【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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ストバーラ帝国編

フォレストウルフ

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 春、出会いの季節。中性的な美少年がこの支部に来たら生贄にしようと決めていたのに、結局該当する人物は現れなかった。
 依頼をこなしつつ身代わりの美少年を探していたら、春はもう終わりかけていた。
 そろそろ夏になる。そうしたら僕は14歳だ。背も少し伸びた。そろそろ少年と言われることも少なくなるだろう。

 セレナも一向に首を縦に振らない僕と兄さんに諦め気味で、最近は軽い感じで勧誘してくるだけになった。新しく入った乙女達の指導に忙しいらしく、最近は会っても挨拶程度で終わる。
 アルトゥロ達『鋼鉄の男』は現在、長期任務でここから遠く離れた街にいる。いつもギルド中に響いていたアルトゥロの大声が聞こえないのは、少し寂しい気もする。

 すごく平和だ。暖かくなって依頼も増えた。この平和が続いているうちに早く銅級になっておきたい。
 ちなみにオークジェネラルの討伐は階級上げの評価に入っていない。
 セレナが手続きを間違えて、僕達を『乙女連合』の補助役だと届けてしまったためだ。
 補助役は戦闘行為に参加できないことになっているので、僕達がオークジェネラルを討伐した事実は闇に葬られた。素材は買い取ってもらえたので安心した。
 手続きミスが分かった瞬間、セレナがすごい勢いで何度も謝ってきた。よく確認しなかった僕達も悪いので、お互い様だと言ってその話を終わらせた。

「おはようモニカ。何かいい依頼ある?」
「ルカくんおはよー。そうねぇ、ルカくん達は海の依頼を受けないから……ちょっと待っててねー」
 そう、僕達は港町にいるのに海の依頼を受けたことがない。ふたりしかいないので、戦いながら船を動かせないからだ。
 合同依頼はよっぽどのことがないと受けないし、他に海の依頼といったら商船や漁船の護衛で拘束期間が長い。
 もともと初心者ダンジョン目当てでこの街に来たので、海の依頼を受ける事はこれからもないだろう。

「ちょうどいいのがあったわー」
 モニカが1枚の依頼書を持ってきた。そこには『フォレストウルフの毛皮美品求む』と書かれていた。
「有名な服飾店が新作で使うからってせっつかれちゃって。なるべく傷がない毛皮を最低5匹分、あるだけ買い取るって話よー。ルカくん達は素材の処理が的確だって、解体担当が褒めてたからぴったり」
「わかった。受付お願い」
「助かるわー」

 ギルドを出てから数時間後。僕達はフォレストウルフが出現する森の中腹にいる。
 鬱蒼とした森は木々の間からしか光が射さず薄暗い。
 そんな薄暗い森で、濃い緑色の毛皮が特徴のフォレストウルフは接近に気付きにくくて厄介だ。常に探知の魔法を発動させておく。
「止まって。8匹接近中、兄さんはその場で武器を振り回してて」
「了解」
 やつらが僕達に狙いを定めて取り囲むように接近する。前方に6匹、後方に2匹か。これなら余裕だろう。
 フォレストウルフが姿勢を低くして今にも飛びかかろうと様子を見ている。兄さんの剣を警戒しているのだろう。なかなか動かない。
 程なくして8匹が突然暴れ出したかと思うとすぐに倒れた。兄さんが驚いている。僕は魔法でフォレストウルフを逆さにして血抜きをした。

「なぜフォレストウルフが倒れたんだ?」
「水属性魔法で気道と鼻を塞いで窒息させた」
「いきなり倒れたから驚いた」
「毛皮に傷をつけないって考えるとこれが最適かなって」
「たしかに。その通りだが逆に傷がなさすぎて怪しまれないか?」
「あ」
 うっかりしていた。適当に穴を空けて誤魔化す事にした。

 血抜きをしたら毛皮を洗浄し、内臓を取っておく。念のため肉が腐りにくいように水属性魔法で冷やす。
 ここまでしたら依頼人も満足してくれるだろう。あとはギルドの解体担当の人に任せよう。

 思ったよりも早く討伐が終わり油断していた。探知の魔法を常に発動させていたが、足元の注意を疎かにしていた。
「痛っ!」
「ルカ?」
 ポイズンスネークの接近に気づかず、ふくらはぎの内側を噛まれた。直後ビリビリとした痛みが襲う。麻痺毒を食らったようだ。立つことが出来ず尻餅をつく体勢になる。
 致死性の毒ではないので落ち着いて対処すれば問題ない。
 魔法でポイズンスネークを撃退し、解毒の魔法をかけようとしたら鋭い声で制止された。
「動くな!」
 兄さんが僕のズボンの裾を捲り、ポイズンスネークに噛まれた傷口のすぐ上を布でギュッときつく締め付けた。

 そして噛まれた方の足を持ち上げると、兄さんはなんの躊躇もなく傷口に唇を寄せた。
「やめっ……」
 ふくらはぎの内側がきつく吸い上げられる。兄さんの唇が燃えるように熱い。その熱さが僕にも移って頭がクラクラする。
 兄さんの唇は僕の血を吸い上げるたび赤く染まっていく。そしてその唇と同じくらい赤い舌が、軽く傷口に触れた。
「ふっ……んうっ」
 変な声が出てしまう。なんだこれは。ただの応急処置なのに、兄さんの唇が触れるたびに心臓が早鐘を打つ。
 思わず兄さんの頭に目線を向けると、目が合ってしまった。僕の知らない、ギラギラした目。喰われる、と思った。早く動かないと、それなのに身体が言うことを聞かない。だめだこのままだと僕は兄さんと——

「ぼっ僕解毒の魔法使えるから!もう大丈夫!ありがとう!!」

 焦って大声が出てしまった。兄さんも驚いて素早く僕と距離を取った。
 傷口に解毒の魔法をかけ、服装を整えてから立ち上がる。

「先に行く」
 兄さんは大股でさっさと歩きだしてしまった。その声は固い。この後ギルドに到着するまで、気まずくてお互い顔を合わせることはなかった。
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