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第三十八話 招待状

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 机の上に並べられた宝石はどれも目移りするほど美しい。
 先ほどまで「宝飾品は全然わからないです」と言っていたジョゼフも僕の横で目を輝かせている。
 正面には宝石商の若い男性がにこやかに、しかしどこか探るような目つきで僕たちを見つめていた。

 なぜこのような事態になったのか。それはジェラルド様の何気ない質問がきっかけだった。
「君の服はどこの商人から買ったんだ?」
「そういえば、こちらに嫁いできてから購入した記憶がないです」
 シモン兄様が大量に贈ってくれたから必要性を感じなかった。
 僕の予算も割り振られていると聞いたが、秘酒の購入と調査費用、あとハナコの飾りくらいにしか派手に使っていない。
「レジス、商人の手配を」
「かしこまりました」
 ジェラルド様が焦った声でレジスに指示を出す。レジスもすぐに執務室から退出していった。

 それが三日前のことだ。話が早いなとも思うが、ジェラルド様の焦り方を考えると遅いくらいなのかもしれない。
 目の前の宝石を眺めながら事の経緯を振り返っていると、宝石商から声をかけられた。
「奥様、こちらの宝石はいかがでしょうか?」
「うん、素敵だと思うよ。もう一回確認だけど、本当にこの中から一つ譲ってくれるの?」
「はい。お近づきの印に受け取っていただけると幸いです」

 宝石商はうっすらと笑みを浮かべながら僕を見つめる。彼は僕が嫁ぐ以前から懇意にしている商人らしく、その厚意は嬉しい。
 彼の意図はお近づきの印だけではないと思うが、せっかくなのでありがたく受け取っておこう。
「じゃあこの宝石にする」
「こちらでよろしいでしょうか?」
「うん。綺麗な赤色だし、気に入ったから」
「さすが、お目が高い」
 深みのある赤なのに透明感もあって、質が良いことが伝わってくる。

 ニコニコと僕の様子を見守っている宝石商に声をかける。
「そっちの宝石も素敵だったけど、僕はこの領から出ることが滅多にないから選ぶのはやめておいたよ。これは王都のお客さんに見せた方がいいかもしれないね」
「さようでございますか」
 宝石商は細い目をわずかに見開いて、それからすぐにいつものにこやかな顔に戻った。

「あと飛竜の装飾品も見せてよ。私兵団の飛竜たちの装飾品は全部貴方から購入しているって聞いたから」
「かしこまりました」
「それにしても全員分だと大変だね。特に団長がすごいって団員たちが話してたよ。なんでも別室に連れて行って質問攻めにするとか」
「ええ、彼には困ったものです。でもあの人は昔からあんな感じですから」
 初めて宝石商が心から穏やかに笑っている顔を見た。団長との関係が気になるが、初対面の相手とする話ではないので話題を切り替える。

 その後も雑談は続き、宝石商は満足そうな顔で帰っていった。去り際に「今後ともよろしくお願いいたします」と挨拶されたので、認めてもらえたのだろうと思う。

「ノア様は宝石に詳しいのですか?」
 僕の横に控えていたジョゼフが興味深そうに尋ねてきた。
「まあ、ちょっとね。実家が魔石の産地だからその関係で」
「すごいです! じゃあ、この宝石があの中で一番良いものなんですか?」
「いや、これは二番目にいいやつ」
「なぜそちらを選んだのですか?」
「一番のやつは王都で高値がつくやつだから遠慮したのと、あと宝石商の彼とは今後ともいい付き合いがしたいから」

 一番のやつを選んでもよかった気がするけど、まあいいや。宝石商には僕がそれなりに詳しいことは伝わっただろう。
 詳しくなった理由は元婚約者の実家が宝石の産地だったからだけど、ジョゼフに話しても気まずいだけなので話すのはやめておこう。
 そういえばロジェは元気かな。騎士団長の孫娘との結婚はどうなったのか。きっと彼のことだから、順調に事を進めているのだろう。

 一方的に気まずい思いをしていると突然ノック音が響き、慌てて返事をする。
「ノア様、旦那様がお呼びです」

 アルチュールに急かされ執務室に行くと、ジェラルド様が複雑な顔で手紙を見つめていた。
「突然呼び出してすまない」
「いえ、商人も帰った後なのでお気になさらず。手配していただいてありがとうございます」
「今まで気がつかなくてすまなかった。次からは自由に呼んでもらってかまわない」
「じゃあ今度はジェラルド様も一緒に選びましょうね」
「ああ、約束だ」
 笑い合って約束を交わす。この穏やかな時間が好きだ。

 僕と一緒にいると威圧が弱まると判明してから、ジェラルド様は外部の人と短時間なら顔を合わせるようになった。その変化が素直に喜ばしい。

「すごく言いづらいのだが、実は王宮から私たち宛に招待状が来ている」
「王宮から?」
 手渡された招待状の内容を確認すると、夜会の誘いだった。時期は冬の初め頃で、今は秋が始まったばかりだから招待するにしてもかなり早い。

「これは、必ず来いということですよね」
「そういうことだろうな」
「ただでさえ忙しい時期なのにお仕事に差し支えはありませんか?」
「そこはなんとかするしかないだろう。王都には近々行きたいと思っていたからちょうどよかった」
「王都に何か用事が?」

 僕が問いかけると、ジェラルド様は笑みをこぼして答えてくれた。
「君のご家族に挨拶がしたくて」
「すごく嬉しいです! 父や母も喜びます!」
 手紙では何度か挨拶を交わしていたが、対面ではしたことがない。僕の家族にも、ジェラルド様のことを少しでも知ってほしい。

「それに」
「それに?」
 まだ何かあるのかな?
 不思議に思ってジェラルド様を見つめると、ジェラルド様は咳払いをして目を逸らしながら小さな声で言った。
「新婚旅行の予行練習だと思えば道中も楽しいかな、と」
「あ、いいですね。素敵な考えだと思います」
 お互い赤面して無言になってしまった。

 最近よく話題に上がる話だ。ポール様に辺境伯の地位を譲ったら新婚旅行をしよう、と。
 まだ先のことなのに、もう計画を立ててしまっている。今のところ五カ国横断することになっているが、一度の行程で可能なのだろうか?
 たしかに新婚旅行の予行練習だと思うと楽しみになってきた。目的の夜会は気乗りしないけど、王都ならジェラルド様と行きたいところもたくさんある。

「ジェラルド様! 夜会を頑張るので僕と王都でデートしてください!」
「それは願ってもない申し出だ」
 ジェラルド様が本当に嬉しそうに笑うから、僕もつられて笑う。

 油断していたら執務室に強い風が吹き抜け、書類が舞い上がった。
 ジェラルド様と慌てて書類を集めながら二人で楽しみな気持ちを共有する。
 突然届いた王都からの招待状は、そんな穏やかな午後をもたらしてくれた。
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