【12/13更新再開】役立たずと言われた「癒し」スキルで幸せになります!

ひなた

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第三十三話 僕にできること

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 普段使われることのない客間にリュートの音色が鳴り響いている。隣にいるジョゼフは美しい旋律にうっとりと耳を傾けていた。
「こんなに間近で演奏を聴いたのは生まれて初めてです。素晴らしいですね」
「それは光栄です」
 ジョゼフの素直な賞賛に、吟遊詩人は形の良い唇で微笑みかけた。彼の色気に当てられたのか、ジョゼフは顔を真っ赤にさせている。

「アントワーヌ、僕の侍従を誘惑しないでよ」
「ご安心ください。シモンに厳命されているので、指一本触れないと誓います」
「不安だなぁ」
「古くからの知り合いだと伺いましたが、お二方はどのようなご関係ですか?」
 ジョゼフが不思議そうな顔で尋ねたので答える。

「長兄の友人だよ。子爵家の次男で、宮廷魔術師だったけど、今は吟遊詩人として旅をしているんだって」
 僕とジョゼフが視線を送ると、アントワーヌが軽く頭を下げた。
「申し訳ございません。知らなかったとはいえ失礼な態度を」
 ジョゼフがアントワーヌに謝罪すると、アントワーヌは慌てて手と首を振った。

「勘当されたので今はただの平民ですよ。お気になさらず」
 シモン兄様からの手紙でそのことを知った時は驚いた。昔はアントワーヌ様と呼んでいたが、先ほど挨拶した時に丁寧な言葉遣いは不要だと本人から言われ、呼び捨てにさせてもらっている。

 ちなみに宮廷魔術師を辞めたのは、複数交際がバレて謹慎処分を受けたかららしい。
 アントワーヌは昔から度を越した博愛主義で、男女問わず気軽に手を出すので、シモン兄様から「絶対に二人きりになるな」と警告されている。

「ところで、ノア様はなぜ私を招待されたのでしょうか?」
「貴族の夫人らしいことをしようかと思ってね」
 招待した直後はリュートの手解きでもと思っていたが、方針が変わった。
「では何曲か演奏を」
「ごめん。実は依頼したいことがあって」
「依頼、ですか?」
「そう。実は——」
 僕の依頼にアントワーヌは「面白いですね」と二つ返事で引き受けてくれた。


 客間には変わらずリュートの音が響いている。ただその音色は軽やかな調べではなく、探るようなたどたどしいものだ。
「ここはもうちょっと、デンッ!ってアピールしたいかな」
「いや、人々の温かさを強調するなら包み込むような優しい感じがいいかと」
 アントワーヌが一音ずつ考えながらリュートを弾く。
「たしかにそっちがいいかも。じゃあ秘酒の紹介は壮大な感じにしてもらいたいな」
「私としては飛竜と人間の恋物語を中心に展開していきたいのですが」
「それも素敵だけどさ、フロンドル領の魅力を限界まで盛り込まないと。大麦畑に雄大な自然、ロコの村の食堂とか、あと領都の酒場も。いい鍛冶屋もあるよ」
「具体的な店名を出すのはちょっと……」
「何の話をしている? 観光案内か?」

 振り返ると訝しげな顔をしたポール様がいた。
「あ、ポール様。急な呼び出しにもかかわらず、お越しいただきありがとうございます。今吟遊詩人のアントワーヌに曲を作ってもらっていまして」
「曲?」
「フロンドル領を讃える曲ですよ」
 深々と頭を下げていたアントワーヌが僕の代わりに答えてくれた。

「いったい何のためにそんなことを」
 ポール様が心の底から疑問だといった顔で呟く。
「僕なりに考えた、フロンドル領の利益に繋がる行動です」
「……聞かせてくれ」
 僕はポール様に、吟遊詩人を使ってフロンドル領を宣伝していく計画を話した。

「そのやり方は即時性に欠けるのではないか?」
「そうですね。どうしても広まるのに時間はかかると思います」
「仮にうまくいったとしても宣伝効果は五年後、十年後になるかもしれない。その時に叔父上は当主でない可能性も……」
「いいんです。これはフロンドル領のためにやることですから」
 息を呑む音が聞こえた気がした。

「てっきりスキルを活用するものだと思っていた」
「僕のスキルは使いどころが難しいので」
「兵士の心を癒して士気を上げるとか」
「そんなことしたら気が抜けすぎて負傷者が続出しますよ」
「そんなにか」
 ポール様は僕のスキルを調べていたみたいだが、詳細は知らないようで驚いた顔をしている。

「何度も思ったことがあります。自分のスキルがもっと実用的なものだったら、戦闘系のものとか贅沢は言わないから、人に胸を張れるようなものだったらって」
「それは、俺も」
「でも、それは無理な話で。だから自分のスキルが嫌いでも受け入れるしかない」
「そうだな」
 身に覚えがあるのだろう。ポール様は僕の言葉に小さく頷いた。

「ジェラルド様ってすごいですよね」
「叔父上が素晴らしいことは認めるが、いきなり何の話だ?」
「怪力と威圧スキルのおかげで、春の討伐遠征の死傷者が減ったと聞きました。それに凍死者の対策にも取り組んで、順調に成果がでているみたいです」
「ああ、俺にはできないことだ」
 ポール様は自嘲気味に呟く。拳が固く握り締められていて、こちらにまで彼の挫折感が伝わってきた。

「計画して実行に移して、成果を出すって大変なことですよね。僕は前にフロンドル領の秘酒を広めようとして計画段階で失敗しました」
「難しいな。よくわかる」
「でも吟遊詩人にフロンドル領の魅力を広めてもらうという発想は、ジェラルド様になかったと思います」
「どちらかというと、夫人の発想だからな」
 話が進むにつれて、ポール様の声から緊張がとれていく。

