ひとひらの恋

流誠

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ひとひらの恋

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       『一会…』
      

      

      本条かなで。
僕はこの名前を生涯忘れることはないだろう。

君と過ごした一年と三ヶ月。
それはまるで昨日のことのように僕の心に刻まれている。きっと記憶の奥の深淵にまで浸透していき、何れは永遠というものに名を変えていく……

はじめて知った本物の恋。
そして失うことの絶望感。
感情の起伏が全て詰まったような
今でも忘れられない人…。


そうあれは今から三年前。
桜が開花し始めた頃。
春の陽気に包まれた眩しい日差しの降り注ぐ日だった…。

その頃僕は食品会社に勤めていて、新商品のスイーツの企画、開発に携わり、営業としてプロジェクトに参加させて貰っていた。

「カリふわ新食感 魔法のパンケーキ」
をキャッチコピーに半年前から商品開発に携わってきた。
主なチームとして、開発、調理担当の二つ年上の先輩「椿 早苗」さん。
開発兼営業担当の十二歳年上の大先輩「岩城 健吾」さん、そして開発、営業担当の僕「二ノ宮 優斗」の三人で課長を説得し、遂に横浜にある商業施設の中庭でプレオープンにまでこじつけた。

中庭にはキッチンカーを置かせてもらい、「魔法のパンケーキ」のステッカーをボディに貼り付け大々的にアピールしている。
商業施設の中にはレストランやカフェが軒並み犇めき合っていて、そのひとつにあるレストランの厨房の一角を借りてパンケーキの生地を作り、焼き上げ、その上にカラメルソースをいい具合に焼き目を付ける。この絶妙な焼き加減は職人である椿さんしか作り出せない。そして究極のふんわり食感を引き立たせる企業秘密である謎めいた数々の調味料……
さすが元パティシエ。

焼き上がったパンケーキをキッチンカーで生クリームとミントの葉を添える。
運びとキッチンカーでの作業は岩城さんと僕が担当する。

早速椿さんは生地作りに没頭していた。
岩城さんも椿さんのフォローに入っている。
その時椿さんから指示が入る。

「ここは二人いれば大丈夫だから、二ノ宮くんは表をお願い。もうすぐ派遣の子たちも来るでしょ」

「あっ、はい。わかりました。
じゃ岩城さんよろしくお願いします」

「了解、ここは任せといて。派遣さんたち任せるからね」

「かしこまりです」
派遣の担当は僕に任されていた。

僕は中庭でテーブルを一脚ずつダスターで拭いて回る。
オシャレなテラス席がいくつも並んでいて、どの店で買った商品も自由に座って食事やティーを楽しめるようだ。

今回地道にこの施設に足を運んで、営業をしてきたおかげで中庭の中央に位置する場所にキッチンカーを設置させて頂けた。かなり目立っていて、いい成果を十分期待出来る。
テーブルの三分のニほど清掃を終えたあたりで後ろから声を掛けられた。

「派遣会社から来ました植野美香と申します…二ノ宮さんと言う方いらっしゃいますか」

「あぁ、お待ちしていました。
担当の二ノ宮です。
あれ?ニ名だと聞いていたのですが」

「あ、すみません…
本条と言う者が、今横浜駅にいるみたいなんですけど少し遅れるみたいで…
すみません」

「そうですか。
分かりました、駅で迷っちゃったかな」

「じゃ二人揃ってから商品説明と販売の手順教えますので、そうだな…
じゃ取り敢えずテーブルの清掃をお願い出来るかな」

「はい、わかりました」
テキパキと二十分程で清掃を終わらせた植野さんに、今日自分たちが販売するパンケーキの説明を兼ねて試食してもらうことにした。

「今日朝食は食べてきた?」

「えっ、あっいえ…」

「じゃ試食兼ねてパンケーキ食べてみてくれないかな」

「そんな…悪いです…。」
その時駆け足で女性が駆け寄って来た。

「ハァハァ…遅れて申し訳ありません。
本条かなでです…本当にすみませんでした」

「あぁ、大丈夫だよ。駅で迷っちゃったかな」

「いえ、あの……ハァハァ……駅でお婆さんが転んでいて、起き上がれないでいたので一緒に駅員さんがいる所までゆっくり連れて行ってました。本当にご迷惑お掛けしてすみませんでした」

内心、嘘でももっとマシなのあるだろうとその時の僕は思っていた…。

「あっ、丁度今から説明を兼ねてパンケーキの試食をしてもらおうと思ってて。
食べれる?来て早々食べ辛いか…ハハ」


「あの………
私、食べてみたいです。
魔法のパンケーキなんて初めてですし、しっかり味を確かめてお客様に説明したいです。来て早々失礼じゃなければ…」

「………」

僕は直感的にこの子は真面目だと思った…妙に説得力を感じたし、何よりも嬉しかったんだ。

「わかった。じゃすぐに用意するよ!」
急いで厨房に行って椿さんに了承を得る。

「ちょっと、かなで何やってんのよ」

「ごめーん、美香。本当ごめんなさい…。お婆さんが困っててね……それでね…            」

キッチンカーでパンケーキを半分にカットして生クリームとハーブを添える。
急いで二人の席に持って行く。
「お待ち遠様」

「お忙しいのにすみません…」

「いいよ、いいよ。じゃ座って食べてみて。率直な感想も聞きたいしね。ハハ」

「じゃ、いただきまーす」
植野美香が元気に言うと本条かなでも続けて「いただきます。」と木のフォークで感触を確かめるようにそっと割って食べていた。

「んん……美味しい……何この食感!!」
「本当だ…美味しい…」

二人共、目をまんまるとさせて、とても幸せそうに食べている。

「この食感って新しいと思います。
二ノ宮さんが作ったんですか?」

「いやいや、僕は提案しただけで、作ったのは奥にいる椿さん、
元パティシエなんだよ」

「すごーい!」
本当に魔法のパンケーキですね。なんだろう…カラメルソースが網目状にいい割合でカリッと良いアクセントになっていて後からくるパンケーキのふんわり感が引き立ってました。
絶対売れます」

「ありがとう…なんだか狙い通りの模範的な返答で驚いたよ…ハハ」
いやはや若い子たちのスイーツのレビューは侮れないと思った。
恐るべしと言うべきか。。

そこへ椿さんと岩城さんがワゴンカートに大量のパンケーキを運んで来た。

「さぁさぁ、お仕事、お仕事。
二ノ宮くん、トッピング一つ一つ丁寧にお願いね」

「今日はよろしくお願いします、本条です。」
「植野です」

「よろしくね。私たちの魂の逸品なので頑張って売ってね…フフ」
本当にこの商品には僕たちの魂が入ってる。いよいよだ!

「はい、頑張ります!」

「売り子も良いから絶対売れるよハハ」
岩城さんもこの日をずっと待ち望んでいた。

僕はキッチンカーに潜り、一つ一つ丁寧に仕上げていく…。

そしてオープンを迎えた。
出だしは好調だった。
しかし、不思議だなと思う。
売り子が若い女性だとこんなにもスイーツに華を添えると言うか、言葉に説得力が出るというか…。
"魔法のパンケーキ"と言う言葉に魔法をかけるように……

「カリふわ新食感  魔法のパンケーキ
本日限定販売致しておりまーす」

「本日プレオープンでーす。
初めての食感を是非お試しくださーい」

二人とも元気いっぱい声を出して頑張ってくれている。
こっちまで元気を貰えるようで中庭は華やかな雰囲気に包まれていた。

モーニングの時刻が過ぎ、ランチの時間に差し掛かる頃少し落ち着いたので、二人には今のうちに昼食を取ってもらった。
二人がいない間も一頻り声を出してアピールする。
「新食感 魔法のパンケーキ是非お試し下さーい」

そこに椿さんが声をかけてきた。
「二ノ宮くん、午後からが勝負だよ。
目標の三百個絶対完売したいから…
課長も後で見にくるらしいよ。
しっかりアピールして行こう」

「はい、分かりました!」
椿さん、気合いが入ってるな……
そりゃそうか、この施設でデモンストレーションを兼ねた販促をする為に課長に何度も噛み付いて経費の予算を吊り上げてくれたもんな。

お昼過ぎに二人が戻ってきた。

岩城さんに販売をお願いして、軽くミーティングを行なった。

「お疲れ様です、お昼が過ぎた時点で71個売れています。僕たちは本社に三百個売る目標を立てて来ています…。
一般的にランチタイムが終わり、ここからがおやつの時間です。ここからが勝負です!一人でも多くアピールをお願いします。では頑張りましょう!」

彼女たちは一緒懸命に声を出して頑張っている。
だがお客の動きに朝のような勢いは無くなっていた…

中弛みな状態が続く…。
僕は内心焦ってきていた。

十五時を過ぎて百十四個…まだまだ二百個近くある…。このままではマズい。何とかしなくては。焦りだけが募ってゆく。
今の僕には懸命に叫ぶように声を出すことしか出来なかった。

十六時になっても勢いは出ない…。
そんな中、厨房に課長と役員二人が顔を出した…。椿さんに状況を確認しているようだった。そして中庭にやってきた。

「いやいや二ノ宮くん。苦戦しているようじゃないか…。散々大口を叩いて経費をかけたんだからね。このまま閉店迎えてしまったら大赤字になってしまうよ…。もっと頑張ってもらわないとな」

「わかっています…。必ず目標の三百個売りますから」

「まぁ口先だけで終わらないようにな。
結果が全てだぞ…頼むな」


僕は情けなくなった…。
椿さんも僕の想いに賭けてくれていた。
なのに…無力だった。
MD戦略が甘かったのだ…
 
でもやるしかない。
二人の元に戻った時、課長とのやりとりを見ていた本条かなでが強い眼差しで僕を見た。

「すみません、二ノ宮さん。
一つ提案があります」

「……」

僕は彼女の言葉に縋るように聞き入った…
「もうお客様に商品説明も呼び込みもアピールも散々しました。だけど売れない…あんなに美味しいのに売れない…
何故だろうとずっと考えてました。
それであることに気付いたんです。
もうお客様の耳にアピールしてもイメージ伝わらないなと…
私が一発で魔法のパンケーキの虜になれたのは舌なんです。
私たちにしていただいたように試食を提供して舌に直接アピール出来ないでしょうか…あの食感は一切れで十分伝わります。試食の提供お願いします」

驚いた。。

おそらくこのまま販売を続けても先は見えてる…
こんな若い子が僕なんかが思いもつかなかったことを提案してきた…
僕は提供する側の怠慢だったのだろう。
彼女は純粋に美味しさを簡潔に伝えようとしていた。

僕の心は高鳴った。

「よし。やってみよう」
もう迷いはない…

迷っている時間はない。藁にもすがる思いで彼女に賭けてみることにした。
岩城さんを呼び、厨房に入って椿さんに意見を求めた。

「なるほどね…。それ良い案だと思う。
時間がないよ、すぐ取り掛かろうよ。
私が出来る限り原形留めるようにカットするから」

「若い子たちがスイーツ流行らせるのわかるね…。うん、それで行こうよ」
岩城さんも関心しているようだった。

去り際に椿さんは言った。
「彼女の案に賭けてみよう…三百個完売する為に」

「はい!」

僕たちは消えかかっていた闘志に火が着いた!
意味もなく三人は微笑んでいたんだ。

カットされたパンケーキに楊枝を刺して皿に盛り付ける。その皿を植野美香と本条かなでに渡してテーブルのお客様に説明しながら試食を口に運んで頂く。
僕は前を通る通行客に摘んで頂く。

ここから快進撃が始まった…。

口にした人達から「美味しい」「美味しい」と称賛の嵐が吹き荒れて次々にキッチンカーに並び出した。

中で盛り付けている岩城さんもフル稼働している。
「ごめん、二ノ宮くん厨房に行って次のもらって来てくれるかな」

「了解です!」

厨房でも椿さんが次々と焼き上がったパンケーキにカラメルを均等に仕上げていく…。

「はい、上がったよ。
持ってって」

「はい!」

まるで戦場だった…。
なんとも心地良い戦場…

キッチンカーには列が出来ていた。

忙殺の岩城さんに新たなパンケーキを手渡す…。
「いやぁ二ノ宮くん、すごいことになったね。やっぱりこのパンケーキ美味しいんだよ。きっかけを作ってくれた彼女たちにも感謝だね」

「はい、本当にそうですね。
僕このメンバーに感謝してます」

「もう一踏ん張り頑張ろうね」

「はい、絶対目標数売りますから岩城さんも大変ですけどよろしくお願いします。」

「任しといてよ。みんなで気持ち良く終われるよう踏ん張るからさ」

植野さんはキッチンカーに並んでいるお客様の会計とお渡しに追われている。

テーブル周りでは本条かなでが試食を持って説明しながらアピールする。
ふと耳に入ってきた会話に興味を持った。

「この魔法のパンケーキ、日本初で今日ここでしか食べられませんよ。絶対インスタ映えします。良かったらお味見して下さい。友達に自慢しちゃいましょう」

なんと今時なセールストークだろう。
これが女子たちに受けるとスイーツが流行るという鉄板の法則なのだろう…。
若い女性たちの情報網は侮れないのだ。

ほぼ百パーセントの確率で試食を受け取り、七割の確率で購入に繋がっていた。

僕は本条かなでの魔法のような接客に、この世の奇跡を目の当たりにするように見入っていた。

僕も負けちゃいられない。
随所にフレーズを織り込んで真似た…。
目標に向けて一丸となって売りまくった。
行列は続いた…。
そんな中、サプライズな出来事も起きた。
別件で来ていた情報番組の取材陣がこの騒動に目を付けてアポなし取材を申し込んできた。
急遽椿さんが会社に事情を説明し、許可を得た。

このちょっとした行列と、「カリふわパンケーキ」をインタビュアーがオーバーリアクションで食べてもらえる撮影まで行った。そしてリアルタイムで放送された…。
運さえも味方につけて最後の追い込みに差し掛かっていた。

