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グレイセル王国からの逃亡
神頼み
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前世を思い出したあの日から、数日が経過した。
僕の最悪の事態に備えて強くなりたい計画はあまり進んでいない。魔法は家族に隠れてちょくちょく練習している。
剣術は秋になったらアイザック兄さんに教えてもらうとして問題は読み書きの習得だ。
この国では5歳から8歳までの子どもに教会が無料で読み書きを教えてくれる。年齢がギリギリだが僕も無料で教えてもらえる。
何が問題かというと教えてもらう時間がないのだ。
村人のほとんどが農民のココレ村は、常に人手が足りないから子どもも立派な労働力。物心つく頃には農作業の手伝いをさせられるので、勉強する暇がない。
前世のノリで「勉強したいから農作業休んでいい?」などと父に聞いたら問答無用でぶっ飛ばされる。
時間がないからとウダウダしてたら、あっという間に9歳になってしまう。なんとか親の目を盗んで時間が取れないかと悩んでいたら、僕を呼ぶ声が聞こえた。
「ルカ!ちょうどよかった。今からあなたの家に行くところだったんです」
僕に対して敬語で話すのはこの村で一人しかいない。
「司祭様、こんにちは!父さんに用事?」
司祭様はこの村でただ一人の聖職者。40代半ばの男性で、いつも穏やかな笑みを浮かべており彼が怒っているところを見たことがない。
「ええ、ルカのことでお願いしたいことがありまして。ピーターさんは家にいますか?」
「そろそろ休憩の時間だからいると思うよ。一緒に行こう!」
前世の感覚だと目上の人には敬語で話したくなるが、急に敬語を話したら怪しさ満点だ。モヤモヤするがこれまでと同じ口調で話すことにする。
「僕のことで用事ってどうしたの?」
「この前ルカは種火の魔法で魔力切れになって、他の魔法を使ったことがないでしょう?実は教会の決まりで生活魔法を授けた時に一通り使わせることになっていまして。上に報告しないといけないので、ピーターさんにお願いしてルカに魔法を教える時間を取ってもらおうかと」
「そうだったんだ!司祭様のお願いなら父さんも聞いてくれると思うよ」
これはチャンスだ。まさか向こうから来るとは思わなかった。ここを逃したら文字を教わる機会はないだろう。どんな手を使ってでも教えてもらおう。
司祭様と世間話をしながらしばらく歩いていたら家の前に着いた。
扉を開けると父が椅子に座ってくつろいでいた。
「父さん!司祭様が僕の魔法のことで相談があるって!」
「ルカの魔法ってどういうことだ?司祭様そこに掛けてくれ。ルカは司祭様にエールを」
「はい!」
「話をするだけなのでお構いなく」
「大したもてなしができなくて悪いな。…おい!ルカお前いつまでそこにいるつもりだ?大人の話があるから出ていけ」
司祭様の前にエールを置いてそのまま立っていると父に怒られた。
「僕の話だからいいじゃん。気になるよ」
「そんな暇があるなら仕事をしておけ。さっさと外に出ろ」
父に首根っこを捕まれ無理やり外に出された。
「クソッ!頑固親父め!」
父に聞かれないように小さくごちる。こうなったら神頼みだ。神様仏様司祭様、どうか勉強の時間が取れますように。
「ルカお前は3日後から、5日間教会に寝泊まりしろ。お前がいない間はカーターに手伝ってもらうから、こっちのことは気にするな」
帰ってくるなり、妙に機嫌がいい父にそう告げられた。おかしい。あの父さんが農作業を休むことを許可して、カーター叔父さんの手伝いもすぐに取り付けるなんて。
これが信仰の力なのか。司祭様の静謐な聖職者オーラは頑固親父をも動かす力があるのか。
「司祭様からいい酒をもらってな。ルカでかしたな。お前が魔力なしだったおかげだ」
違った。やはりこの世に神も仏もいない。信じられるのはお金だけ、お金の力が人を動かすのだ。司祭様はよくわかっている。父は酒に弱い。
「わかった。でも寝泊まり?通いじゃなくて?」
