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第六話 静かな夕食

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 ジョゼフと談笑していたらレジスが夕食の時間になったと部屋まで知らせに来てくれた。急いで服装と髪を整える。
 レジスは咎めるような目つきでジョゼフを見ていて、心の中でジョゼフに謝罪しておいた。

 一階にある食堂は思ったよりも広く感じた。それは旦那様一人だけが席に着いているせいかもしれない。
「お待たせして申し訳ございません」
「問題ない」
 旦那様はそっけなく返すと、アルチュールに目配せした。どうやら彼が給仕をしてくれるようだ。他に使用人はいない。

「料理長が張り切りすぎたらしい」
 テーブルいっぱいに並べられた料理に忙しなく目線を移していたら、旦那様がぼそりと呟いた。
「すごく嬉しいです。どれも美味しそうで目移りしちゃいました」
「そうか」

 会話が途切れ、旦那様は黙々と食事を始めた。テーブルに目を向けるとカトラリーがいくつか不足している。
「アルチュール、ナイフは」
「こちらにはございません。すでに切り分けてありますのでそのままお召し上がりください」
「えっ! なんで?」
「決まりですので」
 思わず屋敷の主人である旦那様に顔を向けたが、こちらに一瞥も与えず淡々と食事を進めている。あの様子だと答える気はなさそうだ。

「スプーンとフォークが木製なのも決まり?」
「はい」
 アルチュールも必要以上の受け答えをする気はないみたいだ。
 ナイフがないのはすごく困る。せめてスプーンかフォークが金属製だったらなんとかなったかもしれないのに。

 豪華なお皿にのった肉料理をちらりと見る。切り分けられたであろう肉が明らかに大きい。料理長は一口ずつ切り分けたつもりだと思うが、その基準が完全に旦那様のものだ。
 これ、絶対僕の二口分くらいあるよな。結婚早々、食べ物を口いっぱい頬張るなんて真似はできそうにない。下手したら口から飛び出そうだ。
 そんなことになったら今以上に旦那様と心の距離が開きそうで恐ろしい。

 とりあえず一口が大きすぎる問題は置いておいて、旦那様と会話を楽しむことにした。
「あのっ、旦那様の好きな食べ物は何ですか?」
「……肉」
「美味しいですよね。旦那様はどんな肉が好きですか? ちなみに僕は脂身が少ない肉が好きです」
「魔物を、焼いたやつ」
「魔物肉ですか。王都では出回ることが少ないので疎くて……どのような魔物ですか?」
「オークはよく食べる」
「懐かしい。実家の領地にいた頃はたまに食べてました」
「そうか」

 会話が止まった。次は僕の好きな食べ物を聞かれる流れだ。わくわくしながら旦那様を見つめると、ナプキンで口を拭っていた。
「先に行く。君はゆっくり食事を楽しむといい」
「あ、はい。お気遣いありがとうございます」
 旦那様は僕の返事を待たずに席を立って行ってしまった。
 
 微動だにしないアルチュールと二人きりになった食堂は泣きたいくらい静かだ。
「僕さ、甘いものが好きなんだ。特にフルーツ。自然な甘みがいいよね」
「はぁ。デザートをお持ちしましょうか」
「うん、お願い」
 アルチュールに『この人はいきなり何を言ってるんだ』という顔をされた。付き合わせてしまって申し訳ないけど、好きな食べ物を言いたい衝動を抑えられなかった。

 大好きなはずのデザートも広い食堂で一人きりだと作業のように食べてしまう。
 もったいないからアルチュールとゆっくり会話をしてその日の夕食を終えた。
 アルチュールの好きな食べ物は野菜全般で、旦那様と真逆だなと思った。


 翌日、ジョゼフの仲介で料理長と直接話しをすることができた。話題はもちろん切り分けた肉が大きすぎることについてだ。
 料理長は旦那様以上に大柄な人で、その身体を小さく縮こませながら僕に何度も謝った。
 僕は「次から小さくしてくれたらいいから」と怒っていないことを強調したけど料理長はしばらく頭を下げていた。
 落ち着いたあと美味しい食事への感謝を伝えたら、料理長が照れたように笑ってくれたのが印象的だった。


 五日後、僕はすっかり習慣となったジョゼフとのお茶会で弱音をこぼしていた。
「旦那様の、情報が、なさすぎる!」
「ノア様?」
「旦那様と全っ然お話ができない! 今のところ肉好きの力持ちってことしかわかってない!」
「情報が雑すぎません?」
「僕だってもっと旦那様の意外な一面とか知りたいよ」

 本当に全くと言っていいほど旦那様と話をする機会がないのだ。夕食も最初に二人で食べて以降、ご一緒することはなかった。
 何か粗相をしたのかとアルチュールに聞いても特にないと返されて終わった。
 レジスに旦那様と一緒に夕食を食べたいから何時間でも待つと伝えたら困った顔をされて、強引な手は使えないことを悟った。

 紅茶を一口啜って気持ちを落ち着かせる。
「相手のことを知る手段って話をするくらいしか思いつかないや」
「それが一番ですもんね。あ、昔僕の幼馴染がパン屋の娘を好きになって毎日熱心に通い詰めてましたよ。その子の欲しいものとか完璧に把握してて、気持ち悪かったけど感心した記憶があります」
「相手をよく観察するってことかぁ」
「まあ、これは平民同士の色恋なので参考にならないと思いますが」
「いやいや、すっごい助かるよ!」

 僕の言葉にジョゼフが嬉しそうに笑う。貴族は幼い頃から結婚相手が決まっていることが多く、恋愛の話は夢物語になりがちなので本当にありがたい。

 それにしても観察かぁ。たしかにいい作戦かもしれない。
 旦那様は背が高いしお顔も怖いから対面で話をするとどうしても緊張してしまう。そのせいで会話がぎこちなくなっている気がする。
 遠くから旦那様を観察したら話が盛り上がる情報を掴めるかもしれない。

「決めた!」
「はいっ!」
 立ち上がって宣言すると、ジョゼフが元気よく返事をしてくれた。
「明日から旦那様を追い回します!」
「頑張ってください! そうだ! レジスさんとアルチュールさんにも協力してもらいましょう」
「ジョゼフ頭いいね! 今から頼みに行こう!」
 紅茶を飲み干してジョゼフと二人で部屋を飛び出す。

 結果、家令のレジスには渋い顔で協力を断られた。そして彼は、そんなに余裕があるならとジョゼフに仕事を山のように割り振って持ち場に戻っていった。

 仕方がないので僕一人でアルチュールにお願いしに行く。
 アルチュールは意外にもあっさり「面白そうだから」と協力を約束してくれた。
 冷たく拒否されるかもと思っていたので拍子抜けだ。でもまあ、協力してもらえることになって本当によかった。

「明日からよろしくね!」
「はい。よろしくお願いいたします」
 アルチュールと握手を交わす。未来への期待を込めて手を上下に大きく振っておいた。
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