現在十八時十五分。。
十九時三十分が僕たちが借りているスペースのクローズ。閉店時間だ。

あと一時間と少し。
目標数まで残り六十四個…

かなり列も途切れるようになっていた。
もう一波欲しい。

そしてもう一度奇跡が起こった…
TVの放送を観た近隣の人達が「パンケーキ」を求めて訪れたのだ。

こんなことって……
中にはSNSに上がった画像を見て、来店した人もいた。
改めてメディアやSNSの情報のスピードの速さに驚かれた。

全てのパンケーキを焼き終えた椿さんも総出でキッチンカー周辺で販売した。

まさに一丸だった…
一人一人が心を込めて説明をして、心を込めて手渡す。
そして遂に最後の一個を手渡し、全員で「ありがとうございました」
深々と頭を下げてお見送りする。

今まで生きてきて、こんなに大変な思いをしたことはない。
同時にこんな達成感に浸ったこともない

僕は頭を上げると涙が溢れ出ていた。

「こらこら二ノ宮優斗…何泣いてんの…まったく…」
椿さんは半分呆れた様子で言ってきた。

「すみません…なんか緊張が解けたのと、嬉しさが込み上げて来て…」

「そうだよね…。二ノ宮くんずっと気負って頑張ってきたもんね。」

「いえ、岩城さん、椿さん、本当にありがとうございました…。無事に目標売り切ることが出来たのもお二人のおかげです。僕は良い先輩たちに恵まれて感謝しています」

「おいおい、大事な二人組を忘れてるぞ…」

「いやいや忘れてないです。植野さん、本条さん、お世話抜きに今日完売出来たのは君たちの力です。本当に一生懸命頑張ってくれました。僕は何度君たちを見て励まされたか。
ありがとうございました」

「いやそんな…」
植野美香は照れながら謙遜した。。

「えっ…」
ふと本条かなでを見ると、ぼくに同調されたのか目を潤ませていた…。

「ごめんなさい…
なんだか私も感動してしまって」

「もう…かなでー私まで涙出てくるし…」

「ごめん、美香」
いい子たちだな…
このメンバーで良かった。。

「じゃ私課長に電話で報告するから、撤収業者来るまで片しといて」

「わかりました」
岩城さんは手際良く片付けに取り掛かる。

「じゃ本条さんと植野さんはここで上がって下さい」

「手伝いましょうか」

「あー大丈夫。もうすぐ撤去してくれる業者がくるから、お腹も空いたでしょハハ」

「…はい。ペコペコです」

「あっそうだ、二人共すぐ帰っちゃう?」

「ここ夜景綺麗だからぷらっと海見てご飯食べて帰りまーす」

「もし良かったらさ、今日のお礼も兼ねてご馳走したいんだけど…どうかな?」

「そんなー悪いですよ」

「大丈夫。今日本当に二人のお陰で気分が良いからお礼させて」

「そこまで言われるとなぁ…ハハ」
植野美香は明るく答えた。
「ちょっと美香。二ノ宮さんに悪いでしょ」

「よし、じゃ決まりね!
あっ、ただ十九時半に業者が来るから手続きして二十時前くらいになるけど大丈夫かな?」

「少しぷらぷらしてますので大丈夫でーす」
戻ってきた椿さんに声を掛けた。

「あっ、椿さんこれから皆で打ち上げ行くんですけど行きますよね?」

「私これから課長に呼ばれててさ。
課長二ノ宮くんを褒めてたぞ。
なかなか根性あるってさ」

「よく言いますよー。散々プレッシャー与えといて…」

「会社なんてそんなもんだよ。
結果が全てで、その後の対応もコロッと変わるものなんだから」

「はぁそんなもんですかね…」

「あっ、可愛い二人に手出すなよーハハ…」

「あのねぇ…椿さん。。二人共恩人ですからね…」
 
岩城さんは行きますよね? 
「あー、ごめん二ノ宮くん僕も本社に戻って報告書作らなきゃいけないんだよ」
「えー、岩城さんまで…」

「ごめん、ごめん。日を改めてまた行くからさ」

「はぁ…わかりました」

「じゃ本条さんと植野さん、先店入ってて。これ名刺渡しておくから後で連絡して」

「はい。わかりました」

一足先に椿さんと岩城さんは本社に戻った。僕は撤去業者に引き継げるよう調理器具やら什器をまとめていた。

程なくして業者が到着して引き継ぎ作業を行なっていた。
その時着信が入った。

「はい、二ノ宮です」

「お疲れ様です、本条ですけどまだお仕事中ですか」

「今終わったところ。どこに行けばいいかな?」

「えっと…、そちらから駅に向かって少し歩くと、竜宮城って書いてるでっかい提灯が目立つので分かると思います。
そこにいます」

「了解、じゃこれから向かいます」

「はーい、お待ちしていますね」
後は業者さんに任せて、駅方向へ向かった。
目的の場所はすぐ見つかった。
本当にでかい提灯だな。
店に入ると中央はカウンター席になっていて回りを個室席で囲むような作りになっている。
すると奥の個室席からひょっこりと植野美香が顔を出した。
「二ノ宮さーん、こっちでーす」

元気いっぱいに案内されて席に着いた。
「二ノ宮さん、居酒屋でも大丈夫でしたか?」

「全然大丈夫だよ。むしろ飲みたかったし…ハハ」

「なら良かった…」

「私は普通の店のほうがいいかなと思ったんですけど、かなでが二ノ宮さん疲れてるんだから近くで迷わないようにわかりやすい店がいいって」

「気を使ってもらったんだね。ありがとう」

「いえいえ。ビールでいいですか?」

「あっ、うん」
本条かなでが手際良くタブレットに注文する。

「先に料理だけ頼んじゃいましたけど嫌いなものとか大丈夫ですか」

「大丈夫。なんでも食べるから、
料理だけ頼んで飲まずに待っててくれたの?」

「はい。さすがにそれは」

「ごめん、ごめん。気を使わせちゃって」

すぐに飲み物が運ばれてきて乾杯をした。
「今日は本当にお疲れ様でした。
君たちのおかげで僕も会社でいい顔出来ます。感謝しています」

「良かったです。夕方会社のお偉いさんがすごく嫌な感じだったので私も見返してやりたいと思って」

「あー、あれ見られてたか…ハハ
ともかくお疲れ様でしたー」
僕は嬉しいのと緊張が解れたのと結果が出せたことに舞い上がっていて、いつもより早いピッチで飲んでいた。

「そう言えば二ノ宮さんて、あの綺麗なお姉さんと付き合ってるんですか?」
植野美香が唐突に質問してきた。

「えっ。あっもしかして椿さんのこと?
いやいや僕なんて足元にも及ばなくて、そもそも男として見てもくれてない感じハハ」

「えーなんかいい感じに見えましたけどね…。二ノ宮さん爽やかでモテそうなのに」

「いやいや全然だよ…
ここ最近は恋愛と言うものは全く」

「えっじゃ今彼女さんとかいないんですか。」
今度は本条かなでが聞いてくる。

「今いないかな」

「二人はモテモテでしょ…」
私はいるんですけどねー今ケンカ中です。今かなでフリーなんで二ノ宮さんチャンスですよハハ」

「こら美香ー二ノ宮さんに失礼でしょ」

「だってかなでも気になるって言ってたじゃん…」

「あー美香!
ごめんなさい、二ノ宮さん美香酔っ払ってて、気にしないで下さい」

「ハハ本当だったら嬉しいけどね」

「えっ…あの…本当です…けど」

「あーかなで何照れてんの…。顔真っ赤だよ」

「これはお酒のせいでしょ…もう美香!」

「ちょっと二ノ宮さん聞いて下さいよー、彼氏がね私といると面倒くさいって言うんですよー、酷くないですか?
LINEとかも普通相手のチェックとかしますよね?この前もすごくキレられちゃって」

「相手のは見ないほうがいいよ、
付き合っててもプライバシーはあると思うから」

「えー、そうなんですか、だって他の女とやりとりしてるし」

「友達でしょ。植野さんみたいな可愛い子と付き合ってて浮気とかしないよ…
それにそんな証拠残さないよ、やましくないから残せるんじゃないかな」

「んん…そうなんですかね、
なんか二ノ宮さんって大人ですね。
かなでもね、最近別れちゃって。
だから新しい恋をして欲しくて…
二ノ宮さんかなでのことどうですか」

「美香!二ノ宮さんだって困ってるでしょ」

「いや、正直可愛い人だなと思ってます。だけど…だけどね、そんな無理に彼氏のこと忘れなくていいんじゃないかなって…。寧ろそんな簡単に忘れられないよね。本当にその人のこと好きだったんでしょ。
僕はその彼氏の代わりは出来ないから、ゆっくり時間をかけて僕だけを見てもらえるようになった時は必ず」

その時だった。本条かなでは俯きながら泣き出した……

「あっ、ごめん…なんか余計なこと言っちゃったかな…本当ごめん」

「ちょっと、かなで…どうしたの。
もうしょうがないな…
あっ、二ノ宮さん気にしないで大丈夫ですからね。最近かなで情緒不安定というか…」
僕の悪い所だ。。
相手の気持ちを考えずに付け付けと言いたいことを言う。
いつも余計な一言が多い。特に恋愛絡みは反省ばかりしている気がする。

場の空気が一瞬で凍りついた。
この気まずさを掻き消すように僕はひたすら喋る。
趣味がカメラだったり、スイーツ好きだったり、一人映画館で感動して泣いたり、仕事の失敗話など、とにかく1人で喋った。

気がつくと二人は笑ってた。

ともあれ良かった。。

本条かなでも落ち着いたようだった。
「二ノ宮さん、ごめんなさい…
こんな奴嫌われちゃいますよね。
ごめんなさい」

「二ノ宮さん気にしないでいいですよ。
かなですぐ泣くから。特技みたいなもんなんです…ハハ」

「あー美香ひどーい…」

「うそうそ」
ちょっと焦ったけど、その時の僕は本条かなでの全てに一生懸命な姿勢に惹かれていたのかも知れない。

いい時間になっていた。
「じゃそろそろお開きにしようか。
先に外で待っててくれる」

店員さんが伝票を持ってくる。
二万三千四百五十円…結構な値段だったけど、彼女たちはそれに見合った仕事をしてくれた。いやそれ以上に助けてもらったから安いものかも知れない。

外に出ると二人は財布を出して待ち構えていた。
「二ノ宮さん私たち沢山飲んでしまったのでせめて割り勘にして下さい」

「居酒屋選んだのも私たちですし」

「なになに、二人して…ハハ
今日は2人にお礼だって言ったでしょ。
一生懸命頑張ってくれたお礼。
僕ね、今日奇跡みたいに思ってる…正直何度ももう無理かなって諦めかけたんだけど本条さんの提案と植野さんの即決力に心熱くなってどれだけ救われたか…。改めて本当に感謝してます」

「なんかそこまで言われると照れますなぁ…へへ」
植野美香が戯けて言った。

「でもすごい金額だったから悪いです」
本条かなでが心配気に言う。

「じゃあさ、もしまた次回飲むことあったらその時はお願いしまーすハハ」

「いいですね、それっ!
わかりました。じゃ次回私たちがご馳走しますからね。
多分すぐだと思います…へへ」

「了解、楽しみにしてるよー」

三人で横浜駅まで歩いた…
本条かなでは植野美香に支えられながらフラフラと歩いている。
「本条さん大丈夫?」

「いつもこんなに飲まないんですけどね…嬉しいことでもあったかな」

「本条かなでが無言で植野美香の脇腹をくすぐる」

「キャハハ、ごめんごめん…」

二人共仲良いんだな。
駅に着くと植野美香が
「二ノ宮さんどの路線なんですか?」

「僕は湘南新宿ラインだけど」

「おっ。かなでと一緒です、
私、東急東横線なので、かなでお願いしてもいいですか。
恵比寿で降ろして下さい、駅から五分なので歩いて帰れると思いますので…」

「あぁいいよ。じゃ今日はお疲れ様でした。また飲もうね」

「はい、じゃお疲れ様でした、かなでをすみません…ハハ」

植野美香と離れて、本条かなでに一応確認を取る。
ちょっと肩持つよ。
植野美香が支えていたように本条かなでの肩を持ち、こちらに寄り掛けて歩いた。
「大丈夫?」

「はい…すみません…」 
 ホームへのエレベーターに乗り、丁度来ていた電車を一本後らせた。
本条かなでを座らせたかったからだ。

次の電車で無事座らせて、猛烈に眠そうな本条かなでに言った。
「恵比寿で起こしてあげるから寝てていいよ」

「すみません…」
そのまま本条かなでは僕の肩に頭をもたれかけて眠っていた。
彼女の髪からいい香りがして、僕は束の間の幸せを噛み締めていた。
この満員電車でさえも今の僕には世界は幸せに満ち溢れていたんだ…。

車内アナウンスが次の恵比寿を伝える…
「本条さん、次恵比寿だよ」
「あっすみません…ずっともたれてしまって」

「ううん…全然大丈夫だよ」

改札まで送るよ。

「そんな…遅くなっちゃいますよ」

「階段危ないから、さっ行くよ」

本条かなでの肩を抱き寄せ、ゆっくり階段を降りる。改札前で端に寄せた。

「今日は本当にありがとう。
いっぱい助けてもらったし、本条さんのこともっと知りたくなったよ」

「私もです…また近々会いたいです」

「僕も…ハハ」
 
「一人で歩ける?」

「はい、家近いのでなんとか帰ります」

「うん。じゃ気をつけて。
お疲れ様でした」

「はい。二ノ宮さんもお疲れ様でした」

改札を出た本条かなでを見えなくなるまで見ていた。壁で見えなくなる直前、彼女はこちらを振り向いて大きく手を振った。
僕も手を振り返す。
僕はホームに向かって歩いてゆく。
電車を待ちながら本条かなでの髪の匂いを思い出していた。
何もかもが上手くいきそうな、幸せな気持ちに包まれていたんだ…


その時の僕はまだ知らなかった。
本条かなでには絶対に触れることの出来ない心の領域があることに………






       『光悦…』



横浜のプレオープンから三日が過ぎていた。あの日以来、問い合わせが殺到している。

どこで売られているのか、どういうレシピで作れるのか。専属で契約結びたいなど、予想を超えた大反響となっていた。

僕たちの仕事のメインとなるのは商品を作り出して、自社系列のカフェで売り出しながらオファー頂いたお店にレシピを落とし込んで、食材を自社からオーダーして頂く。お店サイドも流行りのメニューとして全体の活性化を図れるなどのメリットがあるのだ。

