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第四十五話 オラーヌ家へようこそ②
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予定通り実家に泊まった翌日、朝食を終えた僕とジェラルド様は屋敷の庭園を散策していた。
「もう冬が近いから寂しい光景ですね」
「そうだな。でも君の実家でこうして穏やかに過ごせることが嬉しくて、あまり気にならない」
「花があったらもっと楽しいのに。次はもっと暖かい季節に行きましょう。約束ですよ」
「ああ、約束だ」
見つめ合いながら約束を交わす。これがフロンドル家の屋敷ならキスをしている流れだ。さすがに実家では遠慮するけど、ちょっぴり残念な気持ちになる。
「これからどうしましょうか」
「義父上たちが復活するまでのんびりしておこう」
「どれだけ飲んだんですか?」
「正直よく覚えてない」
昨夜夕食を終えた後、お父様が「男同士で話そう!」とジェラルド様を無理矢理連れて行ってしまった。
僕も男ですけどと抗議したらお母様から「諦めなさい」と言われ、結局別行動になったけど、お母様が領主の伴侶としての心得を教えてくれたことは収穫だった。
「やっと見つけた!」
二人の時間を和やかに過ごしていると大声が割り込んできた。彼は厄介事を持ち込む天才なので聞かなかったことにしたいが、ジェラルド様が挨拶をしてしまった。
「義兄上、おはようございます」
「おう、おはよう。ジェラルドは酒強いな。シモンと親父なんてまだ寝てるぞ」
「マルク兄様、おはようございます。僕たちは庭園の散策をしているので失礼します」
「まあ待て。俺はジェラルドに話がある」
マルク兄様が得意げな顔でジェラルド様に身体を向けた。
「ちょっと待ってください。ジェラルド様、マルク兄様の態度はよろしいのでしょうか。関係上義兄に当たるとはいえ、年は下ですし爵位もないのに」
「ああ、かまわない。心配してくれてありがとう」
「兄を舐めすぎだろ。ちゃんと本人に確認とったって。人前ではそれなりの態度取るから安心しろ」
「マルク兄様。普段できないことは本番でもできませんよ」
「生意気な弟だこと。義弟はこんなに素直で真面目なのに」
マルク兄様が僕の頭をこづいた。痛くはないけどやめてほしい。
「それで、私に用というのは?」
ああー、ついにジェラルド様が聞いてしまった。マルク兄様は満面の笑みで口を開く。
「決闘を申し込む!」
「決闘ですか? 得物を持っていませんが」
「模造の片手剣があるからそれで。審判もなし。ジェラルドの実力が知りたい! 元兵士なら剣の心得もあるだろ!」
マルク兄様の目がキラキラしている。本当に剣が好きなことが伝わってくる純粋な輝きだ。
「しかし、私は怪力のスキルも持ち合わせておりまして」
「かまわん! 俺は剣術のスキルがあるからおあいこだ」
マルク兄様はどうしてもジェラルド様と勝負がしたいようだ。
「ジェラルド様、やめたほうがいいです。兄様の剣術は少々独特なので、目潰しとか普通にしてきますよ」
「目潰し? 義兄上は騎士だったはずでは?」
「不思議ですよね。元騎士なのに」
「うるさい。俺は柔軟な発想に基づいた対人特化の戦闘が得意なの」
物は言いようだなと思う。
「申し訳ないです。やはり義兄上に怪我をさせるかもしれないので」
よかった。ジェラルド様も断ってくれそうだ。
「もし俺が負けたらノアが小さかった頃の話を、そうだな……十個出す。昨日よりも濃いやつ」
「なんですかそれ? えっ、お酒の席で僕の話したんですか?」
「乗った」
「ジェラルド様?」
ジェラルド様とマルク兄様ががっちりと固い握手を交わす。
その後僕の質問を無視し続けた二人は手際良く決闘の準備を行い、気づいた時には決闘のルールに則って開始の礼をしていた。
離れたところで二人の決闘を見届ける。ジェラルド様は普段槍で戦っているのに剣まで使いこなすのか。完璧すぎる。すごくかっこいい。
「やっぱ、一撃がっ、重いな」
マルク兄様は楽しそうにジェラルド様の剣戟を正面受けると、次は衝撃を受け流すように剣を振った。
