【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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グレイセル王国からの逃亡

虚ろな目

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 結局アイザック兄さんはカーター叔父さんの家に泊まって、次の日の朝早くに村から出たらしい。見送りの挨拶もできなかった。

 あれから4年経って僕は12歳になった。いろいろあったが強くなる計画は順調だ。
 魔法は独学だが、かなり強くなったと思う。村外れにいる魔物も危なげなく倒せるようになった。
 筋肉はまだ付いていないが、身長は順調に伸びている。このまま鍛えればムキムキになれるだろう。
 剣術は習えなかったけど仕方ない。剣に代わる武器としてメイスのような武器を作った。
 殴る動きなら斬るより技術はいらないはずだ。武器がないよりマシだと思って毎日素振りしてる。

 4年の間に家族にも変化があった。まずブルーノ兄さんが、成人したことを機に、正式に後継ぎとなった。半年前に隣村のハンナさんと結婚して幸せそうだ。
 ニック兄さんはブルーノ兄さんを支えると決めたらしく、ふたりで協力して畑を広げていこうと約束していた。婚約者もできて順調そのものだ。
 アイナ姉さんは現在3人目を妊娠中だ。一度だけ姉さんのところに遊びに行ったが、甥っ子も姪っ子もすごく可愛かった。
 リリアナは僕に対する態度が少しだけ丸くなった。彼女も何か思うところがあったのだろう。
 父と母は相変わらずだが、家族全員大きな病気もなく健康そのものだ。

 僕は家を出て冒険者になると決めた。冒険者になって、世界中を旅して美味しいものを食べたい。
 前世の記憶のせいで僕は美味しい食事を渇望していた。父の許可は取っていないが、来年の春に村を出る予定だ。

 村を出る前にやりたいことはふたつある。 
 まずはお金を貯めること。定期的に魔物を狩って肉を村の食堂に卸しているが、お金はいくらあっても足りない。1カ月後に行商が来るので換金できる素材を整理したい。
 そして教会にある本を全部読み切ること。村の教会には意外にも本がたくさんあった。これでもかなり少ない方らしい。
 教会の本部があるメトゼナリア神聖国は、良質な紙を生産していることで有名らしく本の支給が多いとか。司祭様はお酒の方がいいのにとボヤいていた。
 本は知識の宝庫だ。魔法のことや世界の常識、冒険者についてなどいろいろなことを学んだ。書庫には古い冒険譚も置いてあってすっかり読書が趣味になってしまった。

「ただいまー」
 ブルーノ兄さんの手伝いを終えて家に帰る。早めに切り上げたので、家に誰もいないと思ったが先客がいたようだ。
「え?アイザック兄さん?」
 あの日と同じように兄さんがそこに座っていた。でも纏う雰囲気が全然違う。虚ろな目が僕を捉える。
「ルカ久しぶりだな。」
 今にも消え入りそうな声だった。

「兵士を辞めさせられてな。大怪我を負って剣が持てなくなったら、役立たずはいらないと言われた」
 どういうことだ。兄さんが剣が持てないほどの怪我をするなんて。
「魔物暴走から街を守るために戦っていたら、武器が粗悪品にすり替えられていて怪我を負った」
「武器をすり替えた犯人は古くからの友人だった。俺の活躍が妬ましかったらしい」
「伯爵様にはあの時死んでいればよかったのにと言われた。剣が持てない役立たずのために、高額な治療費を払ってしまったと嘆かれていたよ」
「婚約者にも捨てられた。顔も合わさず書面でさよならだ」
「父さんに鍬も振るえない穀潰しは出て行けと言われた。せめて脇腹の傷が完全に塞がるまでは、ここに居させてほしいと頼んだが断られた」

 唖然としてすぐに返事が出来なかった。
 自身に降りかかった出来事を淡々と述べる兄さんに胸が締め付けられる。大切な人たちに次々と裏切られるなんてどれだけ傷ついただろう。
 本当に信じられない。父は息子に野垂れ死ねと言ったのか。

「なあ俺はこれ以上何をしたらいいんだ。これからどうしたらいい。もう分からないんだ」
 まずい、兄さんは死ぬ気だ。ここで僕が見捨てたら兄さんはその場で喉を掻き切って死ぬだろう。
 兄さんの手にはよく切れそうなナイフが握られている。

「兄さんはたくさん頑張ったんでしょ。これ以上何をしたらって何もしなくてもいいんだよ」
「何もしなくてもいいってどうしたらいいんだ。お前が言っている意味がわからない。ごめんな、ごめん」

 声に感情がこもっていない。このまま家にいるのはまずい。今の兄さんに家族を会わせるわけにはいかない。
「言葉のままだよ。これ以上頑張らなくてもいいってこと。分からないならとりあえず僕についてきなよ。試したいことがあるんだ」
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