メディアやSNSなどを通じて時代は生まれゆくというプロセスを実感していた。

椿さんはその対応に追われまくっている…。今回の立役者となった椿さんは近々商品開発主任に大抜擢される。

本当にこの人はすごい商品を作ったんだなと染み染み思う…。

「あっ、二ノ宮くん。今日ある店の打ち合わせに同席して欲しいんだけど…」

「えっ。はい、わかりました。
今日はどこの店なんですか」

なんと、あの「ピエール・ド・ショコラ」

「えっ、あのパリで一つ星を獲得したと言う名店の?」

「そう。昨年麻布十番に日本一号店が進出したでしょ」

「まさかそこからオファーが?」

「まだそこまでじゃないんだけど…
作って欲しいと依頼があってね」

「うわっ、すごいですね…。
なんか緊張してきました」

「それ私だから…ハハ』

「十四時から出発するから
空けといてね」

「かしこまりです」
僕は岩城さんと一緒にオファーをいただいたお店に出向いた。商談を重ねた後に椿さんを引き連れて作業工程やレシピを落とし込み、詰めに入る。

商談を終え、軽いランチを済ませて本社に戻った。
椿さんと電車で麻布十番へ向かう…。
食材と調理器具一式お店側で手配してくれている。

これが「ピエール・ド・ショコラ」
なんて立派な店構えだろう…
一つ星を取得したパティシエ。
商売をする上で最強の称号なのだろう。

カランとドアを開ける、
「こんにちは。十六時にお約束している椿と言う者ですが…」

「あーいらっしゃい。お待ちしておりました」
雑誌で見たことがある顔だった。
自分と歳も然程変わらない、まだ幼なささえ感じるその男性がカリスマと呼ばれているパティシエだ。

「あなたがあのパンケーキを開発された椿さんですね。今日はお忙しい中お越し頂きまして申し訳ありませんでした。
どうしても食べてみたくて、お呼び立てしてしまいました」

「いえ、こちらこそ恐縮です…
あの有名なパティシエの神崎様にお招き頂けるなんて夢のようです」

「ハハ そんなオーバーな。
すみません、早速なんですが調理お願い出来ますか。楽しみで仕方なくて」

「わかりました」
客席の奥にスタッフルームのような別室が用意されていて、そこで僕たちは雑談をしながらパンケーキが出来るのを待っていた。
途中何度か神崎さんは厨房に見にいき
椿さんとパティシエ同士の話をしていた。

そして「カリふわ魔法のパンケーキ」が完成し、神崎さんとメインのスタッフたち3名に試食を召し上がってもらった。

なんだろう…この味わったことのない緊張感。。僕が作ったわけじゃないのに心臓がバクバク波打つ。
ふと椿さんを見ると、真っ直ぐに彼等が食べているのを自然体で眺めている。

神崎さんは声を出さずに、少し頷きながら何かを確かめるように噛み締めているようだった。
そして唐突にスタッフに向けて、
「これ面白いな…」
「はい。カラメルソースの焼き加減が絶妙にいいですね。カリカリする舌触りが熱で溶けてパンケーキの柔らかさに上手く溶け込んで、どちらの主張も邪魔してない感じで」

「そうだよな…。
やっぱりイメージ通りでしたよ椿さん。
実はね、僕のパティシエ仲間から面白いパンケーキがあると勧められましてね、
あなたの職歴や熱意まで聞いて、是非お会いして食べて見たかったんです」

「えっ。そうだったんですか、
こんな私なんかに一体誰が…
あっ、もしかして」

「そう、甲斐くんだよ」
 
「私の大先輩です。あの人に洋菓子を教わりました」

「甲斐くん言ってたよ。
彼女には僕にはない感性を持ってるって。昔から誰も思いつかない面白いことを考えつく人だったとね」

「とんでもないです…。
このパンケーキも、ここにいる二ノ宮が
発案者です。私は彼の熱い想いに共感して、彼の描くものを形にしたまでです」

「へぇ…彼が発案を?
どちらかの店で修行を?」

「あっ、いえいえ。すみません私は全くの素人です。ただスイーツが好きで、こんなスイーツあれば食べたいなぁって発想のみが私の原動力でして」

「ハハハ それはいい。
でもね、その発想が大事なんですよ。
僕たちはコンテストに入賞する為とか、店に恥じない物とか、どうしても見た目に拘ってしまいがちなんです。
いつからか、そう言う自分の純粋な発想を忘れて肩書きに縛られてしまってたりとかね」

「恐れ入ります…
僕なんかに勿体無いお言葉です」

「しかし、ある意味では最高のパートナーということになりますよね。
二ノ宮さんが想い描いた作品を椿さんが形にしていく。
そこには技術とか経験は勿論必要でしょうけど一番大事なもの……
僕はね、熱い想いだと思います。
あなたたちのパンケーキには目新しさもありますが、何よりこのパンケーキを幸せそうに食べている人の姿が思い浮かぶんです。
私たちパティシエは機械には真似出来ないんです。毎日微妙ですが食材の状態も違います。いや違って元々なんです…。その微妙な違いを五感を研ぎ澄まし、その小さなズレを微調整して、毎日同じ味に近づけて精進を繰り返していく。
これが職人というものだと私は思っています」

目から鱗だった…
僕が思い描いていたパティシエという域を超えていた。
誇り高きその職人魂に、そして僕はスイーツと呼ばれるお菓子の更なる深みを知った気がしたんだ……。

帰りの電車で椿さんはあまり喋らなかった。
「二ノ宮くん仕事終わったら、ちょっと付き合ってくれないかな」

「はい、わかりました…」

僕には何となくわかっていた。

その夜、椿さんが指定したお寿司屋に向かった。先に店で椿さんが待っていた。

「おっ、来たね。お疲れ様…」

「お疲れ様です、ちょっと高そうなお寿司さんですね」
小声で僕は言う

「ハハ 大丈夫だよ。今日はご馳走してあげる」

「えー、なんか悪いですね」

「いいのいいの。今日はちょっと相談と言うか、聞いて欲しいことがあってさ」

「……はい。何なりと…」

大きな板に乗って寿司が運ばれてくる。


「今日さ、神崎さんが話してた甲斐さんて人ね…」

「あぁ、椿さんの師匠のパティシエの方」

「そう…その人。去年独立してお店を構えたのよ、それで…誘われててさ…」

「やっぱり…そんな事だと思ってましたよ。最近ずっと椿さん、なんか元気がないと言うか、すぐボーっとしてるし、何かあるなぁって思ってました」

「ほぉー、さすが相方」

「で、どうするんですか…」

「うん…。私ね、今のポジションも嫌じゃないの。新しい商品を作るのに相応しい部署でもあるし、優秀な部下もいるしね……だけど。。
パティシエの時のような直向きさとか、今日こそは今日こそはみたいな探究心は今は持てないでいるかな。
やっぱり私は自分に嘘つけないんだ…。

今の商品はもはや、自分の腕を離れて、どんどん有名になればなるほど粗悪になっていくように思えてさ。
私は自分の手を粉まみれにして自分の手で作ることが好きなんだって染み染み思い知らせるんだよね。
だから…いつかパティシエに戻りたい……

「………」

「やっぱり貴方は職人でしたね。
一つのものを追求し、自分の納得いく物を誰が何と言おうと極めていく。

今の椿さんのポジションを羨ましがってる上層部の人もいます。
本来なら万々歳のはずなのに、それを蹴ってまで自分の追求心に委ねるなんて…
どうかしてますよね。
んん…上手く言えないけど、
けど僕はそんな椿さんが好きです。
そんな生き方をしてる椿さん、カッコいいと思います」

「フフ…ありがとう。
ちょっと涙出そうになったわぁ。
勿論今の仕事に区切り付けてからの話だからね。魔法のパンケーキ、しっかり根付けようね。大事な所だから」

「はい。椿さんの大事な最後の仕事です」

「はい、はい。頑張りまーす。
二ノ宮優斗泣いてもいいんだよ…フフ」

「何言ってんですか。もう」

「じゃ食べようか」
少し照れ隠しするようにお寿司を食べる椿さんはカッコいい素敵な女性だなって思った。
僕も普段食べられない高級お寿司を頂いた……


次の日、椿さんは昨日の悩みなど嘘のような仕事モードになっている。
僕も仕事に追われる日々を送っていた。

横浜のプレオープンから四日が過ぎた頃、一本の着信が入っていた。

席を外して廊下に出る。
折り返し入ってた番号にかけてみる。

三度のコールの後「もしもし」
と懐かしいような声が出た。
植野美香からだった。
内心、本当に連絡をくれたことに関心しつつ、嬉しい気持ちになった。

「あっもしもし、二ノ宮です」

「二ノ宮さん。先日はどうもです。植野です…すみませんお忙しいところ」

「全然大丈夫だよ。
本当に連絡くれたんだねハハ…」

「私たち律儀なので…へへ
あっ、それで今日とかってお仕事終わるの何時くらいですか」

「今日は十九時くらいかな…」

「じゃ今日飲みませんか。この間のお礼したいので」

「そんな気を使わないでいいよー」

「かなでも会いたがってますし、行きましょうよ……『こら…美香』」
小さく本条かなでの声がした

「お金のことは気にしないでいいからねー。でも楽しかったから行きますハハ
何処で飲んでるの?」

「やった…じゃ恵比寿まで来れますか」

「うん、大丈夫だよ。
じゃあさ、終わったらこの番号に連絡入れるから先飲んでてよ」

「はい、わかりました。かなでと待ってますね」

「うん。じゃ夜に」

お昼からは岩城さんと一緒に近々新規オープンする自社カフェに出向き、細かな打ち合わせを行った。

岩城さんはいい意味でマイペースな人だ。どんな状況でも冷静に対応出来る。
僕が熱くなって一線を超えていこうとする時も、いつも穏やかに「まぁまぁ…」と言って優しく諭してくれる器のでかい人なんだ。自分は会社で今のポジションに居られるのも、この先輩たちが僕を理解し、育ててくれているからだ…。自分の知らない所で後押ししてくれて今の自分がある。
きっと奥さんや子供にも飛びきり優しいんだろうな。

夕方になって一通り確認作業も済んで、後は数日後のオープンに向けてスタッフたちの研修のみとなった。

この店も「魔法のパンケーキ」を切り札にして盛り上がってくれるといいな。

本社に帰る電車の中でふと思い出した。

椿さんがよく言っていた。
一つの物が騒がれているうちに次を打ち出す。決して執着はしないこと。
スイーツの流行りは驚くほど飽きが早くて、メディアによって一気に燃え上がるものほどいとも容易く塵になる。老舗のお菓子はゆっくり百年間、時間をかけて揺るぎない日本の風物にまで溶け込み、大切な人に贈られ、その価値を試されてきたの。

とてつもなく重い言葉だった…

自分たちが作るお菓子を時代は溶け込ませてくれるだろうか…
いや、その都度時代を作るのだ。。
いつか揺るぎない風物を生み出す為に。

「二ノ宮くん、どうしたの。
何か考え事?」

「いえ…今日のカフェ。うまくいくと良いですね」

「そうだね。
きっと上手くいくよ。二ノ宮くんがこんなに真剣に取り組んでいるんだから。
僕は君の本気に動かされたし、椿くんだってそうだよ」
  
「岩城さん、本当にいつもありがとうございます」
貴方たちのおかげで僕は仕事が楽しいです。感謝…

本社で仕事を片付け、時間を見る十八時半を回っていた。
急いで会社を出た。

新宿から恵比寿に向かう。

今日は金曜の夜。
電車もいつもより混んでいる。

恵比寿に着いて、植野さんに電話をすると、2コール目で元気な声が電話口に響き渡った。

「お疲れ様です!植野です。
二ノ宮さん今どちらですか?」

「今恵比寿に着いたところ」

「あっじゃ駅から三分くらいの居酒屋にいるので、かなでが迎えに行きますね。改札出たとこで待っててください」

「わかった…待ってるね」
電話を切って本当すぐに本条かなでが現れた」

「二ノ宮さん、お疲れ様です」

「あっ、ごめんよ。飲んでる時にわざわざ来させてしまって」

「いえいえ。こちらこそ、突然お呼びしてすみません」
何故か意識してしまって内心照れてる自分がいた…

「すぐそこなので」
本条かなでに案内されて歩いていく。

駅前のビルの三階に居酒屋がある。
金曜日だけあって中は賑わっていた。

個室の引き戸を開けると植野美香が満遍の笑みで手を振っている。

「お疲れ様です、今日はわざわざすみません」

「ううん、また飲みたかったし、二人のおかげで仕事も絶好調なんだよ」

「そうなんですね。良かった。
じゃお祝いも兼ねて飲みましょう!」
三人で仕事のことや恋愛話など沢山話した……

「二人はいつも現場一緒なの?」

「まぁ大体は…
かなではガッツリ働いてないので」

「へぇそうなんだ…」
本当は本条かなでに聞きたいことが沢山あったけど、前回のことがあって、なかなか核心的なことは言い出せずにいた。

ずっと気になっていたことがある。
本条かなでのさり気ない気配りに…
料理が運ばれてきた時もそっとお箸を手渡し、サラダや皿盛りの料理などを取り分ける。そして食べ終わった皿やグラスを纏め、店員さんの取りやすい場所に置く。その一つ一つの所作がさり気ないのだ。毎回皿やグラスを下げる店員さんにありがとうございますと声を掛ける。