「ポール様にもジェラルド様が思いつかないようなことがたくさんあるはずです。ポール様やジェラルド様には敵わないかもしれないけど、僕だってフロンドル領を豊かにしたい。その気持ちにスキルの価値は関係ありません」
「そうか、そうだな」
 ポール様の表情が完全に緩んだ。いつのまにか握られていた拳も解かれている。

「それにしても」
 ポール様が俯きながら呟く。よく見ると肩が震えているような。
「フロンドル領を讃える曲で食堂や鍛冶屋を出すのは情緒がなさすぎるだろ!」
 客間にポール様の笑い声が響く。彼がこんなに大きな声で笑っているのを見るのは初めてだ。

「いいじゃないですか! 旅行記はわかりやすいことが鉄則ですよ!」
 僕も負けじと反論する。
「いや、それにしてももっとスマートなやり方があるだろう。そこの、アントワーヌといったか?」
「はい」
 僕とポール様のやり取りをしみじみとした顔で聞いていたアントワーヌが反応する。

「飛竜と初代当主が湯治をしたという温泉がある。そこを曲に入れてはどうか?」
「それはいいですね」
「そんな場所ありましたっけ?」
 飛竜と初代当主の恋愛譚を何度も読んだが、そのような逸話は記憶にない。
「一部の村民が言い張っているだけだが、まあ嘘は言ってないから大丈夫だ」
 ポール様が爽やかな顔でとんでもないことを言った。

「いや、だめでしょう」
「飛竜と初代当主は、湯治で訪れた村で愛を深めた。その温泉は二人の思い出の場所として、今もなお語り継がれている。どうだ、アントワーヌ。いけるか?」
「素晴らしい!」
 なぜポール様とアントワーヌはそこまで意気投合しているのか。
「ポール様だけずるいです! じゃあフロンドル領の秘酒! これは絶対曲に入れて!」
 僕も負けてられない。そもそもフロンドル領を宣伝すると計画したのは僕だ。

 その後しばらく、僕とポール様の大人気ないアイディア勝負が続いた。アントワーヌは僕たちの意見を取り入れながら目を輝かせて曲作りに熱中した。
 そんな僕たちをジョゼフは少し呆れた顔で見つめていた。


 アイディアを出し切り議論が落ち着くと、突然ポール様が思い詰めた顔で僕に向き合った。
「これまでの数々の無礼、申し訳なかった」
 深々と頭を下げるポール様に、慌てて頭を上げるよう伝える。
「もう気にしていませんから」
「しかし」
「これからは親族として、家族として仲良くしてください」
 僕が手を差し出すと、ポール様が手を握り返す。
「ああ、もちろんだ。ノア、これからもよろしく頼む」
 最初はどうなるかと思ったが、ポール様と仲良くなれた。さっそくジェラルド様に関係が進展したと報告しよう。

「ポール、これはどういうことだ?」
 びっくりした。まさかジェラルド様が客間に来るなんて。心なしか声が険しいような。
「叔父上?」
 ポール様も驚いているようだ。

「今ノアのことを呼び捨てにしただろう? この屋敷でノアと呼んでいいのは私だけだ」
 ジェラルド様に肩を抱かれたけどすぐに反応できなかった。ポール様もぽかんとしている。

「えっと、配慮が足りず申し訳ありませんでした」
 僕より先に事態を飲み込めたポール様がジェラルド様に謝罪する。ポール様はなぜかちょっと嬉しそうだ。

 これは、ポール様に嫉妬したってこと?
 あんなに可愛がっている甥に?

 どうしよう、けっこう嬉しいかもしれない。ジェラルド様はいつも冷静で感情を露わにしないから。
 僕に対する愛情は言葉にしてくれるけど、まさか身内に嫉妬するほどとは思ってもみなかった。

「叔父上に怒られるの久しぶりだ」
 ポール様は小さな声で感動を噛み締めている。予想以上に拗らせてるなぁ。

「わかればいい。もう夕食の時間だ。お客人も、後から使用人に案内させよう」
「お心遣いありがとうございます」
 ジェラルド様はアントワーヌのお礼を聞くと、僕の肩を抱いたまま客間を後にした。


「あ、あの。ジェラルド様」
「ん? どうした?」
 ポール様とジョゼフは遠慮したのか、廊下にはジェラルド様と僕しかいない。
「ポール様に嫉妬したんですか?」
「さすがに大人気なかったな」
 ジェラルド様が照れたように顔を逸らした。こんなにあからさまなジェラルド様は珍しい。

「嬉しいです。ジェラルド様は嫉妬と無縁だと思っていたので」
「私は君が思っているほど出来た人間ではない」
 ジェラルド様はそう言って僕を抱きしめた後、額にキスをした。
 少し遠くで扉が勢いよく閉まる音が聞こえた。

「牽制だ」
「どういうことですか?」
「君は知らなくていい」
 僕の頭を撫でるジェラルド様が優しく微笑む。それだけなのに、ジェラルド様の手の温もりが移って頬が熱くなる。

「僕絶対顔赤いですよね? 治るまで夕食をご一緒できないかも」
「ポールも遅れてくるだろうから大丈夫だ」
「なんでわかるんですか?」
「さあ?」
「えー、教えてくださいよ」
 その後何度か聞いたけどジェラルド様は答えてくれなかった。

 僕は赤くなった頬を押さえながら、いつもよりちょっぴり意地悪なジェラルド様にドキドキしていた。
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