一回受けただけで対処してくるとはさすがマルク兄様だ。
見れば見るほど兄弟なのに僕とマルク兄様は似ていない。
筋肉質の身体にお母様似の目力が強い凛とした顔。
似ているのは身長と瞳の色くらいだ。ジェラルド様とは三十センチも身長差があるはずだが、マルク兄様は体格差をものともせず打ち合っている。
「こんなもんかぁ?」
「まだまだ」
おそらく僕にはわからない高度な読み合いがあるのだろう。二人の実力は拮抗しているように見える。
楽しそうに剣を振るうマルク兄様を見ていたら昔を思い出した。
僕にとってマルク兄様は誰よりも強い剣士だった。さすがに目潰ししてまで勝とうとするのはやりすぎだと思うけど。
僕が十一歳の時、移動中に魔物の襲撃を受けたことがある。あの頃は自分のスキルを受け入れられていなかったから、無謀にも魔物を倒そうと剣を持って馬車を飛び出してしまった。
もちろん終わった後こっぴどく怒られたし、実力がないのだから警護の邪魔をするなと散々言われた。
何もできない自分が悔しくて、弱い自分を受け入れるのが怖くて、僕は誰もいない部屋で一人いじけていた。そこに現れたのがマルク兄様だ。
放っておいてくれ、どうせ僕は何もできないんだとうずくまる僕に、兄様は一言「もったいないな」と言った。
顔を上げると兄様はいつもの不敵な笑みで「いいか、ノア。お前は確かに弱い。だがな、弱いからこそできる戦い方もある。剣術以外も天才であるマルク様が、その全てを伝授してやろう」と僕の腕を引っ張り、体術を教えてくれた。
マルク兄様は常識とデリカシーが人より欠けているだけで、悪い人ではないのだ。むしろ弟から見たら頼れる兄である。
決闘の方は打ち合いが続いていた。これでは埒があかないと思ったのか、最初に動いたのはジェラルド様だった。
ジェラルド様はマルク兄様に剣を受け流された直後、剣を引いて力を溜めてから素早く振り下ろした。
さすがにマルク兄様も完全に受け流すことができず体勢が崩れる。
ジェラルド様はその隙を見逃さず、マルク兄様に剣を突きつける。
しかし、マルク兄様は崩れた姿勢のまま剣を杖のようにして体重をかけ、ジェラルド様の手、正確には剣の鍔を蹴り上げた。
想定外の攻撃だったのか、ジェラルド様は持っていた剣を落としてしまった。すかさずマルク兄様が遠くまで蹴り飛ばす。
「俺の勝ち」
呆然としているジェラルド様の喉元にマルク兄様が剣を突きつける。
「さすがに無効ですよ! ずるすぎます!」
「まだ終わってないのに外野が口を出すな! 実戦に騎士道なんてもん存在しないんだよ!」
まだ終わっていないと聞いて我に返った。審判がいないから「降参」と言わないと決闘が終わらないことになっているのだった。
マルク兄様は僕に声をかけつつも全く隙を見せない。ジェラルド様はどうするつもりなのか。励ましの言葉を考えながら決闘の行方を見守る。
突然ジェラルド様が腕を振った。舞い上がるものを見てやっと砂をかけたのだと気づく。
いつのまに握っていたのだろうか。マルク兄様も動揺してよろめくように後ろに下がった。
ジェラルド様は一気に間合いを詰めると右手でマルク兄様の顎を押さえつけ上体を後ろに反らせた。
マルク兄様は耐えきれずそのまま後ろに倒れ込み、ジェラルド様はマルク兄様が頭を打たないよう左手で支えつつ、空いた手で剣を取り上げた。そしてマルク兄様に馬乗りになると、兄様の顔のすぐ横に剣を突き立てる。
「私の勝ちです」
「まさか砂を作ってくるとはな。いいのか? そんな勝ち方で」
マルク兄様がジェラルド様を挑発する。
「実戦に騎士道は存在しない。先ほどの言葉に共感いたしました」
「ふーん。お利口さんだと思っていたけど違ったようだ」
「骨が折れようが腕を噛まれようが魔物を倒せたら勝ちというのがフロンドル領兵士のやり方ですので」
「いいね。気に入った」
「それに……」
「それに?」
少し間を置いてジェラルド様が口を開く。
「ノアの前で負けるところを見せたくなかったので」
マルク兄様が口を開けて笑った。屋敷にまで届きそうなくらいの大笑いだ。
マルク兄様はしばらく笑った後、清々しく言った。
「降参だ」
