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第三十九話 王都へ
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王都からの招待状を受け取ってから二ヶ月半が経った。目まぐるしく過ぎる日々は、秋の寂しさを感じる暇がないほどだった。
元々秋は税金関係の仕事が多い時期でもあるが、短時間とはいえジェラルド様が領内を視察できるようになったことが大きな原因だ。
領内の至る所で辺境伯の伴侶として紹介されたのは、恥ずかしくもあり誇らしくもあった。
しみじみとそんなことを思い出している間に、いつのまにか隣領との境まで進んでいた。
「飛竜に乗るとあっというまですね」
「そうだな。一番信頼できるというのもあるし、そのまま王都まで行ってしまいたい」
「同感です。許可が下りなかったのが残念です」
飛竜は陛下の許可がないと領外に出られないから仕方ない話だけど、王都に行く労力を考えると残念に思う。
ハナコの背中から降りると、冬を予感させる冷たい風が頬を撫でた。飛竜は魔力によって周囲の空気や温度を一定に保っているから、季節によっては家の中よりも快適だったりする。
風に吹かれながら屋敷に向けて飛び立つ飛竜の群れを名残惜しく見送った。
馬車に揺られながら河川のある領を目指す。長時間乗っているとジェラルド様の威圧で馬が怯えてしまうため、基本的に船で移動する必要があるからだ。
「これはたしかに……秘酒を大量に運ぶのは無理ですね」
「私が前に通った時よりもひどくなっているな」
こんな風に話ができたのはわずかな時間で、後はひたすら無言で到着を待っていた。口を開いたら舌を噛んでしまいそうになるくらい揺れているからだ。
ジェラルド様は揺さぶられる僕の身体をしっかりと支えてくれて、その逞しさにときめきながら身を委ねた。
馬車から降りて数日後、僕たちは船の上にいた。美しい景色と街並みに感動したのは最初だけで、今ではぼんやりと河川を眺めている。
この船は風魔法で速度を上げているみたいで、順調にいけばあと五日で王都近くの停留地に到着するそうだ。
デッキを行き交う船員は口々に「寒い寒い」と言っている。船室に引き篭もるよりはましだと思ってアルチュールとジョゼフを誘って来てみたけど、戻った方がよさそうだ。ジェラルド様は団長と警護の相談をしていたから誘わなかったけどもう終わったかな。
ここから離れようと思い一先ず背伸びをすると、背後から抱きつかれた。振り向くことなく身体に回された腕に触れる。
「風邪を引く」
ジェラルド様の低い声が頭の上から降ってくる。その声音は落ち着いていて、咎めるようなものではない。
「ごめんなさい。ちょうど戻るところでした」
「なら早く船室へ」
「もうちょっとだけ」
ジェラルド様の腕をぎゅっと掴む。彼のおかげで温かくなったから、もう少しだけこの時間を楽しみたい。
「見てください。綺麗な森と川ですよ」
「この光景は見飽きたと言っていなかったか?」
からかうようなジェラルド様の笑い声が聞こえる。
「さっきまでそんなこと思っていましたけど、ジェラルド様と一緒だとまた違って見えるから不思議ですね」
「……君には敵わないな」
抱きしめる力が強くなって、ジェラルド様の髪が頬に触れた。彼の表情はわからないけど、なんとなく想像できた。
愛おしくてたまらないって感じの、僕が大好きな表情だ。
耳元でリップ音が聞こえて手を引かれる。顔を上げて横にいるジェラルド様を見たら、彼は僕を見つめて微笑んだ。
「楽しいな」
「はい。とても」
非日常の中で、大好きな人がそばにいるという現実が輝いて見えた。
平穏で楽しい船旅が終わり、王都に着いてからあっというまに時間が過ぎ去った。
王都にあるフロンドル家の屋敷でポール様から手厚い歓迎を受けたり、意気込んだお父様とお母様がいきなり屋敷を訪ねて来て軽い親子喧嘩をしたり、とにかくいろいろあった。
デート中に隣領の領主夫婦とお会いしたのは衝撃だったな。挨拶には応じてくれたがぎこちなさは拭えず、街道整備の話し合いを持ちかけることもできなかったのは残念だ。
そしていよいよ今日は、王宮での夜会に参加する日だ。
「ジェラルド様どうですか? 変じゃないですか?」
「大丈夫。いつも通りかわいい」
「それだと同じ服を着ているジェラルド様もかわいいってことになりませんか?」
「そこは中身の問題だから……」
ジェラルド様は困ったように笑いながらそう言った。
もう一度鏡の中の自分を見る。夜会に行く機会なんて滅多にないから、ジェラルド様と全く同じデザインの服にしてみたけど大丈夫かな。はしゃぎすぎたかもしれない。
反省しながら屋敷を出て馬車に乗り込む。王宮までそれほど離れていないからすぐ到着するだろう。
人が集まる場所は苦手だ。過去のことが脳裏をよぎり、振り払うため目を閉じる。
ふと膝に置いた手を取られた。握り返してから、ジェラルド様の顔を見る。
「大丈夫だ」
「ジェラルド様?」
「今の君はフロンドル家の人間で、私の伴侶だ。君への侮辱は私が絶対に許さない」
「はい」
「だからいつものように私の隣にいればいい」
「ありがとうございます」
大丈夫、ジェラルド様は絶対の味方だ。怖がる必要なんてない。
