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第十三話 秋風
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すっかり冷たくなった風を受けながら整備された庭を歩く。自然と調和するように並んだ木々は葉が黄色く色づいていて、秋が深まっていることを告げていた。
来年に向けて忙しく働く庭師たちに手を振って挨拶をしたら控えめに手を振り返してくれる。
「今の時期は総出で作業をしていると聞きました。春が楽しみですね」
「そうだな。君はすっかり屋敷の者と仲良くなったようだ」
「ええ、とても良くしてもらっています。この前剪定を手伝ったら、筋がいいと褒めてもらえました!」
「想像以上だった」
旦那様と談笑しながら目的の場所を目指す。今日は珍しく旦那様が午後から仕事をお休みになられて、僕に会わせたい人がいると誘ってくれたのだ。
「それにしても、このようなラフな格好でお会いしてよろしいのでしょうか。旦那様の相棒としか聞いていなかったものですから」
「申し訳ない、言葉が足らなかった。礼儀は不要だ。そもそも会うのは人ではない」
「人、ではない?」
「ああ、あいつは——」
旦那様が言いかけた瞬間、地響きのような咆哮が轟いた。
「なになになに、こわいですこわいです」
「落ち着きなさい。大丈夫だから」
怖すぎて目が開けられない。旦那様が宥めてくれる間にも咆哮の主がこちらに近づく気配がする。
「ハナコ。止まれ」
ハナコって何? どういうこと?
恐る恐る目を開けると、巨大な竜が僕の前にちょこんと座っていた。
「わーっ!?」
「紹介しよう。私の相棒で飛竜のハナコだ。見ての通り竜だが、人に危害を加えることはないから安心してほしい」
「は、はぁ」
どうしよう、まだ事態が上手く飲み込めない。目の前の竜は恐ろしくもあるが、よく見たら瞳がつぶらでかわいい気もする。
こんなに翼が大きい竜を間近で見るのは初めてだけど、何かあれば旦那様が対処してくれると思えば不思議と気持ちに余裕が出てきた。
「すまない、あと一つ」
「どうかいたしましたか?」
「距離が……その、近いかもしれない」
旦那様から指摘されて初めて気づいた。僕が旦那様の腕にがっちりしがみついている。
「す、すみません、つい!」
慌てて腕を離し距離を取ろうとすると、旦那様に引き止められた。
「君が嫌でなければ、あの……このままでも、かまわない」
「えっと」
緊張と不安が入り混じったような表情を見つめていたら先ほどの距離感が名残惜しくなってきた。
宙に浮いた手を伸ばし、旦那様の上着の袖をそっと掴む。驚かせてしまったのか旦那様はぎこちなく身体を揺らした。
「あの、もう少しだけ。ハナコに慣れるまでお願いしてもいいですか?」
「あ、ああ」
見上げた先にある旦那様の顔は少し赤くなっている気がして、僕も指先から熱が生まれていくのを感じた。
ハナコはそんな僕たちの様子など興味がないとばかりにあくびを繰り返していた。
しばらくして、旦那様の協力もあり僕はハナコを撫で回せるくらいになった。
「鱗がつるつるでかわいいねぇ。今度リボンとか持って来るからおしゃれしてみようよ」
ハナコが短く高めの声で鳴いた。これは肯定の返事だと思う。
「メスとはいえハナコには不要だ。オークを頭から丸呑みするようなやつだし、装飾品は邪魔なだけだろう」
ハナコは不満げに鳴いた後、前脚を出して旦那様を小突いた。
「こら、やめなさい」
旦那様は少しよろけただけで平然としている。さすが怪力のスキルの持ち主。僕だったら何メートルか吹っ飛んでいそうだ。
「旦那様、失礼ですよ。おしゃれすることと魔物を噛み砕けることは関係ありません」
