港町。威勢のいい売り子の声があちこちから聞こえる。大通りは人通りが多く賑やかだ。
 ガヤガヤと活気がある市場に目が行く。つい何か買いたくなるが、ミヅホで食材や調味料を大量に買い足す予定があるから止めておいた。

「明日から8日間の船旅かぁ、楽しみだね。船に乗るの初めてだ」
「俺もだ。しかし8日も船の上だとやることがないな」
「たしかにね。僕はひたすら魔法の開発かな」
 この世界は娯楽が少ないから仕方ない。とりあえず船に乗ってから暇つぶしを考えるとしよう。

 翌日、僕達はミヅホ行きの船が停泊している港へ来ていた。
「大きい船だね。想像以上だ」
「すごいな」
 見上げるほど大きな船だ。マストが3本ある。1番大きいのがメインマストっていうやつかな。

 船に乗り込むと見知った人物がいたのでつい声をかけてしまった。
「アルトゥロ!エクトル!」
「おおっ!アイザックとルカ!久しぶりだな!お前らもここの護衛か?」
「驚いた。まさかここで会うとは」
 アルトゥロの大声は船の上でも健在だ。久しぶりのアルトゥロの声に、笑顔で応える。

「違うよ。ちょっといろいろあって観光旅行にね。いろんな国を回る予定」
「ええっ!お前らもうバチードにいないのか!帰ったら『鋼鉄の男』に勧誘しようと思っていたのに」
「申し訳ないけど他を当たって。初めての船旅だから知り合いがいてよかった」
「おいアイザック!観光が終わったらすぐバチードに戻ってこい!俺と一緒に漢の中の漢を目指そうぜ!」
「断る」

 アルトゥロが僕の言葉を無視して兄さんを勧誘し始めた。最近はセレナの勧誘がなかったからすごく懐かしい気分だ。
「アルトゥロが悪いな」
「いきなりで驚いたのかな。しょうがないよ」
「お前らがいないと寂しくなるな」
「ありがとう。エクトル達はここの護衛が終わったらどうするの?」
「バチードに帰る予定だ」
「そうなんだ。これからよろしくね」
「ああ、よろしく」
 エクトルはそう言うと持ち場に戻っていった。アルトゥロも回収してくれた。さすが『鋼鉄の男』の副リーダー、とてもスムーズな回収だった。
 よかった。兄さんがすごくうんざりした顔をしてたから、どうやって引き剥がそうかと考えていた。


 
 アンエルムを出航してすでに8日が経った。ミヅホまであと少しだ。
 太陽の光を受けてキラキラ輝く海と、澄んだ空。視界が青で覆われる光景は、見ているだけで心が穏やかになる。
 潮風に髪がなびくのを感じながら、僕は甲板の手すりに寄りかかって眼前に広がる海をただボーッと眺めていた。
「暇な船旅だった」
 僕の呟きは、船が波を掻き分ける音に紛れて消えていった。

 予想以上に暇だった。8日の間にアルトゥロの鍛練を見せてもらったり、エクトルに森で足音を立てずに歩くコツを聞いたり、兄さんと星を見たりして過ごした。
 ラウリア王国に行くのに船に乗ることは確定しているし、本格的に暇つぶしの方法を考えないとまずい気がする。

 予定通り無事ミヅホに着いた。街の光景は、前世の記憶でいうところの江戸時代に似ているように思える。
 セレナが前に言った通り、街を歩く人々は黒目黒髪が多い。小柄な人も多い印象だ。僕達の容姿はどこに行っても目立つかもしれないな。
 これからどうしようかと思っているとアルトゥロが声をかけてきた。

「俺達はここに1週間滞在してストバーラ帝国に戻る予定だ!お前達はどうする?」
「しばらくのんびりしてから決めるかな。1週間後見送りに行くよ。」
「ありがとな!宿が決まってないなら俺達が宿泊してるところがおすすめだ!外国から来た客の受け入れに慣れてるからな」
「ありがとう、助かるよ。今から空きがあるか聞いてくるね」
「おう!」

 僕達はアルトゥロに教えてもらった宿屋に向かうことにした。外国の人も多く訪れるとはいえ、容姿が珍しいのだろう。歩くだけで人々の目線を感じる。少しの間我慢するしかないな。
「また宿屋暮らしか」
「情報収集したらこの街から移動する予定だし仕方ないね」
「しばらく別々のベッドか」
「うーん、畳の部屋だったらなんとかなるかも。とりあえず宿屋に行って確認しようか」
 落ち込んでいる兄さんを変に期待させてはいけないので言葉を濁す。
 布団ならくっつければある程度距離が近くなるから、兄さんも満足するだろう。

 宿屋でとりあえず1週間、部屋を借りることができた。予想通り畳敷きの和室だったので安心した。
 部屋を取った後は兄さんとダラダラしてアルトゥロ達と夕飯を食べた。宿屋に温泉があったが、兄さんがアルトゥロ達と入ることを断固拒否したので諦めた。日本人だった記憶があるから、温泉は楽しみだったが仕方ない。いつか貸切でふたりで入ろう。

「布団という寝具で寝るのか。初めての体験だ」
「僕も初めてだけど、本で読んだからなんとなくわかる」
 僕は兄さんに言われる前に、並んでいる布団をぴったりくっつけた。
「もう寝ようか」
「そうだな」

 布団に潜ってしばらく経った。布が擦れる音が気になる。
 兄さんは初めての布団に落ち着かないようだ。さっきからずっとソワソワと身体を動かしている。
「眠れない?」
「どうも不思議な感覚がして……」

 しょうがないなぁ。僕は片手で掛布団を軽くめくったまま兄さんに声をかけた。

「ほら、おいで」
「ああ」
 兄さんがすかさず僕の布団に潜り込んだ。その速さに思わず笑ってしまいそうになる。

 あー、兄さんってたまに可愛いんだよなぁ。
 普段はかっこいいのに変なの。

 なんだか照れくさくなってきた。僕は動揺を隠すように、兄さんの硬くて真っ直ぐな髪に触れた。そのままかき回すように撫でる。

 すると兄さんが気持ちよさそうに目を細めた。なぜだか直視できない。心臓がうるさい。僕は兄さんが寝るまでずっと頭を撫で続けた。
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