ジェラルド様の力強い言葉に不安が消えていくのを感じた。
繋がれた手を握り返す。冷たくなった指先はすっかり温かくなっていた。
元々秋は税金関係の仕事が多い時期でもあるが、短時間とはいえジェラルド様が領内を視察できるようになったことが大きな原因だ。
領内の至る所で辺境伯の伴侶として紹介されたのは、恥ずかしくもあり誇らしくもあった。
しみじみとそんなことを思い出している間に、いつのまにか隣領との境まで進んでいた。
「飛竜に乗るとあっというまですね」
「そうだな。一番信頼できるというのもあるし、そのまま王都まで行ってしまいたい」
「同感です。許可が下りなかったのが残念です」
飛竜は陛下の許可がないと領外に出られないから仕方ない話だけど、王都に行く労力を考えると残念に思う。
ハナコの背中から降りると、冬を予感させる冷たい風が頬を撫でた。飛竜は魔力によって周囲の空気や温度を一定に保っているから、季節によっては家の中よりも快適だったりする。
風に吹かれながら屋敷に向けて飛び立つ飛竜の群れを名残惜しく見送った。
馬車に揺られながら河川のある領を目指す。長時間乗っているとジェラルド様の威圧で馬が怯えてしまうため、基本的に船で移動する必要があるからだ。
「これはたしかに……秘酒を大量に運ぶのは無理ですね」
「私が前に通った時よりもひどくなっているな」
こんな風に話ができたのはわずかな時間で、後はひたすら無言で到着を待っていた。口を開いたら舌を噛んでしまいそうになるくらい揺れているからだ。
ジェラルド様は揺さぶられる僕の身体をしっかりと支えてくれて、その逞しさにときめきながら身を委ねた。
馬車から降りて数日後、僕たちは船の上にいた。美しい景色と街並みに感動したのは最初だけで、今ではぼんやりと河川を眺めている。
この船は風魔法で速度を上げているみたいで、順調にいけばあと五日で王都近くの停留地に到着するそうだ。
デッキを行き交う船員は口々に「寒い寒い」と言っている。船室に引き篭もるよりはましだと思ってアルチュールとジョゼフを誘って来てみたけど、戻った方がよさそうだ。ジェラルド様は団長と警護の相談をしていたから誘わなかったけどもう終わったかな。
ここから離れようと思い一先ず背伸びをすると、背後から抱きつかれた。振り向くことなく身体に回された腕に触れる。
「風邪を引く」
ジェラルド様の低い声が頭の上から降ってくる。その声音は落ち着いていて、咎めるようなものではない。
「ごめんなさい。ちょうど戻るところでした」
「なら早く船室へ」
「もうちょっとだけ」
ジェラルド様の腕をぎゅっと掴む。彼のおかげで温かくなったから、もう少しだけこの時間を楽しみたい。
「見てください。綺麗な森と川ですよ」
「この光景は見飽きたと言っていなかったか?」
からかうようなジェラルド様の笑い声が聞こえる。
「さっきまでそんなこと思っていましたけど、ジェラルド様と一緒だとまた違って見えるから不思議ですね」
「……君には敵わないな」
抱きしめる力が強くなって、ジェラルド様の髪が頬に触れた。彼の表情はわからないけど、なんとなく想像できた。
愛おしくてたまらないって感じの、僕が大好きな表情だ。
耳元でリップ音が聞こえて手を引かれる。顔を上げて横にいるジェラルド様を見たら、彼は僕を見つめて微笑んだ。
「楽しいな」
「はい。とても」
非日常の中で、大好きな人がそばにいるという現実が輝いて見えた。
平穏で楽しい船旅が終わり、王都に着いてからあっというまに時間が過ぎ去った。
王都にあるフロンドル家の屋敷でポール様から手厚い歓迎を受けたり、意気込んだお父様とお母様がいきなり屋敷を訪ねて来て軽い親子喧嘩をしたり、とにかくいろいろあった。
デート中に隣領の領主夫婦とお会いしたのは衝撃だったな。挨拶には応じてくれたがぎこちなさは拭えず、街道整備の話し合いを持ちかけることもできなかったのは残念だ。
そしていよいよ今日は、王宮での夜会に参加する日だ。
「ジェラルド様どうですか? 変じゃないですか?」
「大丈夫。いつも通りかわいい」
「それだと同じ服を着ているジェラルド様もかわいいってことになりませんか?」
「そこは中身の問題だから……」
ジェラルド様は困ったように笑いながらそう言った。
もう一度鏡の中の自分を見る。夜会に行く機会なんて滅多にないから、ジェラルド様と全く同じデザインの服にしてみたけど大丈夫かな。はしゃぎすぎたかもしれない。
反省しながら屋敷を出て馬車に乗り込む。王宮までそれほど離れていないからすぐ到着するだろう。
人が集まる場所は苦手だ。過去のことが脳裏をよぎり、振り払うため目を閉じる。
ふと膝に置いた手を取られた。握り返してから、ジェラルド様の顔を見る。
「大丈夫だ」
「ジェラルド様?」
「今の君はフロンドル家の人間で、私の伴侶だ。君への侮辱は私が絶対に許さない」
「はい」
「だからいつものように私の隣にいればいい」
「ありがとうございます」
大丈夫、ジェラルド様は絶対の味方だ。怖がる必要なんてない。
ジェラルド様の力強い言葉に不安が消えていくのを感じた。
繋がれた手を握り返す。冷たくなった指先はすっかり温かくなっていた。
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