「そういうものなのか?」
「そういうものです。ねっ? そうだよねー?」
僕の言葉に呼応してハナコが頷いた。屋敷に戻ったらさっそく家政婦長とメイドたちに相談して、かわいい装飾品を集めよう。
「それにしても、ハナコって不思議な響きの名前ですね」
「私の曽祖母が名付け親だ。彼女は東の国出身で、祖国風の名前をつけたらしい。他にも何頭か似た響きのやつがいる」
旦那様の言う東の国は、この大陸の東端にある島国のことだろう。
「東の国ですか。旦那様の髪の色もそちらの国のものでしょうか?」
「ああ、そうだな。でも家族で黒髪なのは私だけだった」
旦那様はどこか懐かしそうに遠くを見つめている。
「僕、旦那様の髪好きですよ。綺麗だからつい目で追っちゃいます」
「え、なっ」
「そういえば、飛竜に乗れるのはフロンドル家の血を継いだ者だけだと聞いたことがあります」
「君は、すぐそんなことを言って……いや、なんでもない。基本はそうだな。だが傍系の者も問題なく乗れるし、例外的に血を引いていなくても乗れる場合がある。竜は気まぐれだからな」
旦那様は複雑そうな表情を浮かべながら答えてくれた。
「やはり初代の方が竜と心を通わせたことが関係するのでしょうか?」
「おそらく。ここは魔物も多いから助けられることばかりだ。飛竜がいなければフロンドル領の発展はなかっただろう」
「いいなぁ。すごく素敵だと思います」
話を聞きながらハナコを優しく撫でると、彼女は誇らしげに胸を張っていた。
落ちていく陽が木の葉をオレンジ色に染め上げる。時間を忘れて話し込んでいたら、いつのまにか陽が傾いていた。
「ハナコ、竜舎の方に行っちゃいましたね」
「腹が減ったのだろう」
「僕たちも屋敷に戻りましょうか」
「ああ」
整備されたレンガ小道を旦那様と歩く。
「飛竜には旦那様の威圧スキルが効かないのですか?」
「いや、普通に効く。さすがに人間よりは効果が薄いが、新入りは私に近づきもしない」
「ハナコは馴れている様子でしたが」
「あいつは私のスキルが発現する前からの付き合いだからな」
「あー、精神干渉系あるあるですね」
精神に干渉するスキルは、発現前に接触する時間が多ければ多いほど耐性がつく。
レジスやアルチュールが短時間であれば旦那様と一緒に過ごせるのもそのためだ。
耐性がつくだけで無効にならないところがこの手のスキルの厄介なところである。
「君のスキルは耐性があるかわかりにくそうだ」
「心が和むだけですからねぇ。実家は全員マイペースだから余計にわかりにくいです」
「スキルが効かなくても君と話すのは癒されるから、いつも助けられてばかりだ。ありがとう」
「えっ?」
旦那様から褒められるのは初めてではないのに、思わずドキッとしてしまった。真正面から感謝を伝えられ頬が熱くなる。
早くきちんとした返事をしないといけないのに、言葉が喉につかえて出てこない。
一人で焦っていたらつま先がレンガに引っかかった。転びそうになったところを旦那様が慌てて支えてくれた。
「大丈夫か?」
「はい、足を引っ掛けてしまいました。すみません」
「暗くなってきたな」
「え、はい。そうですね」
辺りを見回すと、旦那様がふいに手を差し伸べてきた。
「また転ぶといけないから」
「あ、えと、その……はい」
おずおずと出した手を旦那様が優しく握ってくれた。安心感のある大きな手が僕の手をすっぽりと覆う。
緊張で旦那様の顔を見たらこの場から逃げ出してしまいそうで、ひたすら闇と同化しかけているレンガの隙間を眺める。
「痛くないか?」
「え、あの、痛くないです」
「そうか」
旦那様は無言で僕の手を引き、僕も何を話せばいいのかわからないまま歩き続けた。