「お前が魔法一発で気絶するから司祭様が気を使ってくれたんだ。向こうで迷惑をかけるなよ」
「はーい」
魔力がないと勘違いされてるおかげで、話がいい方向に転がっている。誤解を解く必要もないので魔力があるってことは言わないでおこう。
3日後、僕は教会にいた。この3日間、僕は司祭様から自然に文字を教えてもらおう作戦を計画していた。
読み書きを覚える必要がない村の子どもが、いきなり文字を習いたいと言ったら不自然だ。これから一芝居打って文字を教えてもらえるようにお願いする。
緊張するが失敗は許されない。気合いをいれる。
「ではさっそく給水の魔法から。倒れてもいいように、ベッドに腰掛けたまま魔法を使いましょう」
「《給水》」
コップに水をチョロっと出す。
「ぐぅっ!」
「ルカ!大丈夫ですか!?」
ここだ。ここからの演技に全てがかかっている。僕は魔力切れ直前で気絶しそうになるも、ギリギリ持ち直したという態で話をする。
「ふう。…なんとか。でも今日は魔法が使えそうにないや。身体もあんまり力が入らないよ」
「だいぶキツそうですね、無理しないで。倒れなくてよかった。この前倒れた時に魔力を使いきって、魔力量が少し上がったのかもしれませんね。今日はもう休んでいいですよ」
ちょっと待て。魔力を使い切ったら魔力量が上がる?すごく気になることを言われたが、今考えるべきはそこじゃない。
「司祭様ありがとう。でもまだ昼前なのに休んでたら夜眠れなくなるよ。だからさ、お願い!僕に文字を教えてほしい!」
「文字を?珍しいですね。村の子で文字を教えて欲しいと言ったのは、ルカが初めてですよ」
「この前マリアが読み書きができるって自慢してたんだ!僕羨ましくて悔しくて。いつもなら忙しくて教わる時間がないけど今は時間があるし。他のことしたくても身体が動かないから、ちょうどいいかなって」
「たしかにそうですね。わかりました、五日で文字を全て覚えるのは難しいと思いますが、出来る限り教えましょう」
よしっ!やりきった。文字を教わる理由に不自然なところはなかったはずだ。村長の娘のマリアが自慢していたのも本当の話だし。
僕はこの作戦の功労者マリアに心の中で拍手を送った。
僕の最悪の事態に備えて強くなりたい計画はあまり進んでいない。魔法は家族に隠れてちょくちょく練習している。
剣術は秋になったらアイザック兄さんに教えてもらうとして問題は読み書きの習得だ。
この国では5歳から8歳までの子どもに教会が無料で読み書きを教えてくれる。年齢がギリギリだが僕も無料で教えてもらえる。
何が問題かというと教えてもらう時間がないのだ。
村人のほとんどが農民のココレ村は、常に人手が足りないから子どもも立派な労働力。物心つく頃には農作業の手伝いをさせられるので、勉強する暇がない。
前世のノリで「勉強したいから農作業休んでいい?」などと父に聞いたら問答無用でぶっ飛ばされる。
時間がないからとウダウダしてたら、あっという間に9歳になってしまう。なんとか親の目を盗んで時間が取れないかと悩んでいたら、僕を呼ぶ声が聞こえた。
「ルカ!ちょうどよかった。今からあなたの家に行くところだったんです」
僕に対して敬語で話すのはこの村で一人しかいない。
「司祭様、こんにちは!父さんに用事?」
司祭様はこの村でただ一人の聖職者。40代半ばの男性で、いつも穏やかな笑みを浮かべており彼が怒っているところを見たことがない。
「ええ、ルカのことでお願いしたいことがありまして。ピーターさんは家にいますか?」
「そろそろ休憩の時間だからいると思うよ。一緒に行こう!」
前世の感覚だと目上の人には敬語で話したくなるが、急に敬語を話したら怪しさ満点だ。モヤモヤするがこれまでと同じ口調で話すことにする。
「僕のことで用事ってどうしたの?」
「この前ルカは種火の魔法で魔力切れになって、他の魔法を使ったことがないでしょう?実は教会の決まりで生活魔法を授けた時に一通り使わせることになっていまして。上に報告しないといけないので、ピーターさんにお願いしてルカに魔法を教える時間を取ってもらおうかと」
「そうだったんだ!司祭様のお願いなら父さんも聞いてくれると思うよ」