素敵な人だと思った…

営業をしている自分は、ここまで気配り、目配りを出来ているだろうか…
いや仕事ではない。プライベートでこれを自然に出来てしまう彼女の生き方が素敵だった。

僕は本条かなでをもっと知りたくなった。

「二ノ宮さんお休みの日は何してるんですか?」
植野美香はかなり酔ってる。

「んん…最近は話題のスイーツ食べに行ったりとかかな。映画観たり、趣味のカメラ片手にぷらぷら散策してたり…ハハ
明日も桜を撮りに吉祥寺まで」

「仕事熱心なんですね」

「ううん、そんなんじゃなくて、
甘いもの好きだし、それに女性たちの食べた反応とか評価とか気になるしさ」 

「横浜の時もそうでしたけど、二ノ宮さんは仕事している時、目が違いますよね?
すごくいいなって思いました」
本条かなでに真顔で言われて、少し照れた。。

「必死過ぎてるだけなんだけどね…ハハ」

「ちょっとちょっとお2人さん、いい感じですな」
植野美香に揶揄われ、急に恥ずかしくなってきた。

それを隠すように話題を植野さんに切り替える。

「彼氏とはどうなったの…?」

「ちょっと聞いてくださいよ………」
これを振ると当分は終わらないのだ…


「………聞いてますか二ノ宮さん、なんで男の人ってこうなんですか…」

「聞いてる聞いてる。だからそれは浮気とかじゃなくて、本当に仕事の相談だと思うよ。きっと面倒見のいい頼りになる彼氏なんだろうね」

「……えっ。まぁ確かにそう言う所もありますけど…でも二人きりで飲みに行くのはおかしくないですか」

「たしかに誤解されるかも知れないけど職場で相談出来ない状況だったのかも知れない。人間関係とかね…
何度も続くようなら疑うべきだけど、一度や二度なら問題ないんじゃない?」

「本条さんもそう思わない?」

「んん…私は疑っていましたけど、会社勤めしてる二ノ宮さんが言うと説得力がありました。美香の彼氏、仕事は真面目だから本当に相談に乗っていただけかも」

「ちょっとかなで。言ってることさっきまでと違うじゃない…もう」

「ごめんごめん…でも美香もそう信じてるから別れないんでしょ」

「まぁ…そうだけどさ…」

「人間は心配事や悩みの殆どが思い込みであって、本当は悩まなくていい虚像に過ぎないらしいから、いっそ気持ち良く信じてみれば。別れられないなら信じるしかないんだからさ」

「んん……そっか、じゃあ……そうします」

大した恋愛経験もない自分が人の事だと
よく語れるもんだと我ながら染み染み思う。
その後も三人の「恋愛論」は続き、それぞれの恋愛感に笑い合い盛り上がった。

ふと腕時計を見ると十一時を回っていた。
「じゃそろそろ締めようか」

伝票を持って会計をしようとレジ前に行くと二人に遮られた。

「今日は私たちの番ですので」

「何の為に来て貰ったと思ってるんですか」
二人は満遍の笑みで言う。

「結構飲み食いしたから。
じゃ半分だけでも」

「駄目です。前回のお礼なんですから」

「本当に大丈夫なの?無理してない?」

「大丈夫ですよ。私たち結構稼いでるんですから…フフ」

「じゃ甘えるからね、
ご馳走様です」

「はーい」
二人が会計を済まして外に出てきた。
「本当にご馳走様でした」

「こちらこそ来て頂いて、
あっ、二ノ宮さん良かったらグループLINE作りましょうよ。いつでも誘えるように‥ハハ」

「うん。いいよ」
植野美香が手慣れた手付きで3人のグループLINEを作ってくれた。

「じゃまた飲もうね」
最近はずっと恋愛に無縁だったので忘れていた恋愛の楽しさを思い出したような気がしていた。

「じゃ私はかなでのマンションお泊まりしますので」

「そのほうが安心だね、ハハ」

「あっ、二ノ宮さん。今日は来てくれてありがとうございました、楽しかったです」

「僕もすごく楽しかったよ。じゃあね、おやすみ」

「はい、気をつけて、
おやすみなさい」

僕は満員電車で新宿へと向かった。
電車が動き始めてすぐに、LINEのメール音が鳴った。
植野さんから意味深な内容が…

「明日かなでも一緒に吉祥寺連れて行ってあげてくださいな」 
ハートマークが付いていた。

その直後、植野美香が「退会しました」という文面が……

えっ。。

続けて本条かなでからLINE電話が鳴った。

「二ノ宮さん、美香が変なLINEしてすみません、私もびっくりして。
実を言うと、今日二ノ宮さんが来る前に美香に相談してまして…LINE聞きたいけど聞く勇気ないって…
だから美香が気を利かせてグループLINEを作ってくれたんですけど、まさか退会するなんて聞いて無かったんです。本当に……今後ろでゲラゲラ笑ってますけど。二ノ宮さんごめんなさーいって謝ってます」

「なんだ…そう言うことか…
びっくりしたよー、何か怒らせたかなーとか思って」
植野美香は最初から仕組んでいた。
僕と本条さんを親しくする為に…。

携帯の後ろのほうで二人の雑談が微かに聞こえたかと思うと突然に…

「あの二ノ宮さん。明日私もついていっていいですか。デートして下さい」

「えっ、あっはい」
なんとも情けない返事に我ながら締まらない…

「本当にいいんですか!やった」

「こちらこそ。じゃ一つだけお願いがあるんだけど…」

「なんですか?」

「カメラの被写体になって貰っていいかな。と言っても僕が撮る写真は自然体が好きで目線なんかもカメラを見なくて普通にしてていいからさ」

「なんか照れますね…」

「大丈夫大丈夫…。普段通りを撮りたいから…。じゃ頼むね」

「わかりました。じゃ吉祥寺で待ち合わせですね」

「うん、十二時に公園口改札前でいい?」

「はい。すごく楽しみです」

「うん、僕も。じゃ明日ね。寝坊しないでよ…ハハ」

「はーい。多分…ハハ
おやすみなさい」

「おやすみ…」

僕はこれほどまでに次の日を待ち望んだことがないほどドキドキしていたんだ…。

遠足前の子供か…と思うくらい嬉しくてあまり寝付けなかった

十一時半に吉祥寺に着いた。
土曜日なので人も多い。
まだ時間もあったので駅と直結してるショップを見て回った…。有名なスイーツのショップの陳列や混み具合、客層などさり気なくチェックしながら回る。
本当に美味しそうな物ばかりだ。

LINEのメロディが鳴った。

「早めに着いちゃいました。待ってまーす」
不意打ちを喰らった、
人間観察しながら待っていたかったのに…

公園口まで急いだ。
改札の向こうから本条かなでが手を振っている。
春らしいワンピースに少しの間目を奪われた…。いつも綺麗だと思ってたけど、今日は一段と愛おしく感じた。
それは今日という時間を僕の為だけにファッションも髪型もお化粧もネイルもしてくれているという事実が堪らなく愛おしく感じてしまう。

「ごめん。待たせちゃって」

「いえ楽しみで勝手に早く来ちゃいました」
なんて可愛いことを言ってくれるんだろう。僕たちは自然豊かな公園に歩いて行く…。公園に降りる階段横の行列が出来ている焼き鳥と売店でビールと酎ハイを購入した。
もう花見のピークは過ぎていたけど、まだまだ花見客はいてお花見を楽しんでいる。時折風が吹いて、その風に乗って桜の花びらが幻想的に舞っている。

僕たちは花びらのトンネルを潜り抜けるように歩く。生き急ぐような一瞬、一瞬の輝きを全うするように、その儚くも美しい淡いピンクは見てくれと言わんばかりに頭上から降り注いでいる。 

足下にはピンクの絨毯が敷き詰められていて風と運命を共にした淡い花びらたちは少しずつ端へ端へと追いやられていく…。
散りゆく桜を遠い目で見る本条かなでは、まるで使命を忘れた天使のように何処か危うげで神々しく僕の目に映っていた。とても綺麗だと思った。。

僕たちは花壇の柵に腰掛けて、焼き鳥を頬張った。ビールと酎ハイで乾杯する。
目の前を歩く人々は幸せそうな表情で自然の中に溶け込んでゆく…。とりわけ此処は都会の中にある癒しの聖地なのだろう。人は自然無しには生きられない。この緑が放つ空気と匂いに癒されて僕たちは活力を貰ってる。


ぼくは隣に座っている本条かなでのその美しさに魅せられてシャッターを切った。

「ちょっと二ノ宮さん、今私完全に素になってました」

「自然体がいいんだよ。勝手に写真撮っていくけど気にしないでね」

「気になっちゃいますけど…」

桜を見上げる彼女の横顔に舞い落ちる花びらの写真や、柵に寄りかかって人々を眺めている写真、桜の花に頬を寄せる写真、振り向いて微笑んでいる写真。
絵になるとはこういう人のことを言うんだろう。僕は彼女をレンズ越しに恋をした……。

カメラに没頭している僕を見兼ねて、彼女はレンズを遮った。

「もう沢山撮りました。
お話しましょうよ…」

ハッと我に帰った。そうだ、今日はデートなんだ。僕の悪い所…夢中になると回りが見えなくなる。

「ごめん、ごめん、そうだね。
公園を出て賑わう道沿いのカフェに入った。アイスコーヒーとミルクティーを飲みながら、この後の予定を話し合った…
彼女は映画が観たいと提案した。
即決で賛成。
二人で映画館は久しぶりだったので少しドキドキする。
飲み終えて店を出て、吉祥寺の映画館に向かった。
上映二十分前。
チケットを購入し、飲み物とポップコーンを買ってフロアへ移動した。

まだ明るいフロアで、席を探し座った。
改めて隣同士に座ると少し緊張する…
今日観る映画はゴリゴリの有名ホラー映画の続編に当たる。当然楽しみなのだが、このシリーズ突然脅かされるシーンのオンパレードなのだ。

隣の本条かなでを見ると、目が合った…

「楽しみですね」
屈託のない笑みを浮かべて僕に言った。

僕は照れくさいのと緊張で、思わずポップコーンを頬張った…。

フロアの照明が徐々に暗くなり、予告が始まろうとしていた。
僕はこの予告が大好きだ。
劇場で観る予告は妙にワクワクして、とにかくダイナミックで映画の世界に誘われる。現実との境界線のよう……

本編がスタートして間もなくいきなり血飛沫だ……。ホラー映画に付き物の若者たちのイチャイチャシーン。
まぁこの後に殺人鬼に襲われるんだけどね…。彼女は時折り食べていたポップコーンの手が止まり、少しずつ頭をこちらへ傾けてくる。真剣な眼差しで見ている彼女が可愛く思えた。
そしてやっぱり髪のいい香りがした。

中盤に入り、静まり返ったシーンで彼女が言った。

「怖いので手を握ってていいですか…」

僕は答える前に手を握った。
僕もずっとそうしたかったからだ。

手を握り合い、身体をくっ付けて観る映画も悪くないなと僕は心底幸せな気持ちで、血飛沫だらけのホラー映画を鑑賞していた。

時々、「ピクッ」っとなる彼女が可愛いかった。もはや映画の内容の半分は覚えていない……
クライマックスになる頃には二人の身体は抱きしめ合うように密接していた。

ポップコーンも半分手付かずのまま終わりそうだ。

はぁ……このままずっとこうしてたかった。。


映画を見終えて、夕食を兼ねた居酒屋を探して歩いた。その時僕はそっと彼女の手を取り、繋いで歩いた。

居酒屋では公園で撮った画像を2人で見ていた。彼女が一番気に入った写真。
そう…この写真を撮ってる時、僕自身もレンズ越しに彼女の美しさをどうかこのまま納められますようにと願った写真だった。斜め四十五度から上半身を撮った写真で彼女は髪を風になびかせながら、舞い散る桜の花びらをそっと手を差し伸べている写真。
まるで天使のように優しく微笑む本条かなでは美しく儚げで、孤高な存在にさえ感じていたんだ…

カメラに始まり、ホラー映画の話、スイーツの話で盛り上がった。
相変わらず彼女はお箸に始まり、さり気なくサラダの小分けや、空になったグラスを纏める。本当に良く気の利く子だった。
僕は彼女の目配り気配りが心地良く、一緒に生活をしてみたいという願望までも抱いてしまう。

「私ね、今日実は凄く緊張してたんですよ。歩いてる時も、桜を見てる時も、映画館でも…幸せ過ぎて夢じゃないかなって思ったくらい」

少しはにかんだ笑顔で言う彼女が愛おしくて堪らなくなる……

僕は彼女を恵比寿まで送った。
楽しい時間は本当に早い。。

恵比寿の改札前に着いて、少し話した。

「あの…二ノ宮さんまだ時間大丈夫ですか?…最後にお茶しませんか」

「うん。そうだね」

駅と隣接しているカフェに寄り、時を惜しむように語り尽くした…
人と離れることがこんなにも寂しく思ったことはない。

手を繋ぎ、彼女のマンション側の小さい公園まで送って行った。

そして僕たちは薄暗い街灯の下でキスをした。

帰る寸前、もう一度する。

彼女の薄い唇に触れる度に、切なくなるほどの愛しさが波のように押し寄せて来て、離れたくないと魂が叫んでいるようだった…

帰りの電車は幸せな気持ちでいっぱいだった…。もう何もかもが上手くいきそうで、世界は輝いて見えていたんだ。


あのデート以来、毎日本条かなでとLINEと電話でやりとりをしてる。
お互いの仕事のこと、植野美香と飲みに行っては彼氏の愚痴を聞かされること。
何々の映画を観たとか、何々の料理を作ったとか…基本彼女は控えめなので、いつも僕の話を優先してくれている。
僕は本条かなでとの時間が愛おしいまでに好きになっていた。

すべてが上手く流れてゆく。

仕事でも嬉しいニュースが飛び込んできた。
連日のメディアの紹介などで目を付けた大手コンビニチェーンの開発事業部からオファーを受けた。

後日、僕と椿さんと岩城さんの三人で本社ビルに出向き商談を行った。
あちらの要望としては魔法のパンケーキを冷蔵で作れないかと言うことだった。

ある程度は予測していたが、実際作るとなるとやはり魔法のパンケーキとレシピが同じようにはいかなかった…。
椿さんは冷蔵商品としての可能な限り食感を近づける為の新たなる開発を幾度も繰り返した。

試行錯誤を経て、ついに冷蔵タイプの魔法のパンケーキとして商品にこじつけた。
コンビニチェーンの自社工場と提携し、開発事業部は合意して早速商品の生産に着手していく。

コンビニとコラボで販売するとなると一気に知名度は上がる。会社にとっても
プラス要素でしかない。
会社も今回の取引を高く評価してくれていた。皆が歓喜する中で一人だけ優れない表情の人がいた……
椿さんだ。。

