【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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ストバーラ帝国編

暗黒属性魔法の真髄

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 レイスの動きを観察することに全力を注いだ。あいつの動きを観察して僕はひとつの仮説を立てた。

 瞬間移動してる?

 思えば最初の隠し部屋に来た時からおかしかった。ボス部屋の扉に触れた途端、転移の石柱に触れた時のような感覚を味わったのだ。
 それにあいつは消えたと思ったら瞬時に目の前に現れる。そんなこと歴戦の戦士でも不可能だ。いくらレイスとはいえ、移動したら気配があるものだ。でもあいつからは一切それを感じない。

 僕は仮説を確かめるため魔法を使うことにした。あいつが消えた瞬間が勝負だ。
「聖属性魔法《浄化》」
「うわっ!危なかったー!油断大敵ってやつ?」
 僕はレイスが消えた瞬間、兄さんの周りに浄化の魔法をかけた。あいつは一瞬浄化に触れた後、慌ててその場から立ち去った。
 これが意味することはひとつ。あいつは瞬間移動を使った後、目標地点を変えることができない。
 僕も魔法の実験をよくするからわかる。魔法発動後に力の指向を変えるのはかなりの魔力を消費する。それはレイスであっても例外ではないらしい。

 次にあいつの隙をついて兄さんと僕の周りを土壁で囲った。
「おーい!籠城とか意味ないぞー。早くでてこーい」
 なるほどね。恐らくあいつは目で見える範囲でしか瞬間移動を使えない。それか魔力をかなり消費するから使わない。
「助かった。あいつは消せそうか?」
「うん、かなりわかってきた。兄さんごめんね。あとちょっとだけ力を貸して。早く終わらせて腕を回復しよう」
「これくらい平気だ。もっと俺を頼ってくれ」
「ありがとう……壁崩すね」

「意味ないことはやめようよ?寂しかったなー。ねぇねぇ、お兄さん僕にちょうだい?すごくかっこいいね!気に入っちゃった」
「兄さんは物じゃない」
「羨ましいなぁ。生身の身体に異常な魔力量、頼れるかっこいい兄と何でも持ってる。欲しいなぁ、欲しいなぁ」
「ルカ!」
 兄さんがまた僕を庇ってくれた。兄さんは何回かレイスの攻撃を武器で受け流すことに成功しているが、腕の傷は増えるばかりだ。

 やっぱりそうだ。あいつは瞬間移動をしている。あいつを誘導して、移動する軌道に沿うように浄化を張ったのに、全く反応がなかった。あいつは魔法を使い、移動の過程を省略して移動したという結果だけを得ている。
 次元に干渉する力。これが暗黒属性魔法の真髄か。魔物にしか適性がないから、この世界の人間は絶対に使えない属性だけど、その深淵に触れることができた。
 もう用済みだ。塵も残らないほど完璧に消滅させてやる。

 この隠し部屋は体育館のような広さだ。広さが42メートル×35メートル。天井の高さ12メートル。魔法で正確な大きさがわかってよかった。初心者ダンジョンにこの規模の隠し部屋があるとは驚きだ。
 今から僕がやろうとしていることは、普通に考えたらあり得ないだろう。そもそも規模が大きすぎていくら魔力があっても足りない。
 でも僕は卵を殺菌するため、毎日のように浄化の魔法を使っている。効率のいい使い方なんてとっくの昔に研究済みだ。やはり料理にも戦闘にも使える魔法は便利がいい。

 僕はレイスを挑発するため、あえて日本語で話しかけた。
『バイバイ、加藤陽司くん。来世があったらもっとマシな人生を送れたらいいね?』
『やっぱり君気に入らないなぁ。早くその身体ちょうだい?ちゃんと使ってあげるからさ』
 あいつが消えた瞬間、僕は残りの魔力を全て消費する勢いで魔法を発動させる。
「聖属性魔法《浄化》」
「そんなショボい魔法何回使っても意味ないって。逃げたらいいんだから」
 あいつが浄化から逃れようと、瞬間移動で天井付近に移動した。
 直後、部屋中に響く断末魔の叫びに思わず耳を塞ぐ。
 逃げるならこの隠し部屋自体から逃げないと意味がないのにご苦労様。

 レイスを倒すために考えた作戦が成功してよかった。僕は魔力を大量に消費して浄化を部屋全体に使った。
 どこに逃げてもいいように天井まで含めて、部屋中を浄化の魔法で覆った。あいつが気づいた時にはもう手遅れだ。為す術もなくキレイに消えていった。
 さすがに一気に魔力を使いすぎて疲れた。でも早く兄さんの腕を回復させたい。少しだけ魔力が余っててよかった。

 レイスの断末魔を聞いて、兄さんが慌てて僕に駆け寄ってきた。
「怪我はないか?」
「兄さんが守ってくれたから大丈夫。ありがとう。腕を回復しないと」
「それよりもあいつと何を話してたんだ。あの言語は何だ。何でルカはそれを知っていたんだ。どうして何も答えてくれない」
「僕だって何が何だかわからないんだ。変な言葉を話してる自覚もなかった。答えたくても答えられない」
 僕の頑なな態度に兄さんも追求することを諦めたようだ。
「わからないならいいんだ。捲し立ててすまない。怒ってるわけじゃないんだ。ただ、聞いたことがない言葉を不気味に感じて、ルカが遠くに行ったような気がして怖かった。すまない」

 兄さんの言葉に頭が真っ白になった。僕は回復することも忘れて、無意識のまま兄さんの両腕に縋りついていた。

「そんなこと言わないで!兄さんにだけはそんなこと言われたくない!不気味だとか、怖いだとか世界中の人から言われてもいい。でも兄さんだけは言わないで!!僕を嫌いにならないで。拒絶しないで。兄さんだけは……兄さんだけはだめなんだ……きらいになっちゃやだ」

 気がついたら涙が頬を濡らしていた。止めようと思っても止められない。僕は混乱して泣きながら叫んでいた。
「俺が悪かった。ルカゆっくり呼吸しよう、大丈夫。ゆっくり、ゆっくりだ」

 兄さんのおかげで気持ちが落ち着いた。顔を上げてお礼を言おうとして気がつく。
 兄さんの腕をずっと握っていた。怪我をしたところを握られて痛かっただろうに、僕のためにずっと我慢してくれた。
 僕は兄さんの腕に目線を落としながら、慌てて回復の魔法を使った。
「兄さんごめんね。腕痛かったよね。今回復するから」
「……」

 回復魔法をかけると予想以上に魔力が消費され、空っぽになった。
 兄さんの傷口が微かに穢れていたからだ。アンデッドからの攻撃を受けると傷口が穢れることをすっかり忘れていた。穢れを祓うため余計に魔力が消費されたのだろう。目の前がだんだんと暗くなっていく。
「ごめん。まりょく、ぎれ。あと、よろ」
 言い切る前に倒れてしまった。地面にぶつかる前に兄さんが僕の身体を受け止めてくれた。

 起きたら兄さんに謝らないと。それが意識を失う直前に思ったことだった。
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