だけど居心地が悪いわけではない。むしろこのまま道がもっと長くなればいいのに、なんて考えてしまう。
寂しささえ覚えるような冷たい秋風が、頬が熱くなった今の僕にはちょうどよく感じた。
来年に向けて忙しく働く庭師たちに手を振って挨拶をしたら控えめに手を振り返してくれる。
「今の時期は総出で作業をしていると聞きました。春が楽しみですね」
「そうだな。君はすっかり屋敷の者と仲良くなったようだ」
「ええ、とても良くしてもらっています。この前剪定を手伝ったら、筋がいいと褒めてもらえました!」
「想像以上だった」
旦那様と談笑しながら目的の場所を目指す。今日は珍しく旦那様が午後から仕事をお休みになられて、僕に会わせたい人がいると誘ってくれたのだ。
「それにしても、このようなラフな格好でお会いしてよろしいのでしょうか。旦那様の相棒としか聞いていなかったものですから」
「申し訳ない、言葉が足らなかった。礼儀は不要だ。そもそも会うのは人ではない」
「人、ではない?」
「ああ、あいつは——」
旦那様が言いかけた瞬間、地響きのような咆哮が轟いた。
「なになになに、こわいですこわいです」
「落ち着きなさい。大丈夫だから」
怖すぎて目が開けられない。旦那様が宥めてくれる間にも咆哮の主がこちらに近づく気配がする。
「ハナコ。止まれ」
ハナコって何? どういうこと?
恐る恐る目を開けると、巨大な竜が僕の前にちょこんと座っていた。
「わーっ!?」
「紹介しよう。私の相棒で飛竜のハナコだ。見ての通り竜だが、人に危害を加えることはないから安心してほしい」
「は、はぁ」
どうしよう、まだ事態が上手く飲み込めない。目の前の竜は恐ろしくもあるが、よく見たら瞳がつぶらでかわいい気もする。
こんなに翼が大きい竜を間近で見るのは初めてだけど、何かあれば旦那様が対処してくれると思えば不思議と気持ちに余裕が出てきた。
「すまない、あと一つ」
「どうかいたしましたか?」
「距離が……その、近いかもしれない」
旦那様から指摘されて初めて気づいた。僕が旦那様の腕にがっちりしがみついている。
「す、すみません、つい!」
慌てて腕を離し距離を取ろうとすると、旦那様に引き止められた。
「君が嫌でなければ、あの……このままでも、かまわない」
「えっと」
緊張と不安が入り混じったような表情を見つめていたら先ほどの距離感が名残惜しくなってきた。
宙に浮いた手を伸ばし、旦那様の上着の袖をそっと掴む。驚かせてしまったのか旦那様はぎこちなく身体を揺らした。
「あの、もう少しだけ。ハナコに慣れるまでお願いしてもいいですか?」
「あ、ああ」
見上げた先にある旦那様の顔は少し赤くなっている気がして、僕も指先から熱が生まれていくのを感じた。
ハナコはそんな僕たちの様子など興味がないとばかりにあくびを繰り返していた。
しばらくして、旦那様の協力もあり僕はハナコを撫で回せるくらいになった。
「鱗がつるつるでかわいいねぇ。今度リボンとか持って来るからおしゃれしてみようよ」
ハナコが短く高めの声で鳴いた。これは肯定の返事だと思う。
「メスとはいえハナコには不要だ。オークを頭から丸呑みするようなやつだし、装飾品は邪魔なだけだろう」
ハナコは不満げに鳴いた後、前脚を出して旦那様を小突いた。
「こら、やめなさい」
旦那様は少しよろけただけで平然としている。さすが怪力のスキルの持ち主。僕だったら何メートルか吹っ飛んでいそうだ。
「旦那様、失礼ですよ。おしゃれすることと魔物を噛み砕けることは関係ありません」
「そういうものなのか?」
「そういうものです。ねっ? そうだよねー?」
僕の言葉に呼応してハナコが頷いた。屋敷に戻ったらさっそく家政婦長とメイドたちに相談して、かわいい装飾品を集めよう。