その日僕は、大きな仕事を成し遂げた筈の椿さんを半端強引に飲みに誘った…

椿さんも思うところがあり、満を持する
かのように僕に想いをぶつけた。

「二ノ宮くん、私たちが作った魔法のパンケーキ。もう魔法が解けちゃったね…」
椿さんは小さく微笑みながら言った。

「工場でオートメーション化されて、「カリふわ」でも無くなった…
もはや別物だし、まさかコンビニで冷蔵商品になるなんてね。
私は魂を金で売ってしまったように感じててさ」

「そう言うと思ってました。。
椿さん、僕こう思うんです。
僕たちが開発したパンケーキ…少しずつ認知されてきて、沢山の人が召し上がってくれて幸せな気持ちになれたと思うんです。
食べた人がまた誰かに薦めてくれて、またその人が薦めてくれる。
そのおかげで今やコンビニにまで扱ってもらえるようになり、みんなが手の届く範囲にまで浸透させた。
たしかにクオリティは落ちるし、本来の食感ではないです。だけどこれは大きくなった証じゃないですか。もう自分たちが管理出来る規模じゃなくなってしまいますけど…僕は単純に嬉しいですよ。
魔法のパンケーキというブランドが一人でも多くの人に知ってもらえるならって」

「……うん。そうだね…。二ノ宮優斗はそう思ってるならそれでいいと思う。
前にも話したけど私はどうしても妥協したくなくてね……。自分の手作りを納得して提供したいから。
だから私の仕事はここまでかな…」

「やっぱりパティシエに戻るんですね」

「………」

「二ノ宮くん。後を任すからね。
今、勢いがあるうちに次の一手を講じるの。実はね、課長にはもう話してて、新しい若い子たちが私の後任で配属される手筈になってる。私と初めて仕事をした時君は大した経験もないのに食い付いてきたよね。あの時の情熱嫌いじゃなかったよ。イメージだけは鮮明に伝わってきてさ。
だから今度はその情熱を、若い商品開発にぶつけて、魔法のパンケーキを超える商品を作り出してね…。
課長には私のほうからも二ノ宮くんを推しといたからさ」

「椿さん……」

「まだ今月いっぱいいるからあれなんだけど…
二ノ宮優斗。一緒に仕事出来て良かったよ。ありがとうね」

僕はちょっとウルっときた……
「そんな…こちらこそ椿さんと仕事出来て幸せでした。勉強させられてばかりでしたけど…ハハ」

「フフ……じゃ乾杯!」
椿さんと僕は先輩後輩だけど、何処か戦友のように思っていたんだ………


あのデート以来、本条かなでと頻繁に会うようになっていた。
たいした用もないのに仕事帰りにカフェで会って帰り際にキスをする…
ただそれだけで幸せだったし、全てが上手くいくように感じていた。

そんな中、コンビニチェーンとの提携を結んだ工場で魔法のパンケーキの生産が本格的に稼働し始めた。

これには本条かなでも先陣を斬り込んだ立役者でもあり、本当に喜んでくれた。

次の休日に、僕の家でお祝いをする約束をした。初めて彼女がこのワンルームマンションに来るということに嬉しくて仕方がなかった。
おそらくは泊まりで。。
それまで僕は毎晩掃除との格闘がルーティンとなった。

翌日、僕と椿さんと岩城さんで業務提携している工場に出向き、最終の確認を行なった。
僕たちはこれから大量に生産されていくであろうこの機械を眺めながら、もはや自分たちの手の及ばない域に達してしまうような不安と期待に、鼓動が昂ぶる想いがした。

この大きな仕事を最後に、椿さんは会社を去る…。この人と一緒に開発した商品が、ここまで大きくなるなんて誰が想像しただろうか。
貴方の背中は大きすぎるよ……


不安の中で遂にコンビニチェーンで魔法のパンケーキが販売された。
いざ販売されると否や生産が追い付かないほどの大反響だった。

工場ではフル稼働で生産していく…

社内でも話は持ちきりで、役員たちも満足気に事の顛末を見守っていた。

そしてついに明日、本条かなでが家に来る日だ。
最後の片付けを済ませて改めて思った…
こんなに広かったのかと。毎月購入していたスイーツ関連の雑紙に埋め尽くされていたのだ…
雑紙の束を紐で結び終えて、ゴミ置き場に捨てに行く。
一息ついて換気扇の下で時々吸っている電子タバコを吸いながらふと本条かなでを想う……彼女が家にまで来るということは自分に好意を抱いてくれているということで良いのだろうか。
どうしても拭い切れない疑惑が心の片隅に引っかかっていたからだ……

それでも好きになっていく気持ちは止めることは出来なかったんだ。


その日はやってきた。
高円寺の改札前で待ち合わせ。
春らしいベージュを軸とした薄手のジャケットを羽織り、オリエンタルなスカートとブースで可愛らしさと大人っぽさを掛け合わせたようなコーデ。
まるでファッションモデルのよう…

なんだか自分と似付かわしくないようで
少し悲しくなる。
シャツとジーンズのみ。。

基本オシャレではないのだ…

駅前で軽くランチをして、レンタルショップでDVDを探索する。
「本条さん観たいものある?」

「ん……あっ、ありました!
またホラーですけど…いいですか」

そんな笑顔で見つめられたら絶対断る奴なんかいない。
「勿論、いいよ。じゃこれね」

コンビニでお酒とおつまみを買って我がワンルームの城に到着。

自分の部屋なんだけど、二人となると違って見えるから不思議だ……

「狭いけど、適当に座って」

「はい……なんか意外です…
男の人の部屋ってもっと散らかってると思ってました」

「それ、合ってるよ。ハハ
毎晩毎晩掃除したからね」

「そうなんですね……」
彼女も笑った。

少し気まずい空気だったので、取り敢えずお酒を開けて乾杯する。
続け様に2本目を開けてDVDを観る。
カーテンを閉めて薄暗くした…
不自然なまでに真横に座って黙ってホラー映画を観てる。
そのうち彼女は「横になってもいいですか…」とクッションを枕にして観ていた。
正直僕はどうしたらいいか分からず胡座をかいたまま顎に手を当ててだらしない姿勢で観ていた。

佳境に入り、緊迫したシーンになった辺りで「二ノ宮さん、お願い聞いてもらえますか?」彼女が言った…

「手を握ってもらってもいいですか」

僕は彼女のこういう所が堪らなく可愛く思う。
彼女の横で一緒に寝転んだ。後ろから抱き寄せる形で手を握る…。

お酒のせいもあって、鼓動の高鳴りを気付かれるんじゃないかと思うくらい、バクバク身体中に響き渡っている。

手を握っているもう片方の手で彼女の首元に潜り込ませて腕枕をした。

もう映画どころでは無くなった…

握った手は落ち着きなくソワソワと指を動かしている…。そのサインのような仕草を察した彼女はこちらを振り向き、僕たちはキスをした。

映画のシーンはラストに向けて女性の絶叫の嵐だった…

そんな中で幾度もキスを重ねる。
そして彼女は「最後観ないんですか…」と笑った。

「観る…」
僕も笑った。。

観終わった後は無音の中でもう一度静かなキスをする。
二人とも微笑み合っていた……

この時僕は何故か唐突に、彼女の心に土足で踏み入れてしまったんだ。

そして疑惑を口に出してしまう。。

「そう言えば本条さん…
彼氏のことまだ好きなの?」

何故いきなり聞いてしまったのかも自分でもわからない……。

そこから彼女は口を閉ざした。

ふと我に帰る。
本当に馬鹿だった…デリカシーの欠片もなく、前回も大泣きされたじゃないか………僕は女心を分かっていない。。

僕は本条かなでが好きだ。

人を好きになるということは、その人の全てを知りたくなるということ……。
そして好きになった瞬間から心に芽生える独占欲。

そうこれは嫉妬からの疑惑だった…

「なんでそんなこと聞くんですか」

「いや、ごめん。ずっと気になってたから…僕は本条さんのこと好きです。だから気持ちを知りたくて。でも話したくなければ話さなくて
いいから……」

逃げ出したくなる沈黙が二人の空気を凍らせていく。。

どれくらいの時が経っただろうか。

「ごめんなさい……
私は元彼を忘れたくて、最初は無理してたかも知れません。だけど二ノ宮さんと会ってる内に私も惹かれていました。
優しくて、会いたい時に側にいてくれる二ノ宮さんを私も好きになってました。
でも……でもどうしても忘れられなくて苦しいんです……ごめんなさい……
勝手なことばかり言って」

本条かなでは泣き出した。。

僕には到底理解出来なかった…
これほどまでに人を好きになったことがないから。
客観的には理解していても、僕の心は何かを拒絶しているような…
そしてそれは苛立ちに変換する。
そう全てを得られない悔しさと、二股を掛けられているような裏切りにも似た感情に捉えていたからだ。

「だったらどうしてここに来たの?
期待させるようなことしないでよ」

言ってしまった。。
だけどこれは、嘘偽りない僕の本心だったんだ…

「………」

今すぐここから逃げ出したかった
時間と共に増幅する後悔や、自分の器の小ささが無性に歯痒かった。

僕は少し苛立った口調で
「今日はもう帰ってほ……」
その時背中に本条かなでが抱きついた。

彼女は泣きながら言う…
「私は酷い女ですよね、今更何を言っても信じて貰えないけど、これだけは本心です!二ノ宮優斗さんとなら、時間をかけて忘れられると思ってました…
本当に自分勝手な言い分ばかりで迷惑ばかりかけてるけど、いい加減な気持ちでここに来たわけじゃないです!」

泣き崩れ、座り込んだ彼女をぼくは力強く抱きしめた。

この気持ちに嘘がないなら、これでいいんじゃないかと思った。
今はまだ本条かなでの心の全てを知れなくてもいい。 
ただ彼女と一緒にいたい。
それ以上の答えなんていらないじゃないか……
ぼくの胸で泣いている彼女のぬくもりが今の答えなんだ。。

僕は彼女が泣き止むまで言葉もなく抱きしめていた。

静かに時間だけが過ぎてゆく…

そっと頭を手で撫でてまたキスをした。
もう言葉はいらなかった。

その夜、僕たちは初めて重なった。
まるでお互いの傷を舐め合うように…
最後に彼女は言った。

「私、本気で二ノ宮さんのこと好きです」

僕はそっと頷いた。。



その日から二日が過ぎた朝、事件は起きた……






                          『奈落…』





出勤前の朝、支度をしている時に携帯電話が鳴った。

岩城さんからだ。こんな朝早くにめずらしい…
「おはようございます」

「あっ、二ノ宮くん!大変な事になってるんだよ。とにかく急いで来て」

岩城さんが一方的に切るなんて。
あの取り乱し様からして只事じゃないのは察しがついた。

急いで支度して会社に向かった…

会社に着くと役員たちが揃っていて、一室に呼び出された。中には椿さんと岩城さんがいて役員より説明を受けた。


説明によると、コンビニチェーンで展開している冷蔵「魔法のパンケーキ」にクレームが殺到していると言うものだった。販売開始して一週間も経たずにこんな件数のクレームは初めてで、店側としても対応に困っている状況だった。

内容はカフェで食べた温かいパンケーキのようにカリッとしていない。ふんわり感が違う…食感が違い過ぎるなど。。散々商談の際に先方に説明してきた事例ばかりだった。冷蔵になると温かいパンケーキのようには作れないと……

僕はまた悪い癖が出てしまい、役員に吠える。
「商談の段階でカリふわにはならないと説明し、先方も納得済みです。冷蔵のは別物だと」

「二ノ宮、魔法のパンケーキと記載している以上、事実お客が勘違いしてるんだよ!パッケージの誤字じゃないのか。
店側と消費者に認識のズレがあったんじゃないのか。
どうなんだ!」

「それは……あの……」

言い返す言葉が見つからなかった…

「常務、よろしいでしょうか。
私共も先方から話を頂いた時に、そこは懸念しました。ですが最終的にGOサインを出したのはあちらです。
二ノ宮も先方に再三確認を取りましたので…。ですがお客様の期待に背く形になってしまった以上、これから先方に出向き今後の対応策をしっかり話し合ってきます」

また椿さんに助けてもらった。
相変わらず冷静な判断力で、役員も納得するしかなかった。

僕と椿さんと岩城さんの三人はコンビニチェーンの本社ビルに向かった。

事の顛末と詳細を把握し、議論し合う…
言った言わないの水掛け論だが、事は今後の取引にも関わってくる重大な事態にまで膨れ上がっていた….