これはチャンスだ。まさか向こうから来るとは思わなかった。ここを逃したら文字を教わる機会はないだろう。どんな手を使ってでも教えてもらおう。
司祭様と世間話をしながらしばらく歩いていたら家の前に着いた。
扉を開けると父が椅子に座ってくつろいでいた。
「父さん!司祭様が僕の魔法のことで相談があるって!」
「ルカの魔法ってどういうことだ?司祭様そこに掛けてくれ。ルカは司祭様にエールを」
「はい!」
「話をするだけなのでお構いなく」
「大したもてなしができなくて悪いな。…おい!ルカお前いつまでそこにいるつもりだ?大人の話があるから出ていけ」
司祭様の前にエールを置いてそのまま立っていると父に怒られた。
「僕の話だからいいじゃん。気になるよ」
「そんな暇があるなら仕事をしておけ。さっさと外に出ろ」
父に首根っこを捕まれ無理やり外に出された。
「クソッ!頑固親父め!」
父に聞かれないように小さくごちる。こうなったら神頼みだ。神様仏様司祭様、どうか勉強の時間が取れますように。
「ルカお前は3日後から、5日間教会に寝泊まりしろ。お前がいない間はカーターに手伝ってもらうから、こっちのことは気にするな」
帰ってくるなり、妙に機嫌がいい父にそう告げられた。おかしい。あの父さんが農作業を休むことを許可して、カーター叔父さんの手伝いもすぐに取り付けるなんて。
これが信仰の力なのか。司祭様の静謐な聖職者オーラは頑固親父をも動かす力があるのか。
「司祭様からいい酒をもらってな。ルカでかしたな。お前が魔力なしだったおかげだ」
違った。やはりこの世に神も仏もいない。信じられるのはお金だけ、お金の力が人を動かすのだ。司祭様はよくわかっている。父は酒に弱い。
「わかった。でも寝泊まり?通いじゃなくて?」
「お前が魔法一発で気絶するから司祭様が気を使ってくれたんだ。向こうで迷惑をかけるなよ」
「はーい」
魔力がないと勘違いされてるおかげで、話がいい方向に転がっている。誤解を解く必要もないので魔力があるってことは言わないでおこう。
3日後、僕は教会にいた。この3日間、僕は司祭様から自然に文字を教えてもらおう作戦を計画していた。
読み書きを覚える必要がない村の子どもが、いきなり文字を習いたいと言ったら不自然だ。これから一芝居打って文字を教えてもらえるようにお願いする。
緊張するが失敗は許されない。気合いをいれる。
「ではさっそく給水の魔法から。倒れてもいいように、ベッドに腰掛けたまま魔法を使いましょう」
「《給水》」
コップに水をチョロっと出す。
「ぐぅっ!」
「ルカ!大丈夫ですか!?」
ここだ。ここからの演技に全てがかかっている。僕は魔力切れ直前で気絶しそうになるも、ギリギリ持ち直したという態で話をする。
「ふう。…なんとか。でも今日は魔法が使えそうにないや。身体もあんまり力が入らないよ」
「だいぶキツそうですね、無理しないで。倒れなくてよかった。この前倒れた時に魔力を使いきって、魔力量が少し上がったのかもしれませんね。今日はもう休んでいいですよ」
ちょっと待て。魔力を使い切ったら魔力量が上がる?すごく気になることを言われたが、今考えるべきはそこじゃない。
「司祭様ありがとう。でもまだ昼前なのに休んでたら夜眠れなくなるよ。だからさ、お願い!僕に文字を教えてほしい!」
「文字を?珍しいですね。村の子で文字を教えて欲しいと言ったのは、ルカが初めてですよ」
「この前マリアが読み書きができるって自慢してたんだ!僕羨ましくて悔しくて。いつもなら忙しくて教わる時間がないけど今は時間があるし。他のことしたくても身体が動かないから、ちょうどいいかなって」
「たしかにそうですね。わかりました、五日で文字を全て覚えるのは難しいと思いますが、出来る限り教えましょう」
よしっ!やりきった。文字を教わる理由に不自然なところはなかったはずだ。村長の娘のマリアが自慢していたのも本当の話だし。
僕はこの作戦の功労者マリアに心の中で拍手を送った。
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