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グレイセル王国からの逃亡
異世界観光グルメ旅
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兄さんを治したことに後悔はない。
しかし僕の回復の力が教会にバレると、確実に軟禁されるため国外へ逃げることを決めた。
国から出てしまえば、兄さん伝いで僕の能力がバレるという最悪のシナリオはほぼ回避できるだろう。あとは行動あるのみだ。
「兄さん、明日の朝に村を発とう。荷物はどこにある?」
「家に置いてきた」
「分かった。今から荷物を取りに行くけど、長時間家にいるとボロが出るかもしれない。今日は教会に泊まろう」
「ああ」
家の外に兄さんを待たせて扉を開ける。すると台所で夕飯の準備をしているハンナ義姉さんがいた。
「ただいまハンナ義姉さん。アイザック兄さんが久しぶりに帰ってきたけど、積もる話があるから今日はふたりで教会に泊まるね。夕飯もいらない。父さんに伝えておいて」
「おかえりルカ。教会ね、わかったわ。リビングにある大きな剣はお義兄さんのものかしら?全然動かせなくて困ってたの」
「うん。これも持っていくよ」
助かるわよろしくね、と言ってハンナ義姉さんは台所に戻った。ハンナ義姉さんはブルーノ兄さんの奥さんだ。結婚したばかりなので、アイザック兄さんと父のギスギスした関係を知らない。伝言を頼むのにぴったりの人物だ。
外に出て兄さんに声をかける。
「荷物取ってきたよ。これで全部?」
「ありがとう、全部ある。俺の剣が持てたのか」
「魔法を使ったからね。でもこの剣を腕力だけで持ち上げるのは無理。兄さんすごいね」
「慣れたらいける」
兄さんの武器は両手持ちの大きな剣だ。僕は複数の魔法を使ってなんとか移動させた。それほどの重量だ。
魔法を使わずに150センチ程ある鉄の塊を持ってスタスタ歩くのは果たして慣れの問題だろうか?
口調のおかげで落ち着いて見えるが、兄さんはけっこう脳筋なのかもしれない。
司祭様に事情を話したら、教会に泊めてもらえることになった。今日はいろいろあって疲れた。
「兄さん僕はそろそろ寝るね」
「ああ」
「今さらだけどさ、本当に付いてきてくれるの?僕に気を遣ってない?」
「俺はルカがいらないと言うまで一生付いて行くと決めた。命をかけてお前を守ってみせる」
さすがに兄さんの覚悟が決まりすぎだ。僕がやりたいのは、まったり異世界観光グルメ旅なのだ。
「兄さんに話すのを忘れてたけど、僕は冒険者になって、世界中を旅して美味しいものを見つけるのが目的なんだ。兄さんには物足りないかもしれないけどごめんね」
「俺はルカに付いて行けるだけで満足だ。食事が目的なのはルカらしくていいんじゃないか」
「僕が美味しいものに目がないって話したっけ?」
「4年前に麦粥を渋々食べていたのが印象的でな。次に帰る時は土産に菓子でも買ってやろうと思ってた」
そんな昔のことを覚えていたとは。
「恥ずかしいから忘れて!おやすみ!」
「…クッ。おやすみ」
兄さんが笑いを噛み殺していた。まだぎこちないが笑えるようになったみたいだ。
『僕たちふたりにとって最高の旅になりますように』
そう願いながら眠りについた。
翌朝、僕たちは司祭様に家族への手紙を託して村を出発することにした。
「ルカ、本当にピーターさんに会わなくていいんですか?」
「父さんに会ったら引き止められそうだからやめとく。手紙の代読を頼むことになるけどごめんね」
「いえいえ。親愛なるルカの頼みですから……ね?」
その話し方の間で司祭様が何を言いたいのか手に取るようにわかる。
「食堂でこの木札を渡したらワインと交換できるよ。ちょっといいやつ」