解決策も出ないまま、時間だけが過ぎていく。

そんな状況を見兼ねた椿さんが割って出る。

「感情論でお互いの不利益になるような
ことはやめませんか。
ここは一旦、社に持ち帰りお互いが納得出来る案と対策を練って参ります。
それでよろしいでしょうか」

僕たちは会社に戻り、役員に報告する…。椿さんは役員に説明をして、時間を貰った。
ミーティングルームを借りて僕たちは意見を出し合い話し合った。

どれだけ話していただろうか…

いくつもの案を出し合い、最終的に
ひとつの答えに辿り着いた。

「ネームの変更」……

ただ簡単な事では無かった。
パッケージを変えるとなると、また版から作り直すことになる。数十万では済まないだろう…

椿さんは別室で待機していた役員をミーティングルームに来て頂いた。
ここが正念場だ。

椿さんが説明を始める。

「長い時間お待たせしてしまいまして申し訳ありません…3人で話し合いまして、結論が出ました。

パッケージを変更致します…
勿論損害が発生するのは承知しております」

「今からパッケージを変更する?
更に数百万単位のコストが掛かることになるが分かってるのか。
誰が責任を取る?」

「私が責任を取ります!
早急にパッケージを変え、先方に了承を得られれば今ならまだ信頼を取り戻せます。今の勢いなら数ヶ月でペイ出来ます!そしてこの二ノ宮が第2、第3の商品を開発し、巻き返しますので!
どうか柔軟なご判断をよろしくお願いします。

椿さんに続き、僕たちは深々と頭を下げた。

「……わかった。お前がそこまで腹を括ってるなら検討してみよう。頼んだぞ」

「はい。ご迷惑お掛けしまして申し訳ありませんでした」

やはりこの人は凄い…
目頭が熱くなるほどに心に響いた。。


次の日椿さんを筆頭に先方の本社に赴き、改善策を伝え丁重にお詫びをした…

もう僕たちに出来ることはない。
後は先方の判断に委ねられた。

その夜椿さんと飲みながら色々話した。
「今回の件、椿さんが全責任を取るのはおかしいですよ、僕にも責任があるわけだし、僕も一緒に責任を…     」

「二ノ宮くん!こういう時はね、役職があるほうが説得力か増すの。
これでも私は商品開発主任だから…
それに二ノ宮くんは今後新たな商品を開発しなけれはならない。
もし私に申し訳ない気持ちがあるなら、しっかり後を引き継いでほしい…。
私たちが作った部署でしょ?
君がやるの!」

「椿さんだから僕のイメージを形にしてくれたんですよ…。何でもとことん言い合えたから商品に出来たんです。
椿さん以外じゃ形に出来る自信がないです」

「何言ってんの……
二ノ宮くんセンスは持ってる。
だからその熱い想いを商品開発にぶつけるの。互いに根本に斬新で良い商品の為。という目的の為だけにぶつかり合えば、きっと上手くいくから。。
期待しているからね…二ノ宮くん。
今日で上司と部下での飲みは最後……
今までついてきてくれてありがとうね」

なんだか目頭が熱くなってきた…

「私は今回の件は運命だと思ってる…
パティシエに戻る為のきっかけ。。
全てに踏ん切りがついた。
だから二ノ宮くんは何も気にしないで
先のことを考えてね。

君なら出来る…
私が見込んだ男なんだぞ」

椿さんは力強く僕の手を握りしめた。

「はい」、と言うしかなかった…
珍しく椿さんは酔っ払っていた。
ここ数日ずっと一人で考えていたのだろう…疲れた顔をしてる。しっかりしてるとはいえ、歳も僕より二つしか違わない。カウンター席で僕に寄っ掛かり、もう寝そうだ…

僕の肩で目を瞑る椿さんはやっぱり一人の女性だった。

店の手前もあり、無理矢理起こして店を出た。肩を抱き寄せ、支えながら歩かせる。
「ごめん、二ノ宮くん。ちょっと酔っ払っちゃったわ…」

「ちょっと椿さん、真っ直ぐ歩いてくださいよー。。目も開けてくださいよー」

「…んん……わかったわかった……」

「しょうがないな、もう……
タクシーで帰りましょう」

すぐタクシーを捕まえて自分も乗り込んだ。
「椿さん家の住所伝えて下さい」
目を瞑りながら住所を伝え、タクシーは移動した。
椿さんのマンション前に着いた。
料金を払い、おんぶしてマンションのエレベーターに乗った。
「何階ですか?」

「んんと…六階かな」

「かな?って頼みますよ…もう」

六階に着いておんぶしながら聞く。

「何号室ですか」

「六〇ニ…」

「えー、過ぎちゃいましたよ…もう」

はい、着きましたよ。鍵開けて下さい


「ポケットの何処か…」
ドアの側に腰を下ろさせた。

「はぁ…ちょっと探りますよ」

「ちょっとくすぐったい…ハハ」

「鍵無いですよー」

「じゃ鞄かも…ハハ」

鞄から見つかりドアを開ける。

肩を組んで立ち上がらせて靴を脱がせた。
「ちょっとお邪魔しますからね」

「あーちょっと……トイレ……」

「はいはい。玄関にいますからトイレで寝ないでくださいね」

水を流す音が聞こえてから更に5分くらい無音で出て来ない……

「椿さーん。起きてますかー。寝てませんかー」
返事がない。
嫌な予感は的中だった。寝てる…

んんー。どうしたものか…
ドアを開けたいけど大丈夫かな…

「椿さんドア開けますからね。
開けますよ…」

「失礼しまーす」
ドキドキしたけどひとまず安心した…
用を足した後、下着を履いて、そのまま寝てしまったらしい。

「椿さん、ベッドに行って寝ましょう」
僕はお姫様抱っこをしてベッドに運んだ。
ベッドで寝ている姿は、いつもの凛とした椿さんからは想像も出来ないほどに
女らしかった……
少しの間、寝顔を見ていた。
一瞬魔が刺してキスしたい衝動に駆られたが、なんとか踏み止まった…

基本、椿さんはキリッとした端正な顔立ちで美人なのだ。

一度聞いたことがある。
特定の彼氏は居ないみたいだけど、取引先や上司からモテモテなんだとか……

こんな美人で仕事も出来れば、大抵の男は高嶺の花に思えたに違いない。。

返事は期待していなかったが、一応"帰りますね"と挨拶だけしてマンションを出た。
知らない道の大通りを探して、タクシーを捕まえて帰宅した……


それからはもう椿さんは出社していない。有給消化もあって実質退社扱いになっていた。ポッカリと穴が空いたような心情だったけど、岩城さんにも励まされて、椿さんの気持ちにも応えられるよう頑張らなければ。

そして椿さんの想いが先方に届いたようで、コンビニチェーンとの取引も継続して貰えるようになった。

岩城さんも肩の荷が降りたように、安堵して言った。
「彼女のおかげでこの商品を…、いやこのチームを守ることが出来た。
必ず新たな商品を開発して、爪痕を残していこうよ。椿くんの意を汲んでさ、
彼女は二ノ宮くんに期待してたから」

「はい。頑張ってみます!
岩城さん、よろしくお願いします」

「うん。それでこそ期待のエースだ!ハハ」

仕事のトラブルが、ひと段落して僕は本条かなでに癒やされたかった…

彼女は本当に話を聞くのが上手い。
親身になって、自分のことのように励ましてくれる。

頻繁に僕のマンションに来ては、抱き合った。彼女と一緒にいる時間が心地良くて時間だけが目まぐるしいスピードて駆け抜けていくようだった。



蝉のコーラスがマックスに響き渡る頃、僕たちは次の休みに海に行く約束をした。どちらかと言うと出不精な僕を本条かなでは強引過ぎるくらい活動的な人だった。たしかに家にいるよりは楽しいことが間違いなくある。

湘南は人が多過ぎるので鎌倉あたりを計画した…

人を好きになったり、楽しみが増えると、仕事がこんなにも楽しくなるなんて思いもしなかった。
岩城さんは鋭い。

「また二ノ宮くん彼女とデートしてきたでしょ」とか「何かいい事あったでしょ」と揶揄ってくる。ほぼ当たってる…  僕が単純だから出ちゃってるのかな…きっと恋をすると良い波動みたいなのが出るのだろう。全てを許せてしまうような…

そして休日、彼女と鎌倉まで電車に乗って小旅行……
灼熱の太陽が容赦なく照りつけて、
海までの道を急かされる。

海に着いた。
程良い人混み具合…
まずはロッカーでお互い水着に着替える。男子は一分とかからない。
荷物を持って待っていた。

水着に着替えた彼女が出てくる。

一瞬息を呑んだ……
やっぱり本条かなでは綺麗だ。

周りの男たちも振り返って見るほどに…
ただ目のやり場に困った。。
彼女はビキニだからだ……

「二ノ宮さん.じっくり見ないで下さい…
恥ずかしいんで」

「これは誰でも見ちゃうでしょ…」

僕は照れて戯けて誤魔化す。

簡易テントを張って、荷物を置く。
「あっ、日焼け止め塗らなきゃ…
二ノ宮さん背中塗って下さい」

なんだろう…このドキドキ感。
多分海がそうさせるのだろう…

僕たちは海に向かって駆け出した。

波が強くて何度も跳ね返された。
流されないようにしっかりと抱きしめて
何度もキスをした。

海ってこんなに楽しかったんだな…

一頻り遊んだ後、テントに戻り二人で寝転がった。
濡れた髪の彼女も、普段とは違う表情で美しかった。カメラに収めたいほどに…

仰向けにテントの隙間から真夏の空を眺めていた。まるで上空にも海が広がっているように、青く澄んだ空は何処までも続いていた……

「本条さん、今日来て良かった。
好きだよ…」

「いきなり告白ですか…フフ 
私も好きです…あっ、あのお願いがあるんですけど」

「なに」

「そろそろ、さん付けやめませんか…
かなでって呼んでほしいです。
私は優斗って呼びたいです…年上に生意気ですかね…へへ」

「同感…じゃ今から名前ね。さん付けしたら罰金ね。ハハ」


幸せな日々は過ぎていった………


季節は蝉から鈴虫に音色を変えていく。。

仕事に変化が訪れた。
チームに商品開発の新人女性ニ名が配属された。
二人は情熱があるのかないのか、マイペースに淡々と仕事を熟す…

こちらの注文もイメージさえ伝わらなくて、なかなか進んでいない状況だった。
今開発しているのは「魔法のスイーツ」をキャッチコピーにした魔法のパンケーキの第二弾として、カリっと「大人のトロけるバウム」を新人たちと手掛けている。

チーズケーキのように極限までふんわりさせた生地にバウムクーヘンの幹の層を重ねていき、上からシロップをかけてバーナーに焦げ目が出来るまで焼く。

試作を繰り返している段階だった。

そんな中、かなでとの関係も少しギクシャクしていた……

LINEが未読になったままだったり、電話しても繋がらなかったり。明らかに以前とは違う態度で余所余所しくなった感じがする。

心の奥底にしまい込んでいたあの想いがまた疼き出していたんだ。

知らないうちにそのイライラは商品開発の新人二人にぶつけていた…

「何で言われた通りに出来ないの…」

「二ノ宮さん、お言葉ですが現状の柔らかさじゃ駄目でしょうか…母体はバウムクーヘンですし、問題ないかと……」

「だからそれじゃ普通過ぎるんだよ。何回も言ってるよね!魔法のスイーツと謳ってる以上、あっと驚く食感を目指したいんだよ。限界まで柔らかくしてバウムクーヘンの幹となる層を入れて欲しいんだ。イメージ伝わってるかな?
以前の主任ならすぐに察してくれたのに…」

言ってしまった……

一連のやり取りを見兼ねた岩城さんに呼ばれた。

「二ノ宮くん、最近どうしたの…
君らしくないじゃないか。あんな頭ごなしに否定ばかりしたら良い商品なんか作れないと思うよ。商品って言うのは失敗を繰り返して駄作の中から学び取り生まれるんだから。
それにね、椿くんのことはもう言っちゃ駄目だし、人と比べるなんて絶対言っちゃいけないよ…プライベートで何かあったかも知れないけど仕事場に持ち込まない。二ノ宮くんならすぐ理解してくれると信じてるよ。
お互い納得するまでゆっくりやろうよ…」

僕は本当に大人気なくて馬鹿だった…

イライラの元になっているかなでとの関係を修復したかった。
その夜僕はちゃんと話合おうと強引にかなでを呼び出した。

最近は家だと嫌がられるので近所の公園に来てもらった。

何日かぶりに見たかなでは少しやつれたように見えた。
しらふでは話辛いのでビールとかなでの好きな甘い酎ハイを二人で飲みながらベンチに腰掛けて話した。

気まずさは覚悟していた…

何から話そう…


かなではずっと俯いている。
声に力を込めた。

「かなで。
今まで僕に言ってくれたことが嘘じゃないなら、もう隠し事なしで正直に話して欲しいんだ…
僕はかなでのことが好きだから、やっぱり知りたい。。全てを知って傷ついたとしても…だから話して欲しい。

もし、苦しんでいるならせめて分け合いたいんだ」

「無理だよ………優斗さんにはきっと理解出来ないし、今の私を知ってしまったら嫌いになってしまうだけだよ」

「そんなの分からないじゃないか」

「わかるよ!苦しみを分け合うことなんか出来っこない」
かなでは泣き出した…

「私は優斗さんの思ってるような人じゃないです…会う度にそれが強くなって苦しくなっていって……」

もう僕は止められなかった。
彼女の真実を聞くまでは先に進めないと思った。

「かなで…お願いだ。 
全部話してほしい… 理由も解らず会えなくなっていくのは嫌なんだ…
僕の思ってるような人じゃなくたっていい…全てのかなでを受け止めたいんだ」

言葉にならないほどに泣き崩れているかなでは、嗚咽混じりに懸命に言葉を押し出す…

「本当に優斗さんは優しい。
だから…だからこれ以上嫌な思いさせたくないです」

「彼氏と、よりを戻したの?」

「…………」

「もう隠さないでいいから」

かなでも抑え込んでいたものを吐き出すように、半端諦めにも似た思いで告白した……

「彼氏じゃないんです……」

「えっ」

一瞬何を言っているのか分からなかった…

「どう言う意味?」

「その人は……既婚者なんです…」

「嘘……えっ、じゃ……不倫……」

「やっぱり優斗さんも………
理解なんかしてもらえないの分かってますから…。いいんです…もう」

「…………」

頭が真っ白で言葉が見つからない。

「なんで。なんでかなでみたいな子がわざわざ結婚してる人を好きになったの…
かなでなら普通の人で普通の恋愛出来るだろうに…」

「普通の…??
やっぱり優斗さんも他の人たちと一緒なんですね…
好きになった人が結婚してたってだけなのに……」

「だからって人のもの奪うような真似しちゃ駄目でしょ。誰かを傷つけることになるんだよ」

「元々夫婦としての愛情はお互い無かったみたいだし、離婚するという前提だったから…」

「離婚したの?」

「…………」

「元々離婚する気なんか無かったんじゃないかな。身体だけの関係とか…」

「何も分かってないのに酷いこと言わないで!」

「だって事実、別れまで決意した相手を無視して、また関係を結ぼうとするなんて最低の奴だよね」

「そんなのじゃない!」

「じゃどう言う意図でまた関係を戻そうとしてるの?寂しいから?妻と上手くいってないから?結局は身体でしょ」

「優斗さん、最低ですね…」

「あぁ最低だよ………
ただかなでは都合よく利用されてるだけじゃないのか」


言ってしまった…………
もはや悪態が止まらない…ただの嫉妬に狂った暴言でしかなかった。

「誰に何を言われたっていい。
分かって貰おうなんて思ってもない…
ただ私は信じてただけだから。
その人が今まで言ってきたことに嘘はないと信じてただけ……
もういいでしょ!気が済んだ?
もう話したくないです。 


