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第三十六話 告白
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「僕のスキルのこと、アルチュールから聞きました?」
「聞いた。ポールの考えた通りだったな。まさか私の威圧が君のスキルで中和されるとは驚きだ」
夏のじりじりとした暑さが僕を追い立てる。不快な暑さにも関わらず、ジェラルド様は僕をしっかりと抱きしめてくれた。その心地よさが、僕の罪悪感を照らし出しているような気がした。
「ポール様からその可能性を指摘された時思ってしまったんです」
ジェラルド様の腕を抜け出して身体を離す。彼の体温は名残惜しいけど、僕には受け取る資格がない。
「何を思ったんだ?」
ジェラルド様は僕の行動を咎めず、優しく話の続きを促してくれた。
息を吸って、一思いに話す。
「嬉しい、と思ってしまいました」
ジェラルド様が何か言おうとしている。僕はそれを遮って、言葉を重ねた。
「ごめんなさい。ジェラルド様が幼少の頃からスキルで苦しんでいることを知っていたのに、孤独に過ごしていらっしゃったとわかっていたのに。僕は、自分のスキルが役に立てるのだと心の底から喜んでしまいました。自分のことしか考えられない、そんな僕がジェラルド様のお側にいる資格なんて……」
ジェラルド様の顔を見たら、自分の醜悪さも直視してしまいそうで勇気が出せなかった。でも俯くのは違うと思い、彼の胸の辺りを見つめる。
短いため息が聞こえた。覚悟していたはずなのに恐怖で目を閉じてしまう。
気がついたら、強い力で抱きしめられていた。
「ジェラルド様?」
「思い込んだら結論を急いでしまうのは君の悪い癖だな」
力が緩み、ジェラルド様が僕の肩に手を乗せる。
見上げると青みがかった灰色の瞳が僕を見下ろしていた。開かれた目には仄暗い熱がこもっているように思えた。
「私の今の感情を表現するなら、そうだな。歓喜に近い」
「歓喜、ですか?」
「ああ。君が私から離れられない理由ができたのなら、こんなに喜ばしいことはない。たとえそれが後ろめたいものであったとしても」
ジェラルド様はうっとりとした眼差しを向けて、僕の顔の輪郭を指でなぞった。存在を確かめるかのような動きに、ぞくぞくとした感覚が背中に走る。それが喜びなのか恐れなのか僕にはよくわからなかった。
「私は、威圧なんて呪われたスキルを持っている割に恵まれているのだと思う。兄のように見守ってくれる家令に、常に気にかけてくれる乳兄弟がいて、慕ってくれる甥もいる」
木の葉の間から強い光が差し込んで視界が眩しくなる。
「でも君だけだった」
ジェラルド様の顔がゆっくりと近づいてくる。その表情は愛しい人に向けるような穏やかなものなのに、目だけはギラギラとしていた。
「君だけが私に触れてくれた。私が触れても受け入れてくれた。まるで特別なことのように嬉しそうな顔で。それが私にとってどれだけ救いになったか、君は知らないだろう」
ジェラルド様の親指が僕の唇をなぞる。
「側にいる資格がないなんて、そんな悲しいことを言わないでくれ。私はもう、君がいなければ息もできない」
唇に柔らかいものが触れて、ジェラルド様が僕に口付けていることに気付く。
「愛してる、ノア。私にとって君は光だ。君以外、何もいらない」
そう言ってジェラルド様は再び僕を力強く抱きしめた。
茹だるような暑さがジェラルド様の熱と混じる。でも不思議とこの熱さに心地よさを覚えた。
この人は僕の唯一だ。今後こんなに愛されることも、愛することもないだろう。
僕はジェラルド様の背に手を回す。
「僕も、あなたを愛しています」
僕たちの周りをまぶしい光が照らし、足元の影が濃くなった。
少しだけ身体が離れ、ジェラルド様の顔が近づく。僕は背伸びをしてジェラルド様を迎え入れた。
唇が優しく触れた、と思ったのは最初だけでジェラルド様の舌がどんどん深く侵入する。
「んっ……は、ふっ……」
息が上がって苦しくなるのに、ジェラルド様は僕を離さない。呼吸すら奪うようなキスにふらつくと、ジェラルド様は僕の肩を掴み身体を支えてくれた。
木の幹にもたれかかりながら、ジェラルド様は僕の耳や首筋に唇を這わす。
「あっ、ん……」
ジェラルド様の唇が触れる度に身体が震える。
「可愛い」
ジェラルド様はそう言ってまた唇を重ねた。今度は重ねるだけのキスだ。角度を変えて何度も重なった後、ジェラルド様は僕の唇を舐めた。
「ん」
「全然足りない」
ジェラルド様は僕の手を取って指先にキスを落とした。
「屋敷に戻ろう」
「はい」
手を繋いだまま歩き出す。いつもと違ってジェラルド様は僕の半歩前を歩いている。その性急な歩みに余裕のなさを感じ取って、僕の胸は躍る。
お互い無言のまま歩き続ける。ジェラルド様の表情は見えない。でも繋がれた手から感じる熱が、僕を求めていることを雄弁に語っていて嬉しかった。