ジェラルド様はその言葉を聞くとすぐ立ち上がり、マルク兄様に手を差し伸べて立たせた。
「ジェラルド様! すごかったです!」
ジェラルド様に駆け寄ってそう言うと、彼は微笑んで僕の頭を撫ででくれた。
決闘というより喧嘩という内容だったが非常に見応えがあった。僕のために最後まで諦めなかったところもかっこいい。砂はやりすぎだと思うけど。
「いやー、なんか安心したわ」
「マルク兄様?」
「ジェラルド、ノアを頼む。たまに突拍子もない行動するから大変だと思うが」
「はい。肝に銘じます」
「ちょっと、二人とも僕のこと子供扱いしてませんか!」
「してないしてない。ただの事実」
マルク兄様は笑いながら僕の両頬をつまんだ。ジェラルド様の前なのに本当にデリカシーがない。
「ところでノアくん」
マルク兄様が僕の頬から手を離した。くん付けで呼ばれる時は碌なことがないので無視してジェラルド様と屋敷に戻りたい。
「あの、僕たちは屋敷の方に」
「俺が教えた護身術はちゃんと練習してるか?」
「あー、えっと。最近忙しかったし、寒くなってきたからなぁ。知ってます? フロンドル領って王都よりもすごく寒くて」
「よーし、今から特訓だ」
マルク兄様が僕の首根っこを掴んで歩き出した。
僕は最後の抵抗でジェラルド様に手を伸ばす。
「ジェラルド様、助けて」
「えっ、でも……うーん」
「ジェラルド」
「はい」
「ノアの話あと十個追加してやる」
その言葉を聞いてジェラルド様が僕に優しく微笑みかけた。
「ノア、私も協力するから一緒に頑張ろう」
「ひどい!」
結局僕が解放されたのはそれから二時間後のことだった。
僕が肩で息をしているのに二人は平然としていて、さらに物足りないと激しい打ち合いを始めた。マルク兄様は終始嬉しそうに剣を振っていた。
屋敷に戻る途中、マルク兄様が僕の小さい頃の失敗談を可愛らしいエピソードとして話し始めた。
ジェラルド様は真剣な顔で聞いていて、特訓で消耗した僕は止める気力も湧かず、屋敷に着く頃には肉体的にも精神的にも疲れ切っていた。
体力って大事だなぁと改めて思った。
「もう冬が近いから寂しい光景ですね」
「そうだな。でも君の実家でこうして穏やかに過ごせることが嬉しくて、あまり気にならない」
「花があったらもっと楽しいのに。次はもっと暖かい季節に行きましょう。約束ですよ」
「ああ、約束だ」
見つめ合いながら約束を交わす。これがフロンドル家の屋敷ならキスをしている流れだ。さすがに実家では遠慮するけど、ちょっぴり残念な気持ちになる。
「これからどうしましょうか」
「義父上たちが復活するまでのんびりしておこう」
「どれだけ飲んだんですか?」
「正直よく覚えてない」
昨夜夕食を終えた後、お父様が「男同士で話そう!」とジェラルド様を無理矢理連れて行ってしまった。
僕も男ですけどと抗議したらお母様から「諦めなさい」と言われ、結局別行動になったけど、お母様が領主の伴侶としての心得を教えてくれたことは収穫だった。
「やっと見つけた!」
二人の時間を和やかに過ごしていると大声が割り込んできた。彼は厄介事を持ち込む天才なので聞かなかったことにしたいが、ジェラルド様が挨拶をしてしまった。
「義兄上、おはようございます」
「おう、おはよう。ジェラルドは酒強いな。シモンと親父なんてまだ寝てるぞ」
「マルク兄様、おはようございます。僕たちは庭園の散策をしているので失礼します」
「まあ待て。俺はジェラルドに話がある」
マルク兄様が得意げな顔でジェラルド様に身体を向けた。
「ちょっと待ってください。ジェラルド様、マルク兄様の態度はよろしいのでしょうか。関係上義兄に当たるとはいえ、年は下ですし爵位もないのに」
「ああ、かまわない。心配してくれてありがとう」
「兄を舐めすぎだろ。ちゃんと本人に確認とったって。人前ではそれなりの態度取るから安心しろ」
「マルク兄様。普段できないことは本番でもできませんよ」
「生意気な弟だこと。義弟はこんなに素直で真面目なのに」
マルク兄様が僕の頭をこづいた。痛くはないけどやめてほしい。
「それで、私に用というのは?」