さよなら………」

飲みかけの缶チューハイをベンチに置いてかなでは泣きながら歩いていく。

僕はと言うとただただ怒りを抑え切れず、去り行く彼女を見守ることしか出来なかったんだ…………



あれから三日が過ぎた。
ずっと罪の意識に苛まれている…
何をどうしたら良いのか自問自答の日々。。
それでも仕事は割り切れた。
いや仕事で忘れられたと言うのが明快だろう。
そう…あれから新人商品開発ニ名、木下さんと野口さんに謝ることから始めた。

「木下さん、野口さん…
配属されて早々に嫌な思いさせてすみませんでした。君たちの能力を知る前に怒ってばかりで、イライラして本当ごめん。チームとして一丸とならないと良い商品なんか生み出せるわけがないのに。
もう絶対雰囲気悪くしないので、もう一度信用して欲しいです。僕も君たちを信用します。君たちの技術がないと新商品は作れません…。どうかよろしくお願いします」

素直な気持ちを率直に伝えた…。
それを見ていた岩城さんも微笑みながらgood!とジェスチャーした。

僕は怠慢だった。
決して驕らず、木下さんと野口さんの意見を踏まえた上で、自分の発想を彼女たちにぶつけてみる…
彼女たちも少しずつ打ち解け、本来の能力を発揮し始めたようだった。
彼女たちの案も加わり、二つの想いが一つとなって改良された。

ようやく形を成して来た新商品
魔法のスイーツ第二弾
「カリッとトロける大人のミルフィーユバウム」

切り株のようなイメージで始まったこの商品。柔らかいバウムクーヘンにミルフィーユのようなクリームの層を入れていく。色味も遊びを入れてクリームの中にベリー、パイナップル、マンゴー、ストロベリーなどのドライフルーツを混ぜる。表面は薄くホワイトコーティングしてその上からカラメルを少しかけて焦がす…

この発想と工程には彼女たちの意見も取り入れている。そして彼女たちの技術によってここまで来れたんだ。
感謝してるよ。

あと少しだ………


仕事が終わり、家に帰るとかなでを想う…彼女を考えない日は一日もない。

何故あんな酷い事を言ってしまったんだろう…何でも話して欲しいと言っておきながら冷静に聞いてあげることも出来ずに、自分の感情だけだった。

何故他人のことだと冷静に判断出来るのに自分のことになると、こうも取り乱してしまうのだろうか。

人を愛してしまうと、その人の全てを知りたくて、全てを独占したくなるのは何故なんだろう…自分の知らない彼女を知るのが怖いのかも知れない。
誰しも過去があるから今があるのに、過去を消し去るように自分で埋め尽くし、大切なその人だけの想い出さえも壊そうとしていた………

かなでの優しさが、頭の中を何度も何度も過っていく。
座り込んでいる酔っ払いを見て、大丈夫かなと心配するような人だ。
既婚者の彼にもきっと、相談や悩みを聞いてあげていたのだろう……
優し過ぎる人だけど、それが唯一無二の彼女らしさじゃないのか。

ご飯を食べに行っても飲みに行っても、心地良過ぎるくらいのさり気ない気配り…気を使わせないように何事にも相手より先に行動するところや、お礼の言葉。相手の目を見て聞く側に徹する姿勢。
悪い所なんて何ひとつないじゃないか。
あの笑顔を失いたくない!
もう一度信じてみたい!
今度こそはしっかり受け止めて絶対離さない………

もう僕はじっとしていられなかった。

電話をかける。
何コール目かで留守電に切り替わった。
僕は躊躇わず留守電に想いの全てをぶつけた… 
ピー
 「かなで!もう一度だけ信じてほしい、
何と言われようとかなでが好きだ。
元彼が忘れられなくてもいい…
情けなくてカッコ悪くて嫉妬だらけだけどかなでと一緒にいたい…
今後こそしっかり受け止めるから!
かなでが笑顔になれるよう頑張るか   ピー」
途中で切れた…
最後の最後まで締まらないのが僕だ。
でもカッコなんかどうだっていいんだ。
ただ今の気持ちをどうしても伝えたかった…

そして奇跡は起きた。
かなでから電話が返ってきたんだ。

「こんな私なのにいいの?
また嫌な思いさせちゃうよ…」

かなでは泣いていた…

「かなで、ごめんな…
かなでが一番辛い時に何も分かってあげられなくて。
元彼を無理に忘れなくていいから、
側に居させてください。
気付くの遅いけど、分かったんだ…僕はかなでの笑顔が大好きで、ずっととなりにいてほしい。今度こそ離したくない……」

「優斗さん………」
かなでは言葉にならないほど泣き出した。

僕はかなでを心から愛おしく感じた。


一頻り泣いた後に少し落ち着いて話をした。

「カッコいいセリフの最後切れてたね…フフ」

「だね…ハハ 僕らしいでしょ」

「うん…」

「今から会いたい…
あの公園に行っていい?」

「あぁ…僕もずっと会いたかった」
離れていたのは少しだけなのに、こんなにも愛おしく、奇跡のようにその笑顔は僕の魂の根源から沁み渡らせる……

かなでと公園でずっと手を握っていた。
もう一度この温もりを感じられる喜びと彼女の匂いが懐かしくて、失うことの怖さを知った……
名残惜しむようにいつまでも僕たちは話をしていた。。

強い想いは時に奇跡のような事象を生み出す。

僕たちはもう一度やり直した…
僕はかなでの元彼への気持ちを壊す事なく受け入れるようにした。
人とは違う恋かも知れないけど、それでも僕はかなでの側に居たかったんだ。
心が望むままに……


極力かなでから言ってくるまでは元彼の話は出さないで見守っているというスタンスでいる。


新商品は完成に近づいていた…商品開発の二人と気兼ねなく意見も言い合えるようになり、ピッチが上がっていた。
それは秋の虫たちの鳴き声がいつしか聞こえなくなっていた冬の始まりの頃だった…

それから程なくして、新商品のお披露目会が開かれた。
予定していた日程より少し遅れてしまったけど前作を超える手応えの納得する商品が出来た…

「カリッとトロける大人のミルフィーユバウム」は遂に完成した。

役員たちに食べていただき、一人一人感想を述べるのが定例になっている。

まぁ正直、役員連中は良い物を食べて舌は肥えているがスイーツに関しては素人ばかりなのだ…。特に問題はないだろう。
それよりも僕は、どうしても食べてもらいたい人がいる。
いやこの人から太鼓判をもらえなければ
先に進めない気がしていたんだ。

その日の夕方、事前に予約してしていたあの人が働くお店に僕は商品開発の木下さんと野口さんを引き連れて出向いた。

「今日はー。椿さん、ご無沙汰しております」

「おっ、来たね…綺麗な美女引き連れて
…フフ」

「あれ?今日店お休みでしたか?」

「違うよ。愛弟子が待望の新商品を持ってくるって言ったらオーナーの甲斐さんが貸し切りにしてくれたの」

「えっ!わざわざそんな…
オーナーすみません」

「こちらこそ。
椿くんから君のこと聞いてるよ…
僕も会ってみたくなってね。是非試食に参加させて欲しい」

「いえそんな…
でもスイーツのプロの方たちにも意見聞きたいですし、こちらこそよろしくお願いします」

「まぁとにかく座って。お嬢さんたちもどうぞ…」

「はい、失礼します…
この方が噂の主任さんですね」

「噂?
おいおい二ノ宮くん、どんな悪態ついてたのよ……」

「違います。二ノ宮さんは最初、事あるごとに以前の主任はすぐ察してくれたとか、僕のイメージを理解してくれていたとか、そればっかりで悔しかったんです。正直どんな人なんだろうとずっと思っていました。
今日お会いして、なんか分かる気がします…。凛として真っ直ぐな感じで、それでいて綺麗な人で、やっぱり敵いませんね…ハハ」

「それは良いイメージ持ち好き…
ところで二人共、二ノ宮優斗。商品のことになると面倒臭くなかった?
無理なものは無理とハッキリ言ったほうがいいよ。彼はイメージと発想のみで押し通してくるから。
まっそれが彼の強みでもあるんだけど…」

「あー、それすごくわかります。
何度も揉めましたから…ハハ」

「それは褒め言葉と受け取っときます。
じゃ早速試食お願いします…

椿さん、魔法のスイーツ第二弾
「カリッとトロける大人のミルフィーユバウム」と言う商品です。

基本冷蔵商品対応に考えて作っています。

では…お願いします…

オーナーの甲斐さんがナイフでカットし、取り分ける。

「私が食べる側になるとはね…」
椿さんと甲斐さんはフォークで触感を確かめるようにゆっくり食べる…

「甲斐さん、どうですか。二ノ宮の商品は?」

「噂通り、面白いもの作るね。バウムクーヘンをベースにミルフィーユか…
ロールケーキにまでいかないクリーム感が絶妙だね…」

「私も楽しいなと思いました…。
二ノ宮くんらしくて、この食感出すのに若い商品開発の二人も大変だったと思うよ…。すごく美味しい。」

「良かったです…
ある意味、今日が一番緊張しました…」

「私たちも会社にプレゼンするより緊張してました。」

「フフ じゃそんな緊張してくれた貴方たちにオーナー特製絶品アップルパイと濃厚ブラウニー食べていって」

「わぁ…食べたいです。」

「私も…」
こうやって僕たちの禊ぎのような巡礼は無事終わった…

久々にみた椿さんは仕事にやりがいを持ち、とても輝いて見えた…
やりたいことをやっている人は美しいんだな……




       最終章
      『刻心…』





季節は巡る………


魔法のスイーツ第二弾
「カリッとトロける大人のミルフィーユバウム」はコンビニチェーンでも好調に推移していた。

魔法のパンケーキからの熱烈なヘビーユーザーがいて、第二弾を待ち望んでくれていた顧客も少なからず存在していた。

十二月も半ばになっていた。
かなでとの関係も微妙なままだ…

会いたい時には会えている。
だけど彼女の中には元彼が絶対的な存在として生き続けているんだ。
そしてそれは現実的な問題として
彼女を苦しめている。
既婚者である彼の妻がかなでの存在に勘付いていて、別れる別れないのゴタゴタと何処で見られているかも分からないという恐怖でかなでも精神的に参っていた……


本音言うとどれかが壊れれば僕たちが前に進めるような気がしていたんだ。

クリスマスも近づいて、僕はどうしてもかなでと過ごしたかった。
かなでに予定を聞いても曖昧な返事しか返ってこなくて既婚者の彼と会うのだろうと察しがついた。

でも今回は引かなかった。どうしても連れて行きたい一つ星レストランがあったからだ。かなでにしつこいくらいにお願いをしてなんとかOKをもらった…。

過去に付き合った人と、こんなサプライズ的なデートをしたことがない。
やっぱり彼女は特別だった。

だけど今の自分は彼氏とは呼べない、
他人から見れば理解出来ないだろう。
彼女を酷い女だと罵るかも知れない…

自分でも理解し難い部分もある。
でももう迷わない。全てを受け止めると心に誓ったから。

彼女の心には二つの想いが揺れ動いているんだ…。時にバランスを変えて。

普段は彼のことを口に出さないかなでも、苦しみに堪え切れない時だけは遠慮しがちに相談してくる。

どうやら、既婚者の彼の妻は軽い鬱になり、冷静に話を出来る状態ではないようだった。絶対別れないと息巻いてるようで、かなでと会う日程を決めているのだとか。
僕は会うように諭した…

こんな状態では埒があかないし、僕自身も痺れを切らしていたのかも知れない。

クリスマスイブに椿さん経由で神崎さんのお店に夕方から予約を入れて貰った…
本来なら半年先まで予約で埋まっていて、しかもクリスマスイブに予約なんてあり得ないのだが、椿さんのお願いと聞いて神崎さんが特別に席を設けてくれたのだ。

その日にかなでは既婚者の彼とその妻に会って話し合いをすることになっている。
嗾けたのは僕なのだが……

どう言う答えになったとしても、今の僕は先に進みたかったんだ。

卑怯なのはわかっている…
それでも僕は彼からかなでを奪ってでも一緒に居たかった。

当日その妻から別れるように頼まれるだろう。
優しいかなではきっと最後にはそうすると思う。
何故なら、彼等がしていることは不貞行為だし、現実的に慰謝料も発生する。
それにその妻も簡単に離婚するとは考え難いからだ……。

狡い考えだけど、現実的な問題を叩きつけられれば、かなでも傷付きながらも僕を選んでくれると信じていたんだ。


足早に駆け抜けた一週間。
クリスマスイブ……


だがリアルは想定を超えていた……


神崎さんに我儘ついでにお願いをして、サプライズでケーキとプレゼントを渡してもらう手筈になっていた。
16時に予約していたので、僕は早めに行って「ピエール・ド・ショコラ」で待たせてもらっていた。