「ありがとうございます!ルカは察しがよくて助かります!」
パシッパシッと肩を叩かれる。
「はいはい」
このやりとりも最後かと思うと感慨深い。そう思ったのは司祭様も同じだったようだ。
「寂しくなりますね。ルカ、お元気で。辛くなったらいつでも帰ってきて下さいね」
手を差し出されたので握手を返す。
「わかった。司祭様もお元気で。お世話になりました。兄さん、行こうか」
「ああ、世話になった」
村を出て乗合馬車がある街まで徒歩で目指すことにした。半日もあれば行ける距離なので昼過ぎには到着するだろう。
ふたり並んで無言で歩く。朝の兄さんは様子がおかしかった。
どう話を切り出したらいいか、悩んでいると兄さんから話を振ってくれた。
「何か俺に聞きたいことがあるのか?」
「えーっと、僕の気のせいだったら申し訳ないんだけど、あのさ、」
「どうした?」
言い淀んでいたら先を促すように相槌を打たれてしまった。ここは思い切って聞くしかない。
「司祭様と何かあった?朝からずっと険しい顔をしてたから」
兄さんが苦虫を噛み潰したような顔をした。よっぽど嫌なことがあったんだ。村を出る前に教えてくれたら司祭様に文句を言ったのに。
「あいつは距離が近すぎる。馴れ馴れしくルカの身体に触れるとは。あんなにベタベタと触るなんて下心があるかもしれない。本当に聖職者なのか?」
え?
「え?」
「ルカが無防備で心配だった。あいつが聖職者じゃなかったら即刻叩き斬ってやったのに」
は?
「は?」
「ん?何か言ったか?」
「なんでもない、あんまり物騒なことはやめてね。目立ちたくないから」
「たしかにそうだな。気をつける」
びっくりして心の声がそのまま口から出てしまった。
叩き斬るって、弟を心配する兄の発言にしては過激すぎる。司祭様は父よりも年上なのに下心って!
兄さんはいろいろあったから、人を信用するのに時間がかかるだろう。
ゆっくりと休ませてあげたいところだが、雪に閉ざされて動けなくなる前に国から出ることが先決だ。とりあえず兄さんの件は落ち着いてから考えよう。
顔を上げる。目に映った空は思ったよりも高くなっていて秋の訪れを感じさせた。
しかし僕の回復の力が教会にバレると、確実に軟禁されるため国外へ逃げることを決めた。
国から出てしまえば、兄さん伝いで僕の能力がバレるという最悪のシナリオはほぼ回避できるだろう。あとは行動あるのみだ。
「兄さん、明日の朝に村を発とう。荷物はどこにある?」
「家に置いてきた」
「分かった。今から荷物を取りに行くけど、長時間家にいるとボロが出るかもしれない。今日は教会に泊まろう」
「ああ」
家の外に兄さんを待たせて扉を開ける。すると台所で夕飯の準備をしているハンナ義姉さんがいた。
「ただいまハンナ義姉さん。アイザック兄さんが久しぶりに帰ってきたけど、積もる話があるから今日はふたりで教会に泊まるね。夕飯もいらない。父さんに伝えておいて」
「おかえりルカ。教会ね、わかったわ。リビングにある大きな剣はお義兄さんのものかしら?全然動かせなくて困ってたの」
「うん。これも持っていくよ」
助かるわよろしくね、と言ってハンナ義姉さんは台所に戻った。ハンナ義姉さんはブルーノ兄さんの奥さんだ。結婚したばかりなので、アイザック兄さんと父のギスギスした関係を知らない。伝言を頼むのにぴったりの人物だ。
外に出て兄さんに声をかける。
「荷物取ってきたよ。これで全部?」
「ありがとう、全部ある。俺の剣が持てたのか」
「魔法を使ったからね。でもこの剣を腕力だけで持ち上げるのは無理。兄さんすごいね」
「慣れたらいける」
兄さんの武器は両手持ちの大きな剣だ。僕は複数の魔法を使ってなんとか移動させた。それほどの重量だ。
魔法を使わずに150センチ程ある鉄の塊を持ってスタスタ歩くのは果たして慣れの問題だろうか?