ああー、ついにジェラルド様が聞いてしまった。マルク兄様は満面の笑みで口を開く。
「決闘を申し込む!」
「決闘ですか? 得物を持っていませんが」
「模造の片手剣があるからそれで。審判もなし。ジェラルドの実力が知りたい! 元兵士なら剣の心得もあるだろ!」
マルク兄様の目がキラキラしている。本当に剣が好きなことが伝わってくる純粋な輝きだ。
「しかし、私は怪力のスキルも持ち合わせておりまして」
「かまわん! 俺は剣術のスキルがあるからおあいこだ」
マルク兄様はどうしてもジェラルド様と勝負がしたいようだ。
「ジェラルド様、やめたほうがいいです。兄様の剣術は少々独特なので、目潰しとか普通にしてきますよ」
「目潰し? 義兄上は騎士だったはずでは?」
「不思議ですよね。元騎士なのに」
「うるさい。俺は柔軟な発想に基づいた対人特化の戦闘が得意なの」
物は言いようだなと思う。
「申し訳ないです。やはり義兄上に怪我をさせるかもしれないので」
よかった。ジェラルド様も断ってくれそうだ。
「もし俺が負けたらノアが小さかった頃の話を、そうだな……十個出す。昨日よりも濃いやつ」
「なんですかそれ? えっ、お酒の席で僕の話したんですか?」
「乗った」
「ジェラルド様?」
ジェラルド様とマルク兄様ががっちりと固い握手を交わす。
その後僕の質問を無視し続けた二人は手際良く決闘の準備を行い、気づいた時には決闘のルールに則って開始の礼をしていた。
離れたところで二人の決闘を見届ける。ジェラルド様は普段槍で戦っているのに剣まで使いこなすのか。完璧すぎる。すごくかっこいい。
「やっぱ、一撃がっ、重いな」
マルク兄様は楽しそうにジェラルド様の剣戟を正面受けると、次は衝撃を受け流すように剣を振った。
一回受けただけで対処してくるとはさすがマルク兄様だ。
見れば見るほど兄弟なのに僕とマルク兄様は似ていない。
筋肉質の身体にお母様似の目力が強い凛とした顔。
似ているのは身長と瞳の色くらいだ。ジェラルド様とは三十センチも身長差があるはずだが、マルク兄様は体格差をものともせず打ち合っている。
「こんなもんかぁ?」
「まだまだ」
おそらく僕にはわからない高度な読み合いがあるのだろう。二人の実力は拮抗しているように見える。
楽しそうに剣を振るうマルク兄様を見ていたら昔を思い出した。
僕にとってマルク兄様は誰よりも強い剣士だった。さすがに目潰ししてまで勝とうとするのはやりすぎだと思うけど。
僕が十一歳の時、移動中に魔物の襲撃を受けたことがある。あの頃は自分のスキルを受け入れられていなかったから、無謀にも魔物を倒そうと剣を持って馬車を飛び出してしまった。
もちろん終わった後こっぴどく怒られたし、実力がないのだから警護の邪魔をするなと散々言われた。
何もできない自分が悔しくて、弱い自分を受け入れるのが怖くて、僕は誰もいない部屋で一人いじけていた。そこに現れたのがマルク兄様だ。
放っておいてくれ、どうせ僕は何もできないんだとうずくまる僕に、兄様は一言「もったいないな」と言った。
顔を上げると兄様はいつもの不敵な笑みで「いいか、ノア。お前は確かに弱い。だがな、弱いからこそできる戦い方もある。剣術以外も天才であるマルク様が、その全てを伝授してやろう」と僕の腕を引っ張り、体術を教えてくれた。
マルク兄様は常識とデリカシーが人より欠けているだけで、悪い人ではないのだ。むしろ弟から見たら頼れる兄である。
決闘の方は打ち合いが続いていた。これでは埒があかないと思ったのか、最初に動いたのはジェラルド様だった。
ジェラルド様はマルク兄様に剣を受け流された直後、剣を引いて力を溜めてから素早く振り下ろした。
さすがにマルク兄様も完全に受け流すことができず体勢が崩れる。
ジェラルド様はその隙を見逃さず、マルク兄様に剣を突きつける。
しかし、マルク兄様は崩れた姿勢のまま剣を杖のようにして体重をかけ、ジェラルド様の手、正確には剣の鍔を蹴り上げた。
想定外の攻撃だったのか、ジェラルド様は持っていた剣を落としてしまった。すかさずマルク兄様が遠くまで蹴り飛ばす。
「俺の勝ち」
呆然としているジェラルド様の喉元にマルク兄様が剣を突きつける。