「それにしても、ハナコって不思議な響きの名前ですね」
「私の曽祖母が名付け親だ。彼女は東の国出身で、祖国風の名前をつけたらしい。他にも何頭か似た響きのやつがいる」
旦那様の言う東の国は、この大陸の東端にある島国のことだろう。
「東の国ですか。旦那様の髪の色もそちらの国のものでしょうか?」
「ああ、そうだな。でも家族で黒髪なのは私だけだった」
旦那様はどこか懐かしそうに遠くを見つめている。
「僕、旦那様の髪好きですよ。綺麗だからつい目で追っちゃいます」
「え、なっ」
「そういえば、飛竜に乗れるのはフロンドル家の血を継いだ者だけだと聞いたことがあります」
「君は、すぐそんなことを言って……いや、なんでもない。基本はそうだな。だが傍系の者も問題なく乗れるし、例外的に血を引いていなくても乗れる場合がある。竜は気まぐれだからな」
旦那様は複雑そうな表情を浮かべながら答えてくれた。
「やはり初代の方が竜と心を通わせたことが関係するのでしょうか?」
「おそらく。ここは魔物も多いから助けられることばかりだ。飛竜がいなければフロンドル領の発展はなかっただろう」
「いいなぁ。すごく素敵だと思います」
話を聞きながらハナコを優しく撫でると、彼女は誇らしげに胸を張っていた。
落ちていく陽が木の葉をオレンジ色に染め上げる。時間を忘れて話し込んでいたら、いつのまにか陽が傾いていた。
「ハナコ、竜舎の方に行っちゃいましたね」
「腹が減ったのだろう」
「僕たちも屋敷に戻りましょうか」
「ああ」
整備されたレンガ小道を旦那様と歩く。
「飛竜には旦那様の威圧スキルが効かないのですか?」
「いや、普通に効く。さすがに人間よりは効果が薄いが、新入りは私に近づきもしない」
「ハナコは馴れている様子でしたが」
「あいつは私のスキルが発現する前からの付き合いだからな」
「あー、精神干渉系あるあるですね」
精神に干渉するスキルは、発現前に接触する時間が多ければ多いほど耐性がつく。
レジスやアルチュールが短時間であれば旦那様と一緒に過ごせるのもそのためだ。
耐性がつくだけで無効にならないところがこの手のスキルの厄介なところである。
「君のスキルは耐性があるかわかりにくそうだ」
「心が和むだけですからねぇ。実家は全員マイペースだから余計にわかりにくいです」
「スキルが効かなくても君と話すのは癒されるから、いつも助けられてばかりだ。ありがとう」
「えっ?」
旦那様から褒められるのは初めてではないのに、思わずドキッとしてしまった。真正面から感謝を伝えられ頬が熱くなる。
早くきちんとした返事をしないといけないのに、言葉が喉につかえて出てこない。
一人で焦っていたらつま先がレンガに引っかかった。転びそうになったところを旦那様が慌てて支えてくれた。
「大丈夫か?」
「はい、足を引っ掛けてしまいました。すみません」
「暗くなってきたな」
「え、はい。そうですね」
辺りを見回すと、旦那様がふいに手を差し伸べてきた。
「また転ぶといけないから」
「あ、えと、その……はい」
おずおずと出した手を旦那様が優しく握ってくれた。安心感のある大きな手が僕の手をすっぽりと覆う。
緊張で旦那様の顔を見たらこの場から逃げ出してしまいそうで、ひたすら闇と同化しかけているレンガの隙間を眺める。
「痛くないか?」
「え、あの、痛くないです」
「そうか」
旦那様は無言で僕の手を引き、僕も何を話せばいいのかわからないまま歩き続けた。
だけど居心地が悪いわけではない。むしろこのまま道がもっと長くなればいいのに、なんて考えてしまう。
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