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イーザリア王国編

怒り(ダリオ視点)

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 夏真っ盛り、あいかわらず冒険者ギルドは男ばかりで暑苦しい。夏といえば、ルカの誕生日を祝ってすでに1週間が経った。
 外はクソ暑いがギルド内は至って平穏だ。ソーンの野郎も仲間が戻ったばかりだからか不気味なくらいに大人しい。
 今日は『銀色の風』の休息日だ。やることもないので朝から酒場に入り浸っているが暇だ。こんなことならミゲルを誘えばよかった。

 何か暇を潰せるものがないかと辺りを見回していると面白いものを見つけた。
 へぇ、ひとりでギルドにいるところを初めて見た。珍しい、喧嘩でもしたか?と気になって声をかける。
「アイザックさん、ひとりですか?珍しいですね」
「ダリオか。ルカは買い物だ。トールと紅茶を探すと言ってた。どうしてもと頼まれたから2時間だけ別行動だ」
「ふーん」
 女子か。トールとルカは紅茶友達だ。たまにふたりで何を語るでもなくボーっと紅茶を飲んでる。何が楽しいのか全く理解できない。
 ルカはカミラとも仲がいい。やれ菓子だ石鹸だ料理だの話題で盛り上がってることがある。

 あれで性別が女で、もうちょっと可愛げがあったらなぁ。いいお嫁さんになれただろうに。半端な男だとアイザックさんに殺されると思うけど。
 前に俺がルカにキスを迫ったと噂が流れた時は死ぬかと思った。泣きながら土下座して許してもらったが、本当に怖かった。

「暇ですか?俺と手合わせしませんか」
「断る」
「即答かよー」
 アイザックさんは無駄な戦闘が好きではないらしい。以前ルカに教えてもらった。それでも5回に1回くらいの割合で手合わせしてくれるので、会うたびに誘ってしまう。
 手合わせで相対する時の威圧感がすごいし毎回ボコボコにされるが、その度に自分が強くなったと感じる。

「よう、アイザック久しぶりだな。決闘するぞ」
「断る」
 今から飲まないかとアイザックさんを誘おうとしたらソーンのクソ野郎が割り込んできやがった。
 俺のことを無視してズケズケとアイザックさんに近寄る。
「なあ、いいだろ?いろいろ賭けて戦おうや?きっと楽しいぜ」
「それはお前だけだろ断る」
「ハッ!つれない所は兄弟そっくりだなぁ?弟の方はまだ可愛らしいけど」
「っ!ルカは関係ない」
 アイザックさんの反応にソーンがほくそ笑む。
 あの野郎、人の弱点を突く時は生き生きとした顔を見せやがる。
「いろいろ聞いたぜ。ルカは嫌われ者のお荷物くんらしいな」
「黙れ」

 ルカは一部の冒険者から蛇蝎のごとく嫌われている。『アイザックさんに寄生して自分だけいい思いしてムカつく』と陰口を叩かれているのを聞いたことがある。
 俺からしたらそいつら全員節穴だ。ルカの魔法は理解不能だ。カミラに注意されてからは実力を隠すようになったが、本気を出せばアイザックさんと互角かもしれない。
 ルカは前にソーンを魔法で撃退したと言っていた。その時あの野郎に目をつけられたのか。

「俺が勝ったら、お前は俺のパーティーに入れ。お荷物くんも引き取ってやる。いい話だろ?」
「決闘はしない」
「そう?ならルカを俺のものにしてやる。あの子まだガキだけど綺麗な顔してるよなぁ?近いうちに仲間全員で可愛がってやるよ。前にその話をルカにしたらさ、涙目になりながら睨んできた!気が強いところもいい。泣き喚いて抵抗したところを無理矢理ぶちこんでやる。そうだ!俺は優しいからさぁ?お前もそこに混ぜてやろう。感謝しろよ、お兄ちゃん?」
「は?」
 アイザックさんが驚愕で目を広げる。前からゲス野郎だと思っていたが、ソーンは正気か?ソーンの発言にギルド内が凍りついた。

 ルカは一部の冒険者から嫌われているが、ギルド職員やベテラン冒険者を中心にとても可愛がられている。なかにはルカと話す時だけ態度が軟化する人もいるほどだ。

 あそこでソーンを睨みつけてるベテラン冒険者は、ルカに湿布薬の配合を教えてもらって慢性的な腰痛が良くなったと感謝していた。

 泣きながら話の行く末を見守っている酒場のウェイトレスは、ルカのおかげで冒険者からの悪質なセクハラが減ったと喜んでいた。

 いつも顰めっ面の厨房の親父は、ルカがあんまりにも美味しそうにご飯を食べるから料理人の心を思い出せたと、恥ずかしそうに笑っていた。今は怒りで顔を赤くしながら、その一方でウェイトレスを慰めている。

 エイダンなんてカウンターから飛び出して、今にもソーンを殴る勢いだ。以前エイダンは奥手すぎて、意中の女性に身を引かれた。それをルカに仲介してもらって両想いになり、今では結婚の話も出ている。『ルカくんには感謝してもしきれない』と会話する機会があるたび、嬉しそうに語っていた。

 俺だってルカは仲間達と同じくらい大切な友人だと思っている。

 ソーンはギルド内の雰囲気に気づいていないのか言葉を続ける。
「これが最後だ。アイザック、決闘しようや?俺が勝ったらふたりともパーティーに入ってもらう。お前は囮にでも使ってやるよ」
「引き受けよう」
「アイザックさんダメだ。これは罠だ!受けちゃダメだ!」
「あ゛?俺に負けたカスが邪魔すんなや」
「大丈夫だ。俺のためにありがとう」

 あまりにも普段通りのアイザックさんだった。ソーンの発言はアイザックさんが激怒して即殴りかかっても許されるくらい度が過ぎている。
 こんなにも平静を保っているなんて。弟を猛烈に溺愛していると思っていたけど、気のせいだったのか。

 そう思っていると突然空気が変わった。あまりの重圧に息が止まる。アイザックさんの腹の中で渦巻く激しい怒りが、まるで嵐のように吹き荒れた。
 情けないことに、俺は足が震えてその場から動けなくなった。

「俺は、お前の槍と命をもらう。命乞いしても無駄だ。俺の手で必ず殺してやる」
「上等だ、ぶっ潰してやるよ」

 いつもはうざったいくらい騒がしいギルドが、この時は不気味なくらい静まり返っていた。
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