口調のおかげで落ち着いて見えるが、兄さんはけっこう脳筋なのかもしれない。
司祭様に事情を話したら、教会に泊めてもらえることになった。今日はいろいろあって疲れた。
「兄さん僕はそろそろ寝るね」
「ああ」
「今さらだけどさ、本当に付いてきてくれるの?僕に気を遣ってない?」
「俺はルカがいらないと言うまで一生付いて行くと決めた。命をかけてお前を守ってみせる」
さすがに兄さんの覚悟が決まりすぎだ。僕がやりたいのは、まったり異世界観光グルメ旅なのだ。
「兄さんに話すのを忘れてたけど、僕は冒険者になって、世界中を旅して美味しいものを見つけるのが目的なんだ。兄さんには物足りないかもしれないけどごめんね」
「俺はルカに付いて行けるだけで満足だ。食事が目的なのはルカらしくていいんじゃないか」
「僕が美味しいものに目がないって話したっけ?」
「4年前に麦粥を渋々食べていたのが印象的でな。次に帰る時は土産に菓子でも買ってやろうと思ってた」
そんな昔のことを覚えていたとは。
「恥ずかしいから忘れて!おやすみ!」
「…クッ。おやすみ」
兄さんが笑いを噛み殺していた。まだぎこちないが笑えるようになったみたいだ。
『僕たちふたりにとって最高の旅になりますように』
そう願いながら眠りについた。
翌朝、僕たちは司祭様に家族への手紙を託して村を出発することにした。
「ルカ、本当にピーターさんに会わなくていいんですか?」
「父さんに会ったら引き止められそうだからやめとく。手紙の代読を頼むことになるけどごめんね」
「いえいえ。親愛なるルカの頼みですから……ね?」
その話し方の間で司祭様が何を言いたいのか手に取るようにわかる。
「食堂でこの木札を渡したらワインと交換できるよ。ちょっといいやつ」
「ありがとうございます!ルカは察しがよくて助かります!」
パシッパシッと肩を叩かれる。
「はいはい」
このやりとりも最後かと思うと感慨深い。そう思ったのは司祭様も同じだったようだ。
「寂しくなりますね。ルカ、お元気で。辛くなったらいつでも帰ってきて下さいね」
手を差し出されたので握手を返す。
「わかった。司祭様もお元気で。お世話になりました。兄さん、行こうか」
「ああ、世話になった」
村を出て乗合馬車がある街まで徒歩で目指すことにした。半日もあれば行ける距離なので昼過ぎには到着するだろう。
ふたり並んで無言で歩く。朝の兄さんは様子がおかしかった。
どう話を切り出したらいいか、悩んでいると兄さんから話を振ってくれた。
「何か俺に聞きたいことがあるのか?」
「えーっと、僕の気のせいだったら申し訳ないんだけど、あのさ、」
「どうした?」
言い淀んでいたら先を促すように相槌を打たれてしまった。ここは思い切って聞くしかない。
「司祭様と何かあった?朝からずっと険しい顔をしてたから」
兄さんが苦虫を噛み潰したような顔をした。よっぽど嫌なことがあったんだ。村を出る前に教えてくれたら司祭様に文句を言ったのに。
「あいつは距離が近すぎる。馴れ馴れしくルカの身体に触れるとは。あんなにベタベタと触るなんて下心があるかもしれない。本当に聖職者なのか?」
え?
「え?」
「ルカが無防備で心配だった。あいつが聖職者じゃなかったら即刻叩き斬ってやったのに」
は?
「は?」
「ん?何か言ったか?」
「なんでもない、あんまり物騒なことはやめてね。目立ちたくないから」
「たしかにそうだな。気をつける」
びっくりして心の声がそのまま口から出てしまった。
叩き斬るって、弟を心配する兄の発言にしては過激すぎる。司祭様は父よりも年上なのに下心って!
兄さんはいろいろあったから、人を信用するのに時間がかかるだろう。
ゆっくりと休ませてあげたいところだが、雪に閉ざされて動けなくなる前に国から出ることが先決だ。とりあえず兄さんの件は落ち着いてから考えよう。
顔を上げる。目に映った空は思ったよりも高くなっていて秋の訪れを感じさせた。
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