僕はしっかりとジェラルド様の手を握り返し、その広い背中に心をときめかせた。
「聞いた。ポールの考えた通りだったな。まさか私の威圧が君のスキルで中和されるとは驚きだ」
夏のじりじりとした暑さが僕を追い立てる。不快な暑さにも関わらず、ジェラルド様は僕をしっかりと抱きしめてくれた。その心地よさが、僕の罪悪感を照らし出しているような気がした。
「ポール様からその可能性を指摘された時思ってしまったんです」
ジェラルド様の腕を抜け出して身体を離す。彼の体温は名残惜しいけど、僕には受け取る資格がない。
「何を思ったんだ?」
ジェラルド様は僕の行動を咎めず、優しく話の続きを促してくれた。
息を吸って、一思いに話す。
「嬉しい、と思ってしまいました」
ジェラルド様が何か言おうとしている。僕はそれを遮って、言葉を重ねた。
「ごめんなさい。ジェラルド様が幼少の頃からスキルで苦しんでいることを知っていたのに、孤独に過ごしていらっしゃったとわかっていたのに。僕は、自分のスキルが役に立てるのだと心の底から喜んでしまいました。自分のことしか考えられない、そんな僕がジェラルド様のお側にいる資格なんて……」
ジェラルド様の顔を見たら、自分の醜悪さも直視してしまいそうで勇気が出せなかった。でも俯くのは違うと思い、彼の胸の辺りを見つめる。
短いため息が聞こえた。覚悟していたはずなのに恐怖で目を閉じてしまう。
気がついたら、強い力で抱きしめられていた。
「ジェラルド様?」
「思い込んだら結論を急いでしまうのは君の悪い癖だな」
力が緩み、ジェラルド様が僕の肩に手を乗せる。
見上げると青みがかった灰色の瞳が僕を見下ろしていた。開かれた目には仄暗い熱がこもっているように思えた。
「私の今の感情を表現するなら、そうだな。歓喜に近い」
「歓喜、ですか?」
「ああ。君が私から離れられない理由ができたのなら、こんなに喜ばしいことはない。たとえそれが後ろめたいものであったとしても」
ジェラルド様はうっとりとした眼差しを向けて、僕の顔の輪郭を指でなぞった。存在を確かめるかのような動きに、ぞくぞくとした感覚が背中に走る。それが喜びなのか恐れなのか僕にはよくわからなかった。
「私は、威圧なんて呪われたスキルを持っている割に恵まれているのだと思う。兄のように見守ってくれる家令に、常に気にかけてくれる乳兄弟がいて、慕ってくれる甥もいる」
木の葉の間から強い光が差し込んで視界が眩しくなる。
「でも君だけだった」
ジェラルド様の顔がゆっくりと近づいてくる。その表情は愛しい人に向けるような穏やかなものなのに、目だけはギラギラとしていた。
「君だけが私に触れてくれた。私が触れても受け入れてくれた。まるで特別なことのように嬉しそうな顔で。それが私にとってどれだけ救いになったか、君は知らないだろう」
ジェラルド様の親指が僕の唇をなぞる。
「側にいる資格がないなんて、そんな悲しいことを言わないでくれ。私はもう、君がいなければ息もできない」
唇に柔らかいものが触れて、ジェラルド様が僕に口付けていることに気付く。
「愛してる、ノア。私にとって君は光だ。君以外、何もいらない」
そう言ってジェラルド様は再び僕を力強く抱きしめた。
茹だるような暑さがジェラルド様の熱と混じる。でも不思議とこの熱さに心地よさを覚えた。
この人は僕の唯一だ。今後こんなに愛されることも、愛することもないだろう。
僕はジェラルド様の背に手を回す。
「僕も、あなたを愛しています」
僕たちの周りをまぶしい光が照らし、足元の影が濃くなった。
少しだけ身体が離れ、ジェラルド様の顔が近づく。僕は背伸びをしてジェラルド様を迎え入れた。
唇が優しく触れた、と思ったのは最初だけでジェラルド様の舌がどんどん深く侵入する。
「んっ……は、ふっ……」
息が上がって苦しくなるのに、ジェラルド様は僕を離さない。呼吸すら奪うようなキスにふらつくと、ジェラルド様は僕の肩を掴み身体を支えてくれた。
木の幹にもたれかかりながら、ジェラルド様は僕の耳や首筋に唇を這わす。
「あっ、ん……」
ジェラルド様の唇が触れる度に身体が震える。
「可愛い」
ジェラルド様はそう言ってまた唇を重ねた。今度は重ねるだけのキスだ。角度を変えて何度も重なった後、ジェラルド様は僕の唇を舐めた。
「ん」
「全然足りない」
ジェラルド様は僕の手を取って指先にキスを落とした。
「屋敷に戻ろう」
「はい」
手を繋いだまま歩き出す。いつもと違ってジェラルド様は僕の半歩前を歩いている。その性急な歩みに余裕のなさを感じ取って、僕の胸は躍る。
お互い無言のまま歩き続ける。ジェラルド様の表情は見えない。でも繋がれた手から感じる熱が、僕を求めていることを雄弁に語っていて嬉しかった。
僕はしっかりとジェラルド様の手を握り返し、その広い背中に心をときめかせた。
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