僕は緊張していた…
おそらくは散々悪態をつかれ、傷つき泣き腫らして来るであろうかなでに。

約束した時間になった。

かなではまだ来ない…
話が拗れて長引いているのだろう。

神崎さんに料理を出すのを遅らせて貰って只々かなでが現れるのを待った。

約束の時間から三十分過ぎた…
クリスマスでごった返している店内で申し訳なくて料理を先に出して貰い、手付かずで待っていた。

四十分が過ぎた頃、さすがに焦ってきた…
そこへ電話が掛かってきた。
かなでからだ。

「もしも…」
「二ノ宮優斗さんですか?」

見知らぬ男の声に驚いた…
「…はい、そうですが。」

「本条かなでさんから頼まれて電話しています。彼女はお腹を刺されて今救急車で病院に搬送されています」

「えっ!!嘘、嘘だ……嘘ですよね……」

周りのカップルたちが一斉に振り向く。

「出血が酷く、今は意識もありません…
一刻を争います。すぐに池袋中央病院まで来て頂けますか……」

「わかりました……すぐに向かいます……」

僕のただならぬ雰囲気を察した神崎さんが厨房から出てきた。

「二ノ宮くん、彼女に何かあったんだろう…すぐに行ってあげなよ。」

「彼女が怪我をしてしまいまして……」
僕は涙が溢れていた……
「本当にすみません…」

「何言ってんだ。早く行ってあげな…」

「はい…」
僕は適当に札束を掴んで渡した…

大通りまで走った…。
そしてタクシーに飛び乗る。
そこからはあまり覚えていない…。

池袋中央病院に着いた。
受付で緊急搬送された本条かなでのことを聞いて、手術室の前まで案内された…。かなでのご両親らしき年配者が廊下の椅子に腰掛けている。

「あの…私はかなでさんの友達の二ノ宮といいます。かなでさんの容体はどうなんでしょうか……」

「あなたが二ノ宮さんでしたか…。
娘から聞いておりました。

紳士的な振る舞いの男性だ。

「人のものに手を出すからこんな目にあうんだよ……。」
派手な水商売風な女性が皮肉混じりに言い放つ。

「おい、娘は今必死に生きようと戦っているんだぞ、何て言い草だ…」

「娘、娘ってあなたの娘じゃないでしょ…」

「何言ってるんだ。今は歴とした父親だろう…二ノ宮さんの前で恥ずかしいことを言うんじゃない」

「そりゃ悪かったね…
あんたもあれだろ。あの子の純情そうなとこに惚れたんだろう…
ありゃ魔性の女だからね。気をつけたほうがいいよ。男の人生狂わせちまうからね」

「いい加減にしないか」
僕は呆気に取られていた。
そこへオペを担当していた主治医が勢いよく出てきた…。

「ご両親の方ですか…」

「あ、はい。そうです」

「実は大変申し上げ難いのですが、宜しいですか」

「助からないんですか!」

「いえ、彼女は一命を取り留めました。手術は成功です…ですが…」

「じゃ何が問題なんです?」

「…彼女は妊娠していました。
お腹を二度刺されたことが致命傷となってショック状態を引き起こし、まだ形にもなっていない胎児が亡くなってしまいました……」

かなでが妊娠していた………

僕の頬から涙が溢れる。
その理由をずっとずっと考えていた……

僕の前では笑顔まで見せていた彼女が、本当はたった一人で悩んで悩んで苦しんでいた。

心ではずっと泣いていたんだ……

そんな彼女の裏側を知りもしないで僕は軽々しく三人を会わせた。
鬱な状態と分かっていながら会わせてしまったんだ。何も分かっていなかった…
こんな結果になってしまったのも僕のせいじゃないか……
彼女の優しさが胸が痛むほどに突き刺さる……
クリスマスで賑わう公園で話をしていたはずだ。そんな場所にナイフを忍ばせていたということは、最初から殺意を抱き、刺すつもりだったのだ…。
僕は本当に馬鹿だ。

彼女が子供を産むつもりだったのか、そうでは無かったのか、今となってはわからない……
だけどもしかしたら、それを知った上でお腹を刺したかも知れない。

なんて僕は馬鹿だったんだ…

「うぅっ…うぅ………」
嗚咽混じりに涙が止まらない………

ぼくには懺悔出来ぬほどの後悔だけが残った。。

そこからは警察も来て事情聴取を受け、詳細を知った。
既婚者の妻は別れるつもりは無かったようで、取られるくらいならと嫉妬に狂い犯行に及んだ。
逮捕されたが精神を病んでおり、その後は施設に移された…

一方彼のほうは、かなでの両親が告訴した。妻に対して一方的に離婚を持ち掛け、鬱になるまで苦痛を虐げ、相手に妊娠までさせた社会的責任能力を問われ、今後会うことも法的に禁止された。

二人はどうするつもりだったんだろうか………


あの事件の後、詳細を知った上司が気を回して長い有給休暇扱いにしてくれている。

だけど僕は仕事を辞めた…。

僕はかなでを支えていきたいと決意したからだ。

あの事件以降一命を取り留めたかなでは、精神的ショックの為、一定期間の記憶を失くしてしまっていた。
そしてそれ以降言葉も発していない……

感情を忘れてしまった彼女に付き添い、生きていたかった。。

今自分に出来ることはこれだけだったから………

彼女は精神科病棟に入院しながら治療を受けていた。

僕は毎日彼女に付き添い、一方的な会話をしながら焦らず見守っていた…。
彼女は重度の記憶喪失ではないと担当医は言っていた…。たしかに僕を他人のように接してる感じではないようだった。
食事も普通に自分で食べて、話している時も目も合わせてくれている。

ただ人形のように声と表情だけがなかった。
それでも僕は毎日一緒にいられることに幸せすら感じていたんだ。

数ヶ月が経ち、さすがに失業保険と貯金も底をついた。
午後から来れるように早朝から午後までパン屋でアルバイトをして生計を立てている。

季節は春………
この病棟に移って三ヶ月になろうとしていた。担当の主治医に幾度となくかなでの経過を確認するのだが、主治医も頭を悩ませていた。

僕は次の休みにかなでを連れ出して初めてデートした公園に行こうと決意した。
今までも病院の側を何度か散歩したことはあったけど、電車に乗ってこんな遠くまでは来るのは事件以来初めてだった。

主治医も賛成してくれて、楽しい思い出のある場所は記憶を呼び戻せるかも知れないと期待していた。

そして当日。
僕はかなでを病棟まで迎えに行って、二人で電車を乗り継ぎ、吉祥寺まで向かった。
周りから見れば何一つ問題のない女性だろう……
僕自身錯覚してしまう。
服装もオシャレだし、今にもニコッと笑いかけてくれそうだったから。

去年と変わらず桜の花は綺麗で力強く、僕たちを迎えていた。
それでも握りしめている手は、あの頃とは違う現実に押し潰されそうになる……

昨年と同じようにベンチに腰掛け、焼き鳥を食べて、ビールと酎ハイを飲みながら桜を眺めた。

ふと隣にいるかなでを見ると、去年と何一つ変わり映えのないように見えた…
その瞳の先には何が見えているんだろう…
僕は時折襲いかかる切なさに心が苦しくなる。

去年と同じようにカメラを手にして写真を撮った。
今でも鮮明に覚えている。
舞い散る花びらの中で、少し照れながらはにかんだ笑顔で桜を見上げていたんだ。

レンズ越しにそっとかなでに話しかけてみる……

「ねぇ、かなで覚えてる?
ここは初めて僕とデートした場所なんだよ…。同じ場所で写真を撮ったんだ。
まるで天使のように美しくて、僕はここでかなでに恋をしたんだ…
その写真はかなでのお気に入りになって、きっと今でも持ってるはずだよ」

僕は見逃さなかった………

レンズ越しの彼女の瞳から涙が溢れた。
僕も何故だか涙が込み上げてきて、そのままかなでを抱きしめた……。

人目を憚らず僕は泣いた。
彼女はきっと覚えている…
記憶じゃなく、身体が…心が…空気までもがあの頃を懐かしがっているんだ……

かなでも泣いていた…
どうすることも出来ない現実が只々悔しくて僕たちは泣いたんだ…

放り投げられたカメラだけが時の重さを知っていた………

どれだけ無言で抱きしめあっていただろう……
僕は彼女の失われた記憶の断片に語りかけた。

「かなで……。
君は辛くて、辛くて身体がその記憶を消したんだね。
だけどね、君にはとても大切な人がいたんだよ。
僕なんかじゃ及びもしないくらいに…

だけどもう…その人には会えなくなってしまったんだ…

だからこれからの人生を僕にくれないかな。僕がずっと側にいて寂しい思いなんか絶対させないから…。いつかきっとその人を忘れさせて、楽しい思い出をいっぱい作っていくから。
ゆっくりでいい、過去も一緒に二人で生きていこう」

ただかなでは泣いていた。
抱きしめあっている手に力が入っているのだけは伝わってきた。


季節は初夏へと彩りを変えていた………



僕とかなでは海を見にきていた。
まだ海開きをしていない初夏の海…
夕暮れに只々砂浜に肩寄せて座って綺麗な海を眺めていた。
彼女は今何を想っているのだろう…
急に僕を見て、手を取った。
手の平を上に向けて指で文字を書き出した。
あ…り…が…と…う

夕暮れ時の浜辺で二つの影が重なっていた……

かなでの状態は良好で、言葉はまだ話さないけど文字を書いて、意思を伝えるまでになった。
「いつか行った海がみたい」
彼女が書いた言葉。

唐突に書いた言葉の意味を知ることになる………


その二日後。
彼女は病棟から居なくなった…
両親の通帳から30万円を引き出していて、違う場所で生きていきたいとだけ電話で伝えたそうだった。

僕はどうしていいか分からず、ご両親にかなでの好きな場所や行きそうな場所を問い詰めた。
だけど結局わからなかった。
父親からも「二ノ宮くんはよくしてくれたよ。ありがとう…」
とだけ言われて帰された。

何も身に入らないまま一カ月が経った頃、一本の電話が入った。

植野美香からだった……

「二ノ宮さんですか…
植野美香です。覚えてますか。
あの……全部聞きました…
何て言ったらいいか…」

「そうか……あっ、かなでから何か連絡とかない?何処にいるとか……何か聞いてない」

「あの、そのことでちょっと……
かなでから二ノ宮さんに預かってるものがありまして……」

「えっ………」

「今日の夜、渡したいのですが大丈夫ですか」

僕と植野さんは久々に会った…

「元々は私がかなでを二ノ宮さんにくっ付けたようなもんでしたよね。
こんなことになるなんて……
本当にすみません……」

「何言ってんの。
植野さんが謝ることじゃないよ…
僕が全部悪いんたよ。本当に……」

「あっそうそう…
大事な物を渡します……

一ヶ月前突然かなでから手紙が届いて、
いきさつを知りました。
それで中にこの封筒が入っていて、
一ヶ月後に二ノ宮さんに渡して欲しいと書いてあったんです。優斗さんは必ず私を探すから熱りが冷める一カ月後に必ず渡すように守ってほしいと強く書かれてありました」

僕は彼女がどういう想いでこの手紙を書いたのかと思うと堪らなくなった…

「あの、二ノ宮さん…
かなではきっと二ノ宮さんに甘えるのが下手なだけだったんだと思います……」

「………そうかもね、植野さんありがとう…」

その夜僕は、かなでからの手紙を読んだ。

そこには彼女の本心が書き綴られていたんだ………




                   二ノ宮優斗様

突然いなくなったこと許してください…

感謝の気持ちを伝えられずごめんなさい。

あの事件から少しずつ記憶が断片的に戻ってきて、怖くて辛かった。

そんな時もずっと優斗さんがいてくれた。

ある時、優斗さんが仕事を辞めてまで私

に付き添ってくれていると知って、私は

自分が許せなかった。

あんなに頑張ってたのに。

あんなに一生懸命に新しい商品を作って

た人なのに。

私なんかの為になんでって。

それでも優斗さんは私を何一つ責めもし

ないで優しくしてくれる。

それが辛かったんです。

妊娠がわかった時、私は一人で育てよう

と思っていました。でもこんなことにな

るなんて、やはり罰なんですね。

私はこのまま死んでしまおうかと思いました。

その時たまたま優斗さんが撮ってくれた

あの写真を見たんです。

写真の中の私は本当に幸せそうで、涙が

止まりませんでした。

こんな幸せな表情にしてくれる人がいた

んだと、私は本当に嬉しかったんです。

あなたと出会えて良かった。

本当に本当に幸せでした。

優斗さんは素敵な人です。

私が保証します。

だから優斗さんは絶対幸せになって欲し

いです。出来ることならもう一度美味し

いスイーツを作って欲しい。

私はもう一度、私を誰も知らない場所か

らやり直します。そう思えるようになっ

たんです。私が好きになった人が優斗さ

んで良かった。

この一年と三ヶ月、本当に幸せでした。

優斗さんは女性を幸せに出来る人です。

もう少し早く出会いたかったな。

あの桜の写真は私の宝物です。

優斗さんの幸せ願っています。

       本条 かなで




僕は声に出して泣いた。
涙が枯れ果てるくらい泣いた…。

初めて人をこんなに愛した…

初めて本当の切なさを知った…

もう会えることはないのだと心は理解していた………








どんなに辛くても、どんなに楽しくても
やっぱり時は過ぎていく。

あれから三年が過ぎた……



僕はパティシエのお手伝いの仕事をしている。あの人に誘われて……

かなで。
今でも君を想いだす。

きっと僕の心にも誰にも触れられない、君だけの領域がある……

死ぬまでずっとそこにあり続けるのだろう。

あの時の笑顔のままで…

でも僕は君が望んだように幸せになれるかどうかわからないけど、君を一時忘れられる人が出来たんだ。

今、僕はあの公園にいる。

振り返り桜を眺めていた…

「おーい、優斗行くよー」

「ちょっと待ってよ早苗…」

「あっ、今呼び捨てにしたな…」

「自分だっていつも呼び捨てじゃん…」

「私は年上なんだから当然でしょ。へへ…」
「何それ…
どうせもう直ぐパパとかママとかになるんだから…」

「そうだね…じゃ許す」

早苗は言っていた。
「男の子なら私が決めて女の子なら優斗ね…」


僕はもう決めてるんだ……。


もう一度振り返る。

あの日の君が居た場所に、緩やかな風に乗ってピンクの花びらたちがひらひらと舞い落ちていた………………




                               …END…





















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感想 2

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みんなの感想(2件)

1941rondo
2024.01.04 1941rondo

3話とも同一人物が書いた小説とは思えないくらい、ガラッと雰囲気が違ってそれぞれの味があって良かったです。
この作品は自分まで恋愛してるみたいな気分に浸れてすごく楽しかった!
次作も楽しみにしてます。

2024.01.06 流誠

自分なりの長編です笑
なんかね、会話メインのストーリーになると、自分までが主人公どうなっていくんだろうみたいな感覚になってました笑
意図していない展開になったりして主人公が一人歩きした作品でした😌人を愛することの奥深さを感じ取っていただければ幸いです。

解除
かふるん
2023.08.04 かふるん

パンケーキの営業戦略でどうなるのか、好きになった女性との出会いが、同時に2作のストーリーを読んでいるかのよう。私はパンケーキが世の中に出るまでの流れと、問題取り組みにワクワクしましたが、後半は彼女とのまさかの展開に夢中になりました。

2023.08.04 流誠

かふるんさん。
ご愛読ありがとうございました。
皆さんの心にも大切な人の思い出が刻まれていると思います。この物語を見て少しでも思い出して頂くきっかけになれば幸いです。

解除

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