「さすがに無効ですよ! ずるすぎます!」
「まだ終わってないのに外野が口を出すな! 実戦に騎士道なんてもん存在しないんだよ!」
まだ終わっていないと聞いて我に返った。審判がいないから「降参」と言わないと決闘が終わらないことになっているのだった。
マルク兄様は僕に声をかけつつも全く隙を見せない。ジェラルド様はどうするつもりなのか。励ましの言葉を考えながら決闘の行方を見守る。
突然ジェラルド様が腕を振った。舞い上がるものを見てやっと砂をかけたのだと気づく。
いつのまに握っていたのだろうか。マルク兄様も動揺してよろめくように後ろに下がった。
ジェラルド様は一気に間合いを詰めると右手でマルク兄様の顎を押さえつけ上体を後ろに反らせた。
マルク兄様は耐えきれずそのまま後ろに倒れ込み、ジェラルド様はマルク兄様が頭を打たないよう左手で支えつつ、空いた手で剣を取り上げた。そしてマルク兄様に馬乗りになると、兄様の顔のすぐ横に剣を突き立てる。
「私の勝ちです」
「まさか砂を作ってくるとはな。いいのか? そんな勝ち方で」
マルク兄様がジェラルド様を挑発する。
「実戦に騎士道は存在しない。先ほどの言葉に共感いたしました」
「ふーん。お利口さんだと思っていたけど違ったようだ」
「骨が折れようが腕を噛まれようが魔物を倒せたら勝ちというのがフロンドル領兵士のやり方ですので」
「いいね。気に入った」
「それに……」
「それに?」
少し間を置いてジェラルド様が口を開く。
「ノアの前で負けるところを見せたくなかったので」
マルク兄様が口を開けて笑った。屋敷にまで届きそうなくらいの大笑いだ。
マルク兄様はしばらく笑った後、清々しく言った。
「降参だ」
ジェラルド様はその言葉を聞くとすぐ立ち上がり、マルク兄様に手を差し伸べて立たせた。
「ジェラルド様! すごかったです!」
ジェラルド様に駆け寄ってそう言うと、彼は微笑んで僕の頭を撫ででくれた。
決闘というより喧嘩という内容だったが非常に見応えがあった。僕のために最後まで諦めなかったところもかっこいい。砂はやりすぎだと思うけど。
「いやー、なんか安心したわ」
「マルク兄様?」
「ジェラルド、ノアを頼む。たまに突拍子もない行動するから大変だと思うが」
「はい。肝に銘じます」
「ちょっと、二人とも僕のこと子供扱いしてませんか!」
「してないしてない。ただの事実」
マルク兄様は笑いながら僕の両頬をつまんだ。ジェラルド様の前なのに本当にデリカシーがない。
「ところでノアくん」
マルク兄様が僕の頬から手を離した。くん付けで呼ばれる時は碌なことがないので無視してジェラルド様と屋敷に戻りたい。
「あの、僕たちは屋敷の方に」
「俺が教えた護身術はちゃんと練習してるか?」
「あー、えっと。最近忙しかったし、寒くなってきたからなぁ。知ってます? フロンドル領って王都よりもすごく寒くて」
「よーし、今から特訓だ」
マルク兄様が僕の首根っこを掴んで歩き出した。
僕は最後の抵抗でジェラルド様に手を伸ばす。
「ジェラルド様、助けて」
「えっ、でも……うーん」
「ジェラルド」
「はい」
「ノアの話あと十個追加してやる」
その言葉を聞いてジェラルド様が僕に優しく微笑みかけた。
「ノア、私も協力するから一緒に頑張ろう」
「ひどい!」
結局僕が解放されたのはそれから二時間後のことだった。
僕が肩で息をしているのに二人は平然としていて、さらに物足りないと激しい打ち合いを始めた。マルク兄様は終始嬉しそうに剣を振っていた。
屋敷に戻る途中、マルク兄様が僕の小さい頃の失敗談を可愛らしいエピソードとして話し始めた。
ジェラルド様は真剣な顔で聞いていて、特訓で消耗した僕は止める気力も湧かず、屋敷に着く頃には肉体的にも精神的にも疲れ切